Turning point: Rebellion
本日6話目
そして長いです
「俺はNになりたかった」
涙を流していた。
「だけどなれなかった」
自分とNは違う。だって同一人物ではないから。Nのように強靭な精神を持っているわけではない。Nさんのように才能があるわけではない。周りを圧倒する力を持っていない。あの人のように前を向き続けることなんて出来なかった。
「俺には出来ない」
そもそも、設定で制限されているんだ。Nに出来ないことはできないのだから。いくら努力したところで限界が決まっている。敵は特急特異点オーバーワールド、その仲間には使徒がいる。そして敵の全容も分かっていない。敵の戦力は未知数。少なくともNに勝る戦力を保有している。それに加えて巻き戻しというやり直しが出来るのだ。自分たちが勝てるまでやり直すことができる。一度勝ったとしても無かったことにされる。こちらは敗北が決まっていると言ってもおかしくはない。
それに、今回の頭の中のNは自己防衛もできなかった。
「もう、諦めますか?」
「私だってどうにかしたいと思っている!」
どうにかしたいと本気で思っている。無限ループに陥っている世界を本気でどうにかしたいと思っている。
「でも私はーー」
Nより優れた存在にはなれない。主人公にはなれない。そういう設定なのだ。それが世界がルール。
ルナフは脇キャラ、主人公になることはできない。そして松村圭太は何も結果を出すことのできない。周りの人間に埋もれて見向きもされない村人なのだ。
だからーー
もうーー
「アナタなら出来ます」
エーイーリは真っ直ぐな瞳で見つめる。あまりに綺麗で真っ直ぐな瞳にたじろいでしまう。
「何で……そう言い切れる」
励ますために嘘を言っているわけではない。俺ならできると信じて言い切った。
「何で、何も成し遂げていない俺にそう言い切れる?」
今まで自分自身の力で突き進んでいたわけではない。授かりものの力を振るい、周りの指示に従っていただけ。やる前から弱音を吐いて、諦めようとする奴なのだ。気持ちだけ……
気持ちもないのだろう。
本気でどうにかしたいと思っているだけ。そう思い込んでいるだけ。自分自身を守るために、やる気があるフリをして自分自身を騙している。
本気で思っていないのだろう。
心の何処かで甘えていた。誰かが、Nがふらりとやってきて全て解決してくれるだろうと思っていた。自分には出来ないからどうにかしてもらおうと思っていた。
徒競走で自分が負けるのは当たり前だから他の人に勝ってもらおう
自分は魔法使いとして弱いから周りの人に頼もう
サッカーは自分だとシュートも決められないから他の人にパスを回そう
自分の体は小さいから近接戦闘は負けて仕方ない
勉強はいくら頑張ってもできない
私は人殺しだから誰も認めてくれなくて当然
スタートが遅れたからオーバーワールドを対処できなくて当然
見習い魔法使いという設定だから役に立たなくて当たり前
そうやって自分自身を甘やかしていた。出来なくていい、自分はどうにも出来ないからこのままでいい。その内なんとかなるだろう
だって今までも何とかなったから。出来なくても生きてこれたから。
そんな奴にーー
みっともなく喚きながら自分の分身に怒鳴る奴にーー
「自分自身にも嘘をついている俺に何ができる! そもそも、エーイーリだってNのことは放っておけって。Nが出来なかったことをお前がどうにかできるのかって言っただろ! あれは嘘なのか! それとも今言ったことが嘘なのか!」
考えているフリして何も考えていなかった時にそう言った。お前には出来ないと。だから止めておけと、エーイーリ自身が言ったことなのだ。それから時間が全く経っていないのに今度は正反対のことを言う。嘘をついている。
「確かに言いました」
そしてエーイーリは否定しなかった。
「今のアナタには……と」
だが、嘘はついていないとも言う。
「もう一度……いえ、何度でも言いましょう」
自分自身の心の闇を、自分自身の愚鈍である少女は繰り返す。分身だからこそ自分のことを一番理解している。だからこそ自分が一体どれほど役立たずで馬鹿でアホで救いようのない愚か者だと分かっているはず。
それでもーー
「アナタになら出来ます」
分身とも言える少女は出来ると言い切った。真っ直ぐな瞳で、疑うことなく確信を持って、それ以外考えられないと言い切った。
「だって、アナタは圭太でルナフなんですから。アナタだから出来るんです」
「だから」
「アナタは自分のことを全く理解していません!」
初めてエーイーリが叫んだ。
「圭太はやる前から諦める人ではありません。何事にも挑戦して、色々と試して、周りに圧倒されても悔しさをバネに足掻き続ける人です」
ーーそんなの
「ルナフは目標のためならどんな手でも使う。目標のためなら妥協せずにたとえ許されないことだとしても自分のために戦うことができる人です」
ーーそれは
「昔の話」
昔とは違う。努力をしてーー、足掻いてーー
その結果が現れなかった。
「昔出来たことなら今でも出来ます」
だから彼女は今の話をする。
「今のアナタは目の前に強敵が立ち塞がろうと、辛い修行があっても、首都を壊滅させた怪獣がいようと逃げ出さない人です」
「でも、今まさに逃げ出そうとしている」
そんなの自分ではない。そんな人は自分ではない。勘違いなのだ。あの時は周りに流された結果なのだ。気がついたら戦場にいて逃げられなかったからだ。ユリアさんがいたから、パンゲアさんがいたから、和也がいたから、Nがいたから逃げ出そうにも逃げ出せなかった。
でも今は誰も見ていない。Nも頭の中にはいない。見ているのは自分とその分身だけ。逃げ出したとしても自分以外は責めない。結局自分の身が大事なだけ。周りに誰か見ていて流されないとできない愚かな人間が自分なのだ。
だからそんな瞳で見ないで、信じないで。
「ええ、ですがそれはアナタの意思ではありません」
だが、エーイーリは俺の意思ではないと言った。
「じゃあ、今の俺は誰の意思で動いているんだ!」
自分が自分じゃないとしたら一体誰の意思で動いているんだと言うんだ? 今こうやって考えていることは誰なんだ!
「オーバーワールドの意思です」
エーイーリは淡々と告げた。
「オーバーワールド。世界を上書きする特急特異点。巻き戻しを引き起こして世界をループさせている張本人。ですが巻き戻しはオーバーワールドの力のほんの一部です。真の脅威は人の意思を、心を書き換えてしまうことです」
彼女は続けて言う。
「人類の数は70億人と多すぎるため、まだオーバーワールドも力を制御し切れていないため、軽い洗脳で済んでいます。もしも力を完全に振るうことができたら、現実はオーバーワールドが望む世界へと変化し、私たちは自我を失うでしょう。今は洗脳というより思考を誘導されている。戦意を喪失させるようにしている状態です」
「そんなの信じられるか?」
あまりにも突拍子もない話だ。時間を巻き戻すどころか全人類の思考を誘導することができるなどあり得ない。
「今自分で言いましたよね。あり得ないと。それもオーバーワールドに思考誘導された結果です。少し考えればオーバーワールドは謎の存在だから出来るかもしれない。そう思える筈です。少なくとも断言できるわけがありません!
そうですよね?」
ーー言われてみればそうなのだ。今は何も考えず常識をいうかのように疑うことなく言い切った。そんなの信じられるかと。
だけどオーバーワールドは巻き戻しができる。時間を操ることが出来る。そんなことをできる奴が全人類の思考を誘導していてもおかしくはないのだ。
「アナタだけじゃありません。他の方々も弱いですが洗脳されています。因果の脱出のメンバーも。だけどNさんは洗脳を自力で解いて犯人を見つけました。思い出してください。Nは犯人を知っていましたよね? だけどそれを教えなかった。洗脳されているということは操られていると同じなのです。つまり敵だったというわけです。だから誰にも、アナタにも教えなかったんです」
エーイーリは俺が自分の思考に不信感を持ったこと、揺らいだことに気づいたのか畳み掛けるように過去の出来事を思い出させる。
************
犯人を突き止める?
Nは既に犯人は分かっているって言っていたけどイカリたちには報告していないのか?
頭の中のNは首を横に振ると
《それについてはイカリたちに言わないで》
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あれは初めて因果の脱出の本拠地に向かう道中のこと。リーダーであるイカリに、仲間にオーバーワールドが誰かを教えていなかった。そして俺にも。
自分だけしか洗脳を解けていない。洗脳されているということはオーバーワールドが操っている。操っているということは操り人形が何をして何を見て何を聞いたか知っていてもおかしくはない。
だからNは私にも、因果の脱出のメンバーにも教えなかったのだ。
そして洗脳を解いたNはそのことがオーバーワールドにバレたのだろう。敵わない相手に狙われた、だから因果から、現実の世界から逃げて託した。
「私が見ていました。Nさんが見ていました。みんなが見ていました。ずっとずっと見ていました。私たちが想像された時から見ていました。アナタの一番近くで。だから言えるんです。本当のアナタなら出来ると」
泣き喚いて、怒鳴って、逃げ出そうとした。それでも一番近くで見ていた彼女は、分身である彼女は、頭の中の妄想でしかなかった彼女たちはーー
目の前で嘆いていたのを見ていたというのに嘲笑することもなく、呆れるわけでもなく、見放すこともなかった。自分自身のことだからわかってくれる、理解してくれて逃げ出そうとするのを許してはくれない。自分自身のことを知っているからこそ許してくれない。
彼女だけは絶対に諦めることを許してくれない。
だからーー
「私たちが信じています」
心が揺さぶられる。背を向けて逃げ出そうとする自分を捕まえて振り返らせてくれる。その一言に彼女たちの思いが、願いがこもっていた。
「それに、誰が決めたんですか? Nよりも強くなれない。だから何もすることができないなんて。オーバーワールドには敵わないなんて誰が決めたんですか?」
「だけど設定がある。いくら努力しても強くなれない」
洗脳が解かれたとしても力がない。Nの弟子という設定がある限り見習いの魔法使いのままなのだ。つまりNより強くなれない。Nにできないことはできない。
これはオーバーワールドの洗脳などではなく俺が作った設定なのだ。気持ちでどうにか出来る問題ではない。
「そう思い込んでいるだけです。Nさんを……師匠を思い出してください。あの人が示したじゃないですか。設定に抗ったのを、存在しない事を生み出したじゃないですか」
だがエーイーリは知っている。そんなの思い違いだと。そういう常識だと思い込んでしまっているだけだと言う。だから疑うこともなく諦めてしまうのだと。
どうすればいいのかも知っている。
Nが示した? 何をだ。覚醒してから今までのNとの会話を振り返る。魔力の使い方を教わった。防御魔法を教わった。攻撃魔法を教わった。戦いの心構えを教わった。
そして
************
《さて、こっからは君が書いた物語に真っ向からは向かっていく。だけど……作者である君ならできるはずだ》
《前々回までの巻き戻しまでで私が物語の穴をついて……穴をついて開発したものだからね》
この身体は何にも縛られない
この身体は自由である
この身体はあらゆる不可能を可能にする
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「叛逆」
「そうです、あの人も全て丸投げしたわけではありません。この時のために貴方が戦えるように残してくれたんです。アナタが立ち上がってくれるように」
************
辛くても変わりたいという気持ちがあれば君は変われる
辛い、やめたい、休みたい
そこから一歩踏み出すんだ
その一歩は君を変える一歩だ
もうダメだというときこそチャンスなんだ
君が変われるチャンスなんだ
さあ立ち上がって
私の手を握って
一緒に一歩踏み出そう
************
「あの人はヒントを残しました。アナタに武器を授けました。アナタにエールを送りました」
思い返せばNは俺が戦えるようにたくさん残してくれた。戦いの心構え。オーバーワールドに対抗できる魔法。十分すぎるほどもらった。それなのに逃げ出そうとしていた。
そんな俺をエーイーリは引き止めてくれた。怒鳴られようと、泣き喚こうと、自分が信じた相手に立ち上がってもらおうと励ましてくれた。
「アナタは弱いです。それは認めましょう。ですが成長することができます。Nさんのようの完成された魔法使いではなく、未完成の見習い魔法使いなのですから。まだ心も体も未完成の思春期の高校生なのですから。
その体には、無限の可能性が広がっているんです」
希望を示してくれた。
「さあ始めましょう。ここから始めましょう。今から始めましょう。全ての覚醒者に、使徒に、神に出来なかった救済を。オーバーワールドが書いたつまらない物語を否定しましょう。そして紡ぎましょう。アナタの物語を、アナタが主人公の物語を」
楽しみにしていてくれた
「あとはアナタの意思です。ペンを握り、自分が主人公である物語を書こうとするだけです。全人類から洗脳を解き、ループから脱却する前代未聞の物語を。そして見せてください。かつて私たちを想像した時のように」
見ていてくれた。
「アナタだけの物語を!」
俺なら書けると信じてくれた。
「見せてください。私たちにアナタの物語を」
そして、これからも見ていてくれる。
Nに託されたのだ。オリキャラとはいえ憧れの人に、尊敬する師匠に託されたのだ。俺……俺たちならできると、未来を託されたのだ。挫けて下を向いて背を向いて逃げ出そうとするのを許さず、前を向かせてくれる彼女がいる。愚かにも何も考えず逃げ出すこと私をエーイーリは見捨てはしなかった。
涙を拭う。
「エーイーリ、手を握ってくれませんか?」
エーイーリは首を傾げる。
「私は、まだ弱いです。誰かの力を借りないと立ち上がれない、戦うこともできません」
「ええ、知っています」
「ですが、私には戦う理由ができました。オーバーワールの巻き戻しを止め、第三次世界大戦を回避する。友人を、家族をオーバーワールドの洗脳から解くために、自分を信じてくれた貴女やNさんのために戦います。
そのために手を、力を貸してくれませんか?」
エーイーリに手を差し出す。その手を見て彼女は涙を流す。何かまずい事を言ってしまったのかと一瞬焦るがそうではなかった。
「ようやく、自分の意思で立ち上がってくれましたね」
エーイーリは涙を拭うと自分の右手を胸に置き、左手を差し出し微笑んだ。
「私はエーイーリ、愚鈍を司る者。アナタが自分の意思で立ち上がり前に進み続けるというならば喜んで力をお貸し致しましょう」
初めてNとであった日のことを思い出す。
あの人はこんな自分でも手を差し伸ばしてくれた。
今度は分身が手を差し伸ばしてくれた。
エーイーリの手を握る。かつての俺の手よりも小さく、今の私と同じ大きさの手。だけどその手は今まで握ってきたどんな手よりも大きく思えた。
見てくれる人がいる。
信じてくれる人がいる。
託してくれる人がいる。
期待してくれる人がいる。
応援してくれる人がいる。
その人たちの願いを無駄にするわけにはいかない。
その人たちのためにもーー
自分のためにも前を向き続けよう。
「はじめましょう、俺の……私の物語を」
あと1話です




