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池  <第1部>  作者: M:SW
9/30

苦悩

『あー、復活!もぅ大丈夫!さ、食べよ。』

赤くなった目をパチパチさせながら、お調子者の遠藤に戻った。

まだ山盛りのままのオレの皿から、遠藤が肉を持っていく。

『ほらほら、ほんとに食べちゃうよ。』


悩みなんかないと思っていた。遠藤の弱さを垣間見た瞬間、安心した自分がいた。オレだけじゃない。

弱いのは。誰しも不安や悩みを抱えている、なんて事は分かっているはずなのに、いざ自分が不安の真ん中に立たされると、こんなに辛いのは自分だけなんじゃないかと思えた。

昨日の夜のあの涙は、それまでの自分を全否定させていた。水が抜かれた池は、ゴミとヘドロだけで、ぽっかりと穴を空けていた。

でも、隣の池も、似たようなもんなんだ。

他人の不幸で、自分が救われるようで、心苦しかったが、それ以上に、安心した気持ちの方が上回っていた。


『ありがとう。』

思わず気持ちが口から出てしまった。

『ありがとう?』

遠藤に怪訝な目で見られて、しまった、と思い慌てて

『いや、あの、旨い肉食わしてくれて。ほら、だから食うなよ、オレの分。』

などと余計な事を言ってしまった。腹はいっぱいなのに、残された肉を食わなければならなくなった。

やけくそで口に放り込む。

オレの苦しさなど知らない田島は、呑気にまたメニュー表を見ている。

『ねぇねぇ、これ食べる?』

『おぉ、いいね。頼んで。頼んで。これもいいんじゃん?』

二人でメニュー表を見ながらまだ次を頼もうとしている。遠藤もまだ余力が残っているらしい。オレの中の、ぽっかりと空いた穴は、肉では埋められそうになかった。


ようやく全て食べ終えた頃、二人も新たに頼んだ物を食べ終えていた。

家に帰らなければならない。彼女でもいれば、帰りたくない、というワガママを言っても許されただろうが、男二人に言う訳にはいかなかった。


帰る支度を始めた田島が、コートを着る為に立ち上がると、隣の席からは歓声に近い声が控えめに沸き起こった。180を越える身長は、それだけでも目立つのに、それにこの顔が付いていたら、モデルにしか見えない。女たちの分かりきった心の声を想像しながら、自分も立ち上がると、テーブルの脚に足を取られ、フラついてしまった。

最初に腹に染み渡ったビールも効いていたようで、立て直せずそのまま隣のテーブルにぶつかってしまった。知り合いかもしれない女のグラスを倒し、テーブルの上はちょっとした惨事になってしまった。

田島がすかさずフォローに入る。オレの背中を支えつつ

『ごめんなさいね。ほんと、何やってんだか。大丈夫?濡れなかった?』

と100点満点の心配顔で聞く。

『大丈夫です、大丈夫です。もぅ、ぜーんぜん、大丈夫ですぅ。』

一番被害にあった本人以外全員が口を揃えて田島に答える。マンガなら、全員目がハートに違いない。恥ずかしさで、その場を逃げ出したかったが、ここは大人として、丁寧にお詫びを入れる。

『大丈夫ですか?』

一番の被害者がオレを心配してくれた。知り合いかもしれない、からか。

倒れたグラスを戻すその手を見て、再び何かを思い出した。顔以上に、見覚えがある。手の甲のほくろ。やっぱりどこかで見たことがある。

田島がテーブル側をフォローしてくれている間、遠藤は店員を呼び、片付けをお願いしていた。

やっぱりオレたち三人は、いいチームだ。彼女達にしてみたら、オレが一番いい仕事をしたと感謝しているだろう。


酔った訳でもないが、田島に背中を支えられながらその場を後にした。


店の外に出ると、一気に寒さに襲われ身震いする。日中は暖かくなってきたが、夜になるとまだまだ寒い。寒さは、感じていた不安を一層大きくしていった。

一人でいることを寂しいと感じた事はなかった。たが、今は怖いと感じる。自分の感情がコントロール出来なくなる事が何より怖かった。

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