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クソメイドとその主  作者: 藤 小百合
16/30

旅行へ 夏休みpart1

こんにちは。今回はギャグ多め……かな? と思います。

タイトルにもあります通り、旅行の話です。夏休み中の話で、夏休み編(仮)はもう少し続きます。

楽しんでいただけたら幸いです。

「いざ! 夏休み!」


 テンション高く海が拳を天へと突きあげる。

 辛い辛いテストを乗り越え、待ちに待った夏休み。普通の学生であれば海のようにテンション爆上がりだろう。ここにいるいつものメンバーも、キャラは濃くとも普通の学生ではある。それぞれの顔は生き生きとしていた。

 ……物事には必ず例外がある。


「だるい。寝たい」

 眠たげな目をどこともいえぬ虚空に向けたまま全身の力を抜ききったダルンとした立ち姿のまま、ぼーっとしている紅葉。

 現在の時刻は午前三時三十分。

 普段なら爆睡している時間帯に女子四人にたたき起こされた紅葉は、眠気カウントマックスに不機嫌メーターを振り切り、かつ寝起きの頭回っていない度一〇〇%の状態でどうしてこうなったんだっけと、動いていない頭を動かす。

 夏休みはみんなでどこかへ行きたいと言ったのは海だった。はず。

 ならいっそ遠くまで行きたいと言ったのは桜花だった。はず。

 この季節なら蛍が見られるところはどうかと言ったのは花火だった。はず。

 どうせなら泊りがけで行くのはどうかと提案したのは雪だった。はず。

 ………………。

 おかしなことに、これ以上思い出せない。というか、紅葉が発言したこと自体が思い出せない。

 適当に、四人で行くものだと思い込んで、それで……。部屋に戻った、と思う。

 おかしいな、誰も行くとは言っていないし、そもそも外出したいなんて思ってすらいなかったのに。

 たまには女子会でもして来いよ。この一言を言っておけばよかった。

 と言っても、何となく強制参加かなとは薄々思っていたが、まさか始発から動くとはだれが思うだろうか。

 日付すら聞いていないのに、この時間にたたき起こされればガチオコにもなる。

 こちとら、何もかも知って物理的にも精神的にも用意していたわけじゃねぇんだよ。楽しみでもないし行きたくもないんだってぇの。マジ辛い。人生ってこんなにマゾゲーだったっけ。

 行きたくない、動きたくない、はてにはあと五分寝かして、あと十日ぐらい寝かして、とあの手この手を使って駄々をこねて、紅葉のことは諦めて四人だけで行こう的になってくれるかな、という子供みたいな作戦を寝起き一発の頭脳が頑張って出してくれたのにもかかわらず、ここにいる女子どもはそう簡単にはいかず、なにがなんでも連れて行くという気概で、半分寝ている紅葉を起こして、勝手に(桜花が)着替えさせ、勝手に(桜花が)持ち物を用意し、こうして立ったままでいる紅葉の身支度を、朝食を食べさせ、歯磨きをさせ、寝癖を直し、顔を洗うところまで勝手に(桜花が)やっている。

 せっせせっせと自分の周りで動き回る桜花の存在を認め、かつ鬱陶しく思いながらも、寝ぼけた頭では絶対に行かないという態度を貫けば諦めてくれるだろうという甘い考えの元、何もせずにいた。

 しかし、これこそが桜花の気をさらに良くしていた。

 もともとメイドとはこうあるべきだとか、ようやくご主人様の身の回りのお世話ができると張り切りまくりで、諦めるどころかさらにやる気をみなぎらせていた。

 全てが終わったころ、紅葉の眠気も消え去り諦め感半端なく出てもはや意気消沈としているものの意識ははっきりとし、桜花はもううざいぐらいの満面の笑みを浮かべていた。


「なんだ……その、悪かったな。まさか聞いていないとは思わなんだ」

「別にいいよ。ここまで来ちまったし、もう諦めた」

 駅のホームで電車を待っているときに隣にいた雪がバツの悪そうな顔で謝罪をしてくる。

「本当にすまない。みんなから紅葉にも伝えてあると聞いていたもので」

「だろうなー」

「きちんと確認しておけばよかった」

「いいよ、気にせんでも。というか、あいつらの感覚がおかしいんだよ。旅行に行くのに男を連れてくとか、何かあったらどうするんだっての。そもそも、事前連絡の一つくらい入れろってな」

「なにかは起きんだろう。現段階でわたしと桜花が共に暮らしているのに何もしていない」

「それは、自分で解消してるし理性も働いてるからだよ。旅になると何が起こっても不思議じゃない。普段とは違うシチュエーションに俺が興奮しまくって全員襲うかもしんないし」

「その点は、みんな信頼しているのだろう。紅葉はそんなことしないと」

「する度胸がない、って言われてるのと同じ気がする」

「かもな」

 クスクスっと雪が小さく笑う。

 つられて紅葉も顔が緩む。

 と、そこにちょうど電車が来る。

「ではでは行きましょう!」

 嬉しそうに微笑む桜花を先頭にして、五人とも乗り込む。

 目的地も紅葉には知らされていなかった。




 電車を降りて、バスの乗り換え揺らされること数十分。そこからさらに歩いて数分。ようやく目的地にたどり着いた。

 まわりが木々の生い茂る森に囲まれた、趣ある旅館だった。

 ネットで調べると、秋にはきれいに色づいたカエデなどに囲まれて露天風呂に浸かることができるそうで、かなり人気らしい。もっとも、この時期は別の魅力があるらしく、客足が途切れるどころか秋よりも多かったりする。

 予約すら取りづらいと言われるこの旅館で、一泊できるというのはひとえに緑山姉妹が張り切ったためだという。

 そして、その別の魅力というのが……、

「ズバリ! 蛍です!」

 旅館に着いて、二部屋とったうち、一部屋を紅葉ひとりで、もう一部屋を残り四人の男女に分かれた。

 二部屋は隣同士でお互い窓を開けて顔を出すと、顔を合わせることができる。

 とりあえず紅葉は荷物を部屋に置いていると、桜花が来て隣まで来いということなどで来てみたところ、海が今回の旅行のテーマを説明してくれた。

「蛍?」

 朝早くからたたき起こされた苛々が若干残っている紅葉が胡乱な様子で返す。

「そう! この旅館の周りの森には蛍がいるらしくて、夜に行くときれいないっぱいの蛍が見られるの!」

「へぇー」

 紅葉はインドア一択派なので、特に興味もなければ、ネットで済むだろという感じだったが、他のメンツはそうでもないらしい。

 さすがは女子というべきか、こういうロマンチックなシチュエーションには憧れがあるらしい。特に桜花と海がテンション上がっている。花火もなんだかんだみんなで来られるのが嬉しいらしいし、雪は蛍なんて見たことないゆえに楽しみにしているらしい。

「今から楽しみだよね!」

「ええ、それはもう! ロマンチックな雰囲気でご主人様と……♡」

「なにを考えてんだよ」

「で、でも、きれいみたいだから、み、みんなで行きません、か?」

「ハイハイ。ここまで来たからには観念しますよ」

「わたしも当然行く! 蛍とやらを見てみたい」

 スマホをいじりながら適度に会話に参加する。ここの気温や気候でも調べておこうとネットを開く。

「しかも、今日は蛍だけど、旅行はまだまだ続くよー! 蛍の次は海に行きます!」

「「「おおー!!」」」

「その次は山!」

「「「おおー!!」」」

「その次は……」

「おい、何泊する予定だよ」

「うそうそ、海にはいくけど、そこで終了。あとは別の日に夏祭りとかみんなで行けたらなーって思ってるだけ。二泊三日だよ今回は」

「そうですかい」

 海にはいくのか。水着あったかな。

「というわけで、夜まで自由行動だー。お風呂行こう、お風呂!」

「「「おおー!」」」

 女子が勝手に盛り上がり始めたので、紅葉も退散しようとする。

「ご主人様も一緒に入ります?」

「残念ながら、ここには混浴はない」

「じゃあ次は混浴があるところに行きましょうか」

「遠慮する。お前と一緒に風呂なんて何が起きるかわからん」

「大丈夫です。覚悟はできてます」

「どっちかというと、こっちが襲われそうだけどな」

「そういうのがお好みですか!?」

「なんでちょっと嬉しそうなんだよ」

「でもでも、どうせならご主人様には上にいてもらいたいです」

「黙れ淫乱」

「キャ、ご主人様が冷たーい」

 むにゅ。

 ふすまを開けようとした右腕に柔らかな感触が当たる。

「にへへ」

 桜花が右腕にまとわりついて勝ち誇ったような顔をしていたので、普通に引っぺがす。

「ぶー。最近小悪魔モードでも効果薄ですよねー」

「何度もやられりゃ慣れるもんだよ。ほらさっさと風呂でもどこでも行っちまえ」

「ちぇー」

 ふてくされたように廊下を行く桜花のあとを、三人が続く。通り過ぎ際に紅葉の肩をたたいて、

「ごちそうさま」

 と言い残して。

 ひとり残された紅葉は自室に戻る。

「ったく」

 ふすまを閉めて、ゆっくりと崩れ落ちる。

「慣れないんだよ、ほんと。勘弁してくれ」

 取り繕っていたメッキが剥がれ落ちる。心の内ではドキドキしっぱなしだ。

「風呂でも行くか」

 もう一度取り繕うため。そして、女子につられて、紅葉も風呂に向かうことにした。




 露天風呂はさすが有名旅館というだけあって、広くて開放感があった。何より多くの人がいた。おかげで桜花の襲撃というあったかもしれないイベントを回避できた。

 ゆったりと浸かりのぼせないうちに上がる。

 着方の分からない浴衣ではなくラフな洋服に着替えて廊下を歩く。

 せっかくだしいろいろ見て回ろうかと考えたところでばったり女子たちと会った。

「あ、ご主人様!」

 女子たちはみんな浴衣姿でとりわけ、花火と桜花の胸元は男として目線が引き付けられる。

 ……いかんいかん。

 アホな考えが思い浮かんで、そんなわけないと振り払いいつもの紅葉を取り繕う。

「よう」

「ご主人様は浴衣じゃないんですね。残念」

「あれは着方がわからんからな」

「言ってくれればわたしが手伝ったのに」

「男湯に来てまでか?」

「ええ、それはもちろん」

「常識をわきまえろ」

 桜花の頭めがけて軽くチョップをくだす。

「いてっ」

 大げさな反応をする桜花に背を向け、さっさと自分の部屋に戻ってしまおうと考えたのだが……、

「えいっ」

「うわっ」

 いきなり背中に桜花が抱きついてきた。

 背中に当たる感触を感じつつ、いやまさかと振り払う。

 そこまで馬鹿じゃないはずだ。うん。まさか――、

「浴衣って下着をつけないとか言いますよね」

「へ?」

 耳元でささやかれた言葉にドキッとする。

 いやいやいや、まさかー。…………。えっ、うそでしょ。じゃあ、この感触は………………。

「まぁ、うそらしいですけどね。そうするといろいろやばいことになりますから。さすがのわたしでもそこまで馬鹿じゃないですし」

「だよな。ふっー」

 平静を装うために一呼吸。

 そして、心の中で、さん、はい。

 びっくりしたああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

「……もしかして、期待、させちゃいました?」

 耳元から脳へと、甘い声音が駆け巡る。脳がしびれる錯覚がする。なぜにこいつかこうも手馴れているのか。

「べっ、べつにっ!」

 声が思いっきり裏返った。

「へー? ほんとかなぁ?」

「う、うるさい!」

 なんとか振り切って、恥も外聞もなく全力疾走でその場を逃げる。

 背中に、ごちそうさま、なんて声がかけられた気もするけど知らん。

 というか、何か忘れているような……。




 結局、夜になるまで紅葉は部屋から出ずに寝ていた。

 完全に暗くなる少し前に起きれたのは奇跡に近いだろう。

 気恥ずかしい気持ちは引きずっていたものの隣行く。行かねばならない事情が外から響く。窓をたたき、地面に潤いを否応なく与えるもの。

「入るぞー」

 声をかけ、中に入る。

 一同の視線が紅葉へと突き刺さる。

 紅葉は無言で窓の外を見やる。

 大粒の雨が勢いよく降り注いでいた。

 ネットでこの場を調べた時に、天気も確認していたが軽く流して見たせいで伝えるのを忘れていた。

「どうすんの、これ」

 問いかけたものの誰からも返事は来ない。残念そうに俯くばかり。

 我ながら残酷な質問だったかなと少し後悔する。

 代表して海が口を開く。

「残念だけど、蛍はなしだね」

「そっか」

 それだけ言ってきびすを返す。

 ――おとなしく寝よう。元々乗り気じゃなかったし。

 そう思った。思いたかった。けれどどうしてか、彼女たちの顔が頭から離れない。

 言えばよかった。雨が降るかもと。忘れないで、あの場で。

 自分のせいだ。でもだからどうしろというのだろう。自然を相手に、今の紅葉にできることはない。

 あんな顔を見たかったわけじゃなくとも。




 夜が更けても、雨が止むことはなく、紅葉も昼間に寝ていたせいで眠れなかった。

 夕飯の時間、みんなで揃ったが、誰も何も言わずに解散した。それだけ楽しみにしていたのだろう。

 急激に、自分が場違いな気がしてきた。みんなほど来たかったわけじゃない。そんな自分がここに来てよかったのだろうかと。

 眠れないままに雨が降っているにもかかわらず、窓を開ける。

 すると、となりから見知った顔が飛び出してきた。

「ご主人様……!」

 小声だったのはみんなが寝ていたからだろう。

「眠れないのか?」

「ええ」

 ふとすれば雨がさらっていきそうなほどの声で、となり同士の部屋の窓から会話をする。

「俺も寝れなくてさ。よかったら、こっちに来て話し相手になってくれない?」

 自然と口から出た言葉だった。

「……喜んで」

 覇気のない顔で笑いかけ、見えなくなる。

 しばらくしてから、失礼します、という声のあとふすまが開いて桜花が入ってきた。

 夜の闇に、しかして決して失われることがない輝きを纏っているように見えたのは、旅行と浴衣という普段とは違う場所と姿で、妖艶な色気を醸しだしていながらも、その顔には隠し切れない陰りがとても合っていないから、錯覚を覚えたのだろう。

「まぁ、何だ。残念だったな」

 何かしゃべらないとと思っても、うまく言葉が出てこない。

「……そう、ですね」

 ――違う。そうじゃない。そんな顔をさせたいわけじゃない。

「と、とりあえず座れよ」

 桜花が紅葉の横に座る。

「………………」

「………………」

 無言のまま、時が進む。

 しばらくしてから、桜花が口を開く。

「本当は、見たかったです、蛍。ご主人様と一緒に」

 何も言わずに、続く言葉を探す。けれどどんなに探しても見つからない。

「みんなと、見たかった。初めてなんです、旅行。友達と行くのも、旅行そのものも。蛍だって。……浮かれてました。本当、なにしてんだろう」

「………………」

 彼女は、貧しい暮らしをしていた。それを、忘れていた。

 憶えていたら、もう少しやりようがあったから知れない。だというのに……。

「……また。また来よう。その時は、もっといっぱい楽しく――。…………!」

 励ましの言葉を、こんな時でも面と向かって言うのが恥ずかしくて、窓を見やった時だった。

「おい、桜花。窓、見てみろ」

「……?」

 桜花が窓の先を見やったその先には――、

 いつの間にか雨は上がり、何十、何百もの光の玉が、夜の中を照らし出していた。

「わあぁ!」

 瞳を煌めかせ一心に窓の外を見る。

 ――そうだよ。その顔だよ。

「みんなと、見たかったんじゃないのか?」

 キラキラした目をした桜花に軽い口調で言う。

「はい!」

 一言、その後は急いで隣へと戻った。

 紅葉も後を追う。

「みんな起きてください! 早く!」

「うっ……うーん?」

「見てください! 窓!」

「えっ? あ!」

「……きれい」

「これが」

 ――みんなで蛍、見れたな。

 子供のようにはしゃいだ顔をした桜花の後ろ姿に、そっと心の中で、語り掛けた。

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