いざ外へ(2)
今回はシリアス多めな展開です。
今回を踏まえて、今後の展開にも幅ができると思っています。
まだまだ未熟な文章力で読みづらい点も多くあると思いますが、読んでいただけると嬉しいです。
何を言われたのか、理解するのに数瞬かかった。
外。確かにクソメイドはそう言った。
紅葉の混乱は、次第に怒りへと変わる。
――何も知らないくせに。
つい、そんな言葉が紅葉の喉を出かかった。
いや、実際に言っていたはずだった。
それを遮ったのは、紅葉に混乱と怒りを与えた張本人、桜花だった。
「ご主人様がなぜ外へ出たがらないのか、何となくわかります。あくまで何となくです。すべてを知っているわけではないし、知っているように振る舞ったりもしません。けれども、怒らせてしまうかもしれないので、前置きだけはさせてもらいます」
自分で言ったように、長い前置きをして、ゆっくりと息を吐き意を決したような眼差しで紅葉を捕らえ、続ける。
「お金持ち、というのはそれだけで苦労することもあると思います。子供の時は自慢の種。けれども、成長していくうちに自慢は、周りにとっては嫌みのようにとらえられ、そして、そこそこ賢くなると利用しようとしてくる。お金持ちのほうからすれば、やっと自分を見てくれたと、お金だけで繫がってしまう。都合のいい時だけ利用されることになって、結局は孤立してしまう。誰も自分を見ない。誰もが自分の持つお金にしか興味がない。そう思い込んでしまう。人間不信というやつです。だから、この広いお屋敷にも、私たち二人しかいないんじゃないですか」
紅葉は俯いたまま何も言わない。
長い沈黙が、二人きりの静かな庭園に降り注ぐ。
やがて、紅葉は自嘲気味に言葉を吐き出す。
「概ね正解。けど、一つ訂正するとしたら、俺のボッチ兼ATMは小学校の頃、お前の言う子供のころからだよ。子供は異端を排斥するものだからな。金がある、他と違うってだけで輪の中には入れてもらえなかった。子供は生まれてくる家を選べない。何度この家に生まれてきたことを呪ったことか。でもいつの日か、そういうの全部面倒になった。自分だけを信じて煩わしい、悩みの種である他人とのかかわりを全部断ってきた。そんな俺に今更外に出ろ? 何の冗談だよ。笑えねぇよ」
不機嫌丸出しで、吐き捨てるようにまくしたてる。
喋ったせいで喉が渇き、無意識的にカップへと手を伸ばすものの、その中身が空になっているのにそこで気づき、かけられた追い打ちに舌打ちを一つして、乱暴に戻す。
すると、すかさず桜花が紅茶を注ぐ。
そして、まっすぐに紅葉を見据え、笑顔で言う。いつものウザったい笑みではなく、綺麗な、紅葉でさえその美しさに息をのみ、見惚れるほどの笑顔。
「それでも、私は知ってほしいんです。この世界の、人の、美しさを。楽しさを。成長して、あのころとはもう違うんです。違う視点でこの世界を見てみて。それからでいいんじゃないですか」
一度言葉を切り、そして、いつもの顔に戻って、
「ヒキニートのドラ息子になるのは。まぁ、何度も言いますけど、その方が長い時間一緒に居られて、私はうれしいですけどね」
キメのウインクまで炸裂させてきた。非常にウザったい顔だった。
いつもの冗談交じりの茶目っ気に、紅葉も毒気を抜かれ、いつものように振る舞う。
あの笑顔にも救われていたのは秘密にしておこうと、固く誓った。
「ああ、そうかい。いつクビにしよっかな」
「え、やめてくださいよそんなの!」
「お前の態度次第だな」
「えー」
いつものように笑いあう。たったそれだけのことが、紅葉の心を温かくした。
あの笑顔にも、感謝をしよう。名前があったほうがいいかな、と思い、少し考えてみる。
(桜花の笑顔。綺麗。すぐ消えた。……桜顔……だな)
存外あっているな、なんて思っていると、桜花が話の路線を戻す。
「というわけで、買い物行きましょう! ほら私がここに勤めてから結構経ちますし、他より高いお給料のおかげで、いろいろ買いたいものが買えるようになったので。スマホとか、ご主人様がなにかあった時のために連絡用としてほいいなー、とか。け、決してご主人様の写真を撮ったり用とかではなくてですね。あ、あと、ご主人様との夜の為にも勝負下着とか、ご主人様に服を選んでもらったりとか」
「わかったよ。お前の言う通り、このままじゃダメな息子になりそうだしな。スマホは連絡用としてこっちで買ってやる」
延々と続きそうだったので、言葉をかぶせて遮る。
「そんな!」
「謙遜するなって、らしくない」
「ご主人様のはダメな息子なんかじゃありません! きっと」
「下半身見て言うな!」
「はっ! 言う通りということは、ご主人様と夜が、ある……? その為に下着を選んでくれる……?」
「ちげーよ。あと、服を選んでくれる、と、勝負下着を買いたい、が混ざってやばいことになってるから」
「そうと決まれば、早速行きましょう! 十秒で支度してきます!」
「あ、おい……」
いうやいなや、紅葉の制止も聞かず屋敷の中へととんぼ返りする桜花。
相変わらず、都合の悪いことは聞こえないお耳の良さに、いつものクソメイドさが見えて、少しほっとした紅葉。
広い庭園に残され、自分も支度でもするかと、立ち上がり空を眺め、
「桜顔、また見たいな」
ぼそりと一人ごちる。それほど魅力的だった。