母の教えその17「人とは支えあって生きるもの」
強力な光の魔力の保持者がいたことを聞いた学園長は、そのままフェクダを伴って王城へ行ったらしい。報告を受けた宰相は国王の命で、すぐに鑑定魔法が使える人間を学園へと遣わした。あれから結構な時間をその場で待機していた生徒達は「解散とする」と言われ、漸く解放されることに一様にほっとしていたが、やはり話題に上るのは、一人だけ別室へと連れて行かれたスピカのことであった。
純粋に「すごい魔力だったな」とか「可愛かった」とか容姿や実力を賞賛する声もあったが、一部の貴族達からは「あんな平民の子がどうして…」といった声も聞かれた。
様々な身分の者が通う学園とはいえ、貴族の中には身分の階級に拘る者も多い。あの時ミモザが抱いた不安はまさにそのことだった。スピカが天使の生まれ変わりと判明することで、嫉妬や差別が一層ひどくならなければいいとミモザは思っていたが、その心配は数日もしないうちに現実のものとなった。
詳細な鑑定を受けたスピカは、彼女の持つ魔力に星の花が反応したことなどから、彼女こそ星の天使の生まれ変わりであると正式に認められた。
そしてその発表と同時に同じように調査されていた七人の騎士達の名前も公表された。その中にはやはりメグレズも含まれていた。
メグレズの他に七騎士に選ばれたのは母の日記に記されていた通り、王太子ミザールと、その側近のメラクとアルカイド。ヒロインの幼馴染のドゥーベに、クラス担任のフェクダ。そしてまだミモザは会ったことのないアリオトという二年生の男子生徒だった。
天使の再臨と七騎士が選ばれたことに、沈んでいた民達は喜んだ。
ミモザはシナリオ通りのメンバーが揃ったことにはあまり驚きはなかったが、やっぱりメグレズが選ばれてしまったことには少し落ち込んだ。ゲーム通りだとこれからメグレズはヒロインと共に悪魔達に立ち向かわなければならないのだから、その身が危険に晒されることだってあるだろう。出来るだけ影からサポートできるように、情報だけでも集めておこうと、ミモザは気配を遮断しながら人の話を集めることにしていた。
しかし最初は喜びの声が多かったそれも、段々と不穏な方へ変わっていった。
『あの子また王太子殿下達といたらしいわ』
『たまたま光の魔力を授かったからって、いい気になっているんじゃないの?』
『平民だから、あんなに気安く殿下や側近の方々にべたべたと近付くことができるのね』
『商人の方や先生とも親しそうにされていたと聞いたわ』
『私にも光の魔力があれば…』
七騎士に選ばれたのが見目もよく、学内でも有名な文武に秀でた人物達だったせいもあるだろう。天使の生まれ変わりとして七騎士達と行動することが多くなったスピカは、嫉妬ややっかみで貴族達から身分のことで蔑まれることが多くなり、同じ平民や商人出身の者達からも次第に遠巻きにされていった。その度に王太子達やドゥーベが庇ったりしていたが、この状況でそれはほぼ逆効果であった。風当たりはどんどん強くなっていき、最近ではスピカは教室ではドゥーベと話す以外、誰とも口をきかなくなっていた。
ミモザにできることはせいぜいこれ以上広まらないように、その輪に混じりそっと別の話題へ思考誘導することくらいだ。
ミモザとてスピカを取り巻く環境がとてもよくない事は分かっていた。けれど、ヒロインであるスピカに下手に関われば此方にも飛び火をするかもしれない。そう考えるとどうしても此方から話しかける勇気は出なかった。
フェクダに呼ばれたのはミモザがそんなやきもきとした気持ちを抱えていた頃だった。
「君にはその力でスピカくんを助けてあげてほしいんだ」
心臓が止まるかと思った。
放課後、呼び出されたフェクダの研究室で「君も彼女を取り巻く現状を知っているだろう?」と前置きされて出てきたのが、さっきのその発言だった。
ミモザの能力を知っているとも取れる言葉に、ミモザは声を失くして研究室の入り口で固まった。今の自分は真っ青になっているだろう。頭の中では生涯幽閉、暗殺などの文字が過る。どうして、とか、何で、とか、不安を洩らさないようにミモザは一度引き結んでから、口を開いた。
「先生……どうして私にそんなことを言うんですか?」
「君を見ていると、教室でもスピカくんのことを気にしているようだし…最初は他のご令嬢達と同じように気に食わないと思って見ているのかなって思ったんだけど、手を出すわけでも悪口に参加するわけでもなかったから。もしかして逆に仲良くなりたいんじゃないかなって思っただけ」
「………」
それだけだったら「その力で」なんて言い方はしないだろう。
「まぁ、立ち話もなんだから座りなよ。ほら、コーヒー淹れてあげるから」
「………」
「…警戒されてるなぁ」
その場で動かないミモザに苦笑したフェクダは、手元の黒い液体の入った丸いガラスを傾け、一つしかないカップにそれを注いだ。そしてそのカップをミモザの手に無理矢理持たせると「立ったままじゃ行儀が悪いから座ろうね」と言って、応接用のソファを指差した。
極度の緊張から手が震えていたミモザは、このままではカップを落としてしまうと思って、溜め息を吐いて諦めてソファに座ることにした。
「うん」
それににっこりと笑ったフェクダは、自分の分のコーヒーを手近にあったビーカーに入れて、同じようにミモザの前に座った。
「ミルクも砂糖もないんだけど…飲める?」
「…大丈夫です」
悠長にコーヒーなど飲んでいる場合じゃないと思ったが、とにかく落ち着きたくてそのコーヒーを一口飲んでから深呼吸をした。
「先生は、どこまでご存知なのですか…?」
「うーん…多分に想像の部分が多いから、どこまでって言われても難しいな…強いていえば君の能力が精神に作用するものじゃないかって予想してるくらいかな」
ずずず、と音を立てて半分ほどを一気に飲んだフェクダの顔をじっと見つめながら、ミモザは相手の本心を探る。
「そんなに心配しなくても、悪いようにはしないよ。君だって私の生徒なんだから」
「………」
「まずは話をさせてほしい。俺が信頼できるかどうかは、話が終ってから君が判断してくれ」
そう言ってフェクダはビーカーを机に置いた。
「最初から話そうか。魔法省の研究員である俺がどうしてここで教師をしているのか、とか。君の能力を推察するにあたった経緯とかは、想像でしかないから間違っていたらその都度訂正してくれると助かる」
「…はい」
「俺が最初に君達のことを知ったのは、学園の入学前だ。15歳の時に受けた魔力調査があっただろう。その時に魔力の量が通常よりも多い場合や五属性以外の魔力反応があった者に関しては、再度調査をすることになっているんだ」
「………」
「そこで、今回の新入生に光の魔力の保持者と闇の魔力の保持者がいることが分かって、秘密裏に詳細な鑑定がなされたんだ。君の場合は事前に王家から報告があったから、確認だけだったけどね。スピカくんやドゥーベくんに至っては人物像から経歴まで詳細に調査が行われた」
「え」
「希少な二大属性を持つ者がその力を悪用するような人物だと困るからね、プロフィールは徹底的に調べられるよ」
「いえ、そうじゃなくて…王家から報告…?」
「あぁ、魔力量と属性だけね。君はアルコルくんの友人で一時期婚約者候補だっただろう?そういう身近な人間は王家で既に身元が調査されているよ」
「そう、なんですか…」
王家からの報告などと言うから、王家にまでミモザの能力が知られてしまっているのかと焦ったが、そういう訳ではなかったらしい。いつの間に調べられたのかは分からないが、アルコルだけでなくタニアとも親しくしていたミモザが調査の対象となるのは仕方のないことかもしれなかった。
「王族以外に光の魔法の保持者がいたことは、国王はじめ国のお偉様方も衝撃を受けていたよ。何故ならその子は星の天使の生まれ変わりである確率が高く、なおかつ天使が生まれ変わるってことは冥王も復活するってことだから」
「はい…」
「前回冥王が復活したのは百年以上前。遺されている文献だけではその力をはかることは難しかった。だから魔法省は君達の詳しい能力を調べるため、俺を教師として学園へ派遣したんだ。俺はあの魔力判定の授業のとき、既に君達の属性を知っていたし、すぐ側でその能力を鑑定することができた」
「………」
やはりミモザが想像していた通り、フェクダは知っていたのだ。
「鑑定結果は三人とも強い魔力をもっていることが分かった。スピカ君は浄化の力に、ドゥーベ君は攻撃能力に特化していること。そして君の能力だけがいまいち読み取れなかった」
「!」
「何ていうんだろ…読めたことには読めたんだけど、なんか嘘くさい感じがしたんだよね」
フェクダ曰く、鑑定で読み取ったミモザの能力は曖昧で違和感を抱く結果だったのだそうだ。
「あれだけ魔力が多いのに使える能力が大したことないって、そんなこと滅多にないし…その時に、昔読んだ文献に精神操作の能力を持つ者は鑑定が上手く行われないって書いてあったのを思い出したんだ」
「っ」
「その本は今までに顕現した転生者の能力について記されていた本だったから、最初は君が転生者なんじゃないかと思って身元調査をやりなおした。けれどそんな事実はなさそうだった。でも君がその能力を持っているのを完全に否定は出来ない。なので俺は君を暫く観察することにした」
「………」
握った拳が汗で湿っている。思った以上にフェクダは研究者として有能だったらしい。転生者である母の存在まで辿り着かれた訳ではないが、ほぼ当たっている推察にミモザは肝を冷やしていた。
「そうしたら君は教室で心配そうにスピカくんを見ていたかと思えば、噂をしている生徒達の輪に入って別の話題を振ったりしてエスカレートしないよう止めていただろう」
「ど…うしてそれを…」
再びミモザの心臓は嫌な音を立てた。そうするときは必ず気配を遮断し認識阻害を使っていた筈なのにどうしてフェクダがそれを知っているのか。
「後から聞いたら彼等は誰一人として話題が操作されていたことも、そこに誰がいたのかも覚えていなかった。君が精神を操作する能力を持っているのだとしたらできる芸当だ」
「……もし」
「うん」
「もし、本当に私がその力を持っていたとしたら…どうするつもりですか…?」
ここまで知られてしまっている以上、このままフェクダを見過ごすのは危ういと思った。
腕を組んで考え込んでいたフェクダは「そうだなぁ…」と口を開いた。
「本音を言ったらその能力を研究したい…なんて言ったら記憶を消されちゃうかな」
「……消しません」
ミモザもいっそのこと記憶を消してしまおうかとも思ったが、自分の知識と観察でミモザの能力の推察に至ったのであれば、一度記憶を消したとしてもまた同じように辿りつかれてしまう気がした。
ミモザの内心の葛藤を知らずかフェクダはじっとミモザを見つめてくる。
「そっか……俺としては、君がその力を悪用しない以上は、今までのようにスピカくんを助けてあげてほしい。七騎士に選ばれた俺達が彼女を庇えば庇うほど状況は悪化していくだけだ。だから今日君を呼んだ、一度話がしたかった。ついでに俺の研究にも少しだけ協力してくれると嬉しいなっていう下心もあるけど…勿論、監視は続けさせてもらうけど、安全だと確認できてる間はその力については俺の内で留めておく」
「っ…どうして…」
「研究所に収容する」とか「幽閉しなきゃならない」とか言われるのだと思っていたのに、フェクダの口から出たのはミモザが心配していたことと真逆の言葉だった。
「確かに君の力は危険だよ、君だって自覚はあるんだろう、だから隠している」
「………」
「俺も最初は君の能力を警戒していたし、大事になる前に魔法省で保護してしまえばいいんじゃないかと思ってた。けれど君は俺が見ていた中で一度だって私利私欲の為に使ったことはなかったし、まぁ…君達を見ていて少し反省したんだ。スピカくんをドゥーベくんが庇って、ドゥーベくんが危うくなればスピカくんが庇う。そして彼らと何の関係もない筈の君は二人を心配してひっそり彼らの立場が悪くならないように動いている。子供達がお互いに守りあっているのに大人である俺が危険だからの一言で否定してしまうのはちょっと違うと思ったんだ。君はこれからも悪用はしないんだろう?」
「…はい、悪いことには絶対にこの力を使ったりしません」
「だよね。そうじゃなきゃ、貴族のお嬢様が一庶民のことを心配したりするはずないもん」
「………」
「あー俺の教え子がいい子で良かった」とどこか嬉しそうに笑ったフェクダに、何だか思い通りに転がされてるようで、少しだけムッとしたミモザは、安心したのも相まって「先生が気付いていないだけで記憶に操作をかけたのかもしれませんよ」と負け惜しみのように言った。しかしフェクダから返ってきたのはとんでもない事実だった。
「あぁ、あのね俺のゴーグル特別製なの。精神操作とか暗示とか、混乱魔法とか無効にする優れもので、ついでに魔力に反応して魔法が使われた形跡とか辿れるようになってるんだけど、この部屋に入ってから一度も反応してないんだよ」
「っ…」
「もう一つ、光属性をもつスピカくんには君の精神操作の魔法は効かない。だから別に、私がスピカを操るかもしれませんよ、なんてわざと悪ぶらなくても大丈夫だよ」
「………」
殊更にっこりと笑って言ったフェクダに、ミモザは憮然と言葉に詰る。
「まだ信じられない?」
「信じるも何も……どうしたらいいのか分からないだけです…そんな風に言われると思わなかったから…」
「問答無用で幽閉されたりするのかと思っていました」とミモザが正直に言えばフェクダも苦笑してゴーグルから手を離した。
「確かに君の能力を知ればそういうことを言う人もいるだろうね。けれど君はアルコルくんやタニア王女とも仲が良いだろう?そんな君を問答無用で幽閉なんかしたら魔法省は王家から睨まれてしまうよ。だったら話し合って自発的に研究に協力してもらった方がいいだろうし…君が望むのならこのまま能力を隠したまま卒業後に魔法省で俺の助手の研究員として働いてほしいとも思ってる」
「私が…?」
「うん、それくらい闇属性は貴重なんだよ。怯えて身を隠されるより手元において観察したい。勿論君の立場もあるだろうから、君が別の道を選ぶというのならその意思を尊重したいと思う。ただ俺としてはそういう心積もりがあるってことも頭の片隅にでも置いておいて」
「………」
フェクダの話を聞いて、ミモザはなんとなく今日の話の意図が理解できた気がした。
「わかりました……けど、先生は私の能力を過信しています。たとえ私が今までのようにスピカ様をちょっと庇ったところで事態は改善しないのではないですか?」
「そこなんだけど…君はスピカくんに声をかけようとは思わないの?」
「………」
ヒロインは死亡フラグだから近付きたくない、と言えればどんなに楽だったか。実際そんなことを言う訳にもいかず、ミモザが黙っていると「嫌なら無理強いはしないけど…」とフェクダは苦笑する。
「君の能力に関わらず侯爵令嬢である君がスピカくんと友人関係になれば、少なくとも他の貴族達は黙るんじゃないかなって思っただけだよ。君もスピカくんを気にしていたみたいだったし丁度いいかなって…事情があるなら気にしなくていい」
「俺も一応教師としてここにいる訳だから、このままにしておくわけにはいかないし」と言うフェクダにミモザは黙って頷くしか出来なかった。
確かに七騎士とは関係ない侯爵家の娘であるミモザがスピカの友人になれば、侯爵家以下の貴族達は黙らせることができるだろう。侯爵家より上と言えば公爵家か王家だけだ。新入生には公爵家の人間はいない。だからフェクダがそう言ったのも理解できる。理解できる、が。
「ごめんなさい…」
どうしてもミモザには自らヒロインに関わっていく勇気は出なかった。
「気にしなくていいよ。友達は誰かに強制されてなるものじゃないし…あ、俺今物凄く先生っぽいこと言ったよね。新しいの淹れてあげるからもう一杯飲んでいきなよ。あっ、お菓子もあった筈だな、どこおいたっけ?」
落ち込んでしまったミモザを元気付けようと「先生だって七騎士なんだから任せなさい」と、わたわたと慌しく書類をひっくり返して菓子を探しているフェクダの背を見ながら、ミモザは可笑しくなって少しだけクスリと笑った。
「先生」
「うん?」
「ありがとうございます」
「…どういたしまして」
ミモザがお礼を言うと、どこか照れくさそうに頬をかいたフェクダはそう返事をして、書類の下からお菓子の缶を見つけ出した。
感想、誤字報告ありがとうございますm(_ _)m




