苦悩
『あー、復活!もぅ大丈夫!さ、食べよ。』
赤くなった目をパチパチさせながら、お調子者の遠藤に戻った。
まだ山盛りのままのオレの皿から、遠藤が肉を持っていく。
『ほらほら、ほんとに食べちゃうよ。』
悩みなんかないと思っていた。遠藤の弱さを垣間見た瞬間、安心した自分がいた。オレだけじゃない。
弱いのは。誰しも不安や悩みを抱えている、なんて事は分かっているはずなのに、いざ自分が不安の真ん中に立たされると、こんなに辛いのは自分だけなんじゃないかと思えた。
昨日の夜のあの涙は、それまでの自分を全否定させていた。水が抜かれた池は、ゴミとヘドロだけで、ぽっかりと穴を空けていた。
でも、隣の池も、似たようなもんなんだ。
他人の不幸で、自分が救われるようで、心苦しかったが、それ以上に、安心した気持ちの方が上回っていた。
『ありがとう。』
思わず気持ちが口から出てしまった。
『ありがとう?』
遠藤に怪訝な目で見られて、しまった、と思い慌てて
『いや、あの、旨い肉食わしてくれて。ほら、だから食うなよ、オレの分。』
などと余計な事を言ってしまった。腹はいっぱいなのに、残された肉を食わなければならなくなった。
やけくそで口に放り込む。
オレの苦しさなど知らない田島は、呑気にまたメニュー表を見ている。
『ねぇねぇ、これ食べる?』
『おぉ、いいね。頼んで。頼んで。これもいいんじゃん?』
二人でメニュー表を見ながらまだ次を頼もうとしている。遠藤もまだ余力が残っているらしい。オレの中の、ぽっかりと空いた穴は、肉では埋められそうになかった。
ようやく全て食べ終えた頃、二人も新たに頼んだ物を食べ終えていた。
家に帰らなければならない。彼女でもいれば、帰りたくない、というワガママを言っても許されただろうが、男二人に言う訳にはいかなかった。
帰る支度を始めた田島が、コートを着る為に立ち上がると、隣の席からは歓声に近い声が控えめに沸き起こった。180を越える身長は、それだけでも目立つのに、それにこの顔が付いていたら、モデルにしか見えない。女たちの分かりきった心の声を想像しながら、自分も立ち上がると、テーブルの脚に足を取られ、フラついてしまった。
最初に腹に染み渡ったビールも効いていたようで、立て直せずそのまま隣のテーブルにぶつかってしまった。知り合いかもしれない女のグラスを倒し、テーブルの上はちょっとした惨事になってしまった。
田島がすかさずフォローに入る。オレの背中を支えつつ
『ごめんなさいね。ほんと、何やってんだか。大丈夫?濡れなかった?』
と100点満点の心配顔で聞く。
『大丈夫です、大丈夫です。もぅ、ぜーんぜん、大丈夫ですぅ。』
一番被害にあった本人以外全員が口を揃えて田島に答える。マンガなら、全員目がハートに違いない。恥ずかしさで、その場を逃げ出したかったが、ここは大人として、丁寧にお詫びを入れる。
『大丈夫ですか?』
一番の被害者がオレを心配してくれた。知り合いかもしれない、からか。
倒れたグラスを戻すその手を見て、再び何かを思い出した。顔以上に、見覚えがある。手の甲のほくろ。やっぱりどこかで見たことがある。
田島がテーブル側をフォローしてくれている間、遠藤は店員を呼び、片付けをお願いしていた。
やっぱりオレたち三人は、いいチームだ。彼女達にしてみたら、オレが一番いい仕事をしたと感謝しているだろう。
酔った訳でもないが、田島に背中を支えられながらその場を後にした。
店の外に出ると、一気に寒さに襲われ身震いする。日中は暖かくなってきたが、夜になるとまだまだ寒い。寒さは、感じていた不安を一層大きくしていった。
一人でいることを寂しいと感じた事はなかった。たが、今は怖いと感じる。自分の感情がコントロール出来なくなる事が何より怖かった。




