優しいキス
どうしよう、どうしたらいいんだろう、
感情だけで、こんな風に大声を上げたのは
いつ振りかさえも分からない。
慶太の顔を見れないまま、足を進めた。
とにかく、早く、ここから離れたかったし、
慶太の顔を見るのが怖かったのもあった。
それに、頭も冷やしたかった。
小走りにも近い程に足早に進むと、
後ろから腕を掴まれる。
「郁っ、待って、ちょっと、待てって。」
慶太はギュッと私の腕を掴み、
そのまま肩を持って身体を回されると、
必然的に目が合った。
困惑したような、何ともいえない表情。
どうしよう、と思った瞬間、
慶太は声をあげて笑った。
「ごめん…でも、
郁があんな風に怒ったの、はじめて見た。
なんか、俺たち、何してんだろうな。」
よほど可笑しそうに笑うから、
その内に私もつられて、
気付けばクスクス笑っていた。
それから慶太は触れるだけのキスをした。
指を絡めて、ゆっくり歩き出す。
「あのね、その、一緒に住もうって話し。
一緒に住みたいよ。
だけど、私だけ、なんていうか…
簡単に幸せになっちゃいけない気がして。
だから、ちゃんと考えたかった。」
慶太は一言、うん、とだけ返事をした。
そのあとも翌々日、駅に向かうまでも、
一度もその話しをする事はなかった。
電車が到着するまで、
まだ少し時間があったから、
2人でコーヒーを買って、ベンチに座った。




