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お母様の言うとおり!  作者: ふみ
23/61

母の教えその19「腹が減っては戦はできぬ」



「お前馬鹿なの?」

「……そうね」

「あんなに必死に避けてたくせに、自分から天使の生まれ変わりの女に近付くとか…愚かにもほどがある」

「本当ね……」


あの後、アルコルに送ってもらい何とか辿りついた自室で。ショート寸前の頭は考えることも放棄したらしい。ドアを閉めた途端どっと疲れが襲い掛かってきて、ミモザはベッドに倒れこんで朝まで昏々と眠り続けた。

目を覚ました時にはもう明け方近く、二度寝をしたら今度こそ魘されそうだと思ったので、そのまま起きて登園してしまおうと身支度を整えた。いつの間にか部屋に戻ってきていたレモンは、着替えも入浴もせずベッドで眠っていたミモザを半目で見て、欠伸をして伸びをしながら寝ていた籠から出てきた。説明、とでも言いたげな胡乱な眼差しに早々に堪えられなくなったミモザは、教室への道すがら昨日の顛末をレモンに語り、その結果先程のお叱りを受けたのだった。


机に突っ伏して項垂れると、頭上から大きな溜め息と机に座っていたレモンの前足が頭の天辺に乗せられる感覚がした。

まだ朝早い教室には人が居ない。席は基本的に自由なため、ミモザはいつも早めに来て一番後ろの窓際の席を取ることにしていた。開けられた窓からは暖かく湿った風が入ってきて、伏せたまま顔を横に向ければ外を鳥が低く飛んでいるのが見える。雨の多い季節がやってきた。


「…だって、放っておけなかったし…王太子様から言われたら断れないじゃない…」


昨日アルコルが言ったように王太子の願いを断ることができるのは、それこそ王家の人間くらいだ。人を疑ってあれだけ強く非難しておいて、よくもあんなことが言えたなと思う。恐怖もあったし、腹も立った。今だってあの冷たい目や怒鳴られたことを思い出せば体が震えるというのに。

それでも、あのままスピカを放っておくのは後味が悪いというのも事実で。誰に言われるまでもなく、ミモザが持つ身分があればそれがスピカにとって大きな雨除けになることが分かっているのだから余計に。

昨日の令嬢達のように、他の生徒から受ける苛めは明らかにエスカレートしてきている。ああして目の前でそれが行われているのを見てしまったら、あの場で黙って傍観できるほどミモザは冷徹になりきれなかった。


「だからほだされたと?しかも了承したそばからこうして後悔して悩んで…最初から嫌だって言えばよかったじゃねーか…はぁあ…人間って分かんねぇ…それともお前が特別変なの?」

「……今回に至っては、返す言葉がないわ」


レモンの言うとおりだ。これでは折るどころか自ら死亡フラグを育てているようなものではないかと、ミモザは内心一人で項垂れた。レモンの悪口にも言い返す気力もなく、顔を上げ素直に「ごめんね」と謝る。


「べ、別に謝らなくても、いいけどよ…」

「だって折角レモンも助けてくれたのに…」


ミモザが王太子達に糾弾されていた時、アルコルにそのことを教えてくれたのはレモンだと、帰り道にアルコルから聞いた。


「本当にありがとう、レモン」

「あー分かった、分かったから!もう止めろ!何回も言うなって言っただろ!ただの気まぐれだ!!修羅場になったら面白いなと思っただけだ!!とにかく止めろ体が痒くなる!!」

「ふふっ…そんなに悪ぶらなくてもいいのに…」


さっきも言ったが、ミモザがお礼を言う度にレモンはこうして短い後ろ足を必死に伸ばして首元をわしわしと掻いたり、手足をじたばたさせて背中を机に擦りつけたりする。それがおかしくてついミモザも何度も言ってしまう訳だけれども。


「でもレモンには今の状況の方が都合がいいんじゃないの?」

「…お前がいなくなったら俺の安全は誰が保障するんだ。奴等はふりふりのドレスだけでなく帽子や靴下まで履かせてきやがるんだぞ。今思い出すだけでも恐ろしい…」

「ふふ…くっ…」

「笑うなっ!いいか、とにかくお前はあんまり関わら…!」

「おはようございます、サザンクロス様!」


レモンの声を遮って大きな声で挨拶したのは、今まで二人が話題としていたスピカだった。


「お、おはようございます…スピカ様…」


レモンとの話に夢中になっていて、スピカの存在に気付いていなかったミモザは心臓を跳ねさせながら、何とか挨拶を返す。


「あのっ……おこがましいお願いかもしれませんが…っお話を、させていただいてもよろしいでしょうか…!」と思いつめたような顔をして聞いてきたスピカに、レモンは嫌そうな顔をしてさっとミモザの肩に乗り、ツンと顔が見えないようにその髪の中に鼻先を埋めてしまった。


「は、はい…ど…どうぞ…?」


ミモザが早鐘を打つ心臓を宥めつつ、自分の隣の席を勧めると「…私みたいな平民が隣に座る訳にはいきません」とスピカは硬い表情で言った。どことなく顔色も悪いように見える。


(…昨日の今日だし…仕方ないか…)


昨日の事を気にしているのだろう。唇を引き結び、胸の前で握られた手は小さく震えている。あっさり忘れられても困るが、こうして顔色が失せてしまうほど気にされてしまうのはミモザにとっても本意ではない。知り合ってしまった以上、ヒロインであるスピカとの間にわだかまりを作りたくはなかった。


「一人だけ座っているというのも落ち着かないから……嫌じゃなければ座ってくれないかしら?」


困ったように微笑みながらスピカの顔をじっと覗き込むと、ミモザの表情に少しだけうろたえた後スピカは「っ……わ…わかりました…」と頭を下げ、ぎこちなく隣に座る。

スピカは神妙に俯いた後、顔を上げ意を決したように「私、ずっとサザンクロス様とお話がしたかったんです…」と言った。


「私と…?昨日も言っていたけど…何故?」

「はい…最初はあの授業のとき…何が起こったのか分からなくて、恐くてパニックになってた時に水晶から手を離してって女の人の声が聞こえて…それでその後、それが誰の声だったのか探すようになったんです…以前サザンクロス様が第二王子殿下と廊下で話している声が聞こえて、あの時私を助けてくれた声の主はあなただって気付いたんです。ずっとお礼が言いたかった…けれども皆さんがおっしゃるように、私のようなただの平民が貴族であるサザンクロス様に話しかけてもいいのか分からなくて…それに今度はあなたからも嫌悪の眼差しを向けられたりしたらどうしようって、考えてたら言えなくて…昨日だってあなたはそんな私に手を差し伸べてくださったのに…本当に意気地なしでごめんなさい…」

「スピカ様…」

「どうか私のことはスピカと呼び捨ててください」

「………」

「…昨日、あなたに言われて考えました。けれどやっぱり私には…あなたにそんな風に言ってもらえる資格はないんだと思いました。私は自分が許せない。ドウも、殿下も、メラク様も、みんなを止められなかったっ…私が話を聞いてもらえるほど彼等の信用を得ていればあんなことにはならなかったのに…だから、私はこのままのうのうとあなたの側に置いていただくわけにはいきません」


(…意外と、頑固なのね…)


黙って話を聞いていたミモザは、頑なに自分を許そうとしないスピカに、思っていたのと違う印象を受けた。乙女ゲームのヒロインというからには、守られて傅かれるのを当たり前に享受するような人物なのかと思っていたが、こうして話してみると、真面目で、純粋で、思ったよりも頑なである。

ヒロインだからと、それだけの理由で敬遠していたミモザは、スピカの話を聞いて他の貴族達同様自分も彼女の本質を見ていなかったのだと思い反省した。


ミモザが内心恐れていたのはスピカの人柄や考え方だった。


もし彼女があの場で七騎士達に守られるまま彼等の行動を止めなかったなら、ミモザだっていくら王太子の命令だったとしても絶対に頷いたりしなかっただろう。

さっきだって簡単に昨日の出来事を流されて「お友達になりましょう」とか言われたなら、ミモザとて上辺だけの友人として相対するつもりだった。

実際学園を卒業してしまえば彼女が王太子や高位貴族と結ばれない限り、ミモザとの接点はなくなると言っていい。あくまで学園内だからこそ成り立つ関係なのだと、期間が限られていると打算もあったからこそ、あの場では王太子の命を受けるという選択をした部分もあった。

そして悪意もないが、無自覚にその正義を振りかざすような人間でも困る。

昨日のことだって、いくら彼女が止めたところでそれを聞かなかったのは彼等だ。それが全て自分の責任だと言ってしまうのは何だか世間知らずな子供の綺麗事のように思える。

そんな彼女の無垢さが周囲に暴挙を起こさせる原因になったのも確か。その純粋さは世界を救う天使たりうるために必要なのものかもしれないが、被害にあったミモザにしてみれば、どちらが正しいのか判断することはできない。


話を聞いていたミモザがふと視線を感じて教室を見渡すと、教室の前の入り口付近にドゥーベの姿があった。ミモザと目が合ったドゥーベはその場で頭を下げる。ミモザの肩が揺れたのに気付いたスピカも其方を見た。


「っ…」

「!」


すぐにスピカが顔を背けると、分かりやすくドゥーベはショックを受けたように項垂れた。


「……しばらく口をきかないって言ったんです」

「え……彼にしてみれば大事な貴女を傷つけられたと思っての行動だったのでしょうから…あなたがそこまでしなくても……」

「どうしてそんなに優しいんですか、サザンクロス様は昨日の事を私達にもっと怒っていいと思います!」

「優しい訳じゃないわ…あの場で私が怒ってもアルコル様のお立場が悪くなるだけですもの…」

「それでも、ドウはサザンクロス様に酷いことをしたんです!私の話だってちっとも聞いてくれなかった!…小さい頃からずっと、幼馴染で、殿下達よりもずっと一緒に居たのに…分かってくれなかった…」


どこか寂しそうに俯いてしまったスピカにミモザは苦笑する。それでもそうやって肩を落としているのだから、スピカもまたドゥーベと関係がギクシャクしてしまったことを気にしてしまっているのだろう。


「今の姿を見れば、昨日の貴女の言葉はちゃんと届いたんじゃないかしら…?」

「…それでもやっていいことと悪いことがあります…あなたを怒鳴りつけ、第二王子殿下の言うようにそのお心を傷つけた。だからその原因である私が、ドウを簡単に許しちゃいけないんです」

「………」

「これ以上、あなたに迷惑をかけるわけにはいきません」


彼女はゲームでミモザを破滅に追い込むヒロイン。


深く関わらないのが一番いいのは分かっている。

昨日起こってしまったことを考えれば、今後スピカはたとえ自分が傷つけられることがあっても、そのことをもう誰にも告げないだろう。言えば王太子達が暴走するのをああして目にしてしまったら、この少女の性格を鑑みれば一人で黙って耐えるという選択をするのが目に見えている。


(……女は度胸って、お母様が言っていたわね…)


昔母が教えてくれた言葉を思い出しながら、ふぅ、と一つ溜め息を吐く。

ミモザが零した溜め息にスピカの肩がびくりと揺れた。

話を聞いていればスピカが悪い子ではないのは分かった。自分の与える影響を自覚しているのであれば、きちんと向き合って話す余地があるのではないかとも。


まずは話してみよう。駄目だったらその時にまた考えよう。


どの道ここでミモザがスピカを突き放そうとも庇護しようとも、どちらにしても立場が悪くなるのであれば、後悔のない方を選びたい。


ミモザの耳元に顔を寄せていたレモンが、まるでミモザの頭の中を読んだかのように、呆れた声で「甘すぎる……」と洩らした。また後で叱られてしまうかしらと思いながら、ミモザは苦笑して口を開いた。


「……スピカ、お腹空いてない?」

「!」


ミモザに名前を呼ばれたことと、発した言葉の意味が分からなかったのか、勢いよく顔を上げたスピカが可笑しくてちょっとだけ笑う。


「おなか…?」

「昔、私の母が言っていたのだけれど、怒るのってとってもエネルギーがいるのですって」


『怒った瞬間はどうしてくれようかとか、絶対許さないって思うんだけど、そのままの気持ちを持続して怒り続けるのって意外と大変なのよ。私もあんまりあの人が高いヒールを履くなだとか私へのあてつけかとかこのウドの大木めとか言うから、逆さに木に吊るして頭ひとつ分くらい引き伸ばしてやろうかと思ったときもあったわ。けど、ずっとそうして怒っていられないのよ。疲れちゃうし、何よりお腹が空くもの。お腹が空くと余計に苛々するし、腹が減っては戦は出来ぬって言うでしょ?だから怒りが収まらない時は、許すかどうか保留にして、とりあえずご飯!』


そう言って笑った母に、ミモザはその前の何だか物騒な言葉に気を取られていて、曖昧な返事しかできなかったのを覚えている。


「昨日の夕飯は食べた?」

「…いいえ」

「朝食は?」

「…食べていません」

「実は私も、色々考えてしまって…食べないで出てきてしまったの」


部屋を出る前、昨夜から何も口にしていないことに気付いたミモザは、家から届いた荷物の中に入っていたクッキーを鞄に入れて持ってきていた。それを取り出し丁度二人の真ん中に差し出す。


「妹がね、日持ちのするお菓子を焼いて送ってくれたから、授業の前に食べようと思って、持ってきていたんだけど…一緒に食べない?」

「そんな…私なんかが…っ…」

「私と食べるのが嫌ならいいの…」

「そんなっ嫌じゃありません!」


わざとしゅんとして悲しげに目を伏せれば、相手はすぐに首を振って身を乗り出す勢いで否定してきた。


「そう、なら食べましょ?」

「っ……」


ケロリと笑顔になったミモザに、かあっと頬を赤くしたスピカははくはくと空気を食んだ。


「嫌じゃないですけど、っ…私はさっきも言ったように…あなたの隣にいるには相応し……んぐっ!?」


またしても落ち込みそうな言葉を吐こうとしたスピカの口に、ミモザは無理矢理大きめのクッキーを突っ込んだ。


「んんっ…ぐ……」

「どう?おいしい?」

「っ…は、い…じゃなくてっ…だからっ…んぐ!」

「まだお腹が空いてるみたいね、もっと食べる?姉としての贔屓目を抜いてもとてもよく焼けていると思うの」


手で口を押さえてぶんぶんと首を振るスピカに、ミモザはつい声を洩らして笑う。


「………ひどいです」

「ふふっ…ごめんなさい…あなたがあんまりにも頑なだからつい…」


「笑ってしまってごめんなさい」と頭を下げると、スピカは赤い顔で「ほ、本気で怒ってませんから頭を上げて下さい!」と慌てて言った。


「本気で怒ってもらった方が良かったのだけれど…そうしたらこれでおあいこにできるもの」

「……本気でおっしゃってるんですか?」

「えぇ、そうすれば一緒にお菓子を食べたりこうしておしゃべりできる友人が一人できるじゃない」

「な……」


ミモザの言い放った言葉に、呆気に取られたようにスピカが口を開ける。


「正直に言うとね、王太子殿下にはああ言ったけれど…私もあなたと向き合う自信がなかったの」

「………」

「諍いや揉め事に巻き込まれるのが嫌で、貴女を庇いもせず、我が身可愛さに遠巻きに見ていることしかできなかった。昨日の事だって、腹も立ったし、あの場を早く収めて立ち去りたい一心で王太子様の命を受けたのであって、そこまで貴女の為を思ってした行動じゃない…だから私は貴女にそこまでの罪悪感を感じてもらえるほど立派な人間ではないの……ごめんなさい」

「頭を上げてくださいっ…あなたはちゃんと私を助けてくれました!」

「それなら、ごめんなさいじゃなくて、ありがとうが聞きたいわ」

「っ…」


ミモザはできるだけ素直に自分の気持ちを伝えた。


「貴女はきっと真面目だから、私が言ったことを沢山考えてしまったのね…けれど、そうやって悩ませたかった訳ではないの。だからちゃんと考えてくれたのなら今はそれでいいわ」

「…っ…そんな…私」

「まぁ、まだお腹が空いているようですわね」

「っ」


ばっと両手で口元を押さえたスピカにミモザも笑いを零す。ミモザが笑ったことで、からかわれたと知ったスピカは脱力して赤くなった顔を両手で隠した。


「…少しは元気になったかしら?」

「……はい」

「お腹がふくれたら、少しは心に余裕ができると思うわ。貴女も私も、色んなことを許せるかどうかは保留にして、まずは相手と向き合ってみたらどうかしら?」

「向き合う…」

「そうです。今私と貴女がこうして話しているように、幼馴染の彼ともちゃんと話し合った方がいいと思うわ」

「………」


ミモザの言葉にスピカは眉を下げ考え込んだ後、小さく頷く。

その様子を見ていたミモザはほっと安堵の溜め息を吐いた。今になってやっとやってきた空腹に、ミモザも小さな星型のクッキーを口に頬張った。


湿った匂いがして窓の外へと顔を向ければ、ぽつぽつと雨が降り始めたところだった。


「あの………ありがとうございます」

「どういたしまして………ふふっ…」


真っ赤になったまま隣でそう言ったスピカを見ながら、ミモザは心の中にわだかまった不安が晴れていくのを感じて笑みを零した。


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― 新着の感想 ―
[一言] あー。スピカ落ちましたね?(笑) もうお姉様!って呼んで仔犬の様にまとわりつく姿が目に浮かびますww
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