1-16 世界の底で吠えた獣
いつもありがとうございます。
泣いていた。
俺の目からはボロボロと大粒の涙が流れている。流れた涙は頬を伝って雨のように地面へと吸い込まれる。いくら拭ってもこの涙が枯れることはない。
この涙を誰のために流しているのかを思い出すことができない。この涙をなぜ流しているのかを思い出すことができない。
頭に、記憶に、心にポッカリとできた『 』。単純に忘れた訳ではなく穴のように抜け落ちてしまっている。誰かとの記憶があるのに、その誰かを思い出すことが出来ない。その人の姿を思い出すことが出来ない。声を思い出すことが出来ない。関係を思い出すことが出来ない。名前を思い出すことが出来ない。
思い出を思い出せない。
「あ゛あ゛あ゛あ゛……」
橋の上、2人っきりで会話していた。俺の前にはホットミルクが注がれたマグカップが置かれている。それを出してくれた人が真っ黒に塗りつぶされている。黒い線で乱雑に塗りつぶされてその人の姿を見ることが出来ない。
『 』
その人が何かを喋るが何も聞こえない。何度も記憶を巻き戻して聞き取ろうとするが男女の区別をすることさえできず、そもそも日本語を喋ってくれているかすら分からない。
その人がどんな表情で、どんな抑揚で、どんな言葉を発したか思い出すことが出来ない。
「そんな……嫌だ……嘘だ……」
その人との最後の記憶を思い出す。
空に浮かぶのは巨大な目。全ての元凶であるオーバーワールド。奴から攻撃を受けていた。俺には抵抗する力がなかった。だから『 』は俺を助けるために自らを犠牲になった。
「『 』……」
その人の名を俺は呼ぶが何て呼んだのか思い出すことが出来ない。
ーー最後まで思い出せなかった俺を許すな。
一つも思い出せない。
ーー設定しか、上っ面しか思い出せなかった。『 』がどんな性格で、どんな過去があって、どんな人生を歩んだのか思い出せなかった。
全部わからない。
ーーそんな俺を許すな。
忘れてしまった俺を許さないでくれ。
『 』
その人が何かを喋るが思い出すことが出来ない。
ーー俺を恨んだっていい。地べたに這いつくばって信じることしかできない俺を罵倒したっていい。
俺を軽蔑してくれ。
「ぶちかませ!」
ーーそれでも……こんな俺のところに戻ってきてくれ、俺のオリキャラとして戻ってきてくれ。
迎えにいく。
『 』
その人の叫びを受け取ることが出来ない。
ーーそしてもう一度、俺に物語を書かせてくれ。
書くことが出来ない。
『 』
その人の右手に虹色の魔力が握り、空を駆けていく。地上から天へと向かって虹色の流星がオーバーワールドへ向かっていく。
その先を思い出すことが出来ない。思い出そうとすると頭に激痛が走る。
こんなことをやったのは誰か?
オーバーワールドだ。オーバーワールドが俺の頭の中にまで侵入してきた。それを退けるためにその人は犠牲となったのだ。
自分自身が忘れられてしまうのに、自分自身が書き換えられてしまうというのに、俺を守るために散っていった。
「お前のせいだ……」
自分でも聞いたことがないくらい憎悪が込められた低い声。それを俺が出している。
忘れて記憶がないのに怒りが、憎しみが、殺意が今までにないくらい感情を占めている。それだけその人は俺にとって大事な人だったんだ。
「お前が俺からあの人を奪った」
お前が消さなければ
お前が侵入してこなければ
お前が私利私欲で巻き戻しを起こさなかったら
あの人を忘れることなんてなかった。
そうか、ようやく分かった
「お前が敵か」
倒すべき悪、現代に現れた強大な悪。
「お前が全て悪い」
何も手がかりが掴めていない。だけど逃すつもりはない。
立ち上がる。頭はクラクラするが進むべき道は見えた。その道は憎しみの炎で舗装されている。自分の身を滅ぼすかもしれない復讐の道。
先が見えない道ーー進み続ければいい
何処かで途切れているかもしれない道ーー途切れたとしても歩き続ければいい
自分の身を滅ぼすかもしれないーー上等だ。
「絶対に捕まえてやる。ただで死ねると思うなよ」
見えぬ相手に叫ぶ
これは宣戦布告。
世界の底で1人の覚醒者が天に向かって吠える。
「俺の名前は松村ルナフ! オーバーワールド! いつか貴様を殺す者の名前だ!」
《なんか私、影薄くない?》
「私も章タイトルの隊長なのに別のキャラが目立っているさ」
2人には重大な役目があるので問題なしです。




