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18 傷心

 朝、すっきりと目が覚めるようになって、美羽は母の言葉に納得した。それに、夕食だけでも家族ととれることは、やはり嬉しかった。

 神子が美羽に渡す着物も、最初の頃より質が良くなった。食事も同じで、品数が増えて、味も格段に美味しくなった。もちろん、美羽が口にしない夕食も含めてのようだ。


 藤森家がいったいどれほどの「寄進」を神殿にしたのか、美羽は少し気になった。




 そうして毎日を穏やかに過ごせるようになった中で、美羽が考えないようにしていても、どうしても心に引っかかり続けていることがあった。夏樹のことだ。


 美羽がここに来る前日に出した手紙に対し、未だ夏樹の返信はなかった。夏樹は筆まめな人ではないが、さすがに美羽の書いた内容が内容だし、返事をしないということはしないだろう。

 当然、美羽が鏡の神殿にいることを夏樹は知らないので、手紙が届くとしたら藤森邸にだが、届けばすぐに母が美羽に渡してくれるはずだ。実際、友哉からの手紙は美羽のもとに届いていた。


 もしかしたら何か手違いがあって、あの手紙はまだ夏樹に届いていないのではないか。それは、美羽の想像というよりも、希望だった。

 そのうちに夏樹から、「最近、手紙が来ないがどうしたのか」と問う手紙が来るかもしれない。そうしたら、「ごめんなさい」と謝って、今までと同じように「夏樹さまのお帰りをお待ちしています」と書いて送ろう。そんなことを美羽は考えはじめていた。

 あるいは、夏樹はあの手紙を読んで、どうすれば美羽の気持ちを翻せるかと思い悩んでくれているのかも。今からでも、本当のことを書いて出そうか。




 夏樹からの手紙が美羽の手元に届けられたのは、美羽が神殿で暮らし始めて半月が過ぎた頃だった。

 母が「良かったわね」と言いながら差し出した封書を、美羽は笑って受け取ったが、手が震えてしまわないよう気をつけた。


「読まないの?」


「後でゆっくり読むわ」


「そう」


 美羽が夏樹の手紙を開いたのは、夜、部屋でひとりになってからだった。

 夏樹が書いてきたのは「手紙が届かない」でも、「考え直せ」でもなかった。


 ーーわかりました。どうか幸せになってくださいーー


 怒りなのか、哀しみなのか、諦めなのか。短い文面からは、夏樹の気持ちは読み取れなかった。


 美羽は、自分自身が夏樹に送った手紙を思い出した。

 どうして、自分は都合の良い想像ばかりしていられたのだろう。夏樹があれだけで美羽の本心を察することなどできるわけがないのに。


 自分には泣く資格などないと思うのに、涙は後から後から落ちてきた。泣き疲れて眠り、朝、目を覚まして再び泣いた。

 部屋から出ない美羽を神子が呼びに来たが、美羽は寝台からも出る気になれなかった。

 そのうちに、母がやって来た。


「美羽、具合が悪いの?」


 心配そうな声で言いながら、母は美羽が頭まで被っていた布団を捲り、美羽の顔を見ると目を丸くした。それだけで、自分がどれほど酷い顔をしているのか美羽にはわかった。


「いったいどうしたの?」


 母は濡らした手拭いを美羽の目の上に乗せながら尋ねた。


「婚約を、解消したの」


 止まっていた涙がまた溢れ、手拭いに染みていった。


「ええ、夏樹さんと? 昨日の手紙?」


「私から、言ったの。それで、夏樹さまも、わかったって」


「夏樹さんに、今の状況を伝えたの?」


 母の問いに、美羽は首を振った。


「巫女になってしまったらそのまま皇家から出られないって、夏樹さまのお父さまからお聞きして、もしも、また夏樹さまに何かされたらと思ったら、怖くて」


「せめて私たちに相談してくれれば良かったのに」


 母は嘆息し、美羽の頭をそっと撫でた。


 結局、その日は美羽は部屋から出なかった。

 少しの時間でも鏡の間に行くよう神子に言われたが、母が「具合が悪いから休ませてほしい」と頭を下げてくれた。

 父と恵人は姿を見せず、美羽の食事は母が部屋に運んできた。




 翌日には、美羽はまた決められた時間に起床し、朝の勤めを果たした。

 朝食の後で部屋に戻ると、夏樹の両親に宛てて手紙を書いた。婚約の解消を知らせて、謝罪と今までの感謝を伝えた。手紙の投函は母に頼んだ。


 昼すぎ、美羽は鏡の間に向かった。


『今日は来たか』


 そう言った鏡が、すべてを知っていて笑っているような気がして、美羽はカッとなった。


「あなたのせいよ。あなたが私を選んでいなければ、今頃は夏樹さまと結婚していたんだから」


『儂は巫女が婚約者と別れることなど、求めたことは一度もない。そうさせているのは皇帝だ』


「だったら、そんなことはやめろって、皇帝に言いなさいよ」


『そうだな。そうしよう』


 鏡があっさりと答えたので、美羽は毒気を抜かれた。


『儂は皇帝に話したいことがある。そなたがそれに協力するなら、ついでに皇家で巫女を囲うのはやめろと言ってやろう』


「私は何をすればいいの?」


『まずは、祭の時に、少し多めに呪力を注いでくれ』


「呪力なら、全部あげるわ」


『いや、おまえの持つ呪力は大きいゆえ、一度にすべて動かすのは危険だ。そなたの体にも、周囲にも負担がかかる』


「そうなの」


『祭が無事に終わったら、儂の言葉を皇帝に伝えるのだ。詳しくは追い追い話す』


 結局は皇帝の意のままにされるか、鏡の思惑に乗るかの違いで、巫女になることを受け入れてしまった美羽の気持ちは二の次のようだ。しかし、まだ鏡のほうが言葉が通じそうだった。




 美羽のもとを、明香をはじめとした友人たちが訪れるようになった。話によると、会いに来ようとしても許可を得るのに難儀していたのだが、それを藤森家が一手に引き受けたらしい。

 どうやら、許可を得るための手続きはかなり面倒なもののようで、美羽の父はそれを代行させる人を雇ったのだという。そんなところにも、金が使われていたのだ。


 ともかく、毎日のように誰かしらが会いに来てくれて、美羽の心はずいぶん慰められた。おそらくはそのあたりも、両親は考えてくれたのだろう。




 3か月ほどたってから、突然、美羽に会うための許可は必要なくなった。

 宮殿が藤森家への嫌がらせのために決めたものの、あまり効果はないと気づいたからではないか、と明香が推測していた。


 友哉が都に戻ってきたのは、それからすぐのことだった。

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