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クソメイドとその主  作者: 藤 小百合
22/30

文化祭

こんにちは。

今回は学校行事の花ともいえる、文化祭の話です。

夏までに完結の予定ですので、それまで、二人を見守っていてくれたらと思います。

楽しんでいただけたら幸いです。

 学校行事において、一番といわれるものがそう、文化祭だ。

 アニメやゲームにも多く取り上げられている。

 カップル発生率が異様に高く、変なジンクスや噂話も絶えない。どこどこで何すれば好きな人と付き合える。こうすれば永遠の愛が~。

 正直に言いましょう。

 ないです。

 キャンプファイヤーもお疲れパーティーも舞踏会もその他いろいろも、ないです。

 そもそも、なんでそんなんで愛だの恋だのが手に入るのか。ちょっと考えればわかるでしょ。

 リア充は帰れ。

 アンチ学校行事の紅葉には、もう最悪としか言えない。

 目につくカップルに藁人形投げつけたいぐらい。

 クラスの出し物なんて興味ないし、どうでもいい。

 なにがあろうと揺るぎはしない。我が道を進むのみぞ。

 なんて言っていたら、クラスの連中に大役を任された。


「なんで俺が、白雪姫なんだよ!」


 この学校には演劇部の存在がない。

 が、伝統的に文化祭では劇をやることになっている。

 担当クラスは毎回くじ引きなのだが、偶然にも紅葉たちのクラスが担当になった。

 演目は白雪姫。

 誰だ、白雪姫なんて言ったのは。高校生がおとぎ話でいいのか? もっと、なんかこう。あるだろ!

 とまぁ、余談は置いておいて。

 誰が主役をやるのか、そこで、なぜか紅葉に白羽の矢が立った。

 いや、ほんとなんでだよ。

 曲がりなりにも男ですよ? 男の白雪姫。誰が見たいんだよそんなマニアックなの。

 ……いるんだよなぁ。これが。

 姫と王子の男女逆転物が見たい。とか言ってるやつに、みんな同調してそうなった。

 知るかボケ。

 並みいる男子の中から選ばれたのが、紅葉だった。

 なぜでしょう。

 真実は神のみぞ知る。神に会ったらぶったたいとこう。

 文句を言えども何も始まらない。

 こうして、紅葉が白雪姫となった。

 王子は他薦で桜花。作為を感じる。

 王子に任命された桜花は、もう、張り切りに張り切っていた。


「ご主人様が姫なら、わたしと結婚……?」


 と、アホみたいな思考に陥っていた。

 お前は男としてでいいのかよ。


「ご主人様と結婚できるなら何でもいいです!」


 いい笑顔で言われた。

 海は王妃役。

 そして毒林檎ではなく毒キノコ。

 うん。突っ込むのもめんどい。

 ストーリーはみんなで考えて改変したもの。

 本家とはだいぶ違う。

 ではどういうものか。こうなる。


 昔々、ある国に、とても仲のいい王妃と姫がおりました。

 実は血が繋がっているわけではないのですが、王妃は姫を溺愛しておりました。

 しかし、姫はそんな王妃を鬱陶しく感じ始めたのです。

 いつしか、姫は王妃を毒殺しようと考え始めました。

 姫はお城を抜け出し、森に入って毒のあるものを集め始めました。

 その過程で、毒に詳しい七人の小人が姫に近づいてきます。

 毒に詳しい小人たちに、すっかり懐柔された姫は疑うことなく小人の言うことを聞きます。

 ですが、小人たちは悪い小人たちだったのです。

 小人たちの目的は、姫を使って国を混乱させ、自分たちが国を乗っ取ることでした。

 そんなこととは露知らず、姫は国の情報を小人たちに伝えてしまいます。

 小人たちの計画は着実に進み、いざ決行の日。

 毒キノコを使って料理を作った姫は、王妃に食べさせようとします。

 何も知らずに食べた王妃は毒に侵されます。

 しかし、即死性はなかったようで、すぐには死にませんでした。

 が、小人たちは姫が王妃を殺したという情報を街に流します。

 小人たちの思惑通り国は混乱に陥ります。

 姫は、小人たちが自分を使って国を混乱させようとしていたことを、そこで初めて知ります。

 憤りと後悔が姫を強く打ち付けます。

 王妃はそんな姫を、殺そうとしていたと知ってなお、許し、励まし、愛しました。

 姫は、絶対に王妃を助けることを誓い、街の人たちに断罪されそうなところを逃げ出します。

 薬を求める旅を始めた姫が辿り着いたのは、とある国。

 情報を集めるため、国のいろんなところを歩いていた姫は、欲しい情報も得られず路銀も尽き、路上で寝泊まりをすることに。

 そんな中、自分の国で王妃が亡くなって代わりに小人たちが国政を担うことになったことを知ります。

 亡くして初めて、王妃の大切さを感じ、小人にまんまと騙された愚かな自分を呪い、悔いる姫。

 やがて、姫は悲しみの姫として有名になります。

 一目見たいと王子が姫のいる路上に向かいます。

 姫の姿と悲しみに打ちひしがれた様子を見て、王子は恋に落ち、救ってあげたいと思うようになりました。

 王子は姫を自身の王城へと招き、そこで事情を聞きます。

 王子は姫を(きさき)に迎え、姫の国を内側から正そうと手を尽くします。

 小人のいる城に招かれた姫と王子は、そこで、事の真相を聞かされます。

 なんと、瀕死の王妃を殺したのは小人たちなのです。

 王妃を殺したと思い込んでいた姫の後悔は怒りに変わり、小人たちを復讐しようと決意します。

 しかし、城での食事に一服盛られた姫は、毒に倒れて意識を失ってしまいます。

 皮肉にも、自分がやった方法と同じ方法で殺されそうになったのです。

 自虐的な笑みを浮かべて姫は目を閉じます。

 王子は悲しみに包まれ、けれども姫の冷たい体に誓いを立てます。

 きっと、自分が彼らを断罪するからと。死したとしても、未来永劫愛しぬくと。

 誓いの印を唇に。

 そっと姫の口に自分の唇を重ねます。

 すると、どうしたことでしょう。姫が目を覚ましたのです。

 王子も姫も小人も、その場にいた全員が驚きました。

 奇跡と呼ぶにふさわしい現象に、王子は喜び、そして、誓いを果たします。

 料理に毒が入っていることを証明し、真相を民へと向けて話したのです。

 小人たちは糾弾され、死刑となりました。

 王子と姫は、その後も、末永く幸せになりましたとさ。


 もう、本家跡形もない。

 なんか、陰謀渦巻く暗い物語になってる。

 だが、誰かが良しとして、みんながそれに乗る。そして、異を唱えることを良しとしない空気が出来上がる。

 人間社会って、怖い。


「はぁ、ま、やるからには、全力出しますか」


 物語の登場人物は少ない。

 王妃、姫、王子、そして七人の小人の、計十人。

 他の人たちは舞台作りや小道具大道具、衣装、背景に回る。

 おかげで、舞台そのものは想像以上の出来となっている。


「張り切ってるなぁ」

「そうですね」


 演者組で集まり、セリフ合わせや立ち位置や動きをざっと決める。

 その途中、ふと横を見る。

 体育館のステージ近くでは、多くの生徒が作業をしている。

 文化祭本番まであまり日はない。作業も大詰めといったところか。

 舞台ができてから、動きと合わせて練習をする予定のため、演者は出来上がるまであまりやることはない。

 各自セリフを覚えたり、身振り手振りといった自分一人でできる練習をしたり、こうやって集まって何となく合わせたりするだけだ。

 が、登場人物が少ないせいで一人一人のセリフ量が尋常じゃないくらい多い。

 紅葉はそこまで記憶力に自信がある方ではないため、苦労している。主役は特に多い。

 身近に絡みのある王妃や王子がいるため、練習には困らないが。


「セリフが、覚えきれないんだよなぁ」

「多いですからね。わたしや海さんみたいに前半後半で出番が無くなったりしませんし」

「小人たちも、なんやかんや出てこないところあるしね。姫が旅に行ったところとか」

「全部通して出番のある主役はきつい」


 いくら嘆いても現状は変わらない。

 ひたすらに練習あるのみ。




 時間はあっという間に過ぎ去る。

 今日は本番前最後の練習。全体を通してのリハーサルだ。もちろん衣装や小道具も使う。

 ということは、


「気合入りすぎじゃね、これ」


 紅葉が身にまとうは、豪華なドレス。もちろんコルセット。髪は長い黒髪のウイッグを。唇には赤の口紅。顔にはうっすらと化粧まで。靴はハイヒール。

 ……慣れない。

 というか、誰も何も言わずに息を呑む気配だけが伝わってくる。

 そこまで似合ってないのか?

 大事な舞台道具の魔法の鏡に、自身の姿を映す。

 ……。だれ? この美少女。


「ごごごごごごごご、ご主人様? めちゃめちゃ似合ってます!! 写真いいですか? はぁはぁ」

「写真は事務所通してくださーい」


 ついノリでそんな言葉が出てきた。

 てか、鏡に映っている状態で男声ってのも、なんか、キモいな。

 本番は男女逆転って触れ回って入るはずだけど、こんな美少女で声男ってのもシュールすぎる。

 あ、あ、あ。と何回か声を出して調整をする。今から紅葉は、白雪姫となる。自己暗示をかける。


「せっかくだからいいじゃないですか!」

「は? 頭が高いわよ、愚民」

「そこを何とか! 女王様!」

「ちょ、女王は私なんだけど!? ってか、誰!?」


 食い下がる桜花(男装)に高圧的で上から目線なお姫様態度の裏声で返す。

 途中から海まで入ってきた。カオス。


「わたくしの顔を忘れるなんて、もしやあなたは鳥なんですの? 三歩歩いたら忘れてしまうの?」

「誰が鳥か!? ってか、もしかして柊君? 全然わかんないぐらいの美少女なのに態度でぶっ壊れてる」

「え、姫ってこんな感じじゃないの? こう、『パンがなければケーキを食べればいいじゃない』的な」

「それも女王だし……。急に男になられると怖い」

「難しいな。桜花、練習付き合え」

「了解です! むしろ付き合わせてください! お金なら払います」

「あら? 私は高いわよ?」

「いくらでも出します!」

「そうね。それなら、蓬莱にある玉の枝を採ってきてくださる? それなら考えるわ」

「了解です!! 行ってきます!」

「行くな! ってか、それ違う姫!!」

「死体すら愛する猟奇的な王子にはちょうどいいでしょ?」

「確かに猟奇的だけど! それは違うの! あーもう!!」

「いくらで買えますか。お金はいくらでも払いますから」

「買おうとするな!」


 普段ボケに回らない紅葉もボケに行っているせいで海一人の突っ込みが間に合ってない。

 リハーサルが終わるころには、海が息切れしていた。

 なんやかんやあって、その日は解散。残るは本番のみとなった。


「なんか、もう、疲れた」

「お疲れ」

「様です」


 帰り道。

 満身創痍な海が疲労のため息を数えきれないほどこぼす。


「柊君がボケに回ると疲れる。突込みって大変なんだね」

「お分かりいただき光栄だな。それについて一言」

「どうぞ」

「ボケのほうが楽しい」

「もーやめてー!」


 泣き叫び全力で拒否する海の様子を見て、こういう顔を見るのもありだなと、一人ひそかに思った紅葉であった。




 迎えた文化祭当日。

 事前に日程を聞いていた雪と花火も、私服で参加する。

 露店が立ち並び、いかにもなお祭り騒ぎだ。

 雪や花火というように外からの参加者も多く、盛況だ。


「これはまた……」

「すごい人ですね」


 圧倒され気味の二人は、とりあえず紅葉たちの演劇の時間をパンフレットで確認する。


「しばらく時間がありそうだな。どうする?」

「そ、そうですね。見て回ってみるのはどうですか?」

「そうしようか」


 パンフを片手に歩き出す。

 校舎の中へと足を踏み入れる。

 中は外と変わらず人であふれていた。

 人にぶつからないように、一店一店見て回る。


「おっと。すみません」


 注意はしていたが、やはり人が多い。目の前を歩く黒髪ロング美少女と雪がぶつかってしまった。

 美少女は驚いたように目を見開き、すぐに笑顔になる。どことなく、見たことのある顔だが……。


「ごめんなさい。不注意でした。お怪我はないですか?」

「あ、ああ」


 首をひねり、どこであったかと考える。妙に身長が高くてジャージ姿。だが、どうしても思い出せない。


「それじゃあ、また後で」


 それだけ言い残して美少女は立ち去ってしまう。

 その背中を見送っていると、隣から微かな笑い声が聞こえた。


「どうした?」

「い、いえ。パンフレットにあった主役の男女逆転って、そう言うことなんだなぁって」

「???」


 訳の分からない花火の言葉に雪は首を傾げる。

 とうの雪は、わかったようにクスクス笑っていた。




 がやがやと、体育館を埋め尽くす声が聞こえる。

 もうすぐ本番。

 息を整え、簡単に衣装を確認する。どこかおかしいところはないか。

 ――ない。よしっ!

 照明が消える。

 暗転。舞台へと向かう。

 幕が上がる。物語が、始まる。


 ……。

 …………。

 ………………。


「もううんざり。お義母(かあ)様は過保護すぎるの。血が繋がっていないというのに。どうしていつも私を構うのかしら」


 ……。

 …………。

 ………………。


「これね。これはどう?」

「それも毒があるよ」

「いいねいいね。センスいいね」


 ……。

 …………。

 ………………。


「どうしてっ! 私はあなたを殺そうとしたのよ!? なのにどうして!?」

「それでも、あなたを愛しているわ。白雪」

「お義母様……。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」

「泣かないで、私の可愛い白雪。あなたは笑っているほうが、とても魅力的なのよ」

「……。私が責任を取る。お義母様を、必ず直して見せる!!」


 ……。

 …………。

 ‥……………。


「そんな、お義母様が……!」


 ……。

 …………。

 ………………。


「これは美しい。噂は本当だったようだ。……お嬢さん。僕の妻になってくれませんか?」

「私に姫になる資格なんてない」

「どうしてそのように思うんだい? よければ、僕に話してくれないか?」

「私は……」


 ……。

 …………。

 ………………。


「そんなことが……! それは間違っている。僕に協力してくれないか? かの国を、正しい形に戻す」

「できるのですか、そのようなことが」

「できるできないではない。やるんだ。君と僕が協力し合えば、必ず成し遂げられる!」


 ……。

 …………。

 ………………。


「ようこそ、我ら小人が治める国へ。ようこそ、我が王城へ」

「今日はお招き感謝します」

「いえいえ。ところで、あなた様の隣に居られるのは……」

「僕の妻です」

「さようでございますか。ではどうぞこちらへ。今夜は楽しいお食事会といたしましょう」


 ……。

 …………。

 ………………。


「あなたたちが、お義母様を……!」

「そうさ! 虫の息だったからね。邪魔だし殺してやったよ。それにしても、君はよく働いてくれた。何も疑わず、こちらの掌の上で。楽しかったかい? 我らの手中での舞踏会は」

「このっ……! うっ!」

「白雪!」

「あなたは邪魔になる。あなたが母にしたように、我々もあなたの料理に一服盛らせてもらったよ」

「貴様らっ……!」

「ははは。さようなら、白雪姫」


 ……。

 …………。

 ………………。


「すまない。僕が不甲斐ないばかりに。ここに誓おう。僕は君の無念を晴らす。君がやり残したことを、彼らに罰を、僕が与えよう。そして、たとえ死したとしても、君のことを、永劫に愛しぬくと」


 両者の唇が近づく。

 そして――。


 ……。

 …………。

 ………………。


「ありがとう。あなたのおかげで、やり遂げられた」

「礼には及ばないよ。でもそうだな。君の願いが叶ったのなら、僕の願いも、どうか聞き届けてほしいな」

「なんでしょう。いかなお願い事でも、私に叶えられるのならば尽力いたします。あなたには返しきれないほどの恩があるのですから」

「なに、そこまで難しくはないよ。――これからも、そばにいてほしい」

「まぁ! ……確かに、難しくはないですね」

「どうだろう」

「答えは決まっています。もちろん、喜んで! 私はあなたの妻なのですから」


 暗転。

 幕が下りる。舞台は終わる。

 再び幕が上がり照明がつく。

 割れんばかりの拍手喝采。

 それらに答えるように、役者全員が舞台へ上がり、一礼する。

 カーテンコールも終わり、幕も下りる。

 こうして、舞台は大盛況のうちに、幕を閉じた。




「感動しました」


 舞台が終わり、それぞれの着替えを済ませ、雪と花火に合流する。

 開口一番、花火が感極まったように告げる。


「そりゃどうも」

「お疲れ様でした、ご主人様」

「ああ、お疲れ」


 ぐったりとした紅葉に、桜花が笑いかける。ねぎらいの言葉とともに。

 それだけで、報われた気分になる。


「なんで紅葉が疲れているんだ? 裏方は出番なかっただろ」

「裏じゃないからな」

「え? 小人の中にいたっけ?」

「姫だよ、姫」

「……。ええええええええええええええええ!?」


 一拍置いて雪が盛大に驚く。

 ああ、やっぱり気づいて無かったんだ。


「男女逆転って書いてあっただろ。ちなみに王子は桜花だぞ」

「マジか……」

「一回廊下でぶつかったけど、やっぱ気づいて無かったんだな」

「廊下……? まさか! あの黒髪ロング美少女!?」

「そうだよ」

「うそだろ」

「花火は気づいてたろ」

「はい。ジャージに柊って書いてありましたし。いくら違和感ないぐらい高い裏声でも、違和感ありましたし」

「さすが、二次元に触れていると声の違いにも敏感だ」

「はい」

「じゃ、じゃあ、あの時笑ってたのって」

「女装姿が似合ってたので、つい」


 驚き、見抜けなかった恥ずかしさで落胆する雪と、クスクス笑う、花火。

 顔を合わせてしてやったりとにやける紅葉に桜花。

 呆れたように苦笑いを浮かべる海。

 束の間の非日常は、こうして終わりを告げた。


「そういえば、キスのシーン、ほんとにしたの?」

「「えっ!?」」


 唐突な海からの爆弾。


「し、してないよな」

「は、はい。残念ですけど」

「おやおやぁ? 顔真っ赤ですけど、どうしたのかなぁ?」

「暑いだけだって」

「そうですよ、はい」

「頑なにお互い顔をそらして、怪しい」

「わ、私も気になります」

「確かに」

「うるさいっての」

「あ、逃げた」


 あの時、完全に役に入っていた桜花と紅葉だが、顔が近づき、さすがに我に返った。

 顔の近さに驚いて飛び起きないよう抑えるので必死だった紅葉は、ずっと目を瞑っていようと考えた。そして実際に目を瞑っていた。が、途中薄目を開けて確認してしまった。

 桜花もまた目を瞑っていたが、顔の気配で寸止めしようとしていた。

 紅葉が顔の近さに驚いて首が少し動いた。そのせいで桜花の感覚がずれ、そして――。

 軽く触れた唇の感触と、甘い匂い。

 しかし、二人とも毅然と役を演じきった。

 だが、改めて思い出すと恥ずかしい。誰にも言わないと暗黙の了解を決め込んでいた。

 言ったらどうせ煽られるし。

 だから逃げる。追求から。

 いつものように。

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