12 出さなかった手紙
ーー夏樹さま、しばらく手紙を書けず申し訳ありませんでした。先日思ってもみなかったことが我が身に起こり、私もまだ混乱していて、こうして筆をとってみても夏樹さまにどう伝えればいいのか迷っています。
まずあなたに言わなければならないことは、私があの両親の実の娘ではないということです。私の生みの母は藤森志穂、父の妹です。もっとも幼い頃に亡くなった母のことを私はまったく覚えておらず、あの両親が実の親であると疑わずに育ちました。
私が両親から本当のことを聞いたのは、学園に入る少し前でした。万が一、私の出生について何か知っている人に出会って他人から聞いてしまう前に、というふたりの配慮です。それに、父は大切な妹のことを私にきちんと伝えておきたかったようです。
私はもちろん驚きました。生みの母、父の大切な人が早くに亡くなってしまったのは私のせいではないかと思い、悲しくもなりました。
私の実の父が誰なのかはわかりませんでした。母はそれについては死ぬまで口を閉ざしたそうです。そう聞けば、あまり良い想像はできません。だから私は、自分には母がふたりいたけれど父はひとりだけで、今までと何も変わらないのだと考えることにしました。両親もそれで良いと言ってくれました。
本来ならあなたと婚約する前にすべて伝えるべきでした。ですが、あなたに求婚されて舞い上がった私はすっかりそのことを失念していました。本当に申し訳ありません。
ずっと黙っていたことをこの手紙に書くことになったのは、私の実の父がわかったからです。でも、私の身に起こったことというのはそれではありません。
夏樹さまは今年の秋に鏡の祭が行われることはご存知でしたか。鏡の巫女に関しては、おそらくあなたの方が詳しいのではないでしょうか。私ももちろん知っていましたが、平民にとってはお伽話のようなものでした。
ところが、突然家に宮殿と鏡の神殿からの使者だという方々がいらっしゃって、私が鏡の巫女に選ばれたので宮殿に上がれと言ったのです。さらに、その方たちは私の父が先帝陛下だと告げました。なぜそれがわかったのか尋ねても、使者である彼らでは要領を得ませんでした。
そんなことを言われたところで受け入れられるわけもなく、私は鏡の巫女になることをお断りしました。使者たちはあっさり帰られましたが、もちろんこれで終わりではないだろうと思っていました。
先日、あなたから届いたお手紙に地方勤務が延びたと書いてあるのを読んで私は震えました。兄からの手紙にも同じことが書かれていたからです。宮殿が騎士団に働きかけたに違いありません。夏樹さまは何も悪くありません。私のせいなのです。
再びやって来た使者に、私は巫女になると伝えました。その場で私が宮殿に入る日が言い渡されました。
その直後、ある方から言われました。鏡の巫女になれば皇家一族の中から夫を決められて、外に嫁ぐことは許されないと。巫女に選ばれるのはもっとも呪力の強い皇女なので、次の巫女の候補をひとりでも多く作るために、皇家はその呪力を自分たちのもとに留めるのだそうです。
私が持っているという呪力は私には必要のないものです。いくらでも差し出します。だけど、夏樹さまを奪われることは想像するだけで耐えられません。
私はあなたに話すべきだったことを話さなかった罰を受けているのでしょうか。できることなら、今すぐあなたに会って謝りたいです。それでもあなたが私のことを赦せないなら、私も黙って受け入れるしかありません。
ですが、もしもあなたが私を赦し待っていてくださるなら、私は巫女の役目を果たした後、あなたのところに帰ります。どうかずっとあなたのそばにいさせてください。それが叶うなら、私は何でもします。
私は明日、宮殿に行きます。その後はどうなるのかまだわかりませんが、夏樹さまとまたお会いできる日の来ることを信じておりますーー
ここまでお読みいただきありがとうございます。