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お母様の言うとおり!  作者: ふみ
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母の教えその9「マリア様がみていなくても」



「……お嬢様、あちらに……」


刺繍をしていた布から顔を上げそっと視線で指された方を見てみると、庭木の間から薄茶の髪が見え隠れしていた。


「………見えてるわね」

「はい、隠れているつもりなのでしょう」


今日は城へあがる用事もなければ、嫌がらせの雑用を言いつけられることもなかったので、ミモザは庭へ出て刺繍をしていた。はじめは室内でちくちくと刺していたのだが、首と目が疲れてしまって、気分転換にと天気もよいことだし庭の一角の木陰にシートを引いて続きをすることにしたのだ。


そして刺し始めて三十分くらい経った頃だろうか、一度離れてお茶を用意し戻ってきたアリアの指摘でアクルが庭へ来ていることに気が付いた。

父譲りの薄茶の髪は地味に思えるが、陽の光の下ではかなり明るくみえる。その茶色がひょこひょこと垣根の薔薇の向こうで揺れていた。時折半分顔を見せ此方を見つめてくることから、隠れる気が大してないのであろうことも窺える。


「……どうなさいますか?」

「…声をかけてきてくれる?」


あれから数ヶ月が過ぎようとしていた。


あれからアクルはこうして此方の様子を遠巻きに窺いに来るようになった。その姿はまるで人間を警戒する野生動物のようだとミモザは思う。最初は此方が気付いたり声をかけたりすると逃げられてしまっていたが、最近は声をかければそのままその場に留まることも多くなっていた。


(…少しは警戒心が解けてきたのかしら…)


あの朝の一件はアクルに多少の変化をもたらしたようだった。


ミモザは母の教えに従って一度きつく叱ったに過ぎないのだけれど、今まで一度だって叱られたことなどなかったアクルには余程堪えたのだろう。しかもその後に叱られた相手であるミモザに慰められ何が何だかわからないといった顔をして混乱していた。それが逆にアクルが考えるいいきっかけになったのかもしれない。

今まで問題だらけだった言動も少しずつ改善が見られてきている。マナーのレッスンや座学などは相変わらず苦手としているようだったが「アクル様が廊下を走らなくなった」とか「侯爵様に無駄に我侭を言わなくなった」とか、そんな使用人たちの話を聞くとミモザもほっとしたものだ。


「お嬢様、アクル様をお連れしました」

「わ、わたしは別に来たくなかったけれど、アリアがどーしてもって言うから来てあげたのよ!」


ふん!と斜め上を向いて偉そうに胸を張るアクルにやれやれと思いつつ、眉を下げて少し笑う。


「それでも私はアクルとお話できて嬉しいわ」

「っ、な…!?」

「呼んできてくれてありがとうアリア、お茶の用意をお願い」

「はい」


真っ赤になったアクルが言葉を探して固まっているうちに「さぁここに座って」と、立ち上がって手を引いて自分の隣へ座らせてしまう。


「………」

「はい、お茶をどうぞ」


ミモザは未だ素直に言葉が出てこないアクルの先回りをするように話すようにしていた。


「今刺繍をしていたのよ。私お花のモチーフが好きで、こうして練習しているの」

「…わ…」


刺しかけのハンカチを出すとアクルは小さく感嘆の声をもらした。


「…かわいい」


思わず口に出してしまったようで、慌てたように口を押さえる相手にミモザの口からも微笑が漏れた。


「じゃあ刺し終ったらこれはアクルにあげる」

「っ…いいの!?…じゃ、なくて…べっ、別に私は欲しいなんて一言も…!!」


「ツンデレだわ」と後ろでぼそりと呟いたアリアの言葉に、明らかに好意を持った相手に『あんたのことなんか全然好きじゃないんだからねっ……っていうのがツンデレよ』と言っていた母の言葉を思い出したが、内容は今は関係なさそうなので置いておく。


「私がアクルにあげたいの、だめ?いらない?」

「う……」


アルコルの得意技である“お願い"を参考にちょっとだけ困った顔で首を傾げてみる。いつもはやられている方なので、自分ではどこまで効果があるかは分からないが、母の話の悪役令嬢ミモザはそれなりに容姿が整っているらしいので全く効かないということはないだろう。

じっと見つめているとアクルは真っ赤になって「もうっ」と言った。


「し、仕方ないからもらってあげるわ!!」

「そう良かった」


(勝ったわ…)


お願い作戦が成功したことに内心で微笑むけれど、刺繍するミモザの手元をきらきらと期待した顔で覗き込んでくるアクルを見ていると、なんだかミモザまで嬉しくなって、気付けば自然に微笑んでいた。


(お母様もきっとこんな気持ちだったのかしら…)


今となってはアクルはミモザの手のかかるただの可愛い妹だった。


『親は先立つものだけれど、兄弟姉妹はその先も同じ時を生きていくから』


母も昔アリアのことを妹のように可愛がっていたと言っていた。『お姉様って呼んでっていったら断られちゃったけど…やっぱりマリア様が見てないと駄目なのかしら』と、よく分からないことを残念そうに嘆いていたけれど。アクルとの関係が改善されたことを知ったら、きっと母も喜んでくれただろう。


(これは失敗できないわ…可愛く仕上げなくっちゃ!)


しかしミモザが気合を入れなおしたところで、アクルがミモザのドレスの膝の辺りをくいくいと引っ張った。


「…どうしたの?」

「…えっと……あのね…」


言いにくそうにもじもじとする様子に、最初の頃ミモザに意地悪をしていた頃の影はない。急かせば言うのを止めてしまうかもしれない。そう思ってミモザが辛抱強く待っていると、やがてアクルはぽつりと「お姉さまって第二王子様のことが好きなの…?」と聞いてきた。


「い…っ…いきなりそんなことを聞いてどうしたのアクル?」


義妹の口から飛び出した発言に口から心臓が飛び出しそうになる。なんとか声が震えないように返せば「だってお姉さまたちはとても仲がいいでしょう?」とアクルは水を得た魚のように話し出す。


「第二王子…殿下は、お姉さまが来るのを楽しみにしているって使用人たちが話していたわ。それにこの前お姉さまあの人…じゃなくて、殿下をバカにされたときすごく怒ったじゃない」

「………」


仲良しの異性の友人=恋人という子供らしい発想かと思いきや、当たらずとも遠からずな内容を話すアクルによく見ているなと感心する。


「それは、大切な友人を悪く言われれば腹も立つわ」

「友達だから怒ったの?殿下のことが好きだからじゃなくて?」

「勿論友人としてお慕いしています」


大切なことなので何度でも。ミモザとアルコルの今の関係性上は仕方ないとはいえ、この先一体何回このやり取りをしなければいけないのだろうとミモザは頭がいたくなる。


「じゃあもし殿下に結婚してって言われても断るの?殿下と結婚するのは嫌なの?」

「うっ…」


子供だからか、相手がアクルだからか分からないが、悪意のない無邪気な質問に言葉に詰る。


(死亡フラグだから結婚したくない…なんて言えない…!)


決してアルコルが嫌いなわけではなく相手が自分の生死の鍵を握っている人間だから距離を置いていたい、というのを不敬にならないようにアクルに分かりやすくどうやったら説明できるのかミモザは頭を振り絞って考えた。


「…さ、先のことはわからないわ、それにアルコル様だってもっと相応しい相手がこれから現れるかもしれないでしょ」

「でも殿下と一番仲がいいのはお姉さまよ?」

「っ…それでも、貴族は政略結婚も多いのだから、結論を急ぐことはないのよ」

「うーん…?」


言いくるめようと必死なミモザの葛藤を知らずに、首を傾げるアクルに「そういうものよ」と姉ぶって言うと、全て納得したわけではないのであろうが「そうなのかしら…」とアクルは頷いた。


「お姉さま」

「なぁに?」

「……私、お父様から婚約者ができるかもって言われたの」

「!」


アクルの発した「婚約者」という単語に驚いて息を飲む。


「ど、どなたなの…?」

「えっと…確か、イーター伯爵の子だって言ってたわ、アルカイド様というの」

「イーター伯爵…」


イーター伯と言えば騎士団で隊長を勤められている、武官を多く排出している家だった筈だ。確かヒロインの攻略対象の一人がイーターという家名だった気がする。そしてミモザは母の遺した日記の中に攻略対象の一人のルートでアクルの名前が書かれていたことを漸く思い出した。


『アルカイド・イーターは、イーター伯爵家の三男で、騎士団長の子息で騎士見習いをしているわ。学年はヒロインの一つ上で王太子の側近。彼も第二王子断罪の時王太子側につく人間だけど、彼のルートのメインの悪役令嬢はミモザではないの』


そうだ。アルカイドルートではミモザは悪役令嬢ではないと言われていたから彼についての記述は深く読まなかった。そしてミモザが悪役令嬢ではないとすれば、そのポジションに入るのが誰になるかということを失念していた。


『アルカイドの婚約者は貴女の義妹のアクルなの。彼女は貴女と同じくアルカイドをヒロインに奪われたと嫉妬に狂って魔力を暴走させ、最終的にアルカイドの手で倒される』


「っ…」


自分が助かることばかり考えて、他人のことなど全く頭になかったではないか。これでどの口がアクルにあんな説教をしたというのであろう。

きしきしと音がしそうな胸を手で押さえて、ミモザは自分を落ち着かせようと意識して深く呼吸をする。


「すぐにではないけれど、今度顔合わせをするんですって」

「そう…」


ミモザは今すぐ部屋に戻って母の日記を確認したいと思ったが、不自然にならずにこの場を離れる言い訳が思いつかないほど焦っていた。


(アクルの婚約…)


ゲームではどうか知らないが、同じ家から王族の周囲に人を出すことはよしとされていない。一つの家の力が強くなってしまうからだ。

王太子や他の攻略対象のルートではミモザが第二王子と婚約していたから、アクルが王太子の側近であるアルカイドと婚約することはなかったのだろう。

けれども今、ミモザとアルコルが婚約していない現状のせいで、アクルとアルカイドの婚約という話が出たのかもしれないと思った。


(アルカイドと婚約してしまえばアクルは…)


死んでしまうかもしれない。


今自分の顔は真っ青だろう。怖くて震えてしまいそうになる肩に手を置いて押さえた。


今までは自分の身に降りかかることだったから、がむしゃらにやってきた。けれどもし自分のその行動で、アクルの死亡フラグを呼び起こしたのだとしたらと考えると、とてつもなく怖かった。


アクルのことが嫌いだった。自分から父親と居場所を奪った憎たらしい相手だと思っていた。けれど関わっていくうちにアクルもまた悩んでいたことを知った。年相応に無邪気なだけなのだと知った。


少なくとも今のアクルを見捨てるなどという選択肢はミモザにはなかった。


(この子は何も知らない…)


「アクル…貴女はその人と婚約したいの?もし嫌なら私からもお父様に言ってあげる」


そもそも婚約しなければミモザのように死亡フラグを回避できるのではないかと考えての言葉だった。どうせあの父親がアクルの意見も聞かずに独断で持ってきた縁談だろうと予想して、一縷の望みをかけてそう問うた。


「分からない………お姉さまは政略結婚でも相手のことを好きになれると思う?」


ぽつりと呟かれたその声に、きっと今日アクルがここに現れたのはそれを聞きたかったのだろうと思い至った。


「………」


その質問にミモザは答えられない。

アクルもまたミモザと同じことを思ったのだろう。だからこそミモザの意見が聞きたかったのかもしれない。


「そう、ね…」


相手の方とたくさん話をして誠心誠意お仕えすればきっと大丈夫、と無責任に言えたらどれほど楽だっただろう。それが出来ないのは一重にあの父親のせいであるのだが。

なにせミモザの母は政略結婚の相手である父から全く愛されていなかったのだから。


「……私ね、お相手のアルカイド様の姿絵を見せてもらったの。赤い髪がとても素敵で、凛々しくてとっても格好良かった…」

「………」


アクルの言葉に内心冷や汗をかく。


(もしかしてアクル…アルカイドのことを…?)


ミモザの悪い予感は的中したようで、アクルはうっすらと頬をピンクに染めて、握ったままだったミモザのドレスを手でもじもじとさせていた。


「早く会ってみたいけど……アルカイド様が同じように私のことを好きになってくれなかったらって考えたら、その…どうしていいか、わからなくて…えっと…」


(まずいわ…)


アクルがアルカイドに惚れてしまっている以上、アクルから婚約を諦めさせるのは難しいだろう。ミモザはそっと肩を落とした。

未だもじもじとしながら「だからね」とアクルは言葉を紡いだ。


「お姉さまに、ついてきてほしいの」

「……えっ?」


最悪アルカイドの記憶を操作するしかないと、ミモザは考え込んでいたせいで、アクルの言葉を聞き逃してしまい、アクルに聞き返す。


「今なんて?」

「だからっ……アルカイド様と会う日にお姉さまにもついてきてほしいの!」


アクルはきっと不安なのだろう。それでもアルカイドに会いたいとミモザを頼るくらいには、この婚約を望んでいると言ってもいい。


(アルカイドの記憶を操作すれば…でも……)


それなのに自分はアクルとアルカイドの顔合わせに同席できるのであれば、二人の婚約を潰すことができるかもしれないなどと酷いことを考えている。


義妹の恋心を記憶を操作して消そうとするなんて“悪役令嬢"そのままではないかと思った。


「わかったわ…」

「っ…よかった!」


安心したように笑うアクルに、表面上は微笑を返しながらもミモザは罪悪感で一杯になり、暗澹たる気持ちを抱えたままその日まで過ごすこととなった。




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