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お母様の言うとおり!  作者: ふみ
13/61

母の教えその11「人間には鍛えようのない急所がある」



二人を追いかけた先、ミモザの目に飛び込んできた光景は、フォローとかそういう生易しい段階を遥か彼方にすっ飛ばしたものだった。



「おい、あんたらは剣は使えるのか?」

「……使えるけれど、練習を始めたばかりだから相手はできないよ」

「剣じゃなくても構わないさ」


「体を動かしてた方がよっぽど有意義だからな」とアルコルに詰め寄っているのは、先程アクルに庭園を案内すると言ったアルカイドだった。


「え……」


呆然とミモザが立ち止まると、アルカイドの行動に同じく呆然と立ち竦むアクルの姿が見えた。


(どうして…なんでこんなことになってるの…?)


アルコルとメグレズの手には木剣が握られていたから、きっと鍛練の最中だったんだろう。近くに大人の姿は見えなかった。エルナト先生とやらは席を外しているのかもしれない。

ただそこに何故アルカイドがアクルをほったらかして乱入しているのかが分からない。

ミモザがうろたえている間にも、アルカイドはアルコルに「あんた鈍くさそうだから俺が鍛えてやるよ」と詰め寄ったり、間に入ったメグレズが「殿下に対して不敬です!」と怒っていたり、状況はしっちゃかめっちゃかだった。


「ちっ……ミザールと違って噂どおりの腰抜け王子だな…」


吐き捨てるように言われたその言葉に、メグレズが顔を真っ赤にして言い返そうと口を開くが、それよりも先にアクルが声をかけた。


「あの…アルカイド様…?」

「あ?……まだいたのか、おい、俺はお前と結婚なんかしないからな」

「えっ」


おそるおそる声をかけたアクルに、アルカイドはそう吐き捨てた。ミモザは状況が整理できないながらも、その言葉に頭の中でぶちりと何かが切れたのだけはわかった。


「ど…して…」

「元々俺はこの年で結婚相手を決められるのが嫌だったんだ。女なんか手がかかるばっかりで邪魔だから」

「っ…」

「服だの花だの宝石だの、身にならないもんのことばっかで騒いで、守られて自分に時間を割いてもらうのが当たり前だと思ってる。お茶会やマナーが何になるっていうんだよ、だったら護身術の一つでも学んだらいい」

「それはっ…っ…」

「ほら、すぐそうやって泣けばいいと思ってる。今だって父上に言われたから仕方なく時間をとってやってるんだ。余計な手間をかけさせないでくれ。これで結婚は無理だってわかっただろ、縁談もそっちからうまく断れよな」


肩を震わせ、ドレスの裾をぎゅっと握り締めて。アルカイドに言われたことを気にして、アクルは泣かないように必死に声を堪えていた。それでも堪えきれずに涙を零したアクルに、ミモザは駆け寄って抱きついた。


「っ」

「大丈夫アクル、大丈夫」

「お、ねえ…っま…」


昔母がしてくれたように背中を優しく撫でる。余計に泣き出したアクルに、ミモザの怒りも頂点に達した。


いつも意地悪く勝気に笑っていたあの面影は今はもうない。

今のミモザが知っているアクルは、ちょっと意地っ張りで、自分の悪いところに気付くことができて、可愛いものが好きで、好きな人の為におしゃれをがんばってしまうような、ただの女の子だった。


「な、なんだよお前…いきなり現れて…」

「……私はアクルの姉のミモザ・サザンクロスと申します。本日は付き添いで登城しておりましたので、ご挨拶が遅れて申し訳ございません」

「あ、あぁ…」


アクルを背に庇い、アルカイドの前に進み出たミモザは、礼にのっとって貴族の令嬢らしく挨拶をする。しかしアルカイドから返ってきたのは曖昧な返事だけだった。


「…近衛騎士隊隊長、イーター伯爵のご子息アルカイド様とお見受けします」

「付き添いで来てたんなら言われるまでもなく知ってるだろ」


きちんとした自己紹介が返ってこなかったので、知っている上で嫌味をかねてそう言ったのだが、まさか嫌味も通じないほど脳筋だったとは思わなかった。この場合は単なる馬鹿だろうか。

ただ脳筋だろうか馬鹿だろうが、アクルを傷つけ泣かせた相手を、絶対に許せそうもない。


「イーター近衛騎士隊隊長の功績なら十分に存じておりますが、ご子息様のことは名前しか存じませんでしたので、間違いがあってはいけないと思い確認したのですわ」

「……」


遠まわしに父親のことは知ってるけど貴方のことなんか知らないわよ、と込めたが、それだけでは通じないと思ったので、はっきりとした言葉を、めいいっぱい小馬鹿にしたような顔をして付け足した。


「まさか騎士隊の隊長のご子息が、女性にこのような暴言を吐くならず者のような方だとは思いませんでしたので」

「なっ、なんだと!!」


漸く馬鹿にされていることを理解したのか、顔を真っ赤にしたアルカイドはミモザに食って掛かった。


「貴方は先程お茶会やマナーが何になるとおっしゃいましたね」

「それがなんだよ!本当のことだろ!」

「いいえ、そんなこともわからないなんて、脳にいく分の栄養が全部筋肉にいってしまっているのではないかと思って心配になっただけですわ」

「!!」


できるだけ威圧的に見えるように胸を張って、馬鹿にしたように鼻で笑う。元が悪役令嬢であるのだから、相手を蔑む表情はさぞや様になっているだろうとミモザは他人事のように思った。

今までにしたことのない表情というのは疲れるものだ。けれども手を弛めてやる気にもなれなかったので、全力で恐ろしいほどの冷たい笑みを浮かべる。


ミモザは怒っていた。


自分で勝手に女性像を作りあげて勝手に幻滅して。そんな自分に酔ったように、全く関係のないアクルを泣かせるなど、意味が分からない。今回の婚約が望まないものだったのなら、もっと穏便に断れたはずだ。それなのにわざわざ酷い言葉をぶつけて泣かせた挙句、開き直るなどもってのほか。

母も『女性蔑視するような輩はちぎって投げなさい』と言っていたので、容赦はしなくていいだろう。


「お前っ…無礼だぞ!!」

「無礼?礼の必要性も知らないくせに?でも気に触ったのなら失礼しました。まさかその歳になってマナーが必要ないなどとおっしゃる方がいらっしゃるとは思わなくてつい」

「マナーの必要性くらい知っている!!その上で役に立たないって言ったんだ!!」

「まぁ、ではアルカイド様は分かった上で女性を差別するようなことをおっしゃったというのですか?」

「実際女なんて弱いじゃねーか!有事のとき役に立たないだろ!!」

「まぁあ!騎士を志している方とは思えない発言ですわ。最近の騎士は随分と思考が偏った方が多いのね、怖いわ…こんなにも質が低くてわが国の騎士団は大丈夫かしら?」

「このっ…」


少し大袈裟に挑発してやると、頭に血が昇ったのかアルカイドがその手を振りあげたのが見えた。


「ミモザっ…」


さっきから怒りで肩を震わせていたのが見えていたから、動くであろうタイミングを喋りながらずっと計っていた。振りかぶってがら空きになった胸の前のスペースに、ミモザはドレスの裾を持ち地面を蹴って入り込む。


『いいミモザ、人間にはねどうしても鍛えようのない急所というものがあるのよ。目玉とか顎の裏とか足の…………んん、ごほっ、まぁ、いくら武に優れた人間でもそこを突かれれば無事では済まないわ。緊急時は急所よ。急所を狙いなさい。容赦しちゃだめよ』


「ぇえいっ!!」

「がっ…!!」


思い切り突き上げた掌の付け根はアルカイドの顎裏を捉え、のけぞった相手の体を仰向けに地面に倒した。

「どんなに強い相手でも、我を失えば正確に切っ先を操ることなどできはしない」というのは、護身術をミモザに教えてくれたルガス爺の言葉だ。だからこそ相手を挑発し、タイミングをはかり、急所を確実に捉えられるようずっとアルカイドの動きを見ていた。

いつか家を出て一人で生きていかなきゃならないかもしれないと、ルガス爺とアリアに付き合ってもらって毎日こっそりしていた鍛錬の成果を、遺憾なく発揮できてホッとするのと同時に、震える足を自覚してミモザは唇を噛んだ。

悪意をもって害そうとするその腕が怖かった。今まで父や継母から苛められていたと言っても、直接暴力を振るわれたことはなかった。それだけのことをする度胸はあの継母達にはなかったのだろうけれど、それについては本当に良かったと思っている。ミモザに反撃されるなど思ってもみなかったのだろうし、頭に血がのぼっていた相手だったからこそうまくいったのだ。


一瞬でついた勝負に辺りは呆然となる。


仰向けのまま唸っている相手に、ミモザはじんじんと痛む掌を擦って、動揺を悟られないよう「これに懲りたら先程のような発言はしないでください」と言った。


「ぐぅ…っ…騎士として勇敢に戦うことにくらべたらっ…女のこなす茶会なんてなんの役にも立たないだろうが…っ!」

「役に立つ、立たないではなく“必要なもの"だと言っているのです」


未だ動けず、途切れ途切れに反論する相手を睨みつけ「いいですか」とミモザは口を開く。


「男性が外へお勤めに出ている間、家を守るのは誰の仕事だと思っていますの。女性が家を守っているからこそ、何の気兼ねもなく男性は陛下から頂いたお勤めを全うできるのではないですか」

「そんなのは詭弁だ!実際家に賊が入ったら女だけじゃどうにもできないだろっ」

「力だけを見れば、女性は男性よりも弱いかもしれませんが、騎士が求める強さというのは力の強さだけをさすのですか?」

「それはっ…」

「家を守るということは、家の警備に不備はないかということだけでなく、緊急時に必要な連絡が取れるだけの手段を持っているか、使用人との信頼関係は充分か、領民や使用人たちの安全は確保されているのか、困ったときに助けてくれる人脈をどれだけ築いておけるか、決して、武器を持って戦うとか、ただ門扉を頑丈に施錠しておけばいいという話ではない筈です」

「………」

「女性が社交に力を入れるのは武力以外で、家を守る術を得るためです。お茶会をするのは、情報交換や家同士のパワーバランスを測るためです。ドレスだって花だって宝石だって、この貴族社会を生き抜くためのいわば戦闘服なのです。ドレスや宝石がみすぼらしければ家名をみくびられる、家の中に飾ってある花一つで家の格を決められてしまう。女性が身だしなみに手をかけるのは家格をみくびられないようにするため。一領民であれば必要はないでしょう、けれども私たちは彼等の生活を預かる貴族なのだから」


段々ヒートアップしていくミモザに、アルカイドだけでなくアルコルやメグレズはぽかんと口を開けたまま此方を見ていた。ミモザは気づかなかったが、背中から聞こえていた泣き声もいつの間にか止んでいた。


「そもそも縁談が気に入らないのならこんな形でなく、もっと穏便に断れた筈です。大体、貴方も貴族なら政略結婚も覚悟しなければいけないはずですわ!それを何自分だけが被害者のように振舞っているの?アクルはね政略結婚の相手である貴方とうまくやっていけるか不安で一杯になりながらも侯爵家の娘としてこの場に来たのよ!!次期侯爵家当主となるかもしれない貴方を支えるべく知識やマナーを学び、貴方に気に入られるよう身だしなみを整え、少しでも貴方といい関係を築けるよう努力していたのを私は知っているわ!この歳で結婚相手を決められるのは嫌だ?ふざけないで。そんな理由で懸命に努力をしたこの子を傷つけたのであれば、こっちだってようやく心を開いてくれはじめた大事な妹を貴方のような挨拶もエスコートも満足にできず貴族のルールの初歩の初歩も理解していないどころか身勝手な持論を振りかざした挙句手を上げようとする無礼で短慮な輩の婚約者になど絶対にやりたくないわ!!」

「お姉さま……」


カッとなった勢いのまま怒鳴るように一息で言いきり、ミモザは肩で息をする。

怒りにまかせてそう言いきってしまい、そして自分の発言を振り返り、当の本人を差し置いて勝手に縁談を断ってしまったことに気付いて、ハッとなってミモザは顔を青褪めさせた。

地面に尻餅をついたまま、呆然と反論もできずに固まるアルカイドから目をそらし、慌てて呆然としているアクルの手を取って頭を垂れた。


「ごめんなさい、アクル…私頭にきて貴方の気持ちも考えずにあんなことを…!」

「え…」

「貴方はアルカイド様に少なからず好意を持っていたのでしょう…?それなのに私が勝手に、断るようなことを言ってしまって…今からでも遅くない筈、私すぐにイーター伯爵とお父様に謝ってくるわ!!」

「ま、待ってお姉さま!!」


騎士団の詰所に引き返そうとするミモザの腕をアクルが掴んだ。


「どうしたのアクル、貴女には何の責任もないようにするから安心して」

「ちっ違うの!もういいのお姉さま!!」


再び駆け出そうとしたミモザに、アクルが両手で縋る。


「もういいって…」

「お姉さま、ごめんなさい」

「え…アクル?」

「ごめんなさいお姉さま…」


ぽろぽろと泣き出してしまったアクルに、慌てて出したハンカチで涙を拭う。


「ど、どうしたの…?そんなにショックが…!」

「ちがうの、違うの…」


「そうじゃなくて」と涙を堪えた目で、アクルはミモザを見上げる。


「私お姉さまがずっとうらやましくて、嫌なことを言ったり、ものをとったり、酷いことばっかりしてきたのに、お姉さまは全然怒らなくって、悔しがってもいなくて…私なんか眼中にないんだわと思ったら悔しくて」

「………」

「でも、この間はじめて怒られて、お姉さまと話すようになって、そしたら優しくしてくれて…どうしていいかわからなかった……それでもどこかに意地悪な私は残っていて、アルカイド様と婚約することでお姉さまよりも素敵な婚約者を見つけたのよってちょっといい気になってた」

「アクル…」

「なのにお姉さまは私のこと庇って…」


再びぽろぽろと泣き出したアクルにミモザはどうしたらいいかわからなくなる。


「泣くほど嫌だった?」

「ちがうっ…嬉しかったの、お姉さまが私のことで怒ってくれてっ!」


「だからアルカイド様のことはもうどうでもいいの!!」と、もはやミモザにしがみつくように泣き出したアクルに、ミモザも困惑しながらも頭を撫でた。


「っ…ふざけ…な…!!」

「ミモザッ…」

「え」


突然背後から聞こえた声に視線を後ろに向ける。横向いた目が捉えたのは此方に腕を伸ばしたアルカイドの姿だった。


殴られる。


そう思って、しがみついていたアクルの頭を庇うようにぎゅっと抱え込んで、衝撃に備え目を瞑った。


「ぐっ……」


鈍い声は聞こえたけれど、いつまで待っても衝撃がこない。おそるおそる目を開けたミモザの視界は白いもので埋まっていた。


「ア…ルコル様…?」


それがアルコルの背中だと気付いて、今度こそふっと膝から力が抜けて、立っていられず抱えたアクルごと座り込んだ。殴りかかってきたアルカイドの目の前に割り込んだアルコルは、頭の上に腕をかかげその拳を受けていた。そしてアルカイドに「いい加減にしろ」と冷たい声で言い、その腕を払った。


「ミモザ、大丈夫…?」


間近に覗き込んできたアルコルの碧い目に、ミモザは心臓がどくんと大きく鳴ったのがわかった。


「っは、はいっ…大丈夫、です…」


何度も頷いてミモザがやっとのことで返事を返すと、アルコルはミモザの前に手を差し出した。その手を取って立ち上がると、アルコルが「間に合ってよかった…」と優しい声で言う。


「アル……なんていう無茶を……」

「ミモザを守らなきゃって思ったら、勝手に体が動いたんだ」

「そういうのは俺の仕事です…」

「僕の方が近かったし……それにメグレズが怪我をするのは嫌だな…」

「…………次から絶対に、絶対、止めてくださいね」


メグレズと何言かかわしたあと「それより」と、アルカイドに向き直ったアルコルは「やっていいことと悪いことがあるだろう」と相手を強く非難した。

その声や雰囲気は国王陛下が声をかけるときによく似ており、先程までアルコルの事を「なにもできない第二王子」だと見くびっていたアルカイドもまた、その声に国王の面影を重ねたのか、無意識にさっと顔を青褪めさせた。


「一度ならず二度までも女性に手をあげるなど、何を考えているんだ」

「そ、それは…コイツが…」

「言い負かされたから拳で反撃していいなどと、そんな理屈は通らない。女は弱い、そう言ったのはお前だ。お前はその弱い相手に暴力を振るったんだ。お前の目指す騎士道というのはそういうものなのか?」

「それは…」


普段のアルコルからは想像ができない冷たい声だった。以前の傍若無人な態度ともまた違う。どうやらアルコルも心底怒っているらしかった。


「過ちは誰にでもある。しかしそれを認めず、指摘した者に拳をむけるなど騎士としてあるまじきことだ」

「……殿下の仰る通りです」


項垂れるアルカイドの代わりに返事をしたのは、悲しげに表情を曇らせたイーター伯爵であった。


いつから見ていたのだろう。それでもあの表情を見る限り、おそらく早い段階で此方の騒ぎに気付いていたらしかった。


「父上……」

「殿下、息子が大変失礼致しました。お怪我はございませんか」

「あぁ…」

「サザンクロス侯爵家のお嬢様方もお怪我は?」

「大丈夫です…アルコル様が助けてくださいました。私もアクルも怪我はしておりません」

「…本当に皆様、この度の息子の愚行、誠に申し訳ありませんでした」

「っ…」


片膝をつき頭を下げた父親に、アルカイドが息を飲む。


「愚息は城を下らせ、領地で教育しなおしたいと思います」


続けて伯爵が発した「全て私の監督不行届きです。いかような処罰も受けますので、何卒この身一つでおさめて頂きたい」という言葉に、アルカイドは「そんなっ!」と焦って父親に縋った。


「父上っ、どうして…悪いのは俺でしょう!どうして父上が責任をおうんですか!!」

「そういう問題ではないのだカイド」


漸く事の重大さに気がついたアルカイドは、アルコルに「自分が悪かったから、父は関係ない」と言い募るも、父親である伯爵に暗い声で諭された。


「子供だから、まだ騎士じゃないから、そんな理由で許されることではない。お前が否定しようが騎士の息子という肩書きを持つお前は、れっきとした貴族だ。お前の言葉一つでも、外へ出てしまえば我が"伯爵家の言葉"として大衆には受け取られる」

「っ…」

「お前は本当に仕出かしたことの重大さをわかっているのか?殿下のおっしゃるとおり、どんな理由があろうとも、力のない女性に手をあげるなどあってはならないことだ」

「…………」

「多少傲慢なところがあるのは分かっていた。仕えるべき相手とは別の守るべき令嬢と接することで、それに気付いてほしかったが…アクル嬢にはとても辛い思いをさせてしまったようだ…」


「本当に申し訳なかった」と再び頭を下げたイーター伯爵に、立ち上がったアクルが慌てて「頭をあげてください」と言う。


「私もう気にしていません!それに私も以前アルカイド様と同じ間違いをしたことがあるんです…なので偉そうに言えません」

「………」

「しかし…」

「それに私はお姉さまが庇ってくれましたから」

「アクル……」


アクルの言葉にミモザは胸が一杯になる。

「悲しかったのがどこかに飛んでいっちゃいました」と赤くなった目元で笑うアクルを呆然と見ていたアルカイドはハッとして、父親の横に進み出て頭を下げた。


「申し訳、ありませんでした…!」

「っ……」


目の前で頭を下げたアルカイドに、アクルはびくりと肩を揺らし「どうしたらいいか」という顔でミモザのほうを振り仰ぐ。

きっとアクルは、以前の茶会での自分の過ちを今のアルカイドに重ねて見たのだろう。「貴女が許してあげたいと思うのであれば謝罪を受け入れなさい」と小声で教えると、ほっとしたようにアクルは肩の力を抜いた。

ミモザは無理をして笑っているのではないかと心配をしていたけれど、今の表情を見る限りは、きっとアクルもアルカイドにやり直してほしかったのかもしれないと思った。


「はい、貴方様の謝罪を受け入れます」

「………」

「…それでも礼を欠いた行いの償いはするべきです。処罰は殿下のご判断にお任せします」


伯爵とともに神妙に項垂れたアルカイド達二人の前で、アルコルは困ったように頬をかいた。


「…サザンクロス嬢は本当にいいのかな?」

「はい、ちゃんと謝ってくれましたもの!」

「そうか…」

「アクルッ!!どうしたんだその顔は!!」


突然叫び声をあげて、ミモザたちの父親がその場に乱入してきたのはそのときだった。いったい今までどこに行っていたのだろう。肝心なときにおらず、誰もが固唾を呑んでいた場面での闖入者にミモザは頭が痛くなった。


「どうした、ミモザに泣かされたのか!!」


何故そこで犯人をミモザに限定したのか。ぐっと寄った眉間の皺にミモザはこれ以上心労を溜め込まないように大きくため息を吐く。

一から説明するのは面倒くさい。それにどうせこの父親に一連の流れを説明すれば、考えもせずに伯爵家との縁を切るとか言い出すかもしれない。折角アクルがアルカイドを許したのに、それでは謝罪の意味がなくなってしまう。どうしたものかミモザが頭を抱えていると、横からアルコルが口を開いた。


「サザンクロス侯爵、実は皆で鬼ごっこをしていたんだ」

「は?」


明るく言ったアルコルに父親はぽかんと口を開け、その場にいたミモザたちも唖然となる。


「追いかけているときにアルカイドがアクル嬢にぶつかってしまったんだ。怪我はなかったけれどそれでアクル嬢が泣いてしまって、今イーター伯爵とともに謝罪を受けたところだ。アクル嬢は謝罪を受け入れてくれたよ」

「はぁ…」


訝しげに頷く父親にアルコルは「私の言う事に間違いはあるか?」とアクルに問いかける。アクルはぶんぶんと首を振り「そうです!そうなのですお父様!」と父親の腕にしがみついた。

父は「お前がそういうならば…」と納得したようで、アクルにしがみつかれて嬉しそうに相好を崩した。前にも思ったが父母揃ってこんなにちょろくて侯爵家は本当に大丈夫なのだろうか。


「伯爵もそれでいいな」

「しかし……」

「…アクル嬢もさっき言っていたが、前に私も同じ間違いをしたことがあるんだ。偉そうに言える立場じゃないし、他の誰でもない彼女が彼を許したんだ。もう口を出すことじゃない」

「…はい、お取り成し感謝いたします、第二王子殿下」

「申し訳ありませんでした…」


父がアクルにかまけている間に、アルコルと伯爵の間で言葉がかわされる。大事にならないようその場を収めてしまったことに、二重の意味で伯爵が頭を下げる。目を瞑り頭を深く下げた伯爵と同じようにアルカイドも頭を下げた。

それを手で制して、アルコルは一歩近付いてアルカイドに何かを告げる。一瞬だけ見えたその表情には何故かひどく敵意がこもっているように見えた。


「っ…」

「ミモザ、侍女に着付けを直してもらったほうがいい。サザンクロス侯爵、すこし彼女の時間をもらうよ。行こう」


顔を青くしたアルカイドから視線をそらし、父の返事を待つより早くアルコルはミモザの背を押して踵を返す。


「アルコル様…?私直すほど着崩れておりませんよ?」


それよりアルカイドに何を言ったのか気になったミモザが口を開こうとすると「その手を診てもらったほうがいい」と先に言われてしまい閉口する。

驚くミモザの痛まない方の手をさっと取り歩き出したアルコルに、メグレズは呆れたような顔をしつつも、彼も最後までアルカイドを睨んでいた。


「どうして…わかりましたの…」

「………手を擦っていたから」

「…………」

「…あまり無茶をしないでほしいな」


いつも穏やかなアルコルが、少しだけ責めるようにミモザを見る。


「誰かの為にがんばるミモザは好きだけど……もっと自分を大事にしてほしい」


「あなたが怪我をするのは嫌だ」と言ってじっと真摯に見つめてくるその目に、先程助けてもらったときのアルコルの姿を思い出して、かあっと顔が赤くなるのが分かった。


ぽっちゃりで、顔も体もまん丸なのに、その姿はまさしく"王子様"だった。


「ミモザ?」

「な、なんでもありません…」


メグレズが微笑ましいものを見るような顔で見ているのに気づいて、ミモザは顔の熱を誤魔化すため、とりあえずアルコルから早く離れたいと城へと歩く足を早めた。




すみません、王太子の名前を間違えておりましたm(_ _)m修正いたしました。

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[気になる点] アとルが付いてる名前の人が数人居て誰が誰なのか、考えてしまって全く話に集中できない… [一言] 名前以外は続きが気になるくらい面白いです!
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