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お母様の言うとおり!  作者: ふみ
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感傷と反省とこれから



アルカイドが血相を変えて走り去ったのを苦笑して見送ったミザールは、残ってもらったミモザ達に向き直った。


「…では話の続きだが…かのご令嬢がアルカイドをいたく気に入り熱を上げているのは聞いていたが…その嫉妬の矛先がそのような形で君の妹御に向けられていたことについて、留学を許可した身として申し訳なく思う。すまなかった」


真っ先に自分が謝罪をしたことに相手が驚いたのが分かった。


「ピーコック公爵は同盟の要とも言える人物で、今回の和平の交渉の筆頭に立っておられる方だ。重要人物の娘だからという理由で、彼女の奔放な行動をこちら側としても毅然と諌めなかったことも原因だろう。アルカイドも私の側近という立場上邪険にも出来ずあのような態度でしか接することができなかったというのは理解して欲しい」

「…王太子様の責任ではありません。アルカイド様のせいでもないのは分かっています…けれど…どうしてアクルがそんな目に合わなければならないのかと思うと…」


今回のことが愚かな公爵令嬢一人の暴走であることを聡明な彼女は理解している。けれど理性と感情は別だというのはミザールも解る。異母姉妹とはいえ彼女達姉妹の仲の良さは有名だ。だからアルカイドを呼び出して話をしようとしたのだろうと。


「そうだね…アクル嬢が目をつけられたのはアルカイドのあからさまな態度もあっただろう…ただ擁護させてもらうと、あいつはピーコック公爵令嬢をはっきり拒絶していたし…アクル嬢に対しては誠実に接していたと思うよ。それは私よりもアクル嬢の傍にいる君の方が分かっていると思うけど」

「……はい」


そう言われたことで感情的になっていた自分を恥じたのか、ミモザは全てを納得した訳ではないだろうが小さく頷いた。それでも拭えない不安そうな顔にミザールは自分がミモザから信用されていないことを否が応にも思い知らされる。過去に己が彼女にしたことを思えば自業自得でしかないとも。


まだこの国が冥王の危機に晒されていた時、ミザールは間違った正義を振りかざし彼女を傷つけた。後の魔法省の調査で冥王の精神的支配が及んでいた可能性があると判明はしたが、七騎士としても、王族としても、思考の誘導に簡単に落ちてしまったのは言い訳のしようもなく自らの責である。

不安に惑うミモザに「どうすればいいか一緒に考えよう」と、安心させるように微笑んだアルコルを見て胸に宿るのは紛れもない罪悪感だった。


悪魔の囁きに負けて大事なことが見えなくなっていたのは、間違いなくアルコルに対して勝手に抱いた焦燥感のせいだった。

身体が弱く中々子を授からなかった正妃に、重臣達に促され側妃として召抱えられたのが母だ。母の実家は事業が思わしくなく、娘が側妃になることと引き換えに王家から援助を受けるのが目的であったと。聞いた話でしかないが正妃様も、母もどちらも納得しており、二人の関係は決して悪いものではなかったという。そして王家に嫁いだ母は政略結婚と割り切って自分と妹を産んだ。しかし母のお腹にまだ妹がいる頃に、正妃様にも懐妊の報せがあったのだ。


『正妃様がご懐妊されたそうだな』

『やはりもう少し待つべきだったのだ…』

『正妃様のお子が王位を継ぐべきだろう』

『しかし王位の継承は生まれた順番と決まっておる』

『せめて側妃の子が男子でなければ何とかなったのにな』


その頃から城内で囁かれるようになった悪意の声に呆気なくミザールは負けた。幼くても人から向けられる悪意はわかるものだ。今まで自分を王太子と呼び母の周囲に侍っていたいくつかの貴族は、正妃懐妊の報せに掌を返したかのように去っていった。はっきりと不要な子供だと判断されたのだと思った。母は「気にすることないわ」と言ってくれたが、幼い自分にとっては生まれたことを否定されたことにどうしていいかもわからず、苦しくてどうしようもない日々を過ごしていた。

生まれたばかりのアルコルに会ったのはそんな鬱屈とした思いを抱えている時だった。部屋の近くで赤ん坊の泣いている声を聞いて、そっと扉を開けて外を覗くと、腕に赤ん坊を抱えた正妃の姿があった。周囲には侍女の姿もない。どことなく顔色も悪そうな表情にミザールは思わず声をかけた。


『どうしても泣き止んでくれなくて…歩いているうちにこんな所まで来てしまったみたい…お勉強の邪魔をしてごめんね』


そう言った相手は腕を揺すって赤ん坊を宥めようとする。おくるみから飛び出した小さな手に、妹の影を見て思わずその手を伸ばした。自分に合わせて屈んでくれた正妃の腕の中の、淡い金髪の赤ん坊は自分の手が何か掴んだのだと気付いてミザールのほうへ目線を向ける。


『まぁ…泣き止んだわ…兄上が分かるのね』

『兄上…?』


言われ慣れない形容詞に面映い思いでいると、自分の方をじっと見ていた赤ん坊はその指を口元に持っていこうとする。されるがままになっていると、微笑ましそうに見ていた正妃は「これからもアルと仲良くしてあげてね」と言った。


『なかよく…しても、いいの?』


そう言われたことで初めて、ミザールは無意識にアルコルと対立しなければならないと思っていたことに気付いた。周囲の人間の声に左右されて、勝手に仲良くなんてなれないのだと思い込んでいた。


『もちろん。だって貴方はアルの兄上様だもの』


きらきらとした顔で言った正妃に酷く安堵したのを覚えている。その笑顔に少なくともミザールへの否定などはないように思えたからだ。

だから周囲の声に負けないよう、足を引っ張られないよう、知恵をつけて身を守る術を覚えていった。少し成長したアルコルは「あにうえ」と自分に懐き後を追ってくるようになった。それがとても嬉しくて、タニアとアルコルが悪意にさらされることがないよう自分が守ろうと思えるようになった。

しかし穏やかな時間は正妃が亡くなったことで突然に終わりを告げた。正妃という後ろ盾がなくなったアルコルを父は部屋からあまり出さなくなった。今でこそ愚かな貴族たちに担ぎ上げられないようにするためだったと分かるが、あの頃の自分はそれを説明されても納得はできなかった。

タニアは時々面会を許されていたが、ミザールがいくらアルコルに会わせてほしいと頼んでもそれが叶うことはなかった。


気付けばアルコルとの間には大きな溝ができていて、久しぶりに会ったアルコルは「あにうえ」と無邪気に自分を慕っていてくれた頃の面影もないほど荒んだ暗い目をしていた。


『第二王子があの状態ではやはり王太子はミザール殿下がいいだろう』

『いくら正妃様のお子だとしてもあれでは…』


ひそひそとしたそんな話し声が聞える度に、母を亡くしたアルコルに対してそんな言い方をする輩に腹が立ったのと同時に、自らの立場が脅かされることがなくなってほっとしている自分に気付いて。そんな惨いことを考えてしまった自分が恐ろしくなった。

どれだけ掻き消しても自分の立場を脅やかされることに怯え、何も悪くないアルコルを妬む醜い心は悪意のある声を聞く度にそうやって顔を出した。それはアルコルが変わり始めた頃から顕著に現れるようになった。


『最近のアルは見違えるようですのよ』


タニアからも聞いていた。婚約者候補が集められた茶会でその令嬢に一目惚れしたアルコルは、彼女に見直してもらいたい一心で努力を始めているらしい。

孤立させられていたアルコルに理解者が現れてくれて良かったと素直に喜ぶ自分と、その影でまたみっともなく怯える自分がいる。

遠目にみかけたアルコルとかの令嬢は、何を話しているのかまでは聞えなかったが、とても楽しそうに笑い合っていた。アルコルの顔には以前見た暗い影はなく、頬を上気させ心底恋しいというように令嬢を一心に見つめていた。


『アルのあんなに楽しそうな顔、久しぶりに見た気がしますわ…恋は人を変えますのね…羨ましいくらい』


タニアの言葉がすとんと胸に落ちる。羨ましいと自分もそう思ったのだ。

自分以上に周囲の悪意の声に晒されていたアルコルは、いつの間にかその悪意の声を振り切っていた。自分を変えたいと思うくらい好きになれる相手が、そんな相手が傍にいてくれたなら、自分もアルコルのように笑えるようになるのだろうか。

そんな焦燥を抱えたまま成長したミザールは、学園で天使の生まれ変わりとされた少女と出会った。

学園の敷地内にある、かつて冥王と戦った星の天使が奉られている白い花が咲き乱れる庭。そこに彼女は一人たたずんでいた。普段は咲くことのないその白い花が蕾をつけていると報告を受けた自分は、実際に確かめようと足を運び、そこで彼女を見つけた。

一輪だけ桃色の花が咲いているようだと振り向いた彼女を見てそう思った。此方に気付いた相手はすぐに踵を返して走り去ってしまったが、白い蕾をつけた星の花のその中で、彼女の桃色の髪だけが目に焼きついていた。

名前も聞けずにその姿を見送るしかなかったミザールは、七騎士に選ばれたことでその少女と再会を果たす。


『君は…』

『あの時は驚いてしまって…いきなり逃げ出してしまって申し訳ありませんでした』


そう言って頭を下げた彼女は少しだけ微笑んだ。優しげな笑顔に言い様のないむずむずとした感情を抱いたのは記憶に新しい。思えば既にそれが一目惚れだったのかもしれないが、彼女に惹かれていると決定的に自覚したのは行動を共にするようになってからだ。

ミザール達と行動を共にするようになって、スピカは貴族令嬢達から嫌がらせを受けるようになった。スピカに聞いても大事にしたくないのか「大丈夫です」と曖昧に誤魔化すことが多く、庇おうにも手を出しかねているのが現状だった。そんなある日、スピカが令嬢達に呼び出される現場を目撃することができた自分達は、これで証拠が押さえられるとその後をつけた。


『あなた、身分も弁えず王太子殿下に纏わりついているそうね』

『誤解です、纏わりついてなんていません…』

『周囲にはそう見える、ということを忠告してあげているのよ……ついでにいいことを教えてあげるわ。あなたは王太子妃の座を狙っているのかもしれないけど、王太子殿下は所詮は側妃様の子。将来王座につくのは第二王子殿下かもしれないわよ?』


『だから愛妾目的なら第二王子に侍りなさい』と悪びれもなくスピカを唆す姿に頭に血が上る。単に嫌がらせをするだけでなく、触れられたくない事情まで持ち出して相手を排除するようなやり方にミザールは猛烈に腹が立った。けれどミザールを踏みとどまらせたのはスピカの「待ってください」という声だった。


『私はそんなことを考えたりしていません。王太子様は貴族様ばかりのこの学園で不慣れな私を気遣ってくださっているだけです…それに王位の継承順は生まれた順だと授業で習いました。皆様が仰っているのはそれに反することではないですか?継承順だけじゃない、国を治めるために努力なされている王太子様に、そのような言い方はすごく失礼だと思います』


まさかスピカに庇われるとは思っておらず呆然としたのは一瞬で、反論したスピカに逆上した令嬢が腕を振り上げたのを間一髪で間に割って入る。


『で、殿下…!?』


驚いて顔を青くさせる相手に「私への侮辱とみなしていいんだな?」と怒りを抑えて相手を睨みつける。


『そ、そのようなことは…!!』

『私達は、その子に身分を弁えなさいと話していただけで…!』

『所詮側妃の子だと聞えたが』

『ひっ…』


自分達が貶していた相手が突然目の前に現れて、しどろもどろと言い訳をしていた令嬢達は誰も顔を真っ青にして頭を下げて許しを請うた。いくら謝ろうが口に出してしまったことは戻らない。自分を影で貶すだけならまだしも、そこにスピカを巻き込んだことは許せそうもなかった。令嬢達の家には王家から正式に抗議をすると伝えスピカの方に向き直る。スピカは健気にも今にも倒れそうな令嬢達を心配そうに見ながらも、促されるままその場を離れた。


『助けるのが遅くなってすまない』

『いいえ……あの、彼女達はどうなるのですか…?』

『天使の生まれ変わりである貴女に危害を加えたのです。彼女達の家に王家から抗議が行けば、謹慎か退学かになるでしょうね』

『そんなに…重い罪になるんですか…?実害もなかったし、注意で済まされないのでしょうか?』

『スピカ…あの人達はお前に暴力を振るおうとした。今後の為にも王太子様達に任せたほうがいい』


メラクとドゥーベがスピカに答える間、ミザールはあの時スピカが自分のことを庇ってくれたことに幸福を感じるとともに、自分がスピカを守らなければという義憤に駆られていた。

スピカを守れるだけの身分があることが嬉しかった。七騎士として彼女を守る役目を与えられているのだから、自分が彼女を庇うのは当然だ。あれ以降あからさまにスピカに敵意を向ける輩は減った。彼女達に厳しく対応した自分は間違っていなかったのだ。そう思い込むのに時間はかからなかった。

今思い返してもどうして間違えていないなどと自信を持って思えていたのか、自分の事なのによく思い出せなかった。

そうして自己満足で勝手にそう思い込んだ結果、ミザールは大切な弟の唯一を傷つけた。

客観的な事実だけで一方的にサザンクロス嬢を糾弾した自分達をアルコルは許さなかった。城に戻ったミザールに向けられたのは心底冷え切った視線だった。何も言わずに自分の横を通り過ぎていく相手に己のしでかしたことの大きさを思い知る。翌日にはお互い謝罪しあったが、その表情からは修復されつつあった関係が再び離れたことが分かった。


『それはお兄様が悪いです。アルとミモザにちゃんと謝って。でないと私もお兄様を見限ります』


妹にまで恐い顔で諭される頃にはかなり頭も冷えていて、二人に申し訳ないことをしたという罪悪感も一入だった。

その後も学園祭の準備や王城が冥王の支配下になったり対応に追われ、その機会も見出せないままずるずるとここまできてしまった。

落ち着いたら今度こそと思ってはいたが、あれ以来彼女はミザール達に会わないようにアルコルやタニアに庇われていて会うことも叶わなかった。今日こうして目の前にして話すのも実を言えばかなり久しぶりだったのだ。相変わらず仲睦まじい様子の二人を目にすると罪悪感と、己の失敗を思い出して死にたくなるが、今は感傷に浸っている場合でもないと気持ちを切り替える。



「先程の話の続きをしよう」

「兄上、ピーコック公爵令嬢の行為はエスカレートしてきています。いくらハダルの要人のご令嬢だとしてもこれ以上見過ごしにはできないのでは?」

「そうだ…これ以上好き勝手されて折角結んだ和議を壊されては困る」


肘をついた状態で手を組んで、ミザールはアルコルとミモザを見る。事はかの令嬢一人の愚かな行動で片付けられないところまで来ている。


「ただ、気になることがあるんだ」

「気になること…ですか?」

「協定が結ばれたとは言え、あちらの国ではまだ水面下で不穏な動きがあるのは知っているか?」

「不穏な動き…ですか」

「あぁ、さっきも言った通り、ピーコック公爵はハダルの第一王子派の貴族で、今回の和平では我が国との交渉の役目を負っている。だからこそ、第二王子派の残党に狙われている」

「そんな…まだ争いを望む者達がいるのですか?」

「そうだ。今回の件で第二王子は幽閉され、大方は粛清されたり、鳴りを潜めたりしたが、まだ荒事を起こして血を流すことを望む者達がいるのをあちらの王太子も不快感を露にしている」

「そのことがアクルのことと何か関係が…?」


ミザールの言いたいことが今回のこととどういう風に繋がるのかが分からず、ミモザが神妙な顔をして尋ねる。


「内偵からの情報に寄れば、敵方はピーコック公爵令嬢を利用して我が国の貴族を害し、その責を公爵に負わせたいと考えているらしい。和平の交渉にあたる公爵家が我が国の貴族に危害を加えたとなれば、同盟は間違いだったと言い出す人間も出るだろう」

「そうまでして戦争を起こしたいのか…」

「ピーコック公爵令嬢も第二王子派に与しているということでしょうか?」

「気になっているのはそのことだ」


ミザールは一呼吸ついて口を開く。


「かのご令嬢は元々あちらの王太子殿下の婚約者候補の筆頭だった。その肩書きに恥じず公明正大で快活で、父親のピーコック公爵によく似た気質の聡明な令嬢だというのが彼女の評だった。加えて王太子…クラテル殿下と彼女は幼馴染でとても仲が良かったのだと」

「…イメージが違いますね」

「そうだ。今の彼女と人物像が今一結びつかない」

「情報が間違っていたという可能性は?」

「ハダルとの交渉であちらの王太子殿と話す機会があって確認した。ヴィオはそんなことする奴じゃないと即答された後、何かの間違いだと力説されたよ。向こうでも確認を取ると言ってくれた。その様子からしても彼等の仲が良好だったというのは嘘じゃないと思う…それにあのピーコック公爵が娘一人の手綱もとれないとは考えにくい」

「そうですか…」

「それに…そう考えるのには別の理由もあって…」

「兄上?」

「お兄様、それについては私から」


口ごもるミザールの肩に手を添えて、ずっと黙って話を聞いていたタニアは口を開いた。


「私、ハダルの王太子殿下と婚約したの」

「えっ!?」


驚くミモザにタニアは微笑んだ。


「誤解しないで、勿論今回の同盟を目に見える形で示すものとしての意味が多いけれど、私もクラテル殿下も納得していることだから」

「タニア様…アルは知っていたの?メグレズ様も?」

「うん…黙っていてごめん…きちんと約定が結ばれるまでは口にできなくて…」

「はい…俺は警護の都合上特例で」

「えぇ、それは分かっていますが…」


ミモザは一瞬だけメグレズを見たが、アルコルに手を握られてはっとして向き直る。


「…それをミモザに伝えたということは、姉上達の婚約が正式なものになったということですか?」

「そうだ」


ハダルの王太子とアウストラリスの王女の婚姻は、今回の同盟にこれ以上ない人選であった。本人達の気持ちが伴うかどうかは周りには分からないが、納得せざるを得ない身分と責任がお互いにそうさせたのかもしれない。けれどミザールが見たクラテルのタニアに向ける視線は、目の前の弟がかつてその婚約者に向けるものととてもよく似ていて、当人の意向も確認して、これならばタニアが一方的に不幸になることはないと確信できたからこそミザールは二人の決断を支持しようと決めた。


「二人の婚姻によって同盟は更に強固なものとなる」

「それではピーコック公爵令嬢は自分が婚約者候補から外れたことを恨みに思って?いやそれだと辻褄が合いませんね」

「そうなのよね…それなら矛先はアクルではなく私に向かうはずだもの」


直接王女に手出しはできないにしろ、王太子の側近の婚約者ですらない令嬢がターゲットになるのは腑に落ちない。


「それに内偵の情報でもヴィオール嬢は婚約者候補から外れたことを納得していたというし…」

「それならピーコック様は何故…?何か理由があってこのようなことを?」

「そういう可能性もあるのではないかと思っている…ただその場合彼女にとってメリットが何もないというのも腑に落ちない」


第二王子派の残党からすれば二国間の和議をぶち壊すのに恰好の人選だった。和議の主要人物である公爵の娘で王太子の元婚約者候補筆頭、そんな人物がわざわざアウストラリス側で問題を嬉々として起こしているのだから、残党を炙り出すための恰好の囮と言えなくもない。

しかし本当にその役目を負っていると仮定しても、直接第二王子派の残党と通じるなど危険が過ぎる。しかも家や王太子のためとは言え、たとえ無事に戻れたとしても他国で問題を起こした彼女が貴族令嬢として負う傷の方が大きいのではないか。

万が一本当にアルカイドに惚れた可能性もなきにしもあらずだが、ヴィオールの表情は普段ミザールの周囲にもいる身分や肩書に群がってくる令嬢たちと大差ないようにしか見えないことが気になる。


「何だか彼女の行動を見ていると捨て身に思えて…確証もないが、演技だとしてもそうでなくてもこれ以上向こうの国の事情にアルカイドだけでなくアクル嬢を巻き込むことは許さない」


はっきりと言ったミザールの言葉の続きを拾うようにメラクが口を開く。


「先程伝えたようにあちらはピーコック様を通じて我が国の貴族に害を為そうとしています」

「今以上にアクルに危害が加えられる可能性があるということですか?」

「そうだ」


ミザールの言葉にミモザは顔を青褪めさせ目を伏せる。


「そうならないようにするための話し合いだ。いっそ彼女がアルカイドより私やタニアに近付いてくれた方が探りやすかったんだが…」

「そうね…私もお兄様の言う通りだと思うわ」

「私も何度かヴィオール嬢と話をしようと声をかけたんだけど…何だか毎回上手く逃げられてしまっていてね」

「逃げられる?」

「かわされたと言えばいいのかな…それだけの勘の良さがあれば、あれ程悪目立ちすることはないだろうなという程度の違和感だが…確たる証拠もないのに問い詰めたところで、敵方はピーコック公爵令嬢を切り捨てて逃げるだろう」

「それでは打つ手がないとうことですか?」

「誤解をさせるような言い方をしてすまない。アクル嬢には密かに護衛をつけようと思う」

「………」

「本当に彼女が囮だったとしても、我が国でこれ以上勝手な真似はさせない。今内偵が確証を集めているところだ。アルカイドは腹芸が不得手だからこの話はまだしていなかったが…戻ってきたらあいつにも話して働いてもらう。アクル嬢には明日再度私から説明しよう。裏で手引きしている人間を捕らえることができたなら、すぐにでもピーコック嬢には帰国して頂く。これ以上妹御に危害は加えさせない」

「…わかりました。絶対にそのお約束だけは違えないで下さい」


逡巡していたミモザは息を吐いてそう答えた。

心から信じてもらえた訳ではないだろうが、既に危害を加えられているアクルの身を心配するのは本心からだった。思惑があったとしてもやっと結んだ和議とタニア達の婚約をこれ以上かき回されて壊されては困るのも。

それに加えて今回アクルが目をつけられのは偶然だが、同時に又とない機会だと思った。

アルコルとミモザの婚約が結ばれた今、彼女の妹と自分の側近であるアルカイドの婚姻を結ぶことを望ましくないと声をあげる人間がいる。同じ家から王家や王家に近い者と同時に婚約を結ぶことで一家の力が強くなってしまうのを危惧しているのだ。

懐刀であるアルカイドを護衛から外すことはできないが、サザンクロスは国境戦の終結に尽力した家だ。それに現侯爵はもう満足に執務がこなせないほどの重体であり今後社交界での弱体化を予測すれば、二人が婚姻を結んだとしてプラスマイナスは今とほぼ変わらないのではないかとも思う。

王家から働きかけるのは簡単だが、それをしてしまうと一つの家の肩を持つのかとまた不服を唱える者が出てくる。だから今回の件ではアルカイドには功績を得るだけの働きをしてもらうつもりだ。簡単にはいかないだろうが、それでも今考えられる中で最良の策を打っておきたかった。


「ミモザ嬢…君がアクル嬢の代わりに囮になるのも駄目だからな」

「ミモザ!?」

「そ、んなこと考えていませんわ!」


メグレズの言葉にぎょっとしたアルコルがミモザの手を握る。


「そんなこと考えてたの?絶対に駄目だ!」

「そうよミモザ危ないことは駄目よ!」


タニアにまで叱られて慌てたミモザは言い訳をする。


「ち、違います!本当にやろうとしたわけではなく、お婆様の血を引く私の方があちらにとって都合がよいのではと思っただけです!」

「やっぱりか…釘を刺しておいて良かった…」

「メグレズ様!思っただけですってば!!」

「ミモザ絶対駄目だよ?あなたが危ない目に合うくらいなら私が」

「アルも駄目だ!!」


「二人とも絶対に駄目だからな!!」という幼馴染でもあるメグレズの言葉に張り詰めていた空気が割れる。眉間に寄った皺を指で伸ばしながら「前にも言いましたけどアルもミモザ嬢も…」とくどくどと小言を言い始めたメグレズを挟むようにして「わかったってば」とか「メグレズ様は相変わらず心配性ですのね」と声をかける気安い空気に、羨ましいくらい仲が良いなと思う。


ミザールの横でその様子を見ていたタニアの口から、ふ、と小さな笑い声が漏れる。

王族というのは感情を殺す術を教えられている。自分の感情よりも、時には命よりも国を優先させなくてはいけないからだ。タニアはミザールよりもそれが上手いと思う。それでも決して無表情などではなく、生来の快活さを失わず純粋に学び、強かに成長したのは本人の努力もあったに違いない。

だからこそ、今回の婚姻に否を唱えることなく頷いた妹の事が心配であった。

タニアに今まで婚約者がいなかったのは、いずれハダルとの婚姻を結ばざるを得なくなる日が来ることを想定してのことだというのは理解していた。あの国境戦が起きなければタニアは国内の貴族に降嫁されたのだろう。子供に甘い父のことだからきっとその時は彼女の望む相手と添い遂げることを許しただろうとも。

タニアが特定の誰かに心を傾ける様子はなかったし、ミザールから見てもそのように思えていた。けれど、学園祭の後くらいからタニアの笑顔が今までとは違うと思うようになった。それはほんの僅かな変化だったが、同じ立場で長年その表情を見て過ごしてきたミザールやアルコルだから気付けた変化だと言ってもいい。

その変化もほんの一時的で、自分の中で想いに折り合いをつけたらしいタニアは、ミザールやアルコルが手を差し伸べる前にすぐにいつもの様子に戻ってしまっていた。結局タニアの真意を聞くことはできず終いだった。情けない話、あの時は自分のことで一杯で、タニアを気遣う余裕すらなかったことを本当に後悔している。国のために自分の感情を飲み込んだタニアは自分よりも余程王族らしい。

後悔ばかりしている自分と比べて、これでは兄としても為政者としても失格だなと自分を奮い立たせる。

ミザールが物思いに耽りながらそのやり取りを見ていると、ハッとしたミモザが突然此方を向いて言った。


「それともう一つ。いくらアルカイド様が望んでも、外堀を埋められていても、障害が何もなくなったとしても…アクルの気持ちが伴っていない場合は私は婚約には反対ですから!」


安堵したのも束の間、組んでいた手を解いたミザールとメラクは顔を見合わせて苦笑する。


「あいつは単純で女心に鈍感なやつだけど、妹御のことは大事に想っているように思う」

「アクル嬢の気持ちもあるだろうが……あいつは真っ直ぐでいい奴ですよ」

「男の人が友人を紹介するときに言う「いいやつだよ」は信頼するに足らないってお母様が言っていましたわ」

「お兄様もメラクも援護射撃にしては弱いのではなくて?」

「手厳しいな……確かに、私達では友人の贔屓目が入っているからな…アルとメグレズはどう思う?」

「私はミモザの味方です」

「俺もミモザ嬢に」

「アル…メグレズ様…」

「うーん…二対二になってしまったなぁ…」


先程一目散に駆け出していったアルカイドの苦労を思い、ミザールは苦笑して溜め息を吐いた。


「兄上だって姉上が隣国に嫁ぐの渋っていたでしょう?」

「それは…だっておいそれと会える距離じゃないし…しかもあの男がタニアをどう思うのかあの時は分からなかった。反対するのは当然じゃないか?言いだしっぺの父上でさえ毎日駄々を捏ねて宥めるのが大変なんだ…」

「お兄様、アルも…ちゃんと話したでしょう。私は納得して、望まれて嫁ぐのですと。加えて我が国とハダルの関係が今までより良好なものとなるなら喜ばしいことではないですか。祝福してください」

「タニア様…」

「ミモザも心配しないで…私本当に嬉しいの。この国の安寧の役に立てることもそうだけど…クラテル殿下とは立場も似ていたし…お会いしてお互いに信頼できると思ったから決めたのよ」


タニアはミモザの手を取ると照れたように微笑んだ。


「タニア様…わかりました…おめでとうございます。貴女様のお幸せをお祈りします」

「ありがとう…貴方達の結婚式には絶対に帰ってくるわね。できればミモザのドレス選びにも参加したいし、式の準備も手伝いたいのだけれど…」

「た、タニア様…」

「こんな時まで私達の心配ですか姉上…」

「だってそれだけが心残りなんですもの!」


心底残念そうに拳を握ったタニアは机を軽く叩いた。


「そのためにはお兄様に早く結婚していただかないと!!」


継承権争いが起きないよう、アルコルとミモザの婚儀はミザールの後になるだろうと予想されていた。そのことを持ち出して力説したタニアにミザールは苦笑する。


「私は失恋したばかりなんだが…」

「私からもお願いです兄上。早くミモザと結婚したいので、一日も早く身を固めてください」

「アルまでそんなこと言うのか…」

「っふ…!!」

「…おい、メラク、笑うんじゃない」

「すま…っ、ふぐ…すまない…っ!ミザールの顔があまりに情けなくて…おかしくてっ…」

「お前な…」


必死に笑いを堪えるメラクと、相変わらず軽口を叩き合う兄弟達を見ながら、ミザールももそのやり取りに少しだけ笑った。気丈そうに見えるタニアとて生まれた場所を離れ他国に嫁ぐのに不安がないわけではないだろう。けれどそれを決意してくれた気持ちに報いたいと思う。こうして再び笑顔を向けてくれるようになったアルコルにもはやく幸せになってもらいたいと思うが、こればかりは相手を伴うことなのでもう少し猶予をもらいたいなと苦笑する。

慰めのような軽口の応酬に、知らず入っていた肩の力を抜いて柔らかな日差しに目を細める。まだあの甘くて苦い想いを忘れた訳ではないけれど、今ミザールがするべきことは感傷に浸ることではない。

皆が安心して笑って暮らせる国を守ることが王太子である自分の使命だった。

視点がころころ変わってすみません。

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