いざ外へ(おまけ)
今回で長い一日が終わります。
今まではギャグを多めにしてきましたし、今後もそうしようと思っていますが、今回はシリアスというか、暗い話のような感じになっています。
二人の心の内がわかる話になっています。
次回からは一話完結に戻って、新キャラもでる予定です。
今回は二人の視点を行き来するので私の文章力と相まって読みづらいかもしれませんが、読んでいただけたら嬉しいです。
「降ってますねぇ」
「土砂降りの雨だな」
二人が買い物を終える頃、外はとっぷりと闇に浸かっていた。
加えて、空を覆いつくす灰色の雲から流れ落ちる滝の如くといった雨が地面をたたく。
両手いっぱいに荷物を持つ紅葉と、周りから奇異の目で見られるいつものメイド服の桜花は、ショッピングセンターの入り口で立ち止まっていた。
「傘、持ってきてないんだけどな」
「ですねー」
「こういう時に頼れるやつがいないのはほんと苦労するな。近くにバス停とかあったかな。いや、タクシー呼べばいいか」
「そうですね。走りましょう!」
「なぜそうなる」
「透けブラは男子の至宝なのでは?」
「純粋な目で聞いてくるのやめてくれない?」
もはや突っ込む気にもなれないといった様子で紅葉は息を吐く。
重い荷物と長時間にわたる歩行で疲れはピークに達していた。
そこに雨が降っている状況に、さらに桜花の相手などさすがの紅葉でも体力が持たない。
もともと体力は少ないが。
「ん~と。え~と。お、あった。しかも近い!」
紅葉の隣で買ったばかりの真新しい水色のスマホを手に、なにかを調べていたらしい桜花が声を上げる。
「ご主人様! 近くに休憩できそうなところがあるのでやっぱり走りましょう!」
桜花がはしゃいだ様子を見せる。そういう時は大抵ろくでもない時なのだが、疲れている紅葉の思考は普段通りには動かず、
「こっから何分?」
素直に桜花の提案にのってしまった。
「十分もかからないぐらいです。お金かかりますけどいいですか?」
「多少ならいいよ」
「では、行きましょう!」
元気よく桜花が歩き始める。
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「あのさ、ここって……」
「ラブホです!」
「だよねー」
(やっちまったあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!)
内心で叫ぶ紅葉。
ここはラブホの一室。
桜花が示した『休憩できる場所』はラブホのことだった。
(確かに『休憩』できるけど、そういう意味じゃねぇだろ! ってかこのクソメイドわかっててやりやがったな! あああああ! 疲れているとはいえ、外見とか看板で分かるだろフツー! 何やってんだよ、俺。来たことないから判断でき損ねたってのもあるけどさ!)
紅葉は声を出すことすらできないほどに、初めてのそういうことをする場に緊張やら期待やら好奇心やらで頭の中がごちゃごちゃになって、整理ができていない。
(ってか、俺ら未成年だぞ! いいのかよ入って!)
厳密には入れるところもあるのだが(それ以前に、二人の格好から十八歳未満に見えなかったという可能性もあるが。何しろ、紅葉は普通に大人っぽい服装で、桜花はメイド服なのだ。そういうプレイに見えなくもない)、全く経験のない紅葉にはすべてが十八禁に思えていた。
「あのさ、ここはちょっと……ってぇ、おま、なに脱いでんだよ!」
「? 雨でぬれたので気持ち悪くて。ご主人様も脱いだ方がいいですよ。じゃないと風邪ひくかもしれないし」
当然のように脱ぎ始める桜花を前に、勢いよく顔をそむける。
「わ、わわ、わかったから。とりあえずお前はシャワーでも浴びてこい!」
天然なのか計算なのか、判別することもままならない状況に赤面するしかない紅葉は、とりあえず桜花を遠ざけようとしたのだが、
「ご主人様も一緒に入りますか?」
そむけた顔の後ろから、紅葉の耳元に艶っぽい桜花の声が届く。
(近い近い近い近い近い!)
赤い顔がさらに赤く、熱くなるのがわかる。
「ふふっ、赤くなった♪」
追い打ちをかけるように吐息交じりの甘い声が、紅葉の鼓膜を震わせる。
「こ、雇用主をからかうな! いいからさっさと行け! じゃないとクビにするぞ!」
「はーい。ふふっ」
背中越しにトントンといった足音が聞こえて遠ざかる。
次いで扉の開閉音のようなものが聞こえて、シャワーの出る音がくぐもって聞こえてくる。
どうやら素直に行ったらしい。
「ダー、つっかれた! あー、さっきのは本気でヤバかった」
広いベッドに飛び込み、仰向けで天井を眺める。
「顔はいいからああいうことされると、戸惑うんだよな」
来る前にも言った顔は好みというのは本心からの言葉で、だからこそさっきのような行動は心臓に悪いしたちが悪い。
紅葉とて、健全な男子。そういった欲がないわけじゃないし、桜花に劣情を催したことがないかと言われればそうでもない。
むしろ、一つ屋根の下で同年代の可愛い女の子と住んでいるとなれば、だれしも抱くことだろう。
それなのに未だに手を出していないのは、ひとえに紅葉が桜花に抱いているそれが『恋愛』と呼べるものではないから。
自分でも女々しいと感じているが、ちゃんと好きになって、この人を愛していくと感じてからではないと、そういったことはしたくない、と紅葉は考えているのだ。
ひと時の感情・欲望で、為すべきではないと。
ちゃんと知って、ちゃんと好きと思えるようになったら……。その時はきちんと応えようと、胸の内に秘めているのだ。
「そのためには、あの性格がなんとかならないとだけどな……」
天井を見上げ、つい独り言ちてしまう。
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(よっし! うまくいった!)
シャワー室の中、お湯を浴びながら抑えきれずガッツポーズをする桜花。
「ふっー。計画ではラブホに連れてくれば上々だったのに、ドキドキしているご主人様を見て少しからかってしまったけど、逆にそれが良かった! 緊張しているところに余裕なお姉さんぶりを発揮したら、ご主人様赤くなって照れてかわいかったなぁ。たまにはSもありかも♡」
自分の想像以上にうまくいって、ついつい声に出してしまったが、ここはシャワー室だ。お湯の流れる音で声もかき消えるだろう。
「ここまでくれば、あとはヤルだけ! この際私が襲う形でも何でもいい。この機に既成事実でも作ってしまえば……ふへへへへ」
気持ちの悪い笑みを浮かべずにはいられないこの状況に、桜花はテンションが上がり、さっさとシャワーを済ませ、わざときわどいバスタオル姿で元の部屋へと戻る。
足取り軽く、けれども決して浮かれた気持ちを表に出さずあくまで余裕なお姉さんで慎重に戻る。
「あれ……?」
しかし、待っていたのはそわそわ待っている紅葉の姿ではなく、ベッドの上でびしょ濡れのまま寝息を立てている紅葉だった。
(確かに、普段から運動していないご主人様にとっては、いろいろあったし疲れたのかもしれないけど、せっかくここまで来たのに人がシャワー浴びている間に寝るとか、さすがにないと思うんだけどなー)
ぷくっーと頬を膨らませて拗ねる桜花だが、主の眠りを妨げないよう決して声は出さない。
(はぁ。私だって、見てくれはそこそこイケてると思うんだけどなぁ~。胸だって小さくはないし)
自分の体を見下ろしながらベッドの淵に腰を下ろす。
いろいろと期待していた半面、裏切られた絶望感は大きい。
なにかにつけて言い訳だったり自己肯定だったりをしていないと、やっていられない感があった。
「いっそ、寝ているところを襲って………………いや、それはダメだ」
小声で、自分の覚悟に言い聞かせるように、寝込みを襲うことを考えたものの、甘い誘惑を自分の意思で否定した。
(私は、ご主人様が、紅葉様が好きなんだ。だから、一緒に居ようと、体を重ねたいと思った……思っている。でも、寝ているところを襲ったところで、私一人が気持ちよくなるだけで、そこに愛はない。そんな自己満足なら、私はいらない)
桜花の言動はすべてが紅葉の為に、紅葉にのみ向けられたもの。
全ては、愛しい人に、愛してもらうため。愛し合いたいがため。
そこに反することはしない。するべきではないと、固い決意を結んでいる。
たかが肉欲を満たすためではない。だからこそ、今すべきではない。
「……………………」
紅葉の顔を眺め、そうする自分の中に、彼に対する愛おしさが確かに存在することを再確認して、
「はぁ」
諦めのため息を一つこぼす。
大好きな人に抱いてもらえる。そう思っていたのに、できなくなって胸がチクチク痛んで、悲しい気持ちでいっぱいになる。
なんとかそれを抑えて立ち上がり、部屋の電話へと向かう。
受話器を取り、休憩ではなく宿泊にするという旨を伝えて戻す。
ベッドに戻り、風邪をひいてはいけないからと、紅葉のぬれた服を脱がす。
下着姿にしてから自身もベッドに入り、布団をかぶせる。
ぬれた髪やバスタオル姿はそのままに。
紅葉の寝顔を眺める。
すると、目頭のほうが熱くなってくる。
瞬きをすると、熱いしずくが頬を伝った。
桜花は枕に顔をうずめる。
そして――、
「あんまりですよ、ご主人様。うぅ」
涙で濡らした。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「んっ、んあ?」
意識が徐々に回復し、見慣れぬ天井が映しだされる。
昨日はどうしたんだっけ、と紅葉は思考を巡らす。
確か、いつものようにお茶して、買い物に来て、嫌な奴に会って、そんで……。
そこまで行き、ここがラブホの中というのを思い出した。
あのクソメイドはと思い、身じろぎして体の向きを変えると、
「おはようございます、ご主人様♡」
目の前に桜花の顔があった。
…………は?
「え、なんでおま」
えが一緒に、と続くはずのところを、布団が乱れて露わになった桜花の白くきれいな肌と鎖骨、さらにその下の膨らみを前に途切れた。
「……………………っ、なんで裸!? ってか見え……じゃなくて! 寝ているうちに何かしたのか!?」
器用に布団の中距離を取って驚愕に青ざめている紅葉に対し、桜花は冷静に事の顛末を伝える。
「なにもしてませんよ。信用ないですねー私。昨日、私がシャワーから戻ってきたらご主人様はもう寝ていたので、宿泊にしてもらって、風邪をひいてはいけないのでご主人様の服を脱がせて、私ももう眠かったのでそのまま布団に入っただけですよ」
「そそそ、そうか。とりあえずありがとう。そして服を着ろ」
「はーい」
いつもと違い素直に応じる彼女の声に、いつものような元気が足りない気がした。
紅葉は一様聞いてみることにした。
「元気ないけど、どうかしたのか?」
対する答えは、
「別に、何もないですよ」
しかし、声音はやはりいつもより暗い気がして。もう一度問い詰めようとしたところで、桜花のいつも通りを装った声が遮った。
「ご主人様も早く服を着ないと、私襲っちゃいますよ?」
「あ、ああ」
本当はもっと聞き出したかったが、本人が普段通りでいることを選んだのだから、話したくなるその時まで待つことにする。
着替えを済ませた二人は料金を払い、外へ。
「晴れたな」
「晴れましたね」
頭上にはきれいに晴れた青空。
「さっ、帰りましょう! 荷物私も持ちますよ」
半ば強引に荷物を持つと、笑顔のまま歩き出す桜花。
空は晴れていても、彼女の心はまだ暗いままのような気がして、慰めの気持ちで、あいた手で、荷物を持っていない彼女の手を握る。
「ほわぁあ!」
桜花は奇妙な声を上げて驚いた。
「な、どうしたんですか、いきなり」
「何となく、そんな気分だったから」
あいまいに答えを返す。
「もう、そんなことされると、余計に好きになって抑えられらくなるじゃないですか」
ぼそり、と桜花がつぶやいた。
紅葉はラブコメの定番主人公ではないので、都合のいい時だけの難聴は患っていない。
故に、今のつぶやきも本当は聞こえていたのだが、
「なんか言ったか?」
聞こえなかったことにした。
「いいえ、何も」
そう言う彼女の顔はいつも通りの元気に満ちていた。
つられて、紅葉も自然と笑みの形になる。
こうして、二人のいろいろあった買い物は終わりを告げる。
複雑な心境を抱えたまま、けれども、二人の仲は確かに近づいていた。嵐のような一日だった。