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お母様の言うとおり!  作者: ふみ
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母の教えその14「最初が肝心」


「今日この日が皆にとって、よき日になりますように」と、読み上げていた紙を閉じた老教師が人の好い笑顔で言う。入学前の注意事項ということで、学園の規則を淡々と抑揚もない同じ調子で聞かされていた生徒達は、話が終って背伸びをする者や欠伸を噛み殺す者など様々だった。しかし皆のその顔はこれから始まる学園生活に輝いているように見える。


式までまだ時間があるし、身近に知り合いもいなかったので、ミモザはまだ立ち上がる気になれずその場に留まっていた。

外の天気は快晴。窓際の席でぼんやりとしていたミモザは、窓に映った自分の姿を見て溜め息を吐いた。


「窓の外に何かあんのか?」


さっきまで自分の膝の上でぴーすかと居眠りをしていた黒猫が、短い前足を持ち上げて机の上に乗せろと催促してくる。掌で後ろ足を持ち上げてやり、机に乗るのを手伝ってやると黒猫は窓の外を見て首を傾げた。


「なんにもないぞ」

「窓の外を見ていた訳じゃないの…窓に映った自分の姿が、貴方が昔私に見せた悪役令嬢そっくりだったから…」

「そりゃ本人なんだから似てるだろう」


近寄りがたいきつめの顔立ちをした、女性と呼ぶにはまだ幼さが残る年頃の少女。オレンジがかった赤い髪は背の中ほどまでに伸び、緩やかに巻かれた毛先は後ろで開けられた窓から入る風がゆらゆらと弄んでいた。その髪色に映える若葉色の目に覇気はない。窓に映ったミモザの姿は少女の頃よりは背も伸び、学園の制服に包まれたその体は柔らかな線を描くほどには成長していた。


「不細工になった方がよかったのか?」

「そういうことじゃないの!もう…口が悪いんだから…」




そう、この口の悪い悪魔との邂逅から、五年程の月日が経っていた。


『仲間が動くのも、冥王様が復活するのも…お前が学園に入学してからだろうな。それまでせいぜい味方を増やしておくんだな』


ミモザに冥王の情報を与えたレモンが、ある日突然気紛れにそう言ったことがあった。

すぐにそっぽを向いてしまったけれど、きっとあれはレモンなりにミモザに忠告をしてくれていたのだと思う。


あれから何度も母の日記を読み返して、考えたことがある。


攻略対象達のルートでは、細かいところはそれぞれ違うが大まかに“クーデターを阻止すること"と“第二王子とミモザを影で操っていた存在"を倒すことでエンディングを迎えていた。“復活した冥王"という表現が出てきたのは、大団円ルートのみだった。

ミモザははじめ“第二王子やミモザを操っていた存在"というのが、冥王なのだと思っていた。しかしレモンの話を聞いて、それが違っていたことを知った。

大団円ルートについては詳しく書かれていなかったためよく分からないが、冥王が人の悪意を糧に復活を遂げるなら、ミモザは間違ってもクーデターが起きないよう気を配ればいいのではないかと思ったのだ。


「ま、おれから見れば、大分違うように見えるけどな」


レモンは一つ欠伸をして机の上に丸まって、ミモザに撫でろと目で訴えてくる。柔らかにお腹が上下するのに誘われるようにミモザはレモンの背をゆっくり撫でた。


「そうかしら……」


勿論中身はゲームのミモザとは違うと言い切る自信があった。

クーデターなど絶対に起こさないと言えるし、アルコルだってそうだ。しかし、暗躍していたのはレモンだけではなかったのだから、此方にその気がないのに嫌疑をかけられてしまう可能性だってあった。油断はできない。


婚約はしないまま、アルコルとはずっと友人のまま仲良くしてもらっている。アルコルとメグレズの関係もとても良好だし、メグレズにも一人の友人として接してもらっていると思う。

父や義母の態度は相変わらず硬かったが、何故かミモザに懐いてしまったアクルのおかげか、嫌味を言われたり嫌がらせをされたりすることは今ではほとんどなくなっていた。

アクルなど学園へ行くときも「私もお姉さまと一緒に行きたかった」とずっと不満を零していたくらいだ。


けれどもこうも容姿が重なってくると、自分の知らないうちに強制的に“悪役令嬢"に仕立て上げられてしまうんじゃないかという不安がこみあげて、ついレモンに聞いてしまったのだ。


「大丈夫だろ……おれにとっては不都合だけど」


顎の下をくすぐりながら、生意気なことを言うレモンの首元に嵌めた首輪についた黄色の星の飾りを指で弾いた。ミモザの髪についている飾りと揃いのそれは、レモンがミモザの使い魔であるという証だった。

学園へ入学し寮に入ることになったミモザに一人で邸に残されるのは嫌だと『いやだいやだおれも連れて行け』とレモンがだだをこね、結局連れていくことにしたのだった。

本来学園には動物は持ち込み禁止だが、唯一使い魔だけは可とされている。レモンも事前に学園へ使い魔持込の申請を出し、許可を得ていた。喋る以外はほぼ普通の猫だったので、申請が通るのかどうか不安だったが、無事に通ってほっとしたものだ。


「だって、いよいよなのよ」


“星の天使と七人の騎士"


そのゲームのはじまりはヒロインがルミナスへ入学するところから始まる。


そして今日こそが、その入学式なのだから。


ミモザにとってヒロインが誰とくっつこうがあまり興味はない。けれど、その過程で自分や友人達が巻き込まれなければいいと心配していた。メグレズなどは攻略対象そのものであるから巻き込まれないで済むとは思えなかったが、冥王が復活するかもしれない状況で、できれば危ない目にはあってほしくなかった。


「……それに、今日の式のときにアルコル様がヒロインを見つけてしまうかもしれないわ」

「ヒロ……なんだそりゃ?」


レモンはミモザの言葉の意味が分からなかったらしく首をもたげて見上げてくる。


「……アルコル様が、とある女性に今日一目ぼれしてしまうかもしれないのよ」


そう、ミモザにとって気が重いのはゲームが始まるのが今日だからというだけではなかった。


『攻略に必要なアイテムを手に入れるためのミニゲームでね、薔薇の迷路の中を第二王子に会わないように進んでゴールを目指しましょうっていうのがあったわね。その時に第二王子が「入学式で君をみてからずっと気になっていたんだ」とか言っていたような気がするのよ。第二王子はミモザに惚れていた筈なのにね、入学の時点でヒロインに心変わりしてるんだもの現金よね。ゲームのミモザがヒロインに目をつけ始めたのはその辺りも関係しているんじゃないかなって思うんだけど…』


ゲーム上では書かれていない細かなことは母にも分からないようだった。たとえ嫌っている第二王子でも平民のヒロインに奪われたのが面白くなかったのだろうか。本編とは関係ない些細な一文であったと思うのだが、それがミモザの心に暗い影を落としていた。


「第二王子が?冗談だろ」

「だってその人はとっても可愛らしくて魅力的なのよ」

「ないない、あの王子が他の誰かに惚れるとかありえない」


「お前まさか気づいてないの…」と信じられないようなものを見る顔になったレモンに「何が」と返すと、心底呆れたように溜め息を吐かれた。


「ねぇ、何が気づいてないの?」

「……やだ、教えない」

「もう、なんなの気になるじゃない」


ぷいっとそっぽを向いたレモンをわしゃわしゃしてやろうとミモザが両手を構えたとき、教室の後ろの方から黄色い歓声があがった。



「きゃあっ、あれ王太子殿下よ!」

「メラク様とアルカイド様もご一緒だわ…!!」

「素敵…!」


立て続けに上げられた攻略対象三人の名前にミモザはびくりと肩を揺らす。今までは一人ずつしか対峙してこなかった攻略対象ではあるが、学園に入学してしまった以上、ここには全ての攻略対象が揃っているのだから油断は禁物だったのに。


そろりと顔を窓の外へ向け確認すれば、中庭に設けられた噴水の近くで、王太子ミザール・アウストラリス殿下と、その側近である宰相子息のメラク・ベータ、ミモザとは浅からぬ因縁のあるアルカイド・イーター、三人のその姿が見えた。


アルコルとタニアの兄である王太子ミザールとは、以前アルコルの元を訪れたときに会話をすることがあった。明るい金髪に青眼の正統派王子様といった風の出で立ちで、文武両道で物腰も柔らかく、学園でも生徒会長を務めているらしい。誰もが彼の婚約者の座を狙っているという有名な話だ。ミモザにとっては関わりあいたくない人物だったので、挨拶だけしてさっさと話を切り上げてしまったから詳しい人柄などは知らないままだ。


次に宰相子息のメラク・ベータ。王太子と同学年、同じく生徒会に入っている。父親のベータ侯爵は政治の手腕に長けており、外交をさせれば彼の右に並ぶものはいないという話は聞くが、その息子であるメラクとは会ったこともないので、どんな人物かは事前の母の情報しかない。腹の底が見えない人物だと書いてあったため、注意は必要だろう。


そして赤い癖のある髪を無造作に後ろで括っている長身の男が、アルカイドである。

三人の中で彼だけは二年生だった筈だ。こうして学園へ入学するまで会うこともなかったので、あの後彼がどうなったかは話でしか聞いていない。どうやらイーター伯爵によって領地へ連れ戻され、それは厳しく扱きなおされたらしい。アクルとの婚約の話も「未だ未熟者ゆえ」と白紙へと戻されていた。父もアクルが納得していたのでそれ以上は何も言わなかったらしかった。今ああして王太子の側近として勤められているのだから、中身のほうもそれなりに成長したのだと思いたいが、あの時アクルを苛めたことをミモザはまだ少し根に持っているし、相手も年下の少女にコケにされたことをまだ怒っているかもしれない。警戒すべき相手であることには変わりなかった。


(深呼吸……落ち着かなきゃ……)


きっとこれから毎日、こういうことに遭遇する率が高くなる。


胸に手をあてて自分を落ち着かせながら、ミモザが今一度窓の外へ目を向けると、そこにさっきまではいなかったアルコルの姿を見つけた。


講堂へ移動する最中だったのだろうか。兄である王太子を見つけて駆け寄ってきている。少し後ろにはメグレズもいた。何やら口が動いているようだったので多分「走ってはいけません」とか注意しているのだろうと思ったら可笑しくなって、口元に笑みが浮かんだ。


アルコルは今日の式で新入生代表として挨拶をすることになっていた。


王族だから当たり前だと思うかもしれないが、この数年、アルコルは本当に努力をしたのだ。

意欲的に体を動かし、剣の訓練も毎日欠かさなかった。進んで知識を学び、時には根を詰めすぎて熱を出したこともあったくらいだ。最近では陛下や王太子殿下の公務の補佐などもしているらしい。そして中身ばかりではない。成長期に入り背が伸びて、毎日の鍛錬や運動の結果体が引き締まり、顔つきも青年らしく精悍になっていた。もはやあのまん丸な白い子豚のイメージはどこにもない。白を基調とした学園の男子の制服がとてもよく似合っていた。


ミモザがアルコルの容姿の変化を知覚したのはわりと最近だった。


気付けなかったのは一緒に過ごす時間が多かったせいかもしれない。

エスコートされる時に差し出された手に、こんなに大きかったかしら、と気付いたのが最初で。握られた手は力強いのに優しく、隣に並べば自分の頭はアルコルの肩ほどにしか届いておらず、歩くたび揺れていたお腹はぺしゃんこで、歩いても息切れすることなどなく。

少し後ろを歩いていたメグレズを振り返れば、彼もまたミモザよりも背が高くなっていた。

視線を戻してついじっとアルコルを見ていたら「どうしたの?」と聞かれたので、素直に「アルコル様、もしかして痩せましたか?」と聞いたら「…今気づいたの?」と何故か、かなりがっかりされた。メグレズにも呆れたように溜め息を吐かれ、ミモザは頭の上に疑問符が沢山浮かんだのを今でも覚えている。

アルコルはまだ背が伸びているようで、今でも毎日ミモザの心臓が追いつかないくらいの成長を見せていた。


「あれ見て!第二王子殿下もいらっしゃるわ!」

「お二人が並ぶとほんとに麗しいですわね…」

「第二王子殿下とメグレズ様と同じ学年になれるなんて夢みたいですわ!」


立て続けに上がった歓声に、ミモザはしゅんと肩を落とす。


陽の下にいるアルコルの髪は、金色に実った小麦のようだと思う。豊穣な大地を表すような朗らかなその人柄に惹かれる人間は多い。

何年か前から、以前は見向きもしなかった令嬢達がこぞってアルコルに言い寄っているのをよく見かけるようになった。


(…もう、私の役目は終ったのかもしれない…)


元々、アルコルが悪の道に染まらないよう手助けしたいと思って始まった友情だった。


今のアルコルならば、私怨に飲まれクーデターを起こそうなどと考えもしないだろう。アルコルが努力した結果、今の彼にはメグレズをはじめ、信頼できる人たちが沢山いる。アルコルが道を踏み外す原因になる悪魔も、この通りミモザの手の中にいるので心配は少ないだろう。


(これで、入学式で、もしアルコル様がヒロインを見初めたならば…)


ヒロインでなくてもいい。もし他にアルコルに婚約者ができたなら。今度こそ、ミモザの役割は終りだ。

ミモザにとっては、それが寂しかった。アルコルはとても仲のよい友人であったと思う。しかしもうアルコルの隣に立つのはミモザでなくてもいいのだ。実際、婚約の話もあれから全く出ていないし、アルコルからもそういった言葉は伝えられていない。勿論友人として仲良くしてくれているとは思うけれども、そういう意味で好かれているとは思えなかった。


つきり、と痛む胸を押さえる。


きっと婚約者ができたなら、今までのようにアルコルと仲良くすることはできなくなるだろう。

きっとこの痛みは、友人が離れていく寂しさからくるものなのだろうとミモザは思った。そう感傷にひたりながら王太子たちと楽しそうに話しているアルコルをじっと見ていたら、突然顔を上げたアルコルと目が合ってしまった。


アルコルの口が「ミモザ」と動いたように見えたので、微笑むとアルコルも笑って手を振った。


「きゃあ!こっちに手を振ってくださったわ!」

「格好いい!」


手を振り返そうとしていたミモザは、その声にはっとして、あぁ自分に振ってくれていた訳ではなかったのかもしれないと、恥ずかしくなって窓から視線を外して顔を俯けた。


(恥ずかしい…私、自意識過剰だわ…)


以前はあの笑顔の先にはミモザしかいなかった。けれども今は違うのだ。

わきまえなければと思う。


いくばくかして、落ち着いてから窓の外へ視線を向けると、もうそこにはアルコルの姿はなかった。それに少しがっかりして席を立つと、レモンを抱き上げて教室の入り口へ歩き出す。


「もうすぐ式がはじまるけど…レモンはどうする?」

「……おれは行かない」

「そう…じゃあ部屋に戻ってる?」

「連れてってくれ」

「一人で戻れないの?」

「お前…一度ならず二度までも、ライオンの檻の中に子猫を放すとか鬼の所業か」

「っ…ふふふっ…」


不機嫌に尻尾を揺するレモンに笑い声がもれる。学校についた初日、生徒はじめ教員や寮の職員にまで「可愛い!!」ともみくちゃにされているのを助けなかったのを、まだ根にもっているらしい。

ミモザはレモンが学園についてきてくれて良かったと思った。笑ったことで少しだけ憂鬱がなくなったミモザは教室を出ようとしたところで、誰かにぶつかる。


「きゃ…」

「あ、す、すまない!」


ぱっと肩を支えられて顔を上げると男子の制服の胸が見えた。顔を見るまでもなく声で相手が誰だか分かってしまったのだけれど、ミモザはどうしてか顔を上げられなかった。


「アルコル様…どうなさったのですか?」

「ぶつかってごめん、ミモザ、急いできたから焦ってしまって…」


「痛くなかった?」とわざわざかがんでミモザと目を合わせ顔を覗き込んできたアルコルに、ミモザは顔が赤くなるのがわかった。


「だ、大丈夫…です…」

「よかった」


にこにこと微笑むアルコルに、教室の中ではざわざわと騒がしくなった。


「殿下と話しているのは誰?」

「あれはサザンクロス家のご令嬢よね…うらやましい…私も殿下にぶつかりたい…」

「第二王子殿下には婚約者はいなかった筈だよな…」


男女問わずそんな囁き声が飛び交う中、ミモザは居心地が悪くて「アルコル様はどうして此方に?」と、今度こそ顔を上げて聞いた。


「迎えにきたんだ」

「どなたの?」

「?ミモザに決まってるだろう」


他に誰がいるんだとでも言いたげに首を傾げたアルコルが、ミモザの前に手を差し出す。


「えっと…」

「どうかした?」


アルコルがわざわざミモザを迎えに来て手を差し出したことから、ざわりと教室のどよめきが大きくなった。


「いえ…私は先程アルコル様が手を振ってらっしゃった方を迎えに来たのかと思って…」

「あぁ、あなたに手を振ったんだけど気付かなかったみたいだったから、迎えにきたんだ」


「気付いていたなら振り返してくれればよかったのに」とどこか拗ねたように言うアルコルは、さっとミモザの腕の中にいたレモンを奪い片手に抱え、空いたミモザの手を取って握った。


「アルコル様っ、制服に毛がついてしまいます!」

「これがあなたの腕の中にいると思うと落ち着かないんだ」

「これって言うな、この焼き豚王子め」

「子猫という姿を利用してミモザに近付く君には言われたくないな」


何度か城へも連れて行っているから、アルコルもメグレズもレモンのことは知っていた。特に険悪になるような事件は何もなかったと思うのだが、二人の仲がこうも悪いのは何故なのか。

しかしレモンを見るたびに、ミモザからこうしてとりあげ自分で抱いているくらいなのだから、きっとアルコルは猫が好きなのだろうと思う。


アルコルの腕の中でぐりぐりと体をこすり付けたレモンは「お前の制服を毛だらけにしてやったぞ」と、アルコルの腕を蹴って飛び降りながら言った。


「ざまあみろ」

「レモン!」


着地にちょっと失敗してよろけたレモンを叱ると、アルコルは「大丈夫だよ」と言ってミモザに笑顔を向けた。


「でも…」

「私も一応王家の一員だから光魔法が使えるんだ、ほら…」


じゅっ、という音と共に、制服の胸と腕の内側についていた黒い毛が跡形もなく消し飛んだ。


「すごい…」

「うげぇ…」

「魔の者は大体が闇の属性だからね」


ぞっとしたような声を洩らしたレモンはそそくさとアルコルから距離を取った。


「きょ、今日のところはこれで勘弁してやる」

「そうか、今日に限らずミモザの腕の中は遠慮してくれると嬉しいんだけど」

「……このむっつり王子め」

「何か言ったかな?」


ミモザがなんのことかと首を傾げるその横で、片手をわきわきと動かしたアルコルに、レモンは尻尾を膨らませて、急いで開いていた廊下の窓から外の木へ飛び移った。


「ちょっとレモン、一人で帰れるの?」

「そんな危険人物といられるかっ、ここにいるから後でちゃんと迎えにこいよ!」


負け惜しみのようにそう叫ぶと、レモンは木の幹に近い枝の上で丸くなった。


「もう…」

「ミモザ、そろそろ行こう」

「えぇ……アルコル様、ご挨拶なさるから式の前は忙しかったのではありませんか?」

「準備はしているし、メグレズがうまくやってくれるから大丈夫だよ」

「まぁ、メグレズ様がお気の毒でしょう…」

「どうしてもミモザを迎えに行きたいって言ったら、仕方ないですねって言ってくれたよ?」

「……相変わらずアルコル様に甘いのですね、メグレズ様」

「そうかな…私からすれば、メグレズはあなたに対しての方が甘いと思うよ」

「そうですか?」

「うん…この間だって…」





相槌を打ちながら歩くミモザに対して、ミモザのことを始終溶け切った笑顔で眺めて歩くアルコルの姿に、二人が去った後の教室ではざわざわとどよめきが起こっていた。



「第二王子ってあんなだったっけ…?」

「婚約者はいないっていってたのに…!!」

「うらやましい…」

「お似合いよね…婚約はまだされていないのかしら…」

「いや、婚約していないなら、まだチャンスはあるわ!」

「でも…第二王子はもうあの子しか見えてなくなかったか…?」


(…だから、ありえないって言ったろ…)


教室の外まで聞こえるざわめきを聞きながら、レモンはくわっと欠伸をして目を閉じた。


幼い頃からずっとミモザだけを想ってきたあの盲目王子が、他の誰かに心を奪われるなどありえない。相手がどんなに見目のいい優れた人間であろうが、あの王子はミモザでなければ駄目なのだから。初めて会ったときも、ミモザの腕に抱かれたレモンに敵意をもって睨みつけてきたくらいだ。子猫相手に狭量な王子だと思う。それともその血筋がレモンのことをただの使い魔ではないと見抜いたのだろうか。


「…あの子可愛かったよなぁ…さっさと声かけときゃよかった…」


そのざわめきの中に時々混じるミモザへの好意に、レモンはそっと閉じていた目をあけた。ミモザは気付いていなかったが、あの教室でミモザのことを遠目から見ている人間は何人もいた。首をもちあげて口にした人間を確認すると、レモンは「ふん」と鼻をならして後でノートを足跡だらけにしてやろうと考えた。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] ミモザの「迎えに来たのかと思って」が 書籍版だと「迎えにこたのかと思って」になっていました。
[一言] レモンが尊すぎる
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