母の教えその8「情けは人の為ならず」
『ミモザ、それはいけないことよ』
紙束が廊下に散らばっている。
先程母とミモザの目の前で、それを運んでいたらしいメイドが勢い良く転び、腕に抱えた書類を見事にぶちまけたからだ。
帳簿かなにかだろうか。転んだメイドが慌てて起き上がりそれを拾い集める横を素通りしようとした時、母はそう言った。
『……?』
どうして叱られたのか、意味が分からず母を見上げると、母は自ら屈んで散らばった書類を集めだした。
『奥様っ…いけません、お手が汚れてしまいます!!』
『あら、二人で拾った方が早いじゃない』
『申し訳ありません』と恐縮して何度も謝るメイドをよそに母は笑顔で次々と書類を集めていく。
メイドが恐縮するのは当たり前だ。母は貴族でこの侯爵家の夫人なのだから、このようなメイドの粗相をいちいちフォローするような立場にない。それどころか叱るなり責任を問うなりしてもいい状況である。メイドの方もそれを分かっているからこそ、顔を青ざめさせ何度も頭を下げているのだろう。
『も、申し訳ありません…!!奥様にこんな…っ!!』
『こんなこと別にいいのよ、貴女怪我はなかった?』
『は、はいっ…』
『それなら良かったわ、次からは気をつけましょうね』
『はい…!!申し訳ありませんでした!!』
『まぁ、そういう時はありがとうって言うのよ』
それなのに母は叱るどころか一緒になって書類を拾い、相手の怪我の心配までして。
涙目で『ありがとうございます奥様』と、笑顔を浮かべて頭を下げたメイドを置いて歩き出した母に、釈然としないままミモザは問いかける。
『…どうしてお母様はさっきメイドの仕事をてつだったの?』
『目の前で怪我をしたかもしれない人がいたからよ』
『でもあの人は自分で転んだよ?それにすぐ起き上がったし怪我なんかしてなかったわ』
『それでも書類をぶちまけてしまって困っていたでしょう』
『それはあの人の失敗なんだから…私には関係ないもん』
母に「いけないことよ」と叱られたことがまだ心に燻っていた。
『…私がさっき貴女にいけないと言ったのは、貴女が見て見ぬ振りをしようとしたからよ』
『………』
母は足を止めてミモザの前に膝をついて目を合わせた。
『確かに使用人が大きな失敗をしたのなら叱るのも仕方ないわ。でもあの子はまだこの家に来てから日が浅いの、仕事に慣れていなくて当然よ。親元から離れて慣れない邸で、それでも真面目に朝早くから働いてくれているわ。あの子だけじゃない。貴女のその着ている服を洗ってくれているのは誰?貴女の食べる食事を用意してくれるのは誰?貴女の寝ているベッドを毎日綺麗にしてくれているのは?』
『…………』
母にそう言われて考える。
その日着たドレスはミモザが何もしなくても数日後にはちゃんとクローゼットに戻っていた。
食事は食堂へ行けば当たり前のように毎日用意されていた。
今朝「シーツをお取り換えしますね」とミモザのベットを綺麗にしてくれたのは、さっき目の前で転んだ彼女だった。
『あ………』
その日着たドレスがどうやって戻ってきているのか考えもしなかった。食事が用意されているのが当たり前だと思っていた。
毎日、それをしてくれているのが誰かなんて考えようともしていなかった。
『もちろん私達は貴族という身分を賜っているから、家の外で今のような行動をとれば相応しくないと他の貴族から眉を顰められてしまうでしょう。でもそれは見て見ぬ振りをしていいということではない。それに…私も彼女達がやってくれている仕事の全てを知っているわけじゃないけれど、毎日そうして私達に尽くしてくれている彼女達が目の前で困っていたら助けたいと思うじゃない?』
『……はい』
ミモザはようやく母の言いたいことが分かった気がした。
『…私、明日はちゃんとベッドをきれいにしてくれてありがとうって言います…』
『そうね、相手の気持ちを考えて人に優しく生きていればきっと貴女は変われるわ。情けは人の為ならずってね』
『なさけはひとのためならず…?』
聞きなれない言葉に、オウム返しに聞き返したミモザに母は笑ってミモザの頭を撫でた。
『えぇそうよ、どういう意味かっていうとね………』
「…………」
眩しさを感じて目を開けると、そこにはいつもと同じ自分の部屋の天井があった。
「…夢…だった…?」
まるでさっきまで本当に母と話しているような夢だった。頭にはまだ母に撫でられた手の感触が残っているようだ。
思わず自分の頭に手をやって母が撫でてくれた場所を掌でなぞる。
「お母様……」
懐かしい夢だ。幼い頃、何も知ろうとしなかった自分を叱ってくれた母。
一つ一つミモザに何がいけないのか、どうすればいいのかを教えてくれた。ミモザが少しずつ変われたのはああして母が根気よく諭してくれたおかげだろう。
(それにしても…情けは人の為ならずってどういう意味だったのかしら…?)
意味を聞く前に目が覚めてしまったので、ミモザが思い出すことが出来たのはその言葉だけだった。幼い頃に聞いた筈なのにどうしてもその意味が思い出せない。
「情けは人の為にならないから…容赦しないでしごきなさいってこと…?」
なんだかそれだとあの時の母の言動と一致しないような気がしないでもないが、段々頭が覚醒してくるうちに夢の内容もぼんやりと薄れていったため、これ以上思い出すのも難しそうだった。
(まぁ…甘い顔をしてばかりだと相手の為にならないから、叱るときは厳しくしなさいってことよね…)
そう結論付けながら、まだ起きるには早い時間だったため二度寝をしようかとミモザは考えたが、今日の予定を思い出して結局起きることにした。
「あ…おはようございますお嬢様!もう起きていらしたんですね」
「おはようカペラ、いつも朝早くからありがとう」
一人で着替えをして、花瓶を抱えて部屋へ入ってきた相手を見て笑う。
廊下で転んで恐縮していたあの頃の面影はそのまま、今では失敗することなど滅多になくなってしまった侍女に「きれいなお花ね」と言う。
「はい!今朝咲いたばかりのガザニアの花です、ルガス爺からもらってきました!」
「ありがとう…ルガス爺にも後でお礼を言いにいかないと」
「はい!」
ルガス爺というのはこの家の庭師で、アリアの父親で母について一緒にこの侯爵家へ来た使用人だった。
今、義母と義妹が実権を握るこの侯爵家で表立ってミモザの味方をしてくれるのはアリア、ルガス爺の親子とこのカペラだけだった。
勿論それを面白く思っていない義母が三人へ嫌がらせめいたことをするのだが、アリアとルガス爺は義母よりも何枚も上手だったし、カペラにいたっては無意識に嫌がらせを全てかわすという妙技をやって見せた。よくわからないけれどルガス爺に言わせると「あれはとてもいい星の下に生まれている」とのことだった。他の使用人達もミモザのことを哀れに思っているのか、遠巻きにするだけで何かされる訳ではないので今のところは落ち着いて過ごせている。
「そうだお嬢様、今日はお城へあがる日でしたよね、その時に髪にこのお花を挿していったらどうでしょう?」
そうミモザが二度寝をやめた理由は今日がアルコルのところへ遊びに行く日だからだ。
城へあがるようになってから、朝早くから使用人のように働かされることはなくなった。自分達がミモザを苛めていることを王子に告げ口されるとでも思っているのか。それとも本気で第二王子の婚約者に選ばれると思って怪我でもされたら堪らないと思っているのか。父や義母の考えは分からない。けれどアリアやカペラと同じお仕着せを着て使用人に混じって働くことができなくなってしまって少しだけミモザは残念だった。
(認識阻害を使えば私だとばれずにお仕事できるかしら…?)
最近めっきり使うことのなくなってしまった自身の能力に思いを馳せつつ考え込むと「お嬢様?」とカペラが怪訝な顔をして首を傾げた。
「ごめんなさいちょっと寝ぼけてしまったわ…今日は暖かいし生花はあまりもたないんじゃないかしら?すぐ枯れてしまっては可哀相だし…」
「あ…そうですよね…」
しゅんとしてしまったカペラに「小さい花束を作って持っていくのはどうかしら」と提案する。
「花束なら花瓶に移せば一週間ほどはもつし、アルコル様にも見せられるし」
「そうですね!」
カペラが「では早速ルガス爺にお願いしてきます!」と早速飛び出して行こうとした瞬間、同じタイミングで外から部屋の扉が開かれた。
「ずるいわお姉さまばっかり!!」
取っ手を掴み損なって「ひゃっ」とよろめいたカペラを支えたのは、扉を開け放ったアクルの後ろにいたアリアだった。
「お止めすることができなくて申し訳ありませんお嬢様…」
その顔には強い疲労が漂っていた。おそらく朝っぱらからミモザのところへ押しかけようとするアクルを必死に止めてくれていたんだろう。
「私は大丈夫よ」
慣れているから、とは口に出さずに「それよりカペラは大丈夫?」とアリアの腕の中にいるカペラに声をかける。
「は、はい…受け止めてくださってありがとうございますアリアさん」
「怪我がないならよかった」
「ちょっと!!私の話を聞いてるの!?」
だすんだすん、とその場で足を踏み鳴らしながら癇癪を起こすアクルに「お行儀が悪いわ」と駄目元で窘めてみる。案の定話を聞かなかったアクルは「それよりも話があるの」とミモザの前で胸をそらした。
「今日は王宮へ行く日なんでしょう?私も連れて行って」
「はぁ?」
精一杯ふんぞり返っているようだが、それでもミモザの方が背が高いのでどうしても見下ろす形になる。それが気に食わなかったのかアクルは此方を睨みつけてもう一度「私も行くから」と言った。
「行くからって…呼ばれているのは私一人なのだから勝手に連れてはいけないわ」
「そんなのお姉さまが第二王子に聞いてくれたらいいじゃない」
「…たとえ城から許可を頂いたとしてもお父様の許しもないのでしょう?」
あの茶会でのアクルの失態を見ていたのはアルコルとその使用人だけではない。全員の記憶を操作したわけではないから、アクルが会場を令嬢らしくなく駆け回ったことや、目上の立場の者への無礼な態度などを覚えている人間もいただろう。
たとえミモザが言わなくても、それは噂となってあの父の耳にも入った。「何故ちゃんと見ていなかった」と激怒した父に呼び出され詰られたが「アクルの態度にかなりご立腹だった第二王子のお怒りを静めるのに忙しくて他の方には手が回りませんでした」と言ったら青い顔をして黙ってしまった。ミモザは心の中で舌を出しつつ「アクルの態度が改められたのが分かれば王子にもお許し頂けるかもしれませんわね」と殊勝に言って部屋を後にした。
その後アクルにはマナーの家庭教師がつけられ、ある程度身につくまでは茶会などへの外出は許されていないのだという。事前にアリアから聞いていたからこその確認だ。
「ふんっ!!許可、許可って、お姉さまはいっつもそうやっていい子ぶるのね!!」
「…当たり前のことを注意しただけよ」
「そうやっていい子ぶったってお父様からは見向きもされないのにね、あぁ可哀相なお姉さま!!」
「………」
一体朝から何をしにきたのであろう。ただそんな我侭を言いに来ただけならば、お腹が空いてきたので早く帰ってほしい。
ミモザが黙ったのを反論が出来ず悔しがっていると勘違いしたアクルは尚も喋り続ける。
「いつも偉そうに文句言ってくるけど本当は私のことがうらやましかったんでしょう?ドレスも靴も宝石も、侍女だって!こんな貧乏臭い花が飾ってある場所とは大違いの素敵な部屋もよ?みーんな私の方がお姉さまよりいいものを持ってるわ!だって私はお姉さまとちがってお父様とお母様から愛されているから!お姉さまにはあのデブ王子がお似合いよ!早く結婚してこの家から出て行ってほしいわ!」
黙って聞き流していれば害はないと思っていた。
でもそれが間違いだったのだと悟った瞬間、ミモザの頭の中でぶちりと何かが切れた気がした。
「………アクル」
「あら、なぁにお姉さ…ひっ!?」
「謝りなさい!!!!」
アクルの目の前まできて一喝すると、アクルは先程までの勢いが嘘のように怯えて肩を揺らした。
外まで聞こえたかもしれない。けれど容赦してやる気はなかった。
「貴女が自分のもっているものを自慢するのは勝手だし、私の事を見下して優越感に浸りたいのもどうぞご自由に。でもそれに関係ない彼女達やアルコル様まで持ち出して侮辱するなんて絶対に許さないわ!!」
「べ、別にお姉さまに許してもらわなくたって…」
「私だけでなく世間も貴女を許さないと言っているのよ!!」
「っ」
びくりと再び肩を揺らしてアクルが一回り小さくなる。
「前回のお茶会での失態から何も学ばなかったの!?殿下への侮辱がただ謝って済むことだと思っているの!?さっきの貴女の発言は立派な不敬罪、首をはねられて家を取り潰しにされてもおかしくないわ!!」
「ひっ…」
「さっきの発言がたとえ不敬罪にならなくても、アルコル様のお心を傷つけた貴女を私は許さない、私達のために働いてくれる彼女達を軽んじたことも!!」
アクルはミモザの剣幕に怯えきってしまって「ひっ」とか「うぇ」とか小さい嗚咽を洩らしている。
叱られたことなど数えるほどもないのだろう。たとえ怒られたとしてここまで苛烈に厳しい言葉を投げつけられるなんてことなかった筈だ。
自分より下に見ていた相手に言い返されるとは思っていなかったに違いない。ただ怒鳴って叱っているだけだというのに、返す言葉も出てこないのはやはりアクルも箱入りのお嬢様だったということだろう。
甘やかされて育った結果がこれだというのなら、やはり厳しく接することも必要なのかもしれない。
(まさに「情けは人の為にならず」とはこういうことなのですねお母様…)
怒っているうちに段々冷静さを取り戻してきた頭で、ミモザはそう結論付けた。
「大体、貴女は朝からいくつ恥知らずな行動をとれば気が済むの。使用人の話を聞かない、廊下を走る、ノックもせずに扉を開け、入室の許可もなく部屋に押し入っては足を踏み鳴らして喚き散らす。マナーも何も、見られたものではないわ」
「う……うぅ…」
「城へ連れて行っても同じような振る舞いをするのが目に見えているのに、貴女を連れて行けるわけないでしょう!!」
言いたかった事を全部言い切って大きく息を吐く。
アクルはもはや反論などできない状態でひっくひっくと嗚咽を零しているし、さぞ驚かせてしまっただろうとアリアとカペラの方を見れば、アリアは指で涙を拭いカペラはうるうると涙目で両手を胸の前で組んでいた。
「お、お嬢様…そこまで私達のことを思ってくださっていたなんて…」
「おじょうざまぁあ…カペラは、カペラはうれじいですぅう…!」
「えっ…ちょ、どうしたの二人とも…」
とうとう泣き出したカペラにひくりと肩を揺らせば、そのカペラにつられたのか、アクルも同じようにわんわんと泣き出した。
「あぁああっ…だって…だ、って…っ…おねえざまばっかりぃ…うああぁ…!!」
「おじょうざまぁぁ…!!」
「………」
(…いったいどうしろと…)
いつの間にかカオスに陥った室内で「朝ごはんはなんだろう…」と現実逃避を試みるも、空腹も問題事はごめんだとばかりにどこかへ行ってしまったようで、嫌でも目の前の現実を見せられる。
いい加減ミモザも泣きたくなってきた頃、漸くアクルが意味のある言葉を話し出した。
「ずる、いっ…お姉さまばっかり、城へ遊びにいって…!!わたしもいきたいって、いったのに!!」
「…アクル様、それは侯爵様からもまだ駄目だと言われたではないですか」
「どうしてっ…どうしてみんなお姉さまばっかり好きになるの…っ、わたしの部屋には誰も花なんてかざってくれないっ、マナーの先生だってお姉さまは上手だったってすぐくらべる…!!わたしの方が、お父様にかわいがられてるのに!!」
「アクル……」
アルコルが前に『いっそのこと兄弟じゃなかったらこんなに僻むこともなかったのに』と言っていたのを思い出した。
『他人だったらこんなに悩まない、仕方のない事だと諦めることができる。けれど近い存在だからこそどうしても羨まずにはいられなかった』
床にぺたんと座り込んで泣き喚くアクルに漸く合点がいった気がした。
愛人の子ということで肩身の狭い思いをしていた分甘やかされ、欲しいと言えば与えられ、願いを言えば叶えられる。挫折を知らない。だからこそ正妻の子であったミモザが自分よりも優れているのが我慢ならないのだろう。
アルコルと同じように、アクルもきっとミモザへの感情をもて余して拗らせているのだ。
ミモザから言わせれば、母親が健康で、父親にも愛されているアクルの方がよほど恵まれていると思う。一人ぼっちの悲しみをこの子は知らないのだから。
勝手な逆恨みだろうと斬り捨てることもできた。
けれどもこうして泣いているアクルを放っておくことができないと思っている自分もいた。
(……お母様なら……)
母だったらどうするだろう。
(………)
憎らしくなかったわけじゃないけど、結局見捨てることもできない自分も甘いのかもしれない。
(…仕方ないか…)
そう考えて、泣いているアクルの前に屈み、その頭を抱え込むように抱きしめた。
「ほら、もう泣かないの」
「お……姉さま…?」
驚いて泣き止んだアクルに、昔母がしてくれたように頭をゆっくり撫でる。そしてわかりやすいように難しい言葉をさけて何がいけなかったかを一つ一つ説明した。
「もし私が貴女のお母様を悪く言ったら貴女は嫌な気持ちになるでしょう?」
「…うん」
「それと同じよ、アルコル様も、アリアもカペラも私の大切な人なの」
「…使用人なのに大切なの?」
「そうよ、毎日貴女のドレスを洗ってくれているのは誰?」
「えっと…」
「あなたのベッドを毎日綺麗にしてくれるのは誰かしら?」
「………」
ミモザの言葉に呆けていたアクルは難しい顔になって黙り込んだ。あの時のミモザと同じ、考えたこともなかったのだろう。
「お父様が城へ行く許可を出さないのは貴女を守るためなのよ」
「どうして…私がお姉さまみたいにできないから?」
「いいえ、私と同じにする必要はないの、貴女には貴女のいいところがあるのだから。けれどお城にはお城のルールがあるから、それをきちんと守れるようにならなければたくさんの人から貴女が悪く言われてしまうのよ」
「………」
「貴女が悪く言われたら、お義母様もお父様も悲しむ。もちろん私も」
「どうしてっ……お姉さまが悲しいの…私は…っ…」
「お姉さまにひどいことを言ったのに」としぼんでいく小さな声で言ったアクルに「たった一人の妹ですもの」とミモザは言った。
「っ」
「…貴女は私のことが嫌いかもしれないけど……私も貴女が苦手だと思っていたけれど…こうして泣いているのを放っておけないくらいには貴女のことが好きみたい」
「………」
呆然と此方を見上げてくる赤褐色の目に溜まった涙を指先で拭って名前を呼ぶ。
「アクル、半分しか血はつながってないけれど、私達姉妹なんだもの。もうちょっとだけ話をしてみない?」
「話……」
「そう、好きなものとか嫌いなものとか、勉強で分からないところがあったら聞きにきてもいいし…何でもいいの。たくさん話をして、それでも私のことが嫌いなままだったら仕方ないけれど…」
「…っ…」
「でも、もし貴女が私ともっと仲良くなりたいと思ってくれたら………そのときは可愛い笑顔で“お姉様”って呼んでくれたら嬉しいわ」
これ以上ミモザが言うことはない。後はアクルがちゃんと自分で考えなければいけないことだ。
彼女が出した結論がどんなものでも、ミモザがアクルの姉であることに変わりはない。
どうかミモザの存在に固執せず、アクルらしく生きてほしい。
ぽんぽんと頭を撫でて「はい、今日はもうここまで」とぽかんとしてしまったアクルを支えて立たせると、少し屈んでドレスの裾の埃を払ってやる。
「お…おね…」
「まぁ、もう八時になってしまうのね…お腹がすいたでしょう?」
時刻を確認して、漸くどこかに行っていた空腹が戻ってきたようだった。「食堂へ行きましょう」と何か言いたげなアクルの背を押し、アリア達に食事の用意を頼もうと振り返ると二人ともハンカチで顔を覆って「尊い…」とか言いながら泣いていた。
「………」
よく分からないが、その様子に暫く回復しないだろうと早々に諦め、その時はまた自分で用意すればいいだろうと思ってミモザは食堂へ歩き出した。




