母の教えその1「折れない旗はない」
はじめて投稿します。暖かな目で読んでくださると嬉しいです。
『よいですかミモザ。決して目立たず、騒がず、慎ましく人に優しく生きるのですよ』
自分の中で一番古い記憶と言えばこの一言につきる。
物心ついた頃から母にずっと聞かされ続けていた言葉だ。その時は決してその言葉の意味を理解していた訳ではないけれど、母のあまりに必死な様子に、幼心にもとても大事なことなのだろうと思ったのを覚えている。
『ここは乙女ゲーム“星の天使と七人の騎士”の世界なの 。そして貴女はそのゲームに出てくるヒロインである星の天使……ではなく、そのヒロインの恋路を邪魔する魔性の赤き流れ星、悪役令嬢ミモザ・サザンクロスなのよ!!』
前言撤回。
やっぱり今でも理解できない。(赤き流れ星って見た目のせい…?)と娘を魔性呼ばわりってどうなのと思うより先に頬の横に垂れた真っ赤な髪を一房摘まんでミモザは思った。
温度の高いオレンジがかった炎を写し取ったような赤い髪。陶器のような白磁の肌をしていても頬や唇は薄く桃色に色付き、新緑を写し取ったかのような若葉色の瞳と相まって春の夕暮れを彷彿とさせる。まだ自我も確立していない幼児でありながら、母親譲りの整った容姿は既に将来美しい娘に育つであろう片鱗を見せていた。
『将来、貴女は性格さいっっ……あくな第二王子の婚約者にさせられ、意地悪な継母とその娘に虐められ…!!苦しみ、悲しみ、傷つき…そして僻み、妬み、嫉みから皆から愛されるヒロインを苛めに苛め抜く悪役令嬢となってしまうのよ…!!』
「なんてこと…!!」と五つにも満たない娘の前で身を捩らせる様は、侯爵夫人としてはかなり残念だった。
『私には前世の記憶があるの』
母は自分を『転生者』と言った。
前世の記憶を持ったまま新しい生を受けた者。
『私だってこの見た目と能力を生かしてチートな転生ライフ…ドキドキ学園生活や甘酸っぱいアオハルを送りたかったわ…!!だってあのミモザ・サザンクロスの母なのよ!!一人の子持ちの今でさえ美女なのよ!?若い頃は絶対にすごい美少女だったに決まってるじゃない!!』
しかし我が母が前世を思い出したのは、残念ながら陣痛の真っ最中という最悪なタイミングであった。
『前世で命を落とした後、気が付いたら体を襲う気が遠くなりそうな程の激痛……朦朧とした頭で今の自分の境遇と立ち位置を理解した瞬間に絶望したわ…前世で何の為に死んだのか、今まで生きてきた私は何だったのか…分からなくなって、神様への当て付けにいっそのこともう自らの手で命を断ってしまおうかとも思った………けど、けどね、十時間以上の難産の末生まれた貴女を初めて抱っこした時思ったの』
ぎゅっと抱きしめられて、その温かさに反射のように抱き返す。
『なんて可愛いんだろうって……あぁきっと今生の私は貴女の為に…貴女に命を繋ぐ為に生まれて来たのだと思った』
手を伸ばせば無条件に与えられる温かい腕が、どれほど尊いものなのか。幼い私はまだ知らなかった。
『近い将来、私は貴女を残して死ぬわ』
一度死を迎えてすぐに、また今世での死を迎えなければならないと知った母の苦悩はどれほどのものだったろう。滲む視界に写る自分と同じ赤く柔らかい髪をくしゃりと握りしめる。あの時理解できたのは、いつか母が私を残して居なくなってしまうということだけだった。
『ミモザにはたくさん幸せになってもらいたいの、けれどこのままじゃ貴女はいつか道を踏み外してしまう……時間がないの…だから』
ドキドキやらアオハルやらよく分からない単語を鼻息荒く力説する姿は本当に残念なくらい淑女からは程遠かったけれど。
『今日から特訓よ!!目指せ!!叩き折れ死亡フラグ!!』
拳を突き上げ優しく笑う母は、誰よりも、この世の何よりも綺麗だと思った。