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17 神殿に乗り込む

 夏樹は眠る美羽に触れて声をかけることをずっと躊躇ってきたが、一度それをしてしまえば、美羽に会いに行って顔を見るだけでは落ち着かなくなった。

 美羽の部屋に他に誰かいると気恥ずかしい。だが、美羽とふたりなら素直な気持ちを話せた。美羽の返事がないことが辛かった。




 約束の日は、友哉には「神殿の前で待ち合わせよう」と言われたが、夏樹が藤森家まで出向くことにした。美羽の顔を見て、声をかけるためなのは言うまでもなく、友哉には鼻で笑われた。


 ふたりは神殿に到着するとまっすぐ本殿に入り、廊下の奥に向かって声をかけた。しばらく間を置いて返答があり、さらに待たされてようやく現れたのは若い男だった。神官見習いだろう。

 見習いは友哉のことは知っているようだった。


「藤森さま、どうされました?」


「神官長さまにお会いしたいのです。お話しすることがあります」


「少しお待ちください」


 見習いは急いで奥へと戻っていった。夏樹は拍子抜けした。


「ずいぶん呆気ないな。もっと渋られるかと思った」


 友哉はニヤリと笑ってみせた。


「まあ、神殿は藤森の人間を無碍にはできないだろうからな」


「そう言えば、寄進がどうとか……」


 夏樹が言い終わらぬうちに、神官長が出てきた。挨拶を交わしてから、神官長は夏樹を向いて尋ねた。


「あなたは……?」


「葉山夏樹です」


 夏樹が名乗ると、友哉が付け足した。


「妹の元婚約者です」


 神官長は目を見開いた。


「もしや、祭の時に舞台に上がった方ですか?」


「そうです」


 神官長の顔に真剣味が増した。


「それで、話とはどのようなことでしょうか?」


「私たちにもわかりません」


 夏樹が言うと、神官長は訝しむ顔をした。


「申し訳ありませんが、私も色々と忙しい身で……」


「忙しいのは、鏡を元に戻す方法を探しているからではありませんか? それとも、探しているのは鏡の欠片でしょうか?」


 神官長の顔色が変わった。


「あなたが、鏡の欠片を持っておられるのですか?」


 その問いに、夏樹は敢えて答えなかった。


「鏡が、皇帝陛下と話をしたいそうです。鏡のある場所に案内してもらえますか?」


「あなたたちが、鏡の声を聞いたと言うのですか?」


「美羽が寝たままなので、代わりをしろと言われました」


 夏樹はできるだけ淡々とした口調を心がけつつも、何とも荒唐無稽なことを口にしていると感じていた。しかし、神官長は真剣な顔をしていた。


「こちらへどうぞ」


 そう言うと、神官長は神殿の奥へと歩き出した。途中にいた先ほどの神官見習いに何事かを告げ、さらに進む。

 神官長がふたりを連れて入ったのは、それほど広くない部屋だった。その真ん中に小さな台が置かれている。部屋にあるのはそれだけだ。

 夏樹と友哉は台の前で足を止めた。神官長も台を挟んでふたりと向かい合う位置に立った。

 その上に、美羽の首にさがっていたものとよく似たたくさんの破片が、おそらくは元の鏡の形のまま並べられていた。その一角に、ちょうど美羽のものがピタリと嵌りそうな隙間が空いている。


「鏡を、お返しいただけますか?」


 神官長が言った。


「今は持ち合わせておりません」


 答えながら、夏樹はそれを美羽の首から外す方法を聞いていなかったことに思い至った。後で鏡に聞けばわかるのだろうが。


「先に、鏡の話を聞いてください」


 夏樹が鏡に手を伸ばすと、友哉も鏡に触れた。


『皇帝は来るのか?』


「皇帝陛下はいらっしゃるのかと訊いています」


 夏樹が鏡の言葉を伝えると、神官長が答えた。


「宮殿には連絡いたしましたが、陛下がいらっしゃるかはわかりません」


『しばらく待つか』


 その言葉の後、しばらく沈黙が続いてから、神官長が口を開いた。


「葉山さまは、葉山大臣とご関係が?」


「息子です」


「ご子息? 葉山大臣のご子息が、巫女と婚約されていたのですか?」


「そうですが、それが何か?」


 涼しい顔で問い返したのは友哉だ。


「陛下は、巫女を貴文殿下に娶せるおつもりだと伺いました。まだ、内々の話ですが」


 貴文殿下は確かに独身だが、すでに30歳は超えているはずだ。そのうえ女性関係の噂が絶えず、あまり評判は良くない。

 そんな男を、いや、そんな男だからこそ美羽に当てがうのだろう。


「腹違いの妹の結婚まで気にかけてくださるとは、陛下は本当にお優しい」


 友哉が、目の前に陛下がいたら殺しそうな顔で言った。


「ですが、兄として、美羽にそんな結婚をさせるつもりはありません」


「しかし、陛下の命に背くのは、巫女のためになりません」


 神官長は脅すためでなく、心配してそう口にしたようだった。


『今までの巫女も、婚約者と別れて皇帝の指名した皇家の者と結婚させられてきた。それを断れば、死ぬまで神殿に軟禁だ』


「なぜ、そこまでするんだ?」


『儂の巫女という権威を、外に出したくないのだ』


 その時、部屋の扉が叩かれ、来客が告げられた。

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