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16 両親の逆襲

 神殿の朝は日の出とともに始まった。

 前夜なかなか寝つけなかった美羽は、眠い目をこすりながら、言われるままに神殿内の掃除に加わり、お清めを受け、朝食をとった。


 一転して、朝食の後は放っておかれた。しかし神殿の外に出ることは禁じられており、部屋にいてもすることはない。

 結局、暇を持て余した美羽は鏡の間に向かった。


『昨日よりも酷い顔をしておるな』


 美羽が鏡に触れると、さっそくそんな言葉が聞こえてきた。


「こんな退屈な暮らしをさせられるなんて聞いてないわ。今まで巫女になった方々はどうやって過ごしていたの?」


『それまでと変わらなかったのではないか。今までの者たちはそれぞれ宮殿の中にある屋敷から通っておったからな』


 美羽は顔を顰めた。


「私は特別扱いしていただいているわけね。別に逃げたりしないのに。ねえ、あなたから神官長さまにでも私を家に帰すよう言ってよ。毎日きちんと通うわ」


 あの皇帝の言葉を真に受けて美羽が何かを頼んでも無駄だろうし、そもそも頼み事などしたくない。


『無理だ。基本的に儂の声は巫女にしか聞こえない』


 美羽は目を瞬いた。


「だったら、あなたはどうやって選んだ巫女を神殿に伝えるの?」


『神官長を憑代にして、その口を使うのだ。この方法はそれなりの呪力を必要とする。祭を控えた今の時期に、残り少ない儂の呪力を無駄に使うことはできん』


 美羽は淑女にあるまじき言葉を口から漏らしそうになり、代わりに溜息を吐いた。


「私から呪力を獲ることは勝手に決めてしまったんだから、そのくらいの願いを聞いてくれても良いでしょう」


『どうせなら、無事に祭が終わってからもっと大きな願いを叶えてやろう。何がいいかよく考えておけ』




 2日後の昼前、やはり鏡の間に向かおうと考えていた美羽に、神子が来客を告げた。部屋に入ってきたのは母だった。


「母さま」


 驚いて目を見開いた美羽の頬を、母が両手で包みこんだ。


「ああ、美羽。やっと会えたわ」


 美羽が首を傾げると、母が顔を顰めた。


「美羽が神殿で暮らすと聞いてすぐに来たのだけど、面会には宮殿の許可が必要で、しかも希望日の3日前までに申請しろなんて言うのよ。まったく、信じられないわ。でも今日からは毎日来るから安心してね」


「毎日なんて、無理しなくていいわよ」


「無理ではなくて、娘の顔を見たいという親の我儘よ」


「ありがとう、母さま」


 美羽が母に抱きつくと、母は優しく背を撫でてくれた。しばらくしてから離れると、母は部屋を見回した。


「それにしても、何もない部屋ね。必要なものがあればすぐに言いなさい。とりあえず、寝具は替えないと駄目ね」


 母が寝台に腰かけながら言った。美羽も隣に座って答えた。


「そんなことしなくていいわ。ここには半年しかいないのだし」


「半年も、よ。それに睡眠は大事でしょう。てっきり宮殿に部屋を与えて家より良い暮らしをさせてくれるものと思っていたのに」


「私は宮殿なんかよりこちらで良かったわ。あんなところでは息が詰まりそう」


「それもそうね。ところで、何か巫女としてのお務めはあるの?」


「毎日、鏡と話をしているだけよ」


「鏡と話?」


 やはり母も意味がわからないという顔をしたので、美羽は可笑しくなった。


「ええと、親として鏡にも挨拶したほうが良いのかしら? 娘をくれぐれも宜しくって」


「鏡と話せるのは私だけみたいだから、後で伝えておくわ」


「あら、そうなの。残念ね」


 いまいち納得できてない様子で母がそう言ったので、美羽は苦笑した。


 母は「夕方に恵人と一緒にまた来る」と告げて、帰っていった。

 美羽が鏡の間に行くと、鏡には『珍しく機嫌が良いな』と言われたので、しばらく家族の話を聞かせた。




 夕方、母とやって来た恵人はつい先日に入学したばかりの学園の制服姿だった。


「まだ見慣れないから不思議な感じね」


「何か変?」


「いいえ。ただ、急に恵人が大人びてしまったみたいで」


「そういえば、いつの間にか恵人のほうが美羽より背が高くなったわね」


「そのうち、兄さんも追い越すよ」


 美羽は「それなら夏樹さまくらいになるのね」と言おうとして躊躇った。夏樹の名前を口にしたら、一緒に別のものまで出してしまいそうだ。

 美羽はまだ、家族に夏樹とのことを伝えていなかった。


 美羽の心がわずかに揺らいだことは気づかれなかったらしい。母が揶揄うように言った。


「学園に入った頃の友哉のほうが今の恵人よりも大きかったんじゃないかしら」


「でも、兄さんはもう伸びてないでしょう。俺はまだ成長してるから」


「そうよね。恵人が卒業する頃はどんな風になっているのか、楽しみだわ」


 自分自身はその時どうなっているのかを、美羽は考えないようにした。


 しばらく3人で過ごしていると、神子が夕食の時間を告げに来た。


「ずいぶん早いんだね」


「朝起きるのから夜寝るまで、家よりも全て早いのよ」


 せっかくだから見ておきたいと、母も美羽について食堂に向かった。

 そこに並べられた夕食の膳を見て、案の定、母は顔を曇らせた。それでもその場で騒ぐことはせず、美羽を引っ張って食堂の外に出た。


「毎日、あんな食事なの?」


「神殿だから粗食なのよ」


「それにしても、ちょっと酷いわね。食事も睡眠と同じくらい大切よ」


「ちゃんと食べているのだから大丈夫」


 母は晴れない表情のまま帰っていった。




 神殿の就寝時間の間際になって、今度は父が姿を見せた。


「よくこんな時間に入れてくれたわね」


「渋られたが、許可証には日付だけで時間の制限はないと押し切った。まあ、明日からはもっと早く来よう」


 どうやら仕事が忙しいはずの父も毎日来るつもりらしい。

 美羽も今度は「無理しなくていい」と口にするのはやめておいた。きっと父の応えも母と同じだ。




 翌日の昼過ぎ、美羽の部屋にやって来た母はいきなり言った。


「さあ、寝台を入れ替えるわよ」


 母の後から3人の男たちが部屋に入ってきた。すぐにひとりが布団などを纏めて担ぎ、他のふたりが寝台を持ち上げると、外へと運び出していった。

 次には別の3人によって、部屋に新しい寝台と寝具が運び込まれた。

 先ほどまであったものと寝台の形や布団の柄などはそっくりで、だからこそ質の違いは一目で明らかだった。


「神殿の許可は下りたの?」


「許可なんて必要ないわ。これは我が家から神殿への寄進だもの。快く受け取ってくださったわよ」


 美羽の部屋が落ち着いたと思うと、今度は隣室が騒がしくなった。美羽が部屋を出てみると、他の部屋でも寝台の入れ替えが行われているようだった。


「まさか、他の部屋も全て?」


「ここだけなんて吝なこと、するわけがないでしょう」


 母はにっこりと笑った。




 さらにその日の夕方、美羽の部屋にはやはり母と恵人がいた。

 普段なら夕食に呼ばれる時間になっても神子が来ないので、美羽が不思議に思っていると、父もやって来た。


「父さま、ずいぶん早いけど、お仕事は大丈夫なの?」


「心配はいらない」


 カラリとそう言った父の後ろから、家令の松岡まで顔を出した。


「皆さま、お食事のご用意ができました」


「えっ?」


 美羽が驚いて声をあげると、父と母は可笑しそうな顔をした。


 食事は神殿の食堂に用意されていたが、神殿の者たちがいつも使っている簡易な長卓は部屋の隅に片付けられ、別の立派な食卓と椅子が置かれていた。


「他の皆様の分も用意させてもらうつもりだったんだが、断られてしまった」


「でも、やっぱり夕食くらいは家族揃って食べないとね」


 母はそう言うが、美羽が神殿に来る前も、帰宅の遅い父とは休日くらいしか食事を一緒にできなかったのだ。


 食卓や食器類は美羽が初めて見るものだった。しかし並べられた食事は、屋敷で出されていたものとほぼ変わらなかった。味も美羽が食べ慣れたものだ

 しかも温かいものは温かいままだった。神殿の食事も終わったばかりのはずだし、屋敷は神殿から離れているので、おそらくは神殿の程近くに調理場を確保したのだろう。


 家族に囲まれて、美羽は久しぶりに心から食事を楽しんだ。

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