学校に行く
こんにちは。
今回は学校の話です。
さらに、新キャラが登場します。
今回は理想として掲げている通りの一話完結です。
これからさらに登場人物が増えて、物語も加速していく……予定です。
楽しんでいただけたら幸いです。
「じゃあ、行ってきます」
「はい。行ってらっしゃいませ」
数回にわたる外出経験によって、外に慣れた紅葉は今日ついに学校に行くことにした。
今までは高校へは、籍は置いてあるものの一度も行ってなかった。
人間不信のようなものに陥っていた紅葉は他人との関わりを絶ち、一人で広い屋敷に閉じこもって暮らしていた。
変えてくれたのは、クソメイドの桜花だと、紅葉は思っている。
しかし、それを本人に言うとつけあがるので言わないでいるが。
一呼吸おいて、ドアに手をかける。
そして、扉の向こう、外へと、学校目指して歩き始める。
主を見送った桜花は通常業務である家事をしようと、玄関から屋敷の中へ戻る。
「さーて、今日も元気に働きましょうか。ご主人様がいないのは寂しいですけど、放置プレイと思えばそれほどでもないし。想像したら濡れてきそうなので止めておきますが」
普段から紅葉相手に敬語を使っているので癖となり、一人で居る時もわりと敬語のままだったりする桜花は、大きな独り言を漏らす。
鼻歌交じりで昼と夜のご飯の為に必要なものを、あとで買いに行くので確認しに行く。
桜花の家事スキルは本物で、働き始めてから着々と仕事を憶え、今では完璧にこなすまでに。
とりわけ、料理に関しては紅葉から絶品と言わしめるまでに成長していた。
もともと料理はできていたが、ここに来てからさらに腕を上げていた。桜花自身も自覚するほどに。
そんな料理だが、紅葉に褒められるているので、昼は桜花しかいないからいいものの、夜の分は手を抜くことなどできない。
今ある食材を把握し、作るべき料理の為に足りないものを買い足すべくダイニングへと向かい、そこで、
「あれ?」
見慣れぬ布に囲まれた箱を見つける。
「あ、ああああああああああああああああああああぁぁぁ! ご主人様にお弁当渡すの忘れてたぁ!」
学校に行くにあたって必要となるお弁当。
いつもより早く起きて、腕によりをかけて作ったお弁当。
よりにもよって渡し忘れていた。
「確かに普段と違うことだらけでなんか忘れそうだな、なんて思ったけど、でも! まさかお弁当渡し忘れるなんて……。どうしよう……」
いつもとは違うことは忘れやすいものだ。誰もが経験したことだろう。
今まで完璧なメイド(?)だった桜花にとっては、それだけで混乱してしまう。
うだうだしながら、あちこち行ったり来たりするうちに一つの名案が浮かび上がる。
「そうだ! 私がご主人様に届ければいいんだ!」
――そして。
「えーと、ここの問題を、そうだな、今日初めて来たことだし、柊にやってもらうか」
教壇の上で教科書をもって生徒たちの前に立つ男の数学教師が、教科書の問題を指して紅葉を呼ぶ。
「はい」
返事を一つ、席を立ち黒板に向かおうとしたところで、教室の一番後ろに急遽用意した椅子に座り、いつ作ったのか知らない『ご主人様LOVE!』なんて書かれたライブなんかで振るようなでかいうちわを片手に、メイド服着た女子が声援を送る。熱い熱い、うっとおしいほど熱い声援を。
「ご主人様~! ファイトォォ! 大丈夫、ご主人様ならできますよ! よっ! 天才!」
言わずと知れたその女子とは桜花のことである。
普通の服を買ったというのにもかかわらずメイド服のままで。
お弁当を届けに来たとか言い、その後も学校側に無理言って授業参観の形をとり、教室に居座っている。
やたらと大き目な鞄を持ってきたなと思えば、いろんなグッズが飛び出してきて、授業中ということをお構いなしにやたらとうるさい声援を送ってくる。
紅葉は歩き黒板に向かう――ことなく、真逆の方向へ。
つまり、教室の後ろ側、頭のおかしいメイドの下へと黙々と近づく。
「えっ! なんですか!? もしかして、こんな人の目があるところで、そんな! 私はいつでも準備万端ですけど、こんな大勢の前で、なんて、さすがの私でも少し恥ずかしいなって。でもでも! ご主人様が望むのならドンとこいです!」
照れた様子で一人舞い上がっている桜花に、紅葉は、
「うっせー、クソメイド!」
「あいたっ!?」
鉄拳制裁。振り上げた拳を桜花の頭へと振り下ろした。
もちろん加減はした。が、それでもかなり痛かったらしく、桜花は頭を抱えてうずくまる。
そんな桜花の様子に、紅葉の良心が少し傷んだが今後の教育のためにも、グッとこらえ今度こそ黒板に向かった。
因みに指定されていた問題は難なく正解した。
そして昼休み。
桜花は紅葉にお弁当を渡し、すぐに帰った。
曰く、「ご主人様の夕食の準備をしなければいけないので」とのことだった。
だが、紅葉には、何となく自分と周りとの時間を大切にするようそうしてくれたのだと感じていた。
実際そうなのかは知らないが、一応の感謝を込めつつ渡された弁当箱を開けた。
「…………。やりやがったなあのクソメイド」
開かれた弁当箱の中には、白米の上にピンクのハートが、おかずは器用にハートの付いた傘マーク、さらには傘の持ち手を挟んで海苔で桜花と紅葉の名前が、あった。
小学生かと、思わず言いそうになる中身に、紅葉は蓋を閉じようとしたのだが、ほんの少し遅かった。
「うわー、愛されてるねー」
弁当の中身を覗き込んで感想を漏らした女子がいたのだ。
見られたくないものを見られたという焦りと、ぶっちゃけ全然知らない人に声をかけられたという軽い恐怖が、紅葉の顔に出ていたのだろう。
彼女のほうを振り返った紅葉に、察したように彼女は笑う。
お淑やかな桜花と違って(あくまでも外見の話だが)、話しかけてきた女子は可愛らしい感じがした。
肩まである黒髪をかなり下の方で可愛らしいシュシュでくくり、両肩に垂らしている。
にっこりと笑うその顔はどこか華のある、クラスに一人はいる天使のような存在感。
「私は緑山海。あまり意識してなかったと思うけど、柊君の隣の席の人。よろしくね」
「あ、ああ。よろしく」
喋る口調ははっきりとしていて、落ち着いた雰囲気があった。
「そのお弁当、さっきのメイドちゃんの手作り?」
「おそらく」
「本当に愛されてるんだね」
「鬱陶しいほどに」
となりの自分の席から椅子を持ってきた海は、紅葉の隣に座り、明るく話しかけてくる。
対して、紅葉の対応はそっけなかった。
内心、どう話せばいいのか、何を話せばいいのか、緊張で脈動も早くなるほど。
なにせ、この年までろくに女性と話したことがなかったのだ。混乱と緊張は必然的だ。
そんな紅葉の心境を知らずに、海は会話を続ける。
「いいなぁー。あんなかわいい子の手作り弁当」
「そうでもないよ」
「そうかな?」
「あいつのことを知らないからそう言えるんだよ」
ため息交じりで返した紅葉の言葉に、海もなにか察したらしい。
「お疲れなようだね」
心底その通りだった。
「どうにかして欲しいよ」
その言葉を聞いた海の瞳が、急に輝いた気がした。
「私がなんとかしようか?」
食い気味で顔を近づけて言う彼女は、異様な程生き生きとしていて、
「えっ?」
紅葉は戸惑うことしかできなかった。
「なんて、冗談だよ。冗談」
いうやいなや、離れていく彼女の顔には本気で残念な気持ちが浮かんでいるような気がして、紅葉はさらに戸惑うしかない。
やがて海は別の女子グループに呼ばれ、それじゃ、と小さく手を振り、メイドちゃんのこともっと教えてね、と言い残して紅葉の元を去った。
訳が分からずぽかんとしていた紅葉のところへ、一人の男子がやってきた。
「びっくりしただろ」
「ああ」
「無理もないよな。初登校の可愛いメイドがいる羨ましい同級生に、一つ忠告」
彼は顔を近づけ、小声で話す。どうやらあまり公にできないことらしい。
「もし、あのメイドちゃんが大切なら、緑山には近づけないほうがいい。あいつ、恋愛対象が男じゃなくて女な百合らしい。しかも結構な肉食らしくてさ。入学してから気になっていた女子に実際に告ったらしい。見事に振られたらしいけど、それがきっかけで、あいつの中学時代のこととか噂になっててさ、なんでも、中学時代、何人もの女子のハジメテを奪ってきたとか。さらに何人もの女子を泣かせてきたとか。とにかくメイドちゃんの貞操を守りたいなら、あいつにだけは近づけるなよ」
言うだけ言うと、彼は元の男子グループの元へ戻っていった。
「はい?」
残されたのは情報を飲み込めず、固まっている紅葉のみだった。