勇者の剣
石に刺さった剣を力いっぱいに引き抜く。
「遂に手に入れたぞ、勇者の剣」
勇者は興奮を抑えきれずに叫んだ。
「これで人々を苦しめる魔王を倒すことができる。これまでの苦労は無駄ではなかった」
これまでの苦労を思い出し、剣を握りしめる。目には涙も滲んだ。
「さあ、いざ魔王の元へ____いや、その前に剣の試し斬りをしておかねばな。さぞかし凄い切れ味なのだろう」
勇者は近くにあった石柱目がけて剣を振り下ろした。剣はバターを切るように簡単に石柱を真っ二つにした。
「これは素晴らしい!この剣があれば魔王も簡単にやっつける事ができるだろう」
勇者はごきげんでその場を後にした。
その後の旅も厳しいものであった。森の中から、川から、海から、空から襲い来る無数のモンスターたち。モンスターが現れる度に、勇者は勇者の剣を振るい、モンスターを次から次へと斬り捨てた。
モンスターの襲撃もひと段落する頃には夜もとっぷりと暮れていた。
「今日はここで野営をするか」
近くにあった洞窟に腰を下ろし、勇者は一息ついた。
集めてきた枯れ木に火をつけ終えた後、ふと、剣を見る。剣はたき火の光を反射し赤く輝いていた。
「そうだ、この剣には鞘がない」
喜びと戦いの連続で気づかなかったが、確かに鞘がない。思い返してみるも剣を手に入れた周辺にも鞘らしきものはなかったはず……
そう考えると勇者は急に恐ろしくなってきた。あの、何でも斬ってしまう剣を鞘なしで携帯しないといけないなんて……すれ違った人に刃が触れてしまったら、あの切れ味だ怪我ではすむまい。柱を斬ってしまい家屋を壊してしまうかもしれない。不安はどんどん溢れてくる。
「気にしすぎてもしょうがない。ともかく細心の注意を払うよう心掛けなくては」
慎重に剣を立てかけてから寝ることにした。
朝、目を覚ますと剣が目の前に転がっていた。
驚いて飛び起きると、髪がハラハラと舞い落ちていくのが見えた。よく見ると剣の傍には勇者の自慢の長髪がごっそりと落ちていた。
「寝ている間に剣が倒れて髪を切ったのか。もう少しずれていたら……」
勇者は青ざめていた。
その後の旅はさらに厳しいものであった。
モンスターの数は減らないし、強さも増してきている。勇者は戦いと剣の扱いで神経をすり減らし、体はやせ細っていた。それでも、世界を救うという確固たる意志で前へ前へと進み続けていた。
そして、遂に魔王の城へとたどり着いた。しばらく大きな城を見つめていたが、意を決し城の中へと飛び込んだ。
今までにない戦いだった。見た事もない強力なモンスターや罠が勇者に襲い掛かってくる。勇者は怯むことなく戦った。戦って戦い抜いた。目の前には大きな扉。間違いない。この中に魔王はいる。
扉を開けると、魔王が待ち構えていた。
「よくここまで来たな勇者よ。しかも、そんな体で」
ガリガリに痩せこけ、傷だらけの体は剣を構えることもできず、目の下には大きなクマができている。しかし、目は真っ直ぐに魔王を見据えていた。
「お前を倒しこの世界に平和を取り戻す」
ボロボロの体で剣を構える。
「いくぞおお!」
最後の力を振り絞り魔王に斬りかかる。
魔王はニヤリと笑うと両手を掲げ魔法を唱えた。
猛烈な火炎と爆風が辺りを飲み込んでいく。
勝負は一瞬だった。
「なぜ……だ……」
うわ言のようにつぶやく勇者に魔王は嬉しそうに答えた。
「冥途の土産に教えてやろう。貴様の切り札である勇者の剣。それは間違いなく歴代の勇者が使っていた本物の勇者の剣だ。しかし、その勇者たちはこの魔王を倒せなかった。その無念は行き場がなく、その剣に宿っている。それに加えて、歴代の勇者やお前が斬ってきたモンスターたちの怨念もその剣に宿っている。その剣は人間の世界では希望の象徴と言われているそうだが、ワシから見れば沢山の怨念が絡みついた呪いの剣だ。貴様はどう思うかね?」
へんじがない。ただの しかばね のようだ。