母の教えその15「好きな人と同じクラスになれるおまじないは大抵きかない」
「暖かな風に舞う花とともに、私達は今日このルミナス学園入学の日を迎えることができました」
アルコルの声が柔らかく講堂に響く。学園長、在学生代表の王太子と続いて、壇上に立ったアルコルは、現在新入生の代表としての挨拶の真っ最中であった。
ステージの前に半円状に広がった座席がある演劇を見るホールのような造りで、天井はドーム型のガラスになっており、外からの日が講堂内を明るく照らしていた。壁には王国創生の物語を記した壁画が描かれており、柱や椅子の肘掛一つに至るまで、木製のものには細かな彫刻が刻まれていた。
「共に学ぶこの仲間達と共に、一歩一歩確実に努力をしていきたいと思います。……新入生代表アルコル・アウストラリス」
アルコルの挨拶が終ると、わっと講堂に歓声がわく。拍手の中、心持ち恥ずかしそうにステージを降りてきたアルコルは、ミモザの方を向いて微笑んでから元の座っていた座席へ戻った。壇上に上がらなければいけないアルコルはどうしても前の方に座らなければならず、ミモザと同じところに座りたいと渋っていたところをメグレズに連れ戻されたのだった。
今壇上では教職員の紹介が行われている。それが終れば後はクラス分けだけだろう。ミモザが先程までいた教室は本来の教室ではなく、参加自由のオリエンテーションが受けられる場所であった。昨日のうちに寮についてしまい、片付けも済んでしまったミモザは暇だったため参加したに過ぎない。
(誰と一緒になるかしら…)
シナリオ通りだと、ミモザと同じクラスになるのはヒロインと、もう一人はヒロインの幼馴染である攻略対象。アルコルやメグレズとは別だった筈だ。
入学できるのは魔力を持つものだけなので、一学年の人数自体はそんなに多くない。学年によって違うが大体が二クラスか三クラスだった。新入生の人数を見る限り、今年は二クラスになるのではないだろうかというのがミモザの予想だった。
(私だけ別というのもやっぱり寂しいわね…)
そう思ったミモザは昨夜母から教わった「好きな人と同じクラスになれるおまじない」というものを試してみた。
『大抵きかないんだけどね、私は好きな人の隣の席になれますようにー!!ってお願いしたら一番苦手な男子の隣になってしまって、その時この世に神などいないのだと思ったわ』
遠い目をして母はそう言っていたが、やるだけやってみようと思ったのは、やはりクラスに知り合いがいないというのは心細かったせいもある。
おまじないの方法は簡単で、空を見上げて「お星様お願いします、○○君と同じクラスにしてください」とお祈りするだけだった。ミモザの場合は好きな人ではなく友人だったけれど「お星様、どうかアルコル様とメグレズ様と同じクラスにしてください」と心をこめて祈っておいた。
もし二人のいるクラスになれれば、友人もいるし、ヒロインとの接触も避けられて好都合。そんなことをミモザが考えていたとき、俄かに講堂の外が騒がしくなった。
「どうしたんだ…?」
「誰かが何か言っているようだが…」
後ろの入り口近くの生徒達が騒ぎに気づいて囁き始め次第にざわめきが大きくなる中、一人の人間が講堂へと飛び込んできた。
「た、大変です…!!学園長!!花が、星の花がっ…!!」
飛び込んできたのは教師ではなく、学園全体の点検や修理、庭の手入れなども行っている用務員の制服を着た人物だった。
「落ち着かれよ、どうしたのだ」
白いひげに三角の長い帽子を被ったこれぞ魔法使いという格好の学園長は、立ち上がってひょいと飛んでその用務員の前へ移動した。
「星の花が……咲きました…!!」
その言葉に、講堂の中にいた全員が一斉に騒ぎ出す。
「星の花が咲いた…!?」
「だってあれが咲くのは冥王が復活するときだけだって…!!」
「そんなバカな…百年以上咲かなかったのに、何で今になって咲くんだよ!」
「いやあああっ、死にたくない!!」
突然もたらされた恐ろしい事実に、生徒達は講堂の中パニックになった。
(本当に咲いたのね…)
ミモザはあらかじめ知っていたようなものだったから冷静でいられるが、急に冥王が復活するかもしれないなどと聞かされれば、誰しも混乱するだろう。
「落ち着きなさい!」
トン、と杖を床に打ち鳴らした学園長に、ざわめいていた生徒達はしんと静まる。
「まだワシはこの目でたしかめておらん、本当に星の花が咲いたとしても、対策するのは確認が済んでからじゃ。カノープス先生とウェズン先生はワシと一緒に花の確認に行こう。他の先生方はそれぞれ生徒達を教室へ」
そう言って名をあげた二人の教師とともに学園長が講堂から出て行くと、担任の教師達はそれぞれ自分のクラスを率いて講堂を出て行った。ミモザたち新入生はどうするのだろうかと思っていたら、生徒達の前に二人の教師が歩いてきた。一人はがっしりとした体格のいい男性で、ローブよりも鎧のほうが似合いそうな印象を受けた。そしてもう一人は男性にしては少し小柄で、此方はローブは着ずにツナギのような服を着て頭には奇怪な形のゴーグルをつけている。母の日記で同じような記述を見つけていたミモザは、なんとなく己の運命を悟った。
「今から名前を呼ばれた者は私についてくるように」と大きな声をあげたのは、がっしりとした体格の教員だった。数人の名前が呼ばれるうちにアルコルが呼ばれ、メグレズが呼ばれ、そしてミモザの名前は最後まで呼ばれることはなかった。
(お母様……おまじない、やっぱりききません…)
ミモザが過去の母と同じく遠い目をしていると、心配そうに講堂を出て行くアルコルと目が合った。大丈夫ですよと込めるように小さく微笑んで、アルコルを見送っていると残ったもう一人の教員が「じゃあ残った人は俺についてきてね」と言って手をあげた。
「俺はフェクダ。教室についたらもう一回ちゃんと挨拶するからよろしくね」
『七騎士の一人、フェクダ・ガンマール。彼はヒロインやミモザのクラスを担当することになる教師よ。魔法省にも勤務する研究員で、魔力の性質についての研究をしている彼は、新入生に希少な光魔法の所持者と闇魔法の所持者がいたことで、その調査もかねて王国から教師として派遣されているの』
この世界の魔法には大きく七つの属性がある。火、水、木、土、風、光、闇と分けられていて、魔法を使える者は、そのうちの一つを授かることが多い。稀に二つ属性を持つ者や、この七つ以外の属性を持つ者もいる。ミモザの精神操作の魔法などは闇に振り分けられる。
光魔法などは、かつての勇者の血を引く王家とそれに連なる人間しか持たないとされていたし、闇の魔法はそれより更に持つ者が少ないと言われていた。そのためこうして魔法省が研究のため動くのも仕方のないことだといえる。
この国では15歳を迎えると国民全員が魔力調査を受ける。魔力の有無を判断し、魔法を使える者は全員が、身分を問わずこのルミナスへ入学し魔法について学ぶのだ。
この事前の調査の時に見るのは魔力の有無や量だけで、属性など詳しいことは見ないらしいのだが、調査の時点で魔力量が他より多い者に関してはその場で、本人に分からないように鑑定がなされるのだという噂だ。実際、魔法省は新入生に王族のアルコル以外の光魔法所持者であるヒロインがいることも、闇の属性を持つミモザの存在も把握して、こうしてフェクダという研究員を送り込んでいるのだからその噂はきっと事実なんだろう。
『フェクダは根っからの研究者気質で、珍しい魔力を持つヒロインに興味深々なの。ミモザの闇の魔力についても最初は食い気味で絡んでいたけど、ゲームのミモザの性格と、希少とはいえ少ない魔力にがっかりして段々と距離を置くようになったわね。ゲームのミモザは魔法を磨くことを怠っていたから、大したことは出来なかったのだと思うわ。それでも彼はミモザの能力の危険性は誰よりも知っていた。彼のルートや、他の攻略対象のルートでも、最終的に第二王子を操っていたのはミモザだと闇魔法が使われた証拠を発見するのは彼なのよね。』
ミモザの能力は普通に考えて危険である。
母からもずっとこの力は秘密にしなければいけないと教わってきたし、野放しにしていい能力でないことくらいミモザも自分でも分かっていた。
今のミモザは、きっとゲームのミモザよりも魔力量もコントロールも上だろうと思っている。地道に母と特訓してきた成果だったが、それによって目をつけられるのは望むところではない。鑑定魔法とやらがどれだけ正確に個人の持つ魔法を知ることができるものなのか分からないけれど、今のミモザの魔法力をフェクダに知られることは避けたかった。
(闇属性だとばれてしまっていても…使える魔法は個人差があるから…まだ誤魔化せるかな…?)
同じ属性を持っていたとしても、全員が全く同じ魔法しか使えない訳ではない。木属性などは、植物を利用して戦闘をすることもできるし、人によっては普通に食用の植物を育てることも出来たりする。鍛錬の度合いにもよるだろうが、使える魔法にも相性があるようだ。
(もし、闇属性でも、大したことはできないんだって思わせられれば…でもそれでもゲームのようにはじめから危険視されていたらどうしようもないわ…)
どうしたものかしらと、ぞろぞろとフェクダの後ろをついていく列の、さりげなく後ろの方をキープしながらミモザはそろりと人の顔を見渡した。
(確かヒロインとその幼馴染の攻略対象が一緒のクラスよね…)
とりあえずフェクダへの対応については後でよく考えるとして、ミモザは同じクラスにいるであろう二人の姿を探す。
ヒロインや攻略対象の顔を知っているわけではないが、母の日記にその特徴は書かれていた。
(えっと……ヒロインは桃色の髪で…幼馴染の方は黒髪だったはず…)
珍しい髪色だったので、見回すとすぐに目的の相手は見つかった。
列から少し離れたところを二人で並んで歩いている。恐らくあれがヒロインと、その隣の黒髪の青年が幼馴染であろう。ミモザよりも前にいるので、横顔しか分からないが隣の青年と楽しそうに話す姿は活発で可愛らしく、誰にでも好かれそうな女の子だなとミモザは思った。
(とうとう、はじまるのね……)
本番はこれから。
攻略対象やヒロイン達に関わらず、目立たず騒がず、ひっそり過ごし、アルコルやメグレズが巻き込まれないように注意して、自分の死亡フラグを叩き折る。
それに自分の命運もそうだが、冥王の復活も気にかかっていた。気が抜けそうもない。
(それでもきっと折ってみせるわ)
ゲームのシナリオ自体は一年目でエンディングを迎える。ミモザ達は一年生なので、実質その後も二年、学園での生活は残っているが、シナリオさえ終えてしまえば、もうミモザは悪役令嬢の自分に怯えなくて済むだろう。勝負はこの一年にかかっていた。
ヒロインの横顔をじっと見つめつつ、ミモザは決意を新たに拳を握った。
感想、誤字報告ありがとうございますm(_ _)m




