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お母様の言うとおり!  作者: ふみ
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母の教えその4「情報を制する者が戦を制する」


「ミモザ!!まだここに埃が残って……あ、あら?ミモザ!!どこへ行ったの!?」


義母達が来てはや数ヶ月。

その間、ミモザは自分の存在をほどよく消しつつ順調に過ごしていた。


義母と義妹は嫌味を言ってきたり、理不尽に怒鳴ったり、ミモザの食事を抜いたり。母の言っていた通りミモザを虐め使用人のように扱った。

こういう人達なんだと聞かされていたから耐えられるようなもので、何も知らない十歳の子供がこんな目に遭えば恨んでもおかしくはないのかもしれない。


ミモザはアリアから掃除や洗濯など一通りの家事を教わっていたから、言いつけられる仕事に関しては苦にならなかった。将来どんな形でも一人立ちする時に出来た方がいいと、練習だと思うことにしたのだ。

それに食事を抜かれた時はアリアがこっそりパンなどを持ってきてくれたし、認識阻害を使い使用人に紛れて食事をとったりしていた。

同様に義妹にドレスや宝飾品を取られた時も、思考誘導を駆使して取られた振りをして後で取り戻していたから実質的な被害はない。

今みたいに言いがかりをつけられそうになった時はこうして気配遮断してやり過ごしている。

住めば都とはちょっと違うけど、使用人に混じって賑やかに食事をするのも、自分で洗った洗濯物が綺麗になって風にはためいているのを見るのも結構楽しいものである。


「奥様、お嬢様でしたらお庭の掃除をするとお外に行かれましたよ」

「あら、そうなの…?」


認識阻害。つまりミモザだと分からないようにしつつ、使用人を装って声をかけるとウロウロしていた義母は、諦めたのか悔しそうに去って行った。

こうして過ごすうちに気付いたことだが、この義母は案外ちょろくて可愛らしいところがある。嫌がらせもストレートで避けやすいというか単純なので対処に困らない。


義母がいなくなった廊下で、ほっと息をついて認識阻害をとく。お仕着せの裾をふわりと靡かせミモザはうきうきと厨房へ向かった。今日は厨房で気配を消しつつ調理を学ぶつもりだ。


義母達に命令され着せられているお仕着せであるが、家事をするのには動きやすいし、アリアとお揃いなので気に入っている。

いつかこの家を出ていく日がくるまで、できるだけ沢山の経験を積んでおこう。


母が居なくなってから図らずも沈んでいたミモザは、少しだけこの生活に光を見出だしはじめていた。





しかしそんなミモザの平穏な日々は、やってきた第二の死亡フラグによって唐突に終わりを告げた。




「は……お茶会、ですか…」


父に呼ばれて行った先で聞かされたのは、王城で開かれる第二王子の誕生祝いに参加しろというものだった。


「そうだ、表向きは誕生祝いの茶会という名目だが、実質は今年十歳になられる第二王子の婚約者探しだ」

「………」


来た。とうとうやって来てしまった。


『ミモザ・サザンクロスはお城で行われる茶会で、第二王子に見初められて婚約者にされてしまう』


母の残した日記に書かれていた第二の死亡フラグが来てしまった。


このまま茶会に出席すれば、第二王子の婚約者にさせられてしまうかもしれない。背筋がすうっと冷たくなって、恐怖からかミモザはぐっと拳を握った。

何とか欠席する手だてはないかと必死に考えようとするも、動揺した頭ではそれもままならない。


「我が家にリギルとアクルを迎えた以上、お前が侯爵家を継ぐことはない………言っている意味は分かるな?」

「…………はい」


元々家を継ぐ気はなかったとはいえ、実の父親からこうもはっきりと切り捨てられるというのは堪えた。

つまり、この家にとって不要なミモザは家のためになる縁談を結び、さっさと出ていけと言われているのだ。


行きたくない。けれども私の居場所はここにはない。


ぐっと唇を噛んでミモザが返事をすると、父親は満足そうに頷いた。


「我が儘で癇癪もちとはいえ王子だからな、しっかりと目立っ」

「お父様ぁああ!!」

「ひっ…」


バァァン!!と勢いよく扉を開け、すごい勢いで室内に飛び込んできたものに驚いて、ミモザは思わず横に逃げる。飛び込んできたのはピンクのフリルの塊……ではなく、頬を染めたアクルだった。


「お父様っ、お姉様ばかりずるいわ!!」

「ど、どうしたんだいアクル?」

「私も王子様のお茶会に行きたいわ!!」

「…………」


どうやら私と父の会話を部屋の外で聞いていたらしいアクルは、私だけが茶会に参加するのが面白くなかったらしい。そして父に自分こそが王子に相応しいと宣った。


「お城で王子様とお茶会なんてステキ…!!」

「あ、アクル…第二王子は少し変わっていてね…お前が気に入るような相手じゃ」

「お父様っ…どうしてそんなことを言うの!?まさか私よりもお姉様の方がいいと言うのっ!?」

「そんなことはない!!ただアクルにはもっと相応しい人がいると…!!」

「いやよ!!アクルは王子様と結婚するの!!」

「…………」


喚くアクルに、宥める父親。あまりの騒がしさにミモザは気が遠くなる。

動揺と不安で気が張りつめていたところにこの茶番で、頭がパンクしそうだった。



結局、無駄な言い争い(一方的な我が儘ともいう)の果てにアクルはミモザと共に茶会に参加する権利を父親から得てしまった。


「お前はアクルがあの我が儘王子に目をつけられないようにちゃんと見張っているんだぞ!!万が一にもアクルが見初められることになんてなったら…!!あぁ!!なんてことだ…!!」

「うふふ…待っていらして王子様…!あなたのアクルが参ります…」


額に手をやりありもしない未来に嘆く父親と、王子様が訳ありだと聞く耳持たずに浮かれる義妹を冷めた目で眺めながら、ミモザは早く部屋に戻りたいと思った。





そしていざ茶会の当日。


王城へ向かう馬車の中、上機嫌なアクルとは反対にミモザの気は重い。


父と義母からは「アクルに王子を近づけるな、お前は要らないがアクルは大事な跡取りだ」としつこい程に釘を刺され、アクルからは「私が王子様に見初められるんだから邪魔しないでよね」と罵倒される。どうしろと言うのか。


大事な跡取りだというのなら茶会への参加など許可しなければいい話だし、性格最悪な第二王子の婚約者などこっちから願い下げであった。

けれど、父母の言う通りアクルを王子から遠ざければ自分が第二王子の婚約者に選ばれてしまう可能性が高くなってしまうし、逆に二人をくっつければ父母からの叱責や折檻がまっている。


(どうしたらいいの……お母様……)


心細くなって馬車の窓から外を見る。今日はこんな時いつも励ましてくれるアリアもいない。

眼前に迫る王城の門を見上げ、まるで勝ち目のない戦に向かうようだと溜め息を吐いた。


『知っていれば避けられる不運もあるわ、情報を制する者こそ戦を制するの』


そして母のそんな言葉を思い出した。


(そうだ……どうせアクルは私のいうことなんか聞きはしないし……問題だらけの第二王子本人を実際に見ればきっと諦めるだろうし…)


馬車から降りて、茶会の会場である庭園の入り口でミモザは腹を括った。

問題が起こった時に対処できるように、情報だけは集めておこう。


そう思ってミモザは気配を消して会場の風景へ溶け込んだ。母に言われた通りめざせ壁の花だ。

一方アクルはミモザに目もくれず馬車を降りてすぐ会場へすっ飛んで行く。きっと第二王子を探しにいったのだろう。


隠し子だったとはいえ義母だって貴族の端くれなのだから、アクルにも一般的な教育はされている筈だが、あのように走っていくのを見ると淑女には程遠いように思える。


お茶会の会場にはミモザ達と同じ年頃の令嬢や令息が多く見受けられた。ミモザと同じく第二王子の婚約者や学友として見繕われた者達なのだろう。


(婚約者はごめんだけど、お友達はほしいな…)


“悪役令嬢ミモザ"には取り巻きはいたけれど、親しい友人はいない。そう母から聞かされていたため、将来の自分には友達の一人もいないのかとガッカリしたが、今のミモザなら友人を作ることだってできるかもしれない。


数人の貴族がアクルの振るまいに眉をひそめたのを目に留めて、ミモザは絶対に身内だとばれないようにしようと思った。


そうして庭園を見渡した時、ぽかりと人垣が空いた場所に一際目立つ白い丸い物体を見つけた。


「……っ……」


その物体は、よく見ればミモザと同じくらいの歳の少年で、白いのはその服で、太っているせいで真ん丸に見えたのだと気付く。

一瞬、金色のモップを頭にのせた白い子豚に見えてしまったとは絶対に口にすまい。

そしてその髪色に「あっ」と叫びそうになってミモザは慌てて手のひらで口を覆った。


(もしかしてあれが第二王子…!!)


金の髪は王家とそれに連なる家の色。

日焼けしていない白い肌に透き通った紺碧の目。その身に白を纏うのは血筋が高貴な証。


言葉の上では理想的な王子様像だが、実際は金色のモップを頭にのせた白い以下略、であった。


第二王子は招待客など目に入っていないように、テーブルに並べられたお菓子を頬張っていた。

マナーも何もあったものではなく、手当たり次第手掴みで口にいれ、飲み込みきれなかったものを口の端から溢している。白い服の胸元は食べこぼしでひどく汚れていた。


(あれは……ひどいわ……)


年頃の令嬢や令息達は数人ずつのグループで固まり、庭園の端の方で時折第二王子の方を窺いながらひっそりとしていた。きっとどこの家も第二王子の悪評を知っているからああやって遠巻きに観察しているのだろう。

まだ子供とはいえ貴族だ。第二王子との交遊が自分や家にとって有益かどうか測る必要がある。


第二王子はそうやって観察されていることに気付いていないようで、一頻り食べて満腹になったのか今度は使用人を呼びつけ何やら騒いでいるようだった。


ミモザは気配を消したまま、声が聞こえる位置までそっと移動する。


「おい、どうして僕の服がこんなに汚れているんだ」

「菓子の欠片がついてしまったようでございますね、すぐに新しいお着替えを用意致します」

「お前はいつもそう言うじゃないか!!前にも言っただろう!!溢れない菓子を作れと!!」


(…貴方が溢れないように食べたらいいんですよ、とは………言えないんだろうな……)


他にも「着替えるのなんて面倒だ」とか「つまらないから誰かに曲芸でもさせろ」だとかわがまま放題だった。


(あんなのの婚約者に選ばれろなんて…)


父親の仕打ちにミモザは心底落ち込んだ。


あれでは遠巻きにされても仕方ない。案の定、第二王子の態度を見て早々その場を離れる令嬢も見受けられた。


(いくらお父様の命令とはいえ、この方の婚約者になるのは嫌だわ…)


第二王子は私に興味を示されなかったということにしてこのままやり過ごそう。そう決めたミモザはそっとその場を離れようとした。


しかし。


「ねぇあなた、王子様を見かけなかった?」


ピシリと世界が凍ったようだった。


「ちょっと、そこのあなたよ!聞いてるの!?」


凍ったのはミモザだけではない。第二王子の傍にいた使用人や貴族が一瞬で動きを止め、遠巻きにしていた子供達すら大人達の不穏な空気に囁くのを止めた。


(……な……なんてことを……!!)


ミモザはどうしていいか分からず頭を抱えた。

シンと静まり返った会場でポカンとする第二王子に構わず、この静寂を作り出したアクルは尚も言い募る。


「私、王子様にお目にかかりたくて探しているの!」

「……王子は僕だ」

「え………」


呆然としていた王子がやっとのことで口を開くと、アクルは驚いてピタリと喚くのを止めた。そしてジロジロと第二王子を観察して再びとんでもない爆弾を落とした。


「あなたみたいな太ってる人が王子様なわけないじゃない」


(な、なんてことを…っ……!!)


ミモザは真っ青になって叫びそうになった口を咄嗟に押さえた。会場ではアクルの発言を聞いた使用人が堪えきれず漏らした「ひぇ…」という小さな悲鳴が響いた。


「な……な……」


顔を真っ赤にして肩を振るわせる王子に気付いていないのか「あぁ早く王子様に会いたいわぁ」とか頬を染めて言うアクルにミモザは恐怖しか感じない。


「お、おそれながらお嬢様、っ…こちらの方こそアウストラリス王国、第二王子であらせられるアルコル・アウストラリス殿下でございます…!!」


やっとのことで言葉を絞り出した使用人に告げられたアクルは、一瞬「え……」と言葉をなくしてピタリと動きを止めた。

しかしその表情は「とんでもないことをしてしまった」と自分の発言の重大さに気付いたとかではなく、心底ガッカリしたという感じで。


(……っ…まずい…!!)


「王子様があなたみたいな人だなん」

「アクル!!」


なんとかしなければ、明らかに不穏な言葉を吐こうとしたアクルを止めたい一心で、ミモザは気配遮断を解いてアクルと王子の前に姿を現した。


「っ!?」

「お、お姉さま?一体どこか」

「アクル、駄目じゃない離れちゃ」


これ以上口を滑らせる前に黙らせなければ。

アクルの言葉を最後まで聞かず、ぐいっと顔を挟んで目を合わせる。アクルの赤銅の光彩を見つめて「静かに」と瞳に魔力を込める。


「………ごめんなさいお姉さま」

「あなたはまだ淑女教育が十分でないのだからお父様からも私から離れないように言われていたでしょう」

「……はいお姉さま」


アクルの目が虚ろになり、淀みなく肯定の言葉がでてきたことに暗示が成功したことに安堵する。


(アクルの方はこれでよし……あとは…)


突然現れたミモザに呆然としていた第二王子の方に向き直り、胸の前で拳を握り覗き込むようにしてぐっと顔を寄せる。


「っ…」

「王子殿下、誠に申し訳ありません…!!妹はまだサザンクロス家に来てから日が浅く世情に疎いのです…どうぞお許しを…!!」


近くで見開かれた紺碧の目を見つめて、此方にも同じようにしてしっかりと記憶操作と暗示をかける。

さっきのアクルの発言をなかったことにして王子の目の前で“ちょっと粗相をしただけ"なので“寛容な心で許して"と。


「あ……」


何故か顔を真っ赤にさせた王子にまさか失敗したのかとミモザが焦ったのも一瞬で、第二王子はごほんと咳払いをして「……まぁいい」とアクルの行いを許してくれた。


(………良かった……ちゃんと王子にも暗示が効いたみたい……)


これでアクルの極刑ものの不敬を揉み消すことができたし、程々に第二王子の不興を買ったのでサザンクロス家が第二王子の婚約者に選ばれることはないだろう。


しかしミモザがほっとしたのも束の間だった。


「お騒がせして申し訳ありませんでした、私達は下がらせ」

「待て!」


使用人と近くにいた貴族に認識阻害の魔法をかけつつ、素早く一礼して会場を後にしようとしたミモザの腕を第二王子が掴んだ。


「え………?」

「お前、ちょっと来い!!」

「っ!?」


使用人や招待客が固まる中、固まったままのアクルを置き去りにして第二王子はぐいぐいとミモザの腕を引いて庭園の奥へと歩きはじめる。


「お、お待ちください…っ!!」


強く掴んだ腕を離すことなく、ずんずん歩いていく第二王子にはミモザの制止も届いていない。


(なんで!?…なんでなのーっ!?)


引き摺られるように会場から離されていくミモザは心の中で叫ぶしかなかった。



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