ドロップ・イン・ザ・オーシャン
青い空。消波ブロックに身体を横たえて、海に落ちた彼女のことを考えていた。
カヤは、日に焼けて、目鼻立ちのはっきりしている、同い年の女の子だった。島の中で唯一の同学年で、いつも二人で遊んでいた。今でも海に潜っていると、楽しげに揺れる長い黒髪を幻視することがある。
笑顔を絶やさない、明るい性格。彼女の後ろをついて行けば、そこには間違いなく幸せが満ちていた。
カヤが海に落ちたのは、十年前、十四歳の時だ。
その日は、この南国の島でもめずらしいほどの快晴だった。
思えば、前兆はあったかもしれない。日ものぼらない時間に遊びに誘いにきたり、妙に急いで浜に向かったり、いつもは満ちあふれている自信や、余裕が無かった気がする。
昼、カヤがどこからか見つけてきた小さな木船に乗って、沖に出た。大人に見つかればただでは済まないが、あのときはカヤの後ろを付いていくことに抵抗は無かった。
空の青、そして海の青。沖に出てしまえばこの二つだけだった。その空間にカヤと二人でいることに、不思議と興奮よりも平穏を感じていた。
「海、潜らない、いっしょに」
当然のことをわざわざ聞いてくるカヤを不思議に思いながら答えた。
「もちろん潜るよ」
一瞬、船が流されないか心配だったが、すぐにカヤに続いて海に潜った。思っていたよりも深い。下の方で、カヤの髪が揺れている。少し息が苦しくなってきていた。
カヤは大丈夫だろうか。そう思った時、手を握られた。カヤがこちらを見ている。
だが、もう息が限界だった。手を振りほどき、浮上した。カヤは上がってこなかった。
カヤの病気のことを知ったのはそれから少し後のことだった。
彼女は、二人でいっしょに落ちたかったのだろうか。一人になってしまう前に。
いつのまにか立体感を増した空をながめて、またそんなことを思った。
少しでも楽しんで頂けていればうれしいです。