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 今日の練習場所は、いつもの弓道場だ。ただ、みんな格好が違う。


「撃った矢が一つ外れるたびに、服を一枚脱ぐの。いい?」


 始まった。週に一回の、日向さんの持ち込み企画。

 全員、体育の時に着るジャージ姿だ。


「何から先に脱ぐのかは、それぞれに任せるわ。ルールはそれだけ。先生が来たらすぐやめる。分かった? さあ、始めるわよ」


 一年生十人は全員男子で、高校から弓道を始めた素人だから、それほど上手いとは言えない。まあ、一人だけ運動神経が良くて命中成績も抜群な奴がいるが、それ以外はからっきしだ。


 一方、女子しかいない二年生三人は、日向さんを筆頭に、みんな中学時代から県大会の決勝戦の常連になっているくらい、腕がいい。気が強い人たちばかりで、三人とも目がギラギラしてやる気に満ちて見える。


「いやー、緊張感でるわねー」


 日向さんが、ぼくたち一年生を舐めるように見た。猛獣に狙われる獲物になった気分だ。


 ああ、彼女、また暴走してる。まあ、いざとなったらぼくが止めに入ればいい。そのためには、威厳を保つため、ぼくはいい成績でいなくてはならない。さあ、開戦だ!



「どうしたの、あなた早くズボン脱いでよ。外したのよ。ルールなのよ」


 日向さんに迫られている。


 とりあえず、一人数回射場で撃った結果は……


 二年生のうち二人は靴下しか脱いでいない。日向さんに至っては開戦前と姿が何も変わっていない。


 一年生のうち、上手な奴は靴下とジャージの上だけ脱ぎ、それ以外の八人は上半身裸のズボン姿。そしてぼくは……


 日向さんにズボンを脱がされそうになっていた。


 さすがにかわいそう、と笑いをこらえながら彼女の同級生が止めてくれた。


 そのあとすぐに珍しく先生が様子を見に来たので、企画はお開きになり、いつも通りの練習が再開された。



 その日の帰り道、ぼくは日向さんと二人だけで歩いていた。

 夕方だけど、まだ空は明るく、昼間と比べたら少し涼しい風が吹いている。練習もたくさんできそうなくらいだ。ただ、学校の方針で練習時間は決まっているから仕方ない。


 彼女は学校を出てからずっと、今度の企画何をしようか、と一人でしゃべっている。夏のうちは裸企画を何回かやりたいわね、などとニヤニヤしていた。いやいや、ぼくはもうパンツ一丁にされそうになるのは勘弁だ。


 キャハハ、と笑っていた日向さんだったが、バス停に着いて数分後、


「ねえ、わたしたちって、付き合ってるように見えるのかな」


 突然そんなことをつぶやいた。


 彼女の顔は、若干曇っているように感じた。さっきまでの元気が押し込められたような、そんな風に。どうしてそんな顔をしているんだろう。


「わたしたちの仲って、男女みたいな、そんな感じじゃないと、これまで思ってたわ。幼なじみだという認識しかなかった。でも傍から見たら……」


 付き合ってるように見えるかもしれないですね。普通、ぼくみたいなオタク顔の男がきれいな人と一緒に歩くことはないですから。


 あくまで客観的に考えたつもりだったが、よくよく噛みしめてみると、すっごく恥ずかしいことを言ったと気づいて、自分の顔が熱くなるのが分かった。


「そう言うってことは、あなた、わたしのことを女として見ていたってこと?」

 

 不安そうな表情で、日向さんはぼくの顔をのぞきこんだ。こんな顔をした彼女を見るのは、久しぶりな気がした。


「黙ってないで何か言ってよ。やっぱり高校生になると、友達じゃなくなるの?」


 ぼくの肩が揺らされた。


 いや、ええと、確かに幼なじみだけど、もう昔みたいに純粋に友達として接するのは……


 ぼくをまっすぐ見つめて聞いていた日向さんは、大きなため息をついて、


「夏になると頭がおかしくなるわたしの隣にいてくれる、少ない友人の一人があなたで――」


 自覚はあったのか。彼女は、言葉をつづけた。


「今日、あなたの裸を見たとき、少し興奮したの。ズボンを脱がそうとしたとき、体中の血が熱くなるような、そんな感じがね……」


 ここは、笑ったほうがいいのか?


「あなたにこんな感情を抱くのは初めてで、ちょっと混乱して、それで企画の話していたら気が紛れるかと思ったけど……」


 まさか、日向さんからこんな言葉を聞くとは考えもしなかった。


「もう、がまんできないから言うわ。付き合いましょ、○○くん。男女として」


 彼女は、ぼくの本名を言った。口に出すのをためらってしまう、その名を。


 小学校以来、日陰くんと呼ばれるようになってから、ぼくは彼女から本名を使われた機会は数回しかなかった。お姉さんとしてぼくを怒ってくれた時と、ぼくのおばあちゃんが亡くなってなぐさめてくれた時……。


 日向さんは、冗談を言っているような目ではなかった。夏の日には見せない、真剣なものだった。


 ぼくは人生の中で恋について時間をかけて考えたことはなく、いきなりその現場に放り込まれたような気持ちになっている。

 さっきの部活でふざけていた先輩は、今はいない。ただ、ぼくに真剣な気持ちをぶつけた女の子が、目の前に立っている。

 だから、ぼくは彼女に対して、しっかり自分の中で考え抜いて導いた結論を伝える必要がある。


 秋になるまで待ってください。


 ぼくは、物心ついた時から一緒に遊んでくれた、近所に住む一つ年上のお姉さんに、そうお願いした。

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