1-36 訣別
本日2回目の更新です。
「まあ、そういう事よ。私とはここでお別れ」
Nが俺たちのことを抱きしめながらそう言う。声が僅かに震えているのは気づかないように。
「楽しかったんだけどなぁ」
「「俺も」」
「そっか。それが聞けただけで良かったよ」
言葉はそっけない。声は喜びと悲しみが混ざる。
いざ、別れとなると何を話せば分からない。
「無理に言葉を言う必要はないよ。助けに来てくれるんでしょ? 私のこと」
その問いに俺大きく頷く。絶対に取り返して見せる。
「それなら私は待つわ。2人のことを信じる。オーバーワールドを倒して、迎えに来てくれることを」
「何で、そんなに強がれるんですか?」
「希望を持っているから。貴方達という希望が私にはある。それだけで、私は心を強く持てるわ」
彼女は離れると、目を腫らした顔で笑う。
「3人ともみっともない顔ね」
「良いんだよ。友のため、家族のため、仲間の為に流す涙は、カッコ悪くないんだから」
「そっか」
彼女は涙を拭うと、真剣な表情になる。
「私が消えることになった以上、引き継げるものは引き継がないと……松村君、彗星蘭の花飾りについて見せてくれる?」
ここは記憶の領域。頭の中にいた頃のNのように様々な記憶を閲覧することができる。要望通り、記憶の彼方にあった記憶を呼び出す。
「結構酷いことになっているけど」
「構わないわ、見せて」
* *
彗星蘭の花飾り
■■とともに戦った3英雄の一角、竜王の■■が身につけていた装飾品。現在では一つしか残されていない。
* *
「ほぉ、こんなものを隠し持っていたか」
記憶の閲覧の途中で、Nの雰囲気が変わったことに気づき、慌てて距離を取る。
見た目は変わっていない。だが、話し方や歩き方、目の動かし方も全て変わっていた。
傀儡方の使徒。
さっき言っていた現象だ。
「お前、オーバーワールドか」
「そうだが」
糸が切れるような感じがした。2本の糸で片方が切れても、簡単には解けないようになっていた紐。
それが同時にパチンと切れた。ただ、その相手が現れただけで。
「返せ」
お互いに手を合わせる。俺は左手を、私は右手を互いに合わせた。
意識の融合を完全にする。こうでもしないと、お互い暴走してしまうから。
それだけ考える理性があった。
それしか考えられない理性になっていた。
「Nさんを返せ!」
「重力強化」
両膝がつく。叛逆を使って無効化して見せるが、身体強化された蹴りであっさりと倒されてしまう。
「返す? 何を? これはもう俺のものだ。お前たちよりかよく知っている」
「返せ……返しなさい! その人は、貴方如きが触れて良い人じゃない!」
お前にだけには!
「おい、松村圭太。お前頭大丈夫か? ただのオリキャラに、こうもご執心とは。なんだ? 妄想彼女だったのか? ガチ恋勢か?」
「恋? そうじゃねぇ!」
憧れはした、大切に思っている。それでも恋したことはない。
仲間、親友、兄弟のようなもの。Nを大切に思っているのはそういう方向性だ。
「大事な人なんだよ!」
「ならいいだろ。彼女でもない女なんてどうだって良いだろ」
「お前の頭はスイーツ山盛りの恋愛脳か!」
魔力を充填する。だが攻撃は出来なかった。殴りかかることが出来ない。
自分が自覚していた以上にNのことを大切に思っていたようだ。その顔を傷付けることさえ躊躇してしまう。
それをオーバーワールドは理解しているからか、反撃なんて考えず一方的に殴られる。
「大体、ポットでの雑魚が俺の邪魔するのがおかしんだよ。あと数手で最終目標に到達したのが、お前らのせいで3周潰され、それを直すのに修復する毎日何だよ。人の努力を踏み躙って楽しいか! なぁ!」
「自業自得だ!」
「テメェのキャラがいなくなったのもお前の自業自得だろうが! あのピカピカ虹色に光っていた魔女のせいで、俺は右目を失ったんだよ!」
恨みがこもっていた。その仮初の肉体に信じられないほどの恨みがこもっていた。その恨みをこちらに向けていた。
何故お前をこちらを恨む。
何故被害者面している。
なんで。
あぁ、道理で生理的に受け付けない。だってお前は、あいつと全く同じ分類だから。
「お前、私たちが一番嫌いなタイプだ」
拳を手で受け止める。
片手を止めただけで攻撃が止む。オーバーワールドを見てみると、何故か怯えた顔をしていた。
「その顔で……その表情で俺を見るな!」
一歩後ずさった。もう一歩後ずさり、
「オーバーワールド、私の体を使っている以上、決着を付けずに逃げるとき去る時は煽りなさい」
オーバーワールドの足が止まる。驚いた表情で喉に手を当て、自分が出した声ではないことを確かめた。この状況で、オーバーワールド以外に喋るのはあの人しかいない。
「何故しゃべれる、N」
「ここは松村圭太とルナフの記憶領域よ。乗っ取りぐらいなら修復できる。暫くシエスタでもしていなさい」
* *
記憶を巡ったことで思い出したことがある。
N
私たちの世界では最強と呼ばれる魔法使い。
またある時はこう呼ばれることもある。
不可能を可能にする魔女
* *
「はい」
彼女は人差し指で軽く私の額に触れる。それだけで体が軽くなり、傷が癒えた。
「ごめんね、また乗っ取られて。でも、暫く大丈夫よ」
暫く、つまり少ししたらまた乗っ取られてしまうということ。
「2人が助けに来てくれるから私は待っているわ。そのために、師匠として友として最後に出来ることをする」
Nはそう言うと鞄から花飾りを出した。記憶巡りでも見た彗星蘭の花飾り。
「名前はもう知っていると思うけど、これは『彗星蘭の花飾り』。ある特定の体質を持つ者にしか身につけることが出来ない装飾品よ」
Nの言う通り、それは特定の人物しか身につけることが出来ない。それ以外の人が身につけると勝手に外れる。
だが、その条件というのがオーバーワールドに消されていた。
「彗星蘭の花言葉は『特別な存在』。即ち、世界において特別と称される者たち。しかも、私が厳重に保管していたということは、3英雄に纏わる者だと考えられる」
「3英雄。終末を告げる獣に立ち向かう3人の英雄。勇者、竜王、そして……消えている」
「ええ、3英雄のうち一角は散った。だから残るは2つ。ここで、それぞれの特徴を思い出そう」
特徴?
勇者は世界の危機に呼応して召喚される。あるいは、その時代に相応しいものがなる。勇者になった者は漏れなく星剣を所有するようになり、それで世界の危機を退ける。
竜王は創世の世より飛び続け、世界の平和を見守る。世界の危機にいち早く駆けつけ、危機を知らせる。天より高い場所、星々の間に駆ける光があったら竜王だろう。
「彗星蘭、彗星。天を駆ける」
「そう、つまり竜王に関係していると思う。食物連鎖の頂点、その中の王。絶大な力を持ち、世界の守護者」
彼女は私の頭に彗星蘭を取り付ける。手を話しても外れることはなく、軽く頭を振っても落ちる気配がない。
「これって一体……ッ!?」
何回頭に激痛が走るんだよ! しかも今回は味方、というか自分で作った設定だ。
頭の中に竜王の能力情報が現れる。記憶巡りでは見ることが出来なかったことだ。一体どうなってやがる。
あぁ、でも。これで一つ解決した問題がある。
何故龍脈を使えたのか? 答えは竜王の関係者だから。
この体にあった龍脈の使い方をようやく知ることが出来た。
これを使いこなせれば、強力な武器になる。
「……どうやら、時間ピッタリのようね」
Nが頭に手を当てる。
「最後に忠告よ。その力、絶対にそのまま使っちゃダメよ。オーバーワールドが知っているから」
あぁ、この情報が消されていたということはオーバーワールドが知っているということ。
「ええ、自分だけのものにして見せます」
「それが分かっているなら良いわ」
Nさんは満足そうに頷くと、
「じゃあ、行きなさい。私が私である内に」
泣きそうな顔で別れを告げた。
帰還方法は分かる。
そしたら、暫くのお別れ……。
「N!」
最後の言葉を、迎えにいくための誓いを。
「絶対に、迎えに行くから!」
大事な人を、取り戻す誓いを。
「ええ、待っているわ。信じている。ちゃんと迎えに来てね」
「グッバイ、アワーワールド!」
「See you . Our World」
松村ルナフはNに対して恋愛感情はありません。
言うなれば歳の近い兄弟のようなものです。




