1-30 影法師
いつもありがとうございます
「う……」
「気が付いた? エーイーリ」
意識を取り戻したとき、まず私の視界に入って来たのはNさんだった。イナバが変身したNさんではないのは、状況からして明らかである。イナバだったら私のことを殺している筈。今みたいに膝枕をする訳がない。
「Nさん、ご無事だったんですか?」
「余りにも遅かったから迎えに行って、そしたらあんなことに」
Nさんは私の身体を起こすことで周囲の様子を見せてくれた。一言でいうとクレーター。私たちはその縁にいた。反対側から海水が流れ込む、最終的には海の底に神奈川県は沈むだろう。文字通り神奈川県は地図から消えていた。
「どうやったらあんな魔法を、私はあんな魔法を知らないわよ」
困った。Nさんが知らないということは、少なくとも私たちの世界の魔法ではないということ。だが、あの詠唱は明らかに魔導砲に似せていた。魔導砲を知らなければ考えることは出来ない。となるとオーバーワールドが変質させた? では何故イナバを巻き込んだ? イナバを巻き込んでまで私を始末する必要があったのか? 私はこの世界から抜け出すことが出来ないのに。いや、そのことすら知らないのか? だから本体を見逃して私を倒しに来た? 戦闘力だけで見たら私の方が上なのは事実。
その前に、なぜ私が生きている? 間違いなく死んだ筈なのに。
「一体、何が起きたの?」
Nさんの呟きに私は答えることが出来ない。
「私が説明するわ」
「誰!?」
「あいた! 驚いて戦闘態勢を構えるのは分かりますが、私のことを支えていることは忘れないでくださいよ!」
「受け身ぐらい取りなさい!」
「重症患者に無茶な要求しないでください!」
「ふふふ」
「「何故笑う!?」」
笑いをこぼした魔女は杖を支えに体を震わせている。面白くて笑っているかと二人で思ったが、彼女の正体を知っている私は面白くて笑ったのではないことに気づくことが出来た。
「あなた誰?」
「そうだよね。そこからだよね」
彼女は少し悲しそうな顔をしたが直ぐに笑顔に戻し、軍服ワンピ―スのスカートの裾を摘まみカーテシーをする。
「初めましてN。私は?、特急特異点アンダーワールドの?。見ての通り少年たちの性癖が歪みそうな綺麗なお姉さんだよ」
あー、確かに歪みますね。というか綺麗なって自分で言いますか。絶対内部でクソ作者って罵られていますよね。
「あなたがアンダーワールド?」
「オーバーワールドの正体を知っている貴方なら分かるのでは? 覚醒者とは次元が違うこの体に」
そう言いながらグラドルみたいに胸を強調するポーズをとって……
「エーイーリが鬼のような形相をしているから止めるね」
ははは、世の中って理不尽ですよね。?のようにジュニアサイズの人もいればアスキーアートサイズのような私もいるんですから。私だって成長すれば……。
「確かに、覚醒者ではないね。そして使徒のように人の領域にいるわけでもない」
Nさんは少し観察し、私と見比べることで?がアンダーワールドであることを認めた。
「それで、私の弟子はどうなっちゃったのよ」
「特急特異点シャングリラワールドに身を委ねた」
シャングリラワールド? 理想郷の世界……理想の世界? ネーミングが特急特異点のルールから外れている気がしますが、特急特異点である?が言うということは特急特異点なのだろう。
「また特急特異点?! 増えすぎよ! 一体どれほどいるのよ?」
Nさんが声を荒げる。確かに余りにも多すぎる。
「身を委ねたっていうことは龍崎が死んでいたのと関係あるの?」
龍崎さんが亡くなった? なんで?
「……先に言っておく。ここにいる全員、お互いに責めることはできない。私はこの世界の防衛を怠り、エーイーリは私情で疑わなかった。そして」
?がNさんに杖を向ける。
「Nは自分がオーバーワールドの傀儡使徒になっていることに気づいたのに相談しなかったこと。パンゲアにでも相談すれば良かったのに」
「……あなた心の中を読めるの?」
Nさんがオーバーワールドの傀儡使徒? 確かに龍崎さんは言っていたけど、Nさんに限ってそんなことあるわけが……。
……。
あぁ、私はまたやってしまったのですね。Nさんを裏切ってしまった時のように、盲目的に信じてしまい……。そして世界を混乱に陥れた。
「悪いけど、これについて押し問答している時間はない。罪の意識を自覚した上でこれからどう挽回していくか」
「具体的に、どう挽回するのですか?」
私の問いに?は太平洋の方角を示す。
「今、シャングリラワールドの使徒になった松村ルナフの行動目標は全ての生命の抹殺。オーバーワールドと比べると分かりやすい世界の敵となっている。厄介なことに、シャングリラワールドが直接手を貸しているから使徒以上特急特異点未満の力がある。特急特異点レベルなら止めることが出来るが、使徒程度ではエネルギー源にされるのが関の山。このまま放っておいたら現実世界に行ってしまう。そうなった時の被害はこのクレーターから想像出来るはず。そうなる前に止めないと」
「つまり……どういうことなの?」
「今、私の第一使徒が結界を構築している。それが完了したら
松村ルナフを抹殺する」
「そいつはいい。こちらも賛成だ」
Nさんが人が変わったかのように賛同する。
「その口でしゃべるな、オーバーワールド。いや、小童」
?は慌てて私を引っ張りNさん、オーバーワールドから離れさせる。Nさんがオーバーワールドの使徒になる筈がない思っていたが、こうやって見せつけられると……。
?が杖を構えて魔法陣を展開する。だが、魔法を撃とうとはしない。
「それで、松村ルナフを殺したことで俺に勝てるのか? そんなにボロボロになって」
「安心しな、お前が死ぬ運命は変わらない」
「ほう、それまで何人見捨てるんだ? 自分の不手際で」
「それを私に問うか。この状況に持ってくるまで、たった一人を除いて仲間を見捨てたこの私に」
……。
「その犠牲を支払った結果がこのざまか。一体松村ルナフに何をしようとしていたのかは分からないが、頼みの綱まで切り捨てるのか?」
「お前が仕組んだわけでもないのに、随分偉そうだな」
「立場が分かっていないようだな。今世界の運命を握っているのはこの俺だ。今すぐ最終フェーズを開始してもいいが」
「……」
「そこは最終フェーズが何か尋ねろ」
オーバーワールドが少し困った様子で言う。だが、アンダーワールドも私も最終フェーズとオーバーワールドの目的を知っているから質問はしない。
「別に、知っているからいい。月だろ」
「何処でそれを。いや、今はいい。松村ルナフは好きにしろ。イナバも下がらせる。邪魔はしない。次会う時はないかもしれないな」
明らかに動揺して、捨て台詞のようなことを吐く。その後、Nさんは少しぼぉっとした後に慌てて辺りを見渡して、察したかのように悔しそうな顔をする。?はそれを見て踵を返し、海の方に向かっていく。結界を作っていると言っていたからバチカルも来ているのだろう。
バチカルさんが来ているんですよね。
「とりあえず手を出すなうっ」
「「失礼、足が出ました(出たわ)」」
私たちは示し合わせたかのように?へ蹴りを入れていた。手を出すなと言われましたので。無駄な胸部装甲ついているから簡単にのけぞりましたし。
「……二人とも」
「悪いけど、はいそうですかと言って黙っているほど、私は弟子を嫌っていないわ」
「私たちが勝手に巻き込んだのに、勝手に殺すなんて叛逆の魔女でもしませんよ」
「それに、弟子が殺されそうなのに黙っている師匠なんていないわ」
「偽物である私だけが生き残るのも目覚めが悪いですし」
「「私たちにとって大事な人だから」」
私たちにとって作者は親である。名前を与え、声を与え、姿を与え、人生を描いてくれる。たとえ悪役だろうと、立派な物語を書いてくれる。他人から見たら質の悪い物語かもしれない。それでも人生を与えてくれたのだ。こんなに大事にされて、嫌う人なんかいるのだろうか?
だから、これは恩返し。
いや、これは当たり前のことか。大事な人が殺されそうになっているなら彗星の如く駆けつける。
?は驚きはしたものの、交渉の余地がないというのに気付いたようだ。そして小さく詠唱をしてアンダーワールドとしての権能を発動させる。
「やっぱり、こうなったか」
アンダーワールドの背後には、かつて神奈川県だった海に続々と船が召喚される。ただの船ではない、軍艦だ。第二次世界大戦で没案となった軍艦、完成することが無かった軍艦が現れる。
「まあ、お前たちらしいな。悪いけど、おとなしくしてもらうから」
?の宣言と共に戦艦の主砲による一斉斉射、艦載機の発艦。おとなしくさせるレベルを超えている。おまけに?の攻撃も加わっている。だけど、私たちを舐めてもらっては困りますよ。
「後ろは任せたわよ」
「露払いは頼みました」
3月ごろ:4月までには終わらせるつもりです
ちょっと前:年内には終わらせたい
現在:え? こっから〇←(松村ルナフ略してマル)救ってゴニョゴニョシテ、イナバ倒して
え? あとどのくらいかかるの?




