母の教えその20「仲良くなるには恋バナが有効」
あれから、スピカはミモザと同じくらいの時間に教室に現れるようになった。
そして毎朝「おはようございます」と挨拶をして、先生が来るまで他愛もない話をする。最初は少し緊張していたミモザも、今では此方から普通に話しかけることができるほど慣れてきていた。
ミモザが一時だけでもこうしてスピカと過ごすようになってから、スピカへの嫌がらせは大きく減った。
はじめは身分の違う二人が一緒にいることにざわついていた生徒達も、今では落ち着きを取り戻している。貴族達はミモザを憚って直接スピカに絡もうとする人間はほとんどいなくなったし、商人や平民の生徒達もやはり今まで表立って言えなかっただけで、スピカを取り巻く状況をよく思っていなかった者たちも結構いたようだ。ミモザと一緒に過ごすようになったスピカは周囲からよく微笑ましい視線を向けられていた。
そういった変化が、スピカにとってミモザが安寧を齎してくれた存在に思えたのかもしれない。遠慮をするのは相変わらずだが、前よりは壁がなくなっていると思う。
自分がしたことが本当に正しいことなのかは分からないが、一時期教室で暗い顔をして俯いていた彼女がこうして少しでも笑えるようになったのだから、自分の行動も間違いばかりではなかったのだろうと、最近ミモザはそう思えるようになった。
「今日は夏季演習について説明するよ」
数日が過ぎ、雨の多い季節が過ぎ日差しが強くなりだした頃、教室へ入ってきたフェクダはそう言って資料を配りはじめた。手元に回ってきた資料に「夏季演習要綱」という文字が記されていたのを見て、ミモザはそれがゲームのイベントの一つであることに気付く。
『ゲームの中での大きなイベントの一つ、夏季演習。学園の裏手に広がる森で魔法や戦闘の実習を行う訓練のことよ。生徒全員参加で、班ごとに分かれて魔物を討伐したり、食事を調達したりして、一日をその森で過ごすの。貴族も多いこの学園でそんなことして大丈夫なのかって思うけど、まぁそこは学園の創設理念からみれば外れてもいないでしょうから大丈夫っていうのが暗黙の了解になってるのかしら。班分けも先生達が属性や修練度のバランスを見て決めたってことになってたけど、生徒達に身分の差がある以上そこに忖度も多分に含まれているだろうしね。とにかくそんな訳でヒロイン達は魔物の現れる北の森へ演習へ行くことになるの』
要綱を捲れば、演習の場所はやはり「北の森」となっていた。
『ヒロインと同じ班になるのはその時の好感度が高い攻略対象だったかしら?確か二人くらい?誰が一緒になったとしても大体の流れは一緒よ。王太子と同じ班になれなかったミモザは腹を立て、それがヒロインのせいだと逆恨みをして、その力で魔物を操りヒロインにけしかけるの。そして凶暴化した魔物に襲われてピンチになったヒロインを、同じ班になったその時一番好感度の高い攻略対象が助ける……っていうストーリーよ。そしてヒロインを排除することができなかったミモザは更に憎しみを募らせるっていう感じね』
(本当にどうしようもなく悪役なのね…)
逆恨みした挙句失敗して憎しみを募らせるとか、ゲームのミモザのことを思い出すと本当に嫌になる。ミモザがこそりと溜め息を吐いているとフェクダの話は既に注意事項の説明に移っていた。
「当日、班に一つずつ連絡用の水晶を配るよ。北の森には低ランクの魔物が生息している。君達の魔法でも対処できると思うけれど油断はしないで欲しい。俺たち教師も森の中を見回っているけど、対処できないと思ったらすぐに撤退すること、連絡用の水晶ですぐに先生に連絡すること」
低ランクの魔物でもミモザが操ったことで凶暴化したのだから、フェクダの言うように油断はできないのだろう。勿論ミモザはそんなことしないが、万が一にでもスピカが襲われることになったら大変なことになる。
「班はいつ決めるんですか」と一人の生徒から質問があがる。
「班は前日に発表するよ。前もって知らせちゃうと色々言ってくる人がいるからねぇ…」
げんなりと頭を掻いたフェクダを見ながら、他の生徒達同様、ミモザもまた誰と一緒の班になるだろうと、ちょっとだけわくわくした。死亡フラグやシナリオに怯えない訳ではなかったが、野外で魔法の実習をしたり、自分達で食料を調達して一晩過ごすなど、はじめてであったから少しだけ楽しみだった。
そして班分けのことだけでなく、ミモザにはずっと気にかかっていることもあった。
あの場ではミモザも混乱していたから気づかなかったが、いくらスピカを害されたかもしれないといって話も聞かず相手を糾弾するなど、ミザール達の行動が盲目的過ぎてはいなかったかと、数日たって落ち着いて考えるとあの日の王太子達の行動にやっぱり違和感があった。
立場のある人間が怒りに任せてあのような暴挙に出るとは考えにくい。アルコルやタニアからも、ミザールは聡明で公正な判断ができる人物だと聞いていたのに、あの時のミザールはミモザどころかスピカの話さえ聞こうとしなかった。ドゥーベに関しても、心配や過保護と言うには行き過ぎている気さえしてくる。
(それがもし…冥王の復活を願う悪魔の仕業だとしたら…)
自分の膝の上で、惰眠を貪るレモンを片手でそっと撫でる。かつてレモンがやったように、ミザール達も姿の見えない誰かに悪意を吹き込まれているのだとしたら。今度の演習でも何かが起こる可能性が高い。
スピカと七騎士達の間にわだかまりが残り信頼関係が崩れていれば、いざ対峙した時にその状況はあちらに有利に働くだろう。
あの後スピカはドゥーベと話し合い、王太子達ともちゃんと和解をしたそうだ。それについては良かったと安堵しつつ、まだ脅威が去った訳ではないのだと不安は尽きない。
冥王や悪魔といった姿の見えない相手にどうやって対処したらいいのか。
今ミモザができるのは周囲と円満に過ごし、大切な人たちがその悪意に巻き込まれることがないよう注意することだけなのかもしれない。
ミモザは不安と期待を抱えて日々を過ごした。
そして迎えた演習当日。
「………」
「………」
一体誰と同じ班になるのかしらと、少しだけ浮かれていたミモザの気分は、昨日演習の班分けが発表されたことで、一気に平静に戻ることになった。
その理由の一つは目の前にいるこの青年。
赤い髪に恵まれた体躯。腰には幅広の長剣を差している、まるで騎士のような出で立ちの。
「アルカイド様…」
そう、何故か同じ班にアルカイドがいたからである。
「………そんなに警戒するな」
ムッとするわけでもなく、歩み寄ろうとする気が感じられる訳でもなく、ただ平坦な声でアルカイドはそう言った。
「別に、警戒はしておりませんわ……ただ、どのように接していいか分からないだけです…それは貴方様も一緒ではありませんの?」
「………そう、だな…」
「………」
子供の頃のあの一件からずっと会うこともなく、見かけることはあっても会って話をするような仲でもなく、ちゃんと同じ場に立ったのはミモザが彼等に糾弾されていた時だったから、あの時だって一言も会話することなく終ってしまった。
前にも言ったが、ミモザはアクルのことを泣かせたアルカイドのことをあまりよく思っていない。この間彼の迅速な行動に助けられたことを思えば、彼だって成長したのだろうと思うが、それだけで見直すほど、ミモザは今のアルカイドのことを何も知らなかった。
気まずい沈黙が落ちる中、ミモザの後ろから明るい声が聞こえた。
「サザンクロス様っ…!」
ぱたぱたと桃色の髪を跳ねさせてミモザの前まで来たスピカは、そわそわと嬉しそうに頬を染め「同じ班ですね!えっと…よろしくお願いします…!」と頭を下げた。
(まさか…同じ班になるとは…)
クラス分けもシナリオ通りだったから、今回の班分けもそうなんだろうと勝手に思い込んでいた。
ゲームの中ではミモザがスピカと同じ班になることはなかったらしいから、今回はスピカや七騎士達を少し離れた場所から客観的に見られるだろうと思っていたミモザは、昨日発表された班分けの用紙を見て文字通り頭を抱えた。
「どうかされましたか?…も、もしかして私とじゃ…」
「ち、違うわ!ちょっと緊張しちゃって…こちらこそお願いします、スピカ」
「はいっ…私、お役に立てるようがんばります!」
ミモザが微笑むと、ぱっと顔を輝かせたスピカは力強く頷いた。
「…………おい、いつの間にこんな懐かれてんだ」
「………」
スピカの注意がミモザからアルカイドに移ってから、腕の中のレモンが不機嫌そうに聞いてきたが、ミモザは答えるべき言葉を持っていない。
はぁぁ、と呆れたような大きな溜め息を吐いてレモンは再びミモザの腕に顎を乗せて目を瞑ってしまった。
今日のレモンは何故か機嫌が悪い。
普段よりも多くの人間に接するからだろうか。けれど部屋で待っているかと聞いたら「付いていく」の一点張りで考えようともしなかった。
具合でも悪いのかとミモザが口を開きかけた時「そういえばアルカイド様とサザンクロス様は以前からのお知り合いだったのですか?」と遠慮がちにスピカから聞かれる。
「え…」
「さっきお話してたみたいだったから…」
「それは…」
「やぁ、皆早かったんだねぇ、遅れてごめん」
ミモザとアルカイド、両者が答えに窮したタイミングで三人に陽気な声がかけられた。
「っ」
「あ、アリオトさん、おはようございます」
「珍しいなお前が出遅れるとは…」
「いやぁ出がけに商会の方から緊急の手紙が届いてさ…連絡とかしてたら遅くなっちゃったんだぁ…悪かったね」
息を飲んだミモザに気付かず、三人は話をはじめる。
(出たわね…最後の攻略対象…!)
『七騎士の一人、アリオト。イプシロン商会の会頭の息子で、幼い頃から父親についてあちこちの商店や顧客の家をまわっていたせいか、人を見る目に長けていて、情報収集能力にも優れているわ。ゲーム内ではよく攻略対象たちの好物とか、よく行く場所とか教えてくれたわね。普段はのほほんとしておっとりした喋り方をしているけれど、商談の時は別人みたいになるの。所謂営業スマイル系男子ね。商人としての才は高く、兄がいるそうだけど次期会頭には彼の方が相応しいという声もあった。けど本当は、家業を継ぐのは外面だけの自分ではなく兄の方が相応しいと思っているのよ。自分は兄の下で補佐として働きたいと思っているのに、商才がありすぎるせいかその慕っていた兄との仲が険悪になってしまったことを気にして、いっそ商人なんて辞めてしまおうと思っていた。彼のルートだと学園へ入学した彼は七騎士として行動を共にするうちに、朗らかで誠実なヒロインに普段の自分を認められて、彼女に惹かれていくの。しかし第二王子がクーデターを企てていると情報を得た彼はヒロインを助けるため奮闘し、結果それが兄との和解にも繋がり、クーデターを無事阻止してエンディングを迎える』
(そうよね…天使の生まれ変わりであるスピカに何かあったら大変だもの…普通に考えたら同じ班に七騎士が配属されるわよね……)
でもだからって私をこの班に入れなくても良かったじゃないと、ミモザは一人遠い目になる。
ミモザが母から聞いた情報を思い出しながら、昨日から何度目かになる我が身の不運を嘆いていると、ふいに話を止めたアリオトと目が合った。
「ああ、ごめんなさい、自己紹介していませんでしたね。サザンクロス侯爵様のご息女、ミモザ様とお見受けします。私めはイプシロン商会で会頭補佐を務めております、アリオトと申します。以後お見知りおきを」
「はじめまして、ミモザ・サザンクロスと申します。こちらこそよろしくお願いいたします」
先程までの間延びした喋り方とは打って変わって、はきはきスラスラと出てくる言葉は正に商人のそれであった。栗色の髪に人懐こそうな笑顔を浮かべ、口上を述べる姿はさぞや顧客の女性達の目を奪うことだろう。
「お噂通り麗しい方だ…どうぞご贔屓に、と言いたいところですが、貴女の前では我が商会の商品もくすんでしまいそうですね」
「…お褒めいただき恐縮ですわ。きっと貴方様の歌うような美しいお声に酔われて商会を利用される方も多いのでしょうね。……ですがここは学園なのですから、どうぞ普通に話してくださいませ」
「おや、手厳しいな…」
くつくつと笑い声を立てるアリオトと、貴族の令嬢らしく社交辞令の笑みで淡々と返したミモザに、アルカイドとスピカは揃って呆然としていた。
「まぁ、仕事用の口調は疲れるから…そう言ってもらえると助かるなぁ」
「お前……いつもはあんな喋り方なのか……」
「そうだよー、普段行動を共にすることが多い人は普通に話すことにしてるんだ、疲れるから」
七騎士として一緒に行動したことのある彼等でさえ、アリオトの商人としての一面を知らなかったらしい。ミモザが対応できたのは一重に令嬢教育の賜物である。
「じゃあ、遠慮なく普通に話させてもらうけど…怒らないでね?」
「はい」
「こんなノロマな喋り方で嫌にならない?」
「うすら寒いお世辞を言われるよりいいと思います」
「そんなに寒かったかなぁ…」
頭を掻きながらアリオトは、じいっとミモザを見る。
「冗談はこれまでとして、商会の方は本当に侯爵家の皆さんにも満足していただける商品が揃っておりますので、どうぞご贔屓に」
「はい」
「……それと、麗しいって言ったのはお世辞じゃないよ」
「は」
「想像してたよりも綺麗だし…頭の回転も早そうだし…好ましく思う」
「おい、アリオト…止めておけ…」
「うーん…貴女が第二王子殿下の意中の姫君でなければなぁ…」
「………」
(この人ってこういう人なのかしら…?)
営業スマイル、つまり仕事の時は愛想よく誰とでも付き合えるが、普段はそこまで積極的に他人に興味を持ったりしないのかと思っていた。生い立ちからしても優秀さ故に苦悩する影を抱えた青年というような人物を想像していたミモザは、黙ってその話を聞きながらと母の情報から得た人物像とは少し違う印象に内心で首を傾げていた。
「私がどうかした?」
アルカイドの制止も聞こえていないのかアリオトが口を開こうとした時、その場に現れたのはアルコルだった。
「アルコル様」
「ミモザ、おはよう」
「おはようございます」
ミモザはスカートを摘もうとして、今日は制服でない事に気付いた。今日のミモザは動きやすいように上は紺色のブレザーを着て、下は裾に向かって広がったシルエットの灰色の膝下丈のズボンをはいていた。髪の毛だってきちんと後ろでまとめていたし、足元だってちゃんとヒールのないブーツである。
「その格好とても動きやすそうだね、それに似合ってる」
「あ…ありがとうございます…」
演習だと言うけれど、やはり貴族の子女達は丈の長いスカートを履いてくる人間が多い中で、浮いてしまうかなと思っていたミモザだったが、さっきのちょっとした仕草で今日のミモザの格好の意図にちゃんと気付いて褒めてくれたのが嬉しくて、アルコルにお礼を言った。
「私もあなたと同じ班が良かったな」
「アルコル様はどなたと一緒なんですか?」
「メグレズと、あとは上級生だったよ」
「お互いがんばりましょうね」
「ミモザが居てくれたらもっと張り切ったんだけどな」
「そんなことを言ったらメグレズ様が嘆いてしまわれますよ?」
「はは、確かにこれ以上愚痴を言ったらメグレズに怒られてしまいそうだ」
笑ったアルコルはそっとミモザの頬に手を伸ばして、その頬を掌で包むように撫でた。
「アルコル様?」
アルコルは手を伸ばして、ミモザの耳の後ろ上の辺りに何かを挿した。
「ど、どうしましたの…?」
「お守り」
「お守り?」
「うん、星の花を模した髪飾りなんだ」
「簡単な守護の効果がついているよ」と言うアルコルに、ミモザは眉根を寄せる。
「それなら私よりもアルコル様がお持ちになった方が…」
「髪飾りだから私はつけられないし、一緒にいられない代わりに私だと思ってミモザにつけていてほしい」
「っ……しかし…」
アルコルの言葉に顔が赤くなりながらも、それでも頷けずにいると苦笑したアルコルは膝をついてミモザの手を取る。
「アルコル様っ!?」
「どうしてもあなたが気にしてしまうというなら、私にも後であなたが刺繍したハンカチを贈ってほしいな?前にアクル嬢にあげたと言っていただろう、私もほしい」
「わ、わかりましたからっ…!その、跪くのをやめてくださいっ…!」
真っ赤になったミモザが「王子ともあろうお方がすぐに膝を折ってはなりません!」と混乱した頭で言えば「あなたの前でしかやらないよ?」と言われ、更に頭が沸騰する。
「…………」
「………だから、止めておけと言っただろう…」
呆然と二人の会話を見ていたアリオトの肩を、アルカイドが同情したように叩く。
あの城での一件の時にも、去り際にアルカイドに「今後二度と彼女に手を出すな」と、恐ろしく低い声で忠告してきたあの王子が、目の前で彼女に言い寄る男を黙って見ている訳がない。
「やぁー……まだ婚約してないし…少しは入る余地があるかなぁって予想してたんだけど……噂以上に仲良しなんだねぇ……」
「………」
傷付いているのかそれとも本気ではなかったのか、表情の読めない相手に返す言葉が見つからないままアルカイドが反対側のスピカに目を移せば、こっちはこっちで「素敵……本物の王子様とお姫様だわ……」と頬を染めキラキラとした目で王子達を見つめていた。
そんな二人に挟まれながら少し遠い目をしたアルカイドは、一刻も早くメグレズが連れ戻しに来ることを願った。
結局メグレズがアルコルを連れ戻しに来るより早くフェクダが生徒達に集合を告げたので、アルコルは自分の班のところへ戻っていった。
森の入り口までは全員で移動だが、そこから先は班ごとに別行動となる。
ミモザ達の班には水属性を持つ者がいないため、飲み水を確保するためにも森の東側の湧き水の湖を目指そうということになった。
「そういえば、ミモザさんの魔法は何?」
「私は…闇の属性を持っているのですが、低レベルの攻撃魔法と、気休め程度の混乱魔法くらいしか…大したことはできないんです。戦闘ではあまりお役に立てないと思います」
「そうかぁ…珍しい属性とはいっても使える能力が多いわけじゃないんだねぇ…」
森を探索しながら表面上は申し訳なさそうに笑い、ミモザは表向きの自分の能力をそう説明した。
「戦闘なら僕とアルカイドで何とかなると思うから、スピカさんと一緒に後方で支援をお願い」
「アリオト様は何の属性なのですか?」
「様じゃなくてさん付けで呼んで欲しいなぁ…俺は土属性だよ。土で壁作って防御したり、人型にして攻撃してもらったりとか…まぁ応用すれば便利な能力だよ」
「そうなんですか…アルカイド様は?」
「…俺は火だ」
アルカイドは王太子の側近としても戦闘訓練などを受けている筈だから、万が一魔物に遭遇した時は彼等の言うように任せた方がいいのだろう。それにここにはスピカもいる。フェクダによればやはりスピカの光魔法はかなりの高位レベルなのだというから、通常の戦闘に関しては心配は少ないのかもしれない。
「では火を起こすことには困りませんね」
「そうね……あとはお水と食べ物が見つかればいいんだけど…」
メグレズのように木属性を持っていれば実の生る木も魔法で生み出すことができるし、水属性を持つ者は飲料水をはじめから確保できているのだから、それだけでも有利である。そう考えると属性の違いによって結構班ごとの格差があるのだなミモザは思った。
「……食べ物は…何も用意していないのか?」
「簡易的な携帯食なら持ってきました」
「いや、そうでなく…」
どこか驚いたように聞いてくるアルカイドに首を傾げると、何かを察したようにアリオトが言葉を続けた。
「あぁ…えっと、貴族のご令嬢の大多数は、お付の人を連れてきたり、食事もその人たちが用意してることが多いから…アルカイドもそう思ってたんじゃないかなぁ」
「え…そうなのですか?」
「まぁ…高位貴族だと、そうだな…」
言いづらそうに目を逸らし前に向き直ったアルカイドの背中を呆然と見ながら、ミモザは頭を抱えた。
昔母が『夏だからキャンプしましょう!』と言って一晩過ごせるだけの装備を持ってミモザを連れ外へ行こうとしたことがあった。勿論その時はアリアに止められ、結局部屋の中にテントを張って、そこで作ってもらったサンドイッチを食べ、キャンプとやらの気分だけを味わうことになったわけだが、その時に母は『本当のキャンプは食料を自分達で用意してその場で調理するのよ』と言っていたから、てっきりそういうものだと思っていたが、どうやら貴族の常識では違うらしい。
「えっと……私てっきり食料は自分達で調達するものだと思っていまして…」
「俺達はそうするつもりだったが…あんたはそれでいいのか?見つからない場合は携帯食だけになるぞ」
「はい、それは仕方ありませんわ」
「まぁ…その格好を見たときからなんとなくわかってはいたけど…やる気満々だったんだねミモザさん」
「そうだな、何日も前から鞄に荷物詰めて浮かれてたもんな」
「レモンっ…!!」
自分が今日をとても楽しみにしていたことをレモンにまでばらされて頬に朱が上る。
何だかとても恥ずかしい。
「うぅ…」
「だ、大丈夫ですよサザンクロス様!今の時期の森にはおいしい山菜やきのこだって沢山生えてます」
「私にも見つけられるかしら…」
「大丈夫です、私村ではよく野草とかを摘みに行っていたので見分けるの得意なんです」
恥ずかしさで少し不安になったミモザは、スピカの声に励まされ沈みかけた気を持ち直す。
「…スピカは学園に入る前は何をしていたの?」
「私は…ほとんど毎日羊の世話とか、畑仕事とか…さっき言ったみたいに森へ野草を採りに行ったりとかですね。日のある内は外で働いて、夜になったら家の中で糸を紡いだり加工して工芸品を作ったりしていました。…小さな村だったので、遊ぶことと言えばドウと草原を駆け回ったりとか、おしゃべりをするくらいしかなかったんですけど」
「そうなの…」
「サザンクロス様は…あ…こんなことを聞いたら失礼ですね…」
「そんなことはないわ…でも私の毎日なんて貴女に比べたら味気ないものだと思うわ。毎日お勉強があったし、好きに外出なんてできないもの……あぁでもね、妹と過ごす時間だけはとても楽しいの。とてもいい子なのよ」
「あ、前にクッキーを焼いてくれた妹さんですね」
ミモザがアクルのことを口に出した瞬間、肩を揺らしたアルカイドがふっと振り返る。
「?…どうかなさいました?」
「いや…」
「なんでもない」と再び前を向いてしまったアルカイドに首を傾げつつ、ミモザは隣を歩くスピカを見る。最初は遠慮して少し後ろを離れて歩いていたスピカだが、ミモザと話しているうちに隣に並んでいたことに気付いて、はっとしてまた一歩下る。
(やっぱり…気にしてしまうわよね…)
ミモザはそれを残念に思いつつ、人と仲良くなることの難しさを痛感していた。
スピカは平民で、ミモザは貴族。身分の差が存在する以上弁えなければいけないところは弁えなければならないが、スピカは一人の人間として尊敬できる相手だと思ったし、もっと仲良くなりたいと思った。
(…えっと…誰かと仲良くなる為には…)
『ミモザ、お友達をつくることは難しいことじゃないわ。決まった方法なんてないの。子供のうちは沢山おしゃべりして遊んで、そうして気付いた時には友達ができてたりする。けど大人になるとそうはいかないことの方が多いわね。自分の言った事で相手がどう思うか、いやな気持ちになったりしないか、そう考えてるうちに言葉が出てこなくなって、足踏みしている間にどんどん難しくなってしまうのよね。それでもそうやって相手の事を考えて悩んだことは無駄じゃないと思うの。だって考えたら考えた分もっとその子と仲良くなりたいって思うじゃない?大事なのは思いやりを忘れないでまずは話をすること。第一歩が成功したら、お互いの共通の話題を見つけたらいいわ』
ミモザはふと『女の子同士で恋バナすると盛り上がるわよね』と少女のように頬を染めて話していた母の姿を思い出す。
(恋の話と言っても……スピカは…今誰か好きな人はいるのかしら…?)
スピカが誰を選ぶかによっては、これから先の未来が変わってくる可能性がある。
一番仲の良いのはドゥーベだと思っていたが、この班分けを見ると違うのかもしれない。誰の名前が彼女の口から出てくるのかは分からないが、スピカとそういう話をしたらと考えたら、ちょっとだけ楽しそうな気がした。
恋らしい恋もしたことがない自分がそんな話ができるのかは疑問だが、何故か頭に浮かんだ一人の姿を首を振って慌てて打ち消した。




