常識
大変長らくお待たせいたしました
バルデに連れられてやってきたのは新宿駅のよくわからない場所だった。屋根を登ったり狭い通路を通ったせいで方角も分からなくなってしまった。一人でここに来いと言われても辿り着けないであろう場所だ。
そこには寝袋と折りたたみ式の椅子しかなかった。
「さてと、簡単な問答はしたが込み入った話はまだだったな。取り敢えずそこに座ってくれ」
バルデは瓦礫の上に腰掛ける。礼を言ってから俺は椅子に座った。バルデは持ち歩いていたランタンに火を灯すと地面に置く。俺たちの影が揺れる。
「何から話すか」
「お互いここが何処かわからないですし、ここに来るまでの経緯を詳しく話しましょう」
「そうだな」
「では言い出しっぺの俺から」
俺は土曜日の朝からの出来事を思い出す。
土曜日の朝はいつも通りNと頭の中で会話しながらランニングをしていた。これは日課だから特に変わった事はなかった。
帰ってNが寝込んだ事以外いつもと違う事はなかった。
何もなかった
そしてパンゲアさんに修行をつけてもらった
「俺は毎週土曜日に使徒に修行をつけてもらっています」
「使徒に?」
「はい、パンゲアという方で協力関係にあります」
バルデは難しそうな顔をする。俺もよくわからないが使徒というのは特別な覚醒者、俺たち普通の覚醒者と次元が違う。Nの話でも謎の存在だった。
所謂雲の上の存在だ
使徒って言っているあたり神さまにでも仕えていそうな言い方だし
そんな存在と面識があるなんて信じられないのだろう
「パンゲアさんといつも通り修行していたんですけど寝込んでいたNが助けてって」
「N? あのNか?!」
Nの名前を出すとバルデが身を乗り出してきた。どうやらNとは面識があったらしい。因果から外れているから何処かしらで協力していたのかな?
「多分そのNだと」
「それでNは無事なのか?」
俺は首を横に振る
「ずっと返事してくれないんですよ」
「返事? Nの電話番号でも知っているのか?」
「あ」
当たり前のことだけどバルデは俺とNの関係を知らない。
シンクロ率100%、完全なNとなり最初の松村圭太は消えた。
その後Nがどういう手段を取ったのかは不明だが完全に因果から外れてNは現実から離脱した。
後を託されたルナフと蘇った松村圭太の人格、そしてNの記憶
「信じられないかもしれないですけど俺がNの作者です」
「……?」
バルデは首を傾げる
「Nの作者なら何でNじゃないんだ? Nに覚醒したんじゃないのか?」
「NからNの弟子に引き継いだんです。『私じゃ犯人に立ち向かえないから』って。この姿はNの弟子なんです」
バルデが疑いの眼差しを向けてくる。今Nが起きていないから証明する事は難しい。物的証拠もない、かといって言葉で説得するのは不可能
「信じられん」
「ですよね、Nが起きていれば簡単なんですが」
「Nが起きていたら?」
「頭の中にNがいるんです。だけどずっと寝ていて」
「嘘つくならもう少しマシな嘘をつけ。ただの妄想としか思えない。真実を話せ。使徒と知り合いというのも嘘なんだろ」
バルデはポケットから葉巻を出して咥える。火はつけない。
逆の立場なら俺だって信じない。覚醒者が別のオリキャラになるなんて。
「嘘じゃないですよ」
「証拠は?」
「ないです。ですがこれが真実です。俺はNという魔女の作者でこの姿はNの弟子のルナフ。Nが巻き戻しに立ち向かうために後を託されたのが俺たちです」
「有り得ない、嘘だ」
ハァーとバルデは煙を吐く。もう聞き流している。別に信じなくていいけど否定はするな。せめて保留しとけ
「なあ、こんな場所で嘘ついても意味がないぞ」
「だから真実を話しているんです」
自分にとって都合のいいことを言わないからか、バルデは銃を俺に向ける。銃口は俺に向いているが急所は狙っていない
殺気も出ていない
殺すつもりなんてない
銃を向けて脅しで済むと思っているのか?
「真実を言わないと殺すぞ」
************
「武器や魔法を突きつけられて脅されたらどうすれば良いか?」
「はい」
Nさんは飲んでいた紅茶を置いてからそうだねと考え始める。経験豊富なNさんだから、そういうシチュエーションに出会したことがあるかもしれない。逆に脅した場合もあるかもしれない。
「まず殺気の有無を確かめなさい」
「殺気が無かったら?」
「殺す気で制圧しなさい。そして心を折りなさい」
殺す気で制圧。
つまり可能なら生かす。無理と判断したらすぐに殲滅するという意味だ。
「殺気があったら?」
「格下なら蹂躙、格上なら時間稼ぎ」
「わかりました」
じゃああいつらは殺す必要は無いですね
「 」
「何か言いました?」
Nさんがボソッと何か言ったが聞き取れなかった
「ううん」
「そうですか。ではおやすみなさい」
それ以上Nさんは聞かないでくれた。
************
「聞いているのか?」
我に帰る
あれ?
私が知っているのと違う
小声で聞き取れなかった所は確か
「辛くなる前に話してね」
だったはず
「おい!」
そうだった。銃で脅されていたんだ。
バルデは脅しで『殺すぞ』と言った。殺気はない。見た目に惑わされて舐められている。銃を出せば自分の都合のいいように話すと思っている。
それこそ嘘だというのに
私は魔力弾をバルデの頭の直ぐ近くを通るように放った。後ろにあった壁は魔力弾で穴が開く。バルデがそれに気を取られている間に身体強化でバルデの腕を蹴り上げて銃を奪い取り私の背後に投げる。右手に魔力を集中させて心臓を撃ち抜こうとしたがバルデは腕で頭を庇ったので止めた。
武装していたが見掛け倒し
おそらく作者側に人格が偏っているのでしょう。オリキャラ側だったら反撃されていたはずだ。平和ボケした民間人が咄嗟に戦闘態勢に移行するのは難しいですし。
「信じる信じないは貴方の勝手です。確かに突拍子もないことです。貴方の立場だったら私も信じません」
「そうだ、常識的にあり得ない」
常識?
「貴方の目は節穴ですか? まず天災の日で人類の4分の1近くがオリキャラの姿になるあり得ないことが起きました。更に巻き戻しという有り得ないことが起きました。ビルサイズの弩ジョウが東京湾に現れました。使徒という意味不明な存在が現れました。そしてこの場所、意味不明な新宿にいる。おかしな生き物までいる」
この人は今まで何をしてきたのですか?
因果から外れた覚醒者の中では新参者である私が言うまで常識が存在しているとずっと思っていたんですか?
「常識など存在しない。覚醒者が別の覚醒者になってもおかしくないです。今この瞬間に別の存在になる可能性だってあります」
私は出口へ向かう。この人と一緒にいたら何も解決できなさそうです。常識に囚われています。それは非常事態の状況で一番邪魔な思考。
「どこに行くんだ!」
「脅しで銃を向けるような人と一緒に行動したくありません。それに、よく考えたらあったばかりの野郎といたら襲われるかもしれないですし。俺には危機感が無いのですね」
あの人は全く情報持っていなさそうです。
取り敢えず地元の方に向かいましょう。1人いたということは他にもいるかもしれませんし。
「私みたいにならないでね」の場所がルートによって分岐します
第一ルートのN
「辛くなる前に話してね」
知っているけど本人が話す前は何もしない。本当に危なくなったら言われなくても助ける。
第二ルートのN
「手を貸した方がいい?」
助けが必要か聞く。いらないと言われてもこっそり助ける。
第四ルートのN
何も聞かない
本人が助けを求めるまでは何があっても手を出さない。死にかけていても。
助けを求められたら全力を尽くす
第五ルートのN
「ルナフ、おいで」
腕を広げて抱きしめる
何も言わずに抱きしめる
全ルートの中で一番母性が強い
相談されたら親身になって答えてくれる。そして勇気を与えてくれる。
第三ルートのN
次回




