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お母様の言うとおり!  作者: ふみ
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母の教えその22「迷った時は心のままに」


「う……」


ミモザが気がついたのは頬に何かが触れる感触があった時だった。覚醒した意識にゆっくりと閉じていた目を開ければ、頬を掠めていたのは地面に生えた草であることが窺える。視線を上げた先の空は暗く、木々の隙間からは遠く崖の肌が見えていた。


「…っ…」


痛む体に顔を顰めながら身を起こすと、ここが未だ森の中だということが分かった。


「…どう、なったの…?」


あの時確かに自分は崖から落ちた筈だ。目の前に迫る魔物の恐怖も、絶望的な浮遊感もハッキリと覚えている。

魔物の姿を思い出して無意識に身を震わせたミモザの指に、コツリと何か固いものが触れた。


「これは…」


地面に散らばるように落ちている、花びらの形をしたその白くて小さな破片は、アルコルがくれた筈の守りの髪飾りだった。

自分の髪を触ってそれがやはりないことに気付くと、呆然としながらその破片を指で拾い上げた。


あの時、もう駄目だと思った瞬間耳のすぐ側で聞こえた何かが割れるような音、魔物を消し去った強い光。


「……守ってくださったのね」


拾い集めたそれをぎゅうと握って胸に抱く。思い浮かべたただ一人の姿に、少しだけ心に余裕を取り戻したミモザは、自分が今置かれている状況を考える。


今いる場所から岸壁が見えることから、ここはさっきミモザが落ちてきた崖の下でよさそうだ。左を見ても右を見ても、鬱蒼と繁る木々が続いていることから、方角が分からないと進む方向を決められそうもない。辺りは大分暗くなっていた。どのくらい気を失っていたのかは分からないが、空の様子を見れば二時間も三時間も経っている訳ではなさそうだ。


「っ……痛…ぁっ…」


髪飾りの破片をハンカチにくるみポケットにしまって立ち上がろうとすると、右足に鋭い痛みが走った。

どこかでぶつけたか挫いたかしたのだろうか。足を地面につく度に走る痛みに、何歩も歩くことができず、ミモザは早々に座り込んでしまった。


「どうしよう……」


これでは自力で森を脱出するのは難しい。さわさわと葉の擦れる音が響く暗い森は心細かったが、ここで助けを待つほかないようだ。


(あの魔物がいなくなったのであれば、スピカ達がきっと探しに来てくれるはず…)


そう思いながらミモザは崖の上を見上げた。


(アルコル様は…無事かしら…メグレズ様も危ない目にあっていなければいいのだけど…)


アリオトの話では、他の場所にも同じような魔物が出たと言っていた。無事に避難してくれていたらいい。そう思いながらも、アルコルならば助けに来てくれるんじゃないかとふと思ってしまった。

けれどもすぐにそれはないと、頭を振って思い浮かべた姿を打ち消す。

このような有事に、王族であるアルコルが危険な魔物の出現した森の中に留まっているとは考えられない。メグレズや教師達によって安全な場所へ避難させられているだろう。


(…勝手に期待してしまって……駄目ね…)


昔、アルカイドに叩かれそうになった時も、学園で王太子達に責められていた時も、アルコルはミモザを助けてくれた。

あの笑顔と優しい心に何度救われたか知れない。ずっとそうして助けられてきたから、無意識にアルコルを頼ってしまっているのかもしれない。

しかしミモザはアルコルの婚約者でもないし、ただの友人に過ぎないのだから、そうして勝手に期待して甘えてしまうのはいけないことだとも思った。


それにミモザはさっきスピカ達の前で能力を使ってしまった。高位の魔物を数秒でも抑えておけるだけの魔法をミモザが持っていると知られてしまった。スピカを助けるためにあの時力を使ったことに関しては後悔はしていないけれど、これからのことを考えると不安ばかりが募る。


(…もし…私の能力が知られて…軽蔑されたら…)


アルコルに疎まれ遠ざけられる自分の姿を思い浮かべたミモザは、ズキリと胸に痛みを覚えた。


(…どうして…?)


婚約者に選ばれたくなかった筈なのに。死なないために距離を置いて、いつか本当にアルコルが好きになった人と幸せになれるよう応援していた筈なのに。気付けば心の大きな部分をアルコルが占めていて、ミモザは俯いて唇を噛んだ。



『いいミモザ、道に迷ったときはその場を動かないのが一番いいけれど、人生に迷ったときは自分の心のままに従っていいのよ』



昔街へお忍びで行ったとき、アリアとはぐれ道に迷った母が言っていた。

今思えば大人なのに迷子になってしまったことを何かいいことを言って誤魔化そうとしただけなのかもしれなかったが、今のミモザにはその言葉がすとんと胸に落ち着いた。


これからどうしていくのか、既に母から聞いたゲームのシナリオからは少し逸脱してきているように思える。シナリオから外れるために一番分かりやすい目標がアルコルから遠ざかることだったが、それが今の自分にとって望むことかと言われると言葉が出ない。

アルコルは自分にとって大切な人だ。メグレズも、アクルも、スピカだって。皆と離れたくない気持ちの方が大きい。

この先ミモザが本当にそう望むなら、この能力のことを打ち明けなければいけないだろう。


(それでも…もし受け入れてもらえなかったら…)


暗くなってきた森に風が吹いて葉擦れの音が鳴った。


きっと不安になっているから悪い方へ考えてしまうのだ。弱気になってはいけない。

そう考えを打ち切って、ミモザは「よし」と、ぱちんと自分の頬を両手で叩いて、現状をどうにかできないかと思考を切り替える。


「動けないとしても…何かここに居るって知らせられるといいんだけど…」


狼煙でも上げればいいのだろうが、まず火種がないし、起こすような道具も持ち合わせていない。


「こういうときやっぱり五属性の魔法が使えないのは痛手よね…」


闇魔法は珍しい魔法で能力も振り切れているが、サバイバルには向かないようだ。冒険者になったとしてもこれでは大変だろうと思いミモザは頭を悩ませた。


その時近くで茂みを掻き分ける音がした。


「っ…」


人にしては小さなその足音に、ミモザは身構える。あの高位の魔物が消えたとしても、ここには低ランクの魔物だって生息しているのを失念していた。せめてもう少し物陰に身を隠していれば良かったと、そう思う間にも足音は段々近付いてくる。

今から動いたとしてこの足では逃げ切れないだろう。低位の魔物ならばミモザの暗示が効くかもしれないが、さっき消費した魔力がどれほど回復しているのかも分からない状態では心許なかった。


(…どうしよう…お願い、気付かないで…)


祈るような気持ちでミモザは身を縮め蹲るも、無常にも足音は真っ直ぐ此方を目指しているように近付いてくる。


「っ…」


しかしミモザが身構えた瞬間、目の前の揺れた茂みから現れたのは、見慣れた短い黒色の前足だった。


「え…」

「よっと……あぁやっと見つけた」

「レモ…ン……?」

「だから言っただろお人よしも大概にしぐぇっ!?」

「レモン!!」

「ぐ…くるし、バカ、離せぇー!!」


安堵から思わずレモンを抱きしめたミモザに、蛙の潰れたような悲鳴を上げたレモンはジタバタと短い足で空を掻く。


「よかった……来てくれたのね…よかったぁあ…!!」

「いいから一旦離せ!!じゃないと…!!」

「……ミモザ?」

「っ…え…?」

「ミモザ!!」

「アル…っ!?」

「うぐ!?」


レモンの現れた茂みの奥から現れたアルコルの姿に、ミモザが驚くよりも早くに駆け寄ったアルコルによって抱きしめられる。


「っ…良かった…無事で…ミモザ…!」

「あ、あっ、アルコル様…?」

「ミモザ……本当に…良かった」

「っ…」


ぎゅううぅ、とでも音がしそうなくらいの抱擁に、ミモザは羞恥と安堵でパニックになる。


「ど、どうしてここに…!」

「探しにきたんだ」

「で、っでも…アルコル様は安全な場所にいなきゃいけない筈で…!」

「ミモザが一人で危ない目にあっているかと思ったら、我慢ができなかった」

「っ…アルコル様…」

「おい!!俺を離してからやれ!!」


「そこで見つめ合うな!」とふーっと毛を逆立てたレモンがアルコルとミモザの間で怒鳴る。


「み……!」

「…無事を確認しただけだ」


見つめ合うという単語とその顔の近さに真っ赤になったミモザは、腕の中から抜け出した相手に「レモン!!」と叱るように叫んだ。


「ったく…折角助けに来てやったのに!」

「ご、ごめんね…で、でもそんなこと言ったらアルコル様に失礼でしょう?」

「知るか、俺には関係ない」


つーんとそっぽを向いてしまったレモンは反省の様子なく「全くこれだから人間は面倒なんだ」とかぶつぶつ言いながらがさがさと茂みの中へ歩いていってしまった。


「レモン、どこへ…待って…」

「早くしろよ」

「ミモザ、立てる?」

「それが…足を痛めてしまったようで…」


アルコルに手を貸してもらい何とか立ち上がるも、足がつけずによろけるのを支えてもらった。


「アルコル様、すみませんが先生を呼んできて頂けないでしょうか」

「どうして?」

「え…?歩けそうもないので…」

「私が背負って行けば済むだろう」

「えっ!?」


「はい」と背中を向けてしゃがんだアルコルにミモザは慌てて言う。


「アルコル様いけません!」

「どうして?」

「どうしてって…アルコル様にそんなことをさせる訳にはいきません!!」

「たとえ短い間でも、怪我をしたあなたを置いていく訳にはいかないよ」

「っ…それでも、婚約者でもないただの一令嬢が王族にその身を背負わせるなど…許されませんわ」

「私はかまわない」

「アルコル様が構わなくても周囲はそう思ってはくれません…アルコル様がそうして私に気をかけてくださった事で、周囲に貴方様の興味が私にあると誤解を生んでしまうかもしれません」

「…それならこうして私が一人であなたの元へ来た時点でもう手遅れな気がするけど……ミモザはそう誤解されるのは嫌?」

「っ…わ、私の話ではなくて…」

「私はあなたの身を抱える役目を他の誰にも譲りたくないし、譲るつもりもない」

「っ!?」


背中に乗ろうとしないミモザに一旦立ち上がったアルコルは、ミモザに向き直ってその両手を握った。


「私にとっては誤解でもなんでもないんだ」

「アルコル様……」

「初めて城で会ったあの日から、ずっとミモザが好きだった」

「!」


はっきりと告げられた言葉に、頭が真っ白になる。


「嫌われていると分かっていても諦められなかった。あなたの優しさにつけ込んで友人の座まで得たというのに、それだけじゃ我慢が出来なかった。ミモザの優しいところも、意思が強いところも、強がりで危なっかしいところも全部好きだよ」

「…っ…」

「こんな私を見放すことなくずっと傍にいてくれた。ただそれだけのことがどれだけ嬉しかったかあなたは知らないだろう?」

「あ…アルコル様…」

「一人の人間として、あなたに好いてもらえるまでは言う資格もないんだと思って我慢していた。だから周囲に積極的に誤解されるよう動いていたのは私の方なんだ…はっきりと自分の口で言えないくせに、狡いことをしてごめん」

「………」


目を伏せてミモザに謝ったアルコルに、ミモザは怒ってはいないと伝える意味で呆然と首を振る。


アルコルが自分を好きだと言っている。しかも自らミモザに気があるよう振舞っていたと。

ミモザは信じられない思いでじっとアルコルの碧の目を見た。


「この先ずっと隣であなたが笑っていてくれたらいいと思った。辛いことを分かち合うのも、楽しいことを増やしていくのもあなたがいいと思った。ミモザとなら、どんなことがあっても一緒に乗り越えられると思った」


頬が熱い。頭がぐらぐらする。足の痛みが吹き飛ぶくらいの衝撃に心臓は破裂しそう。


「ミモザ、私の婚約者になってほしい」

「あ…」

「…返事はすぐにじゃなくてもいい…けど考えていてほしい」


真っ赤になって固まってしまったミモザに苦笑したアルコルは「参ったな…本当はこんなところで言うつもりじゃなかったんだけど…」と、そっとその手を離すと再びミモザに背を向けて屈んだ。


「だから誤解とか気にしなくていいから、私にあなたを助けさせてくれますか?」

「っ…」

「好きな子をこんな場所で一人にしたくないんだ」

「あ、アルコル様…」

「おんぶが嫌ならお姫様抱っこにするけど…その方が顔が見えるからいいかな」

「お、おんぶで、お願い…します…!」


ぽんぽんと投げつけられる甘過ぎる言葉に、これ以上平静で聞いていられなくてミモザは白旗をあげて降参した。比喩でなく本当に頭から煙が出そうだ。


そっとアルコルの肩に手をかけて体をその背に預けると、膝裏に腕を入れて軽々と持ち上げられる。急に高くなった視界に驚いて目の前の首にしがみつけば「うぁ…」とくぐもった声がアルコルから漏れた。


「お、重いのでは…?」

「あ、違うよ…ちょっとあなたにしがみつかれて嬉しかっただけ」

「な、何を言っていますのっ!?」


へらりと笑って言ったアルコルにミモザは再び顔に熱が上がってくるのがわかった。


「ミモザはいつも弱みを見せないから、こうして頼られると嬉しいんだ」

「…そんなことを言うのはアルコル様くらいです…」


余裕のあるアルコルが何だか狡く思えて、ミモザは悔し紛れにそう言った。


「そうかな?好きな子に頼られたら誰だって男は嬉しいものだと思うけどな」


森の中だというのに、アルコルの背中はあまり揺れなかった。痩せたとは言っても、その腕も背中も逞しくて、ちゃんと男の人なんだなと思ったら余計に恥ずかしくなって二の句が次げなくなった。告げられた想いと自分の恥ずかしい考えに追い討ちをかけられ、ミモザは思わず「うぅ」と呻き声をあげその肩に顔を埋めた。


「どうかした?」

「……何でも、ありません……」


前にも恥ずかしくてこうして何も言えずに誤魔化したことがあったな、とミモザは他人事のように現実逃避をして、頬の熱を忘れるよう無心でアルコルの背中から空に浮かぶ星を数えることにした。


いつも誤字報告や感想ありがとうございます、活動報告でコメントくださった方もありがとうございましたm(_ _)m

優しいお言葉に救われています。

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