引きこもりを雇う(1)
こんにちは。
またまた続きものです。
一話完結を目指していると言ったのに、なんかすみません。
新キャラの登場に関わる話で、大体このくらい書こうって決めている文字数からオーバーしそうだったので、やむなく続きものにしました。
この先も何かしらあると思いますが、今後もよろしくお願いします。
「ご主人様♡ ごはん一緒に食べましょう!」
昼休みの教室。
多くの生徒が学食や購買に行っているため、お弁当を広げる生徒は少なく教室内は割と閑散としていた。
この時を待ってましたとばかりにはち切れんばかりの笑顔の桜花が、お弁当を持って紅葉の席に近づいてくる。
「別にいいけど。お前はいいのか? 女子と食べなくて。友達出来ないぞ」
お弁当を机の上に置きながら、向かってくる桜花に対して単純な心配からくる言葉をかける。
「大丈夫ですよ。ご主人様じゃあるまいし、プクク」
意地の悪い笑顔で煽ってくる桜花。
「……一発ぶん殴っていい?」
本当のことなので言い返せない紅葉は理不尽な暴力をふるおうと身を乗りだす。
「………………やっぱり暴力はなしで」
「かなり間があった後に『やっぱり』って、お前何考えた?」
「秘密です。私はミステリアスな美少女なので」
「普通自分で自分のこと美少女とか言うか?」
「純然たる事実なので」
むん、と自信気に腰に手をやり胸を張る。
普段特に意識することもなく、あまり目立たない二つのふくらみが机越しに紅葉の目の前に突き出される。
その上にあるドヤ顔のせいで劣情もクソもあったものではないが。
「あっそ」
軽く流して半眼で少し睨みつける。
すると、
「ご主人様、そんなに熱っぽく見つめられると下半身が大変なことになっっちゃいます……」
頬を赤らめくねくねしながらアホなことをのたまう。
さすがの紅葉も突っ込む気力も無くし、背もたれに深く背を預け上を向いて、細く長く息を吐きだす。
桜花が学校に来てから早一週間。
桜花の迷いの原因である、『紅葉の、主としてではなく、紅葉としての時間や友達』問題は、桜花が来る前から紅葉は特に仲のいい人はいなかったので(海を除いて)、特に心配する必要もなかった。
入学式から来ていなかった同級生の登場に、最初は転校生が来たような雰囲気で多くのクラスメイトに囲まれていた紅葉だったが、クラスの中でできていたグループは固く結ばれており、今更来た紅葉を自らのグループの輪に引き入れようとする猛者はおらず、紅葉は紅葉で、クラスのそういう空気を感じ取り、積極的に中に入ろうとすることもなかった。
別に嫌われたりいじめられているわけではないし、気さくに話しかけてくれることもあれば、こちらが話しかければ普通に話してくれるという、昔と違い道具としてではなく人として接してくれている状況は、すごく有り難いし、別段居心地が悪いわけではない。
桜花が来てからというと、一人で居た時間が減ったので、居心地がいいとさえ最近は思うようになった。
(なんだかんだ、桜花には救われているんだよな)
天井を見上げて湿っぽく感慨に浸っていると、桜花が紅葉の顔を覗き込んできた。
垂れた桜花の髪によって、周りが見えなくなった紅葉の視界の先に桜花の顔があった。
ふわりと香る女の子の甘い匂い。
ほんのりと赤く染めた桜花の顔がとろけた笑顔の形を作る。
自身の頬にかかる髪の一束を緩慢な動きで耳にかける。
一連の動きがひどく色っぽく見える。
目をつむり、ゆっくりと近づく桜花の顔。
甘い匂いに当てられたかのように、脳の奥がしびれている紅葉は、その動作をどこか遠く感じていた。
顔に血が集まるのがわかる。
酷く熱い。
そして、その唇と唇が触れ合う寸前――。
「はっ! 何やってんだお前!」
「フグっ!」
正気に戻った紅葉の手によって桜花の口は塞がれ、二つの唇がくっつくことはなかった。
「チッ。今の雰囲気ならいけると思ったのに」
顔を押し返された桜花が恨めしそうに舌打ちをする。
対して紅葉の顔面はまだ赤く、鼓動も早鐘を打っていた。
正直、危なかった。
ここ最近の桜花は、以前にもまして紅葉に積極的な態度をとるようになり、紅葉の心臓が早まることが多々あった。
「人前で何しようとしてるんだ、お前は」
あくまで冷静を装いながらも、しかし、その顔がまだ赤く上気していることは隠せず、意図せず顔をそむけることとなる。
そしてそれを、桜花が見逃すはずもない。
「あれー? ご主人様どうしたんですか? 顔をそむけて」
にやにやしながら顔を覗き込もうとするのを、必死で避け続ける。
「もしかして~、照れたんですか~?」
その間も煽りは止まらない。
教室に残った周りの生徒は、またかという感じですぐに興味を無くし、各々の会話へと戻る。
この一週間の間に行われたこの手のはた目から見たらいちゃついたようにしか見えない行動は、実に十数回だ。
日に一回を超えるペースに、初めは興味津々といった様子のクラスメイトも、さすがにもうお腹いっぱいだった。
「相変わらずいちゃついているところ悪いんだけど、少しいいかな? 二人とも」
そんな二人に近づいてきたのは、海だ。
というものの、この状態の二人に平気な顔して話しかけれるのは海しかいない。
「断じていちゃついてなどはいないけど、どうかした?」
少し身を乗り出し、食い気味で否定する紅葉を意にも介さず、海がわかってますと言うように続ける。
「あーうん。ソウダネ。私は桜花ちゃんのこと諦めたつもりはないから、少し妬けちゃうけど、教室でキスするぐらい好きあってます、ってアピールされちゃ退くしかないかな」
「そうです! そうなんです! 私たちはそれはもうラブラブなん――」
「お前はちょっと黙ってろ。全くの事実無根だ。で? 用があったんじゃないのか?」
食いついてでたらめを言おうとする桜花を制し、話を促す。
「うん。でもまあ、今すぐここでっていうわけじゃないんだ。帰りに話すから、一緒に帰ってほしいなって。ついでに付き合ってほしいところがあるんだ」
「なっ……!ご主人様の恋人の枠はすでに私が占領してますから!」
「話を聞けアホ。俺ら二人にって言ってただろ」
「まさか……、三人で付き合う……?」
「んなわけないだろ」
「ありかも」
「お前も乗るな! 突っ込みがめんどい」
ひとしきりふざけるとふふふ、と海が笑う。
中身はあれだが外見は可愛らしい彼女だ。こうして口元に手を添えて笑う様子はすごく絵になる。
なんでこう見た目はいいのに中身が残念な奴らしか集まらないのか、と紅葉は内心消衰した様子で毒づく。
一通り笑うと、それじゃあ、あとで、と海が離れていく。
「なんなんだ」
海の背中を見ながら呟いた紅葉に、桜花が珍しくまじめな顔でつぶやくように言う。
「なんか、大事な話があるんじゃないでしょうか。表面上は笑顔でしたけど、なんかこう、覚悟を決めたような、そういうのが垣間見えた気がします」
桜花の顔があまりに真に迫っていたので、心にとどめておこうと紅葉はお弁当を開けた。
――放課後。
紅葉と桜花の二人は、海のあとに続いて歩いていた。
道中、海は二人を呼んだ理由を語った。
その声音は、落ち着いているようで、しかし、その奥底の悲しさや寂しさなんかが紅葉にも感じ取れた。
「とりあえず、一通り聞いてね。意見文句不満質問とかは後で聞くから。
柊君、前に『手が足りないのは確かだから誰かいたらメイドを雇う』っていってたよね。
私にはね、双子の妹がいるんだ。私にそっくりな。
すごくかわいくてね、こういうと自画自賛ってよく言われるけど、そうじゃないの。確かにそっくりだけど、なんていうのかな。……ごめん、言葉にできないや。とにかく、かわいいんだ。私が女の子が好きになったのも、妹の影響かも。
小さい時からいつも一緒で、私たちは楽しかった。同時に、まわりから比べられてた。
臆病な妹はね、いっつも私の後ろにいた。それが、よくなかった。
周りの大人から『姉はいい子なのに、妹はずいぶん暗いね』なんて言われるようになった。
言われ続けた結果、妹は引きこもった。
一日中部屋に閉じこもって、アニメばかり見てる。理想の自分がそこにいるかのように。部屋から出てくることはほとんどない。せいぜいがお風呂の時くらい。ろくに口もきいてくれない。
こうなったのは、私のせいなんだ。私と比べられたせい。私が救えなかったせい。
でもね、だからこそ私がなんとかしようと思った。私の責任だと思った。
普通の方法じゃ妹を出すことは無理だと思う。だから――」
「うちで雇ってほしい、か。だから俺がオタクかどうか聞いたのか。勤め先が同い年のオタク仲間だと気が楽だから」
頷きながら聴いていた紅葉が、先を予想して口を開く。
意外だったのが、桜花が『勝手に次のメイド雇うなんて話していたんですか!?』と言ってこなかったことだ。
おそらく桜花も、海の懺悔にも似た思いに言葉を出せなかったのだろう。
「そう。着いたよ。ここがうちの家。どうかな? お願いできるかな?」
海の家の前に着くと、海が藁にもつかむような面持ちで紅葉に確認する。
「……とりあえず、会ってからだな」
「ありがとう……」
お礼を言い、海がドアを開ける。
(さてと、どうするかな……)
横目でちらりと桜花を見つめる。
これから先、どんな奴が出てくるのか。そいつに対して桜花がどのような反応を取るのか。
精神的にきつくなるのを覚悟して、一歩を踏み出す。