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クソメイドとその主  作者: 藤 小百合
20/30

改めて 夏休み編part3

こんにちは。

今回で夏休み編は終わりとなります。

この先ももう少し続く予定なので、彼ら彼女らの物語を、どうか最後まで見届けていただけたらと思います。

 夏休みの中頃。よく晴れた日の昼下がり。照り付ける熱が生むうだるような暑さは、冷房の効いた柊邸の中でも容赦なく彼らを襲っていた。

「……暑い」

 呟かれた声は誰のもので何度目かもわからないくらい、その場に居合わせた全員が衰弱していた。

「ああ、ここに来れば少しは涼しいと思ってたのに」

 床にごろりと寝ころんだ海が弱々しく嘆く。

「どういう理屈だ、どういう。あと、床に寝転ぶな。みっともないぞ」

 返す言葉にも覇気がない。

 紅葉はソファーの背もたれにぐったりと背を預けたままぐったりとしている。

「だって、床のほうが冷たくて気持ちいいじゃん」

「だからってな……」

 そう言いつつぐるりと眼球だけで周りを見渡す。首を動かす気力すらない。

 床に寝転ぶ海。対面のソファーの端でぐったりとしている花火。ダイニングテーブルに突っ伏す雪と桜花。

 傍から見れば何事かと疑われるような、明らかに元気がない四人の姿。客観的に見れば紅葉もそうなのだから五人か。

 とにかくやる気がない。出ない。

 連日続く猛暑の影響で、屋内屋外問わず暑い。

 一歩でも動こうものならすぐにでも汗が出そうな勢いだ。

 いや、何もしなくても汗だくだ。現に紅葉の額にはいくつもの汗の雫が浮かんでる。

 既にクーラーは全力稼働中。それでも中和されないこの熱は、どうにかしようにもどうにもならない。

 言葉を話す力すら惜しむように広い屋敷の、けれど、集まればそれなりに騒がしくなるメンバーが集っても、静かなままだ。

 ただ、このまま何もしないままでもどうにもならないというのなら、最後の悪あがきでもしてみようか、と紅葉が立ち上がる。

 うなだれたままの四人に向かって声を発する。

「何か冷たいもの買ってくるけど、希望はある?」

 それは、他の皆にとって希望の言葉だった。しかし同時に、ただでさえ冷房の効いた部屋でも暑いのに、地獄のような外へと赴かなくてはいけない者がいる、という誰かの犠牲の上に成り立つものだった。

「マジで!? じゃあ、アイス! 何でもいいよ!」

 が、そんなことはお構いなしに海がキラキラした目を紅葉へと向ける。

「はいよ。他は」

 それを軽く流してほかの人に尋ねる。

「同じく。あと、冷たい飲み物が欲しいです」

 テーブルに突っ伏したまま、くぐもった声で答えたのは桜花だった。

 答えが来たのはこれっきりで、雪は死んだように身動き一つとしてせず、花火も心なしか曇っているように見える眼鏡から見えるその瞳は、まるで死んだ魚のように生気がなかった。

 応えられもしないようだったので、手短に財布だけをもって玄関の扉をくぐる。

 瞬間。半袖からのぞく白い肌を焼き焦がすかのような熱気が体中にまとわりついてくる。

 一瞬、ほんの一瞬だけ、行くのをやめて、もう一度この扉をくぐって中に戻ってしまおうかとも考えたが、それでも何も変わらない。

 第一、彼女は紅葉に願ったのだ。行く理由と気力は、それだけで十分だ。




 近くのコンビニに入り、かごを手にする。

 外に比べてマシとはいえ、普段涼しく感じるコンビニの中も、そう大して変わらなかった。

「はぁ」

 思わず吐いたため息と、続けて出そうになる感情をどうにか押し殺して、目的のアイス売り場へ。

 ショーケースを前に、ふと思う。皆は、なにが好きなんだろうか。

 味もそうだが、アイスの種類――氷菓とラクトアイスなど、人によって好みも変わるだろう。

 あの時は暑くてそこまでの考えはなく、ただただ聞き流して安請け合いをしてしまった。

 紅葉なら、暑い日は氷菓を好んで食べるが、果たして皆そうだろうか。

 これは、思わぬところで悩んでしまう。

 はてさて、どうしたものか――。




「ただいま」

 低く唸るように帰宅の挨拶をして、リビングへと向かう。

「あ~。外よりは涼しいな」

 迎える微妙な冷気を受け脱力する。

「ほい」

 買ってきた袋をテーブルの上に置く。

「やった! アイス!」

 真っ先に反応したのは、やはり海だった。

 嬉々として袋を漁る。

 紅葉はアイスとは別の袋からまだ微かに冷たい、味の付いた水のペットボトルを二本取り出し、ダイニングテーブルへと持っていく。

 二本それぞれを雪と桜花の首筋に当てる。

「うぁ……?」

 もっと冷たがるリアクションを期待していたのだが、かすかに首が動いたにとどまった。

 無理もないだろう。買ってから帰ってくる道のりで、大分ぬるくなってしまっていた。

「ほれ、まだ冷たいうちに飲んどけよ。脱水症状とか怖いからな」

 とだけ言って置いておく。

「んん~♡ 冷たくておいしい! はい、花火もあ~ん」

 海が手にしていたのは、某有名なアイスクリーム。小さいカップだが高いことで有名だ。

 コンビニ店員がつけてくれた木べらを使って花火の口元にも運ぶ。花火は虚ろにしながらもしっかりと食べている。

 紅葉は袋からチョコミントの棒アイスを取り出し、ソファーに座って袋を開ける。

 アイスを食べながら、海の手にあるカップをちらりと見やる。

「ストロベリー、か」

 そこに記された味を見て、ふと呟く。

「ん? どったの?」

 アイスを食べて元気になったのか、海が首を傾げながら問い返す。

「いや、買うとき、みんな何が好きなんだろうと思ってな。味の好みとか、仲良くなっても意外と知らないものなんだなと思ってな」

「あー、だからこんなに買ってきたんだ」

「わかんないから、いっぱい買えばどれかはヒットするだろうと思ってな」

「なるほどねぇ。まぁそういえば、お互い知らないこと多いよね。柊君が歯磨き粉味が好きなんて知らなかったし」

 うへぇ、と苦々しい顔をしながら紅葉の手にあるチョコミントアイスを見つめてくる。

「みんなそう言うけど、たいして悪くないと思うぞ」

「えーそう?」

 いやそうな顔のまま納得いかない様子を見せる。

「好みは人それぞれだろ」

 紅葉は、こういう視線を向けられたことは正直言ってない。というのも、若くして人付き合いを絶った過去があるからだが、決して世間知らずというわけでもない。

 チョコミントが大衆に受けないことも知っているし、こういう反応をされるだろうということは、前々から予想していた。だから、今更という感じで受け流す。

「わたしはモナカが好きです」

 ようやく動いた桜花が、バニラアイスのモナカを手に取る。

「へぇー。知らなかった」

「アイスの話題になることも、あんまりないですしね」

 紅葉の言葉に苦笑いを返し、隣に座る。

「雪ちゃんは何が好きなの?」

 海が問いかけた先、ダイニングテーブルからようやく動いた雪は、袋に手を入れ、少し考えるような素振りを見せてから答える。同時にアイスも取り出す。

「しいて上げるなら、これだな。安いのにおいしい。量もある。コスパ最高」

 そう言い手に持ったのは、これまた有名氷菓子。当たり制度のある、様々な味を出している安くておいしい棒アイス。

「コスパって……」

 呆れる様子の紅葉をよそに、もそもそガリガリ食べ始める。

「海さんは、それですか?」

「ん~今回は柊君のおごりだから遠慮なく食べてるだけだよ。でも、ラクトアイスは好きだよ。味もストロベリーが好きかな。ちなみに花火はチョコ派」

「なるほど」

「こうしてると、ホント知らないことが多いな俺たち」

「ですね」

「じゃあ、これからお互いをよく知るためにパッーと何かしようよ。暇だしさ」

「ああーそれなら……」




 夜。

 いつもの庭にて、バーベキューが行われていた。

 というのも、

「親が勝手に、『これでみんなと仲良くやりなさい』とか言って送ってきたんだよね。なんでこっちの事情筒抜けなのかも気になるところだけど、これ送られても困ってたし、ちょうどいいかなって」

 紅葉の親から、珍しいことに先日荷物が届いていた。中身はバーベキューセット。食材までもついてきていた。付属の手紙にはそう書かれていたのだが、果たして、いつ『みんな』の存在を知ったのか。少なくとも紅葉には教えた記憶はない。

 とはいえ、見当はついているが……。

「お肉……じゅるり……」

 焼かれる肉の前でみっともなくよだれを垂らしている、紅葉以外で親と連絡とれるメイドだろう。

「はぁ」

「い、意外ですね」

「なにが」

 話しかけてきた花火に短く返す。

「いえ、柊さん、あまりみんなでワイワイするのとか好きじゃなさそうに見えていたので」

「別に嫌いじゃないよ」

「そうなんですね」

「嫌いなのは、下心丸出しで近づいてくるやつら。お前らそうじゃないってのは、わかってるつもり」

「信頼されてるんですね、私たち」

「まぁな」

 柔らかく笑う花火に、照れくさい思いを隠そうとそっぽを向きながら答える。

 目の前では、海がいろいろ焼いて、雪が皿を用意したりしている中、最古参のメイドであるはずの桜花が食べる気しかないという、主である紅葉からすれば頭が痛くなる光景が広がっていた。

「桜花さん。意外とお肉好きなんですね」

「みたいだな」

「柊さんはどうなんですか?」

「普通、かな。ただ、あんまり食べないかな。胸焼けとかしそうだし」

「確かにそうですね」

「そっちは、どうなんだ」

「うーん。野菜とかばっかり食べちゃいますね。お姉ちゃんはお肉ばっかりですけど」

「前から思ってたけど、双子でも案外違うんだな」

「そうですね。これは兄弟姉妹のいる人にも共通するかもですけど、極端な二択の場合、積極的な性格のほうが一方を取ると、もう一人は残ったほうを取るんです。うちの場合は、お姉ちゃんがお肉をたくさん食べるので、残った野菜とかを、必然的に私が食べるようになって。そこからはもう習慣的に……」

「なるほど」

「もし、兄妹ができるとしたら、どこのポジションが欲しいですか?」

「妹一択」

「そっち系ですか」

「というと、そっちは……」

「上に欲しいですね。姉でも、兄でも」

「今も、騒がしいのがいるけどな」

「ふふふっ。そうですね。でも、あれはあれで悪くはないんですよ」

「……ホントかよ」

「そういう柊さんは、やはり妹ですか」

「可愛い妹が欲しいとは、一度は思うことだろう」

「私も通りましたよ、その道」

「だろう?」

 などと談笑してると、海が焼けたと言って手招きしてくる。

「うちの花火となに話してたの?」

「別に、兄妹できるならだれが欲しいか話してただけだよ。だからメンチ切ってくんなよ」

「へぇー。あたしは断然妹」

「俺も同じく」

「わらひはおねえひゃんがほひいれす」

「飲み込んでから喋れ」

「んくっ。わたしはお姉ちゃんが欲しいです」

 幸せそうに咀嚼してから飲み込み、言う桜花。

「なんで」

 率直な紅葉の疑問を受け、桜花は次の肉を取りながら答える。

「だって、女同士で語りたいじゃないですか。だれだれが好きで、とか。こういうアクセがあって、とか。ついでに、いろいろ教えてほしいですしね、メイクとか。だからお姉ちゃんが欲しいです」

「なるほど」

「ゆ、雪ちゃんは」

「兄が欲しいな。頼れるものがいなかったからな。優しくて頼りがいのある兄が欲しかった」

「へぇー」

「いいねいいね。お互いのことを知るという当初の目的に則してるね! こんな感じでどんどんいこう! 例えばそう、好きな音楽のジャンルとか」

 海が楽しそうに話題を提供する。

「アニソン」

「アニソンとゲームミュージック」

 紅葉と花火が即答する。

「アニソン以外聴かないな」

「わ、私も二次元関係のアニソンとか、ゲームミュージックしか聞かない、かな」

 海が面食らったようにたじろぐ。

「知ってたけど、即答が来るとは……。あたしは流行りのアイドルとか、かな。桜花ちゃんは?」

「バンドものをよく聞きます。ノリのいいアップテンポの曲が好みですね」

「へぇー。なんか意外。雪ちゃんは?」

「民謡とか軍歌とか、その国の特色が出てるのが好きだな。ロシアとか、日本だと琴とか使ってる音楽がいいな」

「あ、あれだよね。アニメにも出てきた……!」

「え、あ、たぶん。よく知らんが」

 勢いよく食いつく花火に雪が驚く。

「じゃあ、次は趣味とか?」

「「二次元関係」」

「ですよねー」

「それ以外だと、読書かな」

 紅葉が少し悩んでから答えを出す。

「どんな本?」

「ミステリーとか。エンタメだな。純文とかエッセイなんかはあんまり触れてないな」

「へぇー。てっきりラノベって答えると思ってた」

「ラノベばっかじゃないよ。海はどうなんだ」

「ん~。最近だと裁縫かな。花火に着せたい服を作ってみようと思って」

「なるほど。要注意だな。雪は?」

「ちょっお、注意ってどゆこと!?」

 抗議する海を放置し、雪が答える。

「趣味という趣味はないが……。ゲームは楽しいなと思って触れることが多いな」

「ゲームね。お、桜花は?」

 まだ名前を呼ぶときに若干の気恥ずかしさを残して、少し突っかかるが、誰もそこには触れず、微笑ましく見守る。

「わたしは、羊毛フェルトを最近始めました」

「そういえば、最近仕事の合間にチクチクやってるよな」

「ええ、楽しいですよ。というのも、榊さんから教えてもらったんだすけどね」

 体育祭以来、クラスメイトの榊と桜花は仲良くやっているようで、教室で話したりするのも何度か見ている。

「仲が良くて結構。ではでは、本命。好きな異性のタイプ、及びシチュエーション! はい柊君」

「え、俺!? そう……だな。全体的に優しい雰囲気があって、いつもそばにいて寄り添ってくれて、柔らかく笑って、ふわふわで、対等で、大人びているようだけど子供らしいところもあって、どことなく儚さがあって、笑顔が素敵な人かな」

「……多いな」

「そ、それって、あのラノベのヒロイン?」

「あ、わかる? 今コミカライズもされてるんだけど、ほんとに可愛い。萌える。癒される。天使」

「わかる。あんな彼女欲しいよね」

 と、紅葉と花火が二人で盛り上がるが、海としては、失敗した思いを抱えていた。

 ここで桜花の特徴を上げれば、と画策していたのだが、まさかここでも二次元キャラあげてくるとは。

「一巻完結だけど、その間をさらに深堀したり、その続きを描いた二巻目なんかもう、駄目。甘酸っぱくて、切なくて……。苦しいけど愛おしい」

「わかる。両想いになるんだけど、でも、それこそ奇跡が起こらないと一緒になれない二人の関係。わかっているのに何度も何度も恋をする二人と、わかっているのに一緒になれないヒロインの葛藤というか、悲しさが、こっちまで伝わってくるようで……」

「あー駄目だ。手が付けられないや。桜花ちゃんはもちろん柊君だよね…‥って! なんかもう食べるのに夢中だし」

 幸せそうに肉を食べる桜花に、唖然とする海。

 海に同情する雪が、軽く彼女の肩に手を置き、一つ頷いた。




 そんなこんなで時間は過ぎ去り、片づけをしているとき。

「そういえば、二人は宿題、夏休み最初に全部やる派? それとも、最後に全部やる派?」

 海が何気なしに紅葉と桜花に振り向きながら訊く。

「「え?」」

「え?」

 振り返った二人は、なんのこととばかりにきょとんとする。

 それを見て海もきょとんとする。

 ――もしかして。

「宿題、やってないどころか、忘れてた……?」

 じっくり十秒かけて、二人の脳へと伝わる。

「ま、まぁ、まだ時間あるし、大丈夫だろう! な?」

「え、ええ。そうですよ! アハハハハ」

「うわ、本当に忘れてたな。しかも先送りにしてるし。知らないよ。それで痛い目見ても」

 呆れた様子の海に、反逆とばかりに紅葉が切り込む。

「そっちは終わったのか?」

「終わったよ」

 自爆した。

 固まる二人をよそに、淡々と片づけは進んだ。


 後日。

 海の前で二人は土下座で手伝いを要求したという。

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