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池  <第1部>  作者: M:SW
7/30

秘密

三人の中で唯一結婚し子供もいる遠藤は、突然の飯の誘いにはすぐにOKが出ず、奥さんからの承諾待ちになった。

独り者のオレと田島は、遠藤の不自由さを少し可哀想に感じたが、遠藤本人は全く不自由とは感じていないようだ。

数分待った後、奥さんからの承諾が出ると

『ウチの嫁の優しさよ。なぁ。オレにはもったいない。さ、飯、行こうぜ!』

と、結婚して子供ができても、理解ある嫁のお陰で本人は、自由にさせてもらっていると感じているようで、幸せそうだった。


遠藤とは対照的で、長身でガタイはいいが、おっとりした性格の田島は、遠藤の強引さにいつも引っ張られるように従うだけだ。そしてオレは、そんな二人を遠目から見守る。なかなかバランスの取れた3人の共通点は、まさかの文房具だった。

其々の推しのアイテムは違うが、理解はできた。

会社に入って最初の研修ですでに、引き寄せられる物があったようで、お互いが文房具マニアだと分かった。同じ部署に配属された事もあり、それから気の合う仕事仲間として付き合ってきた。

彼女が出来ただの、別れただのは、その時々で報告していたが、そんな程度で、仕事と文房具以外にそれほど深く話をしたことはなかった。


今日は、入社後、恐らく初めてオレが飯に誘ったのに、結局仕切りは何時ものように遠藤がしていて笑えた。

小さい子どもがいると行けない、と思って最近行ってないという焼肉屋に行く事になった。遠藤は割りと軽いノリの感じなのに、妙に真面目というか、神経質な所があった。2歳児に焼肉屋は危ないし、まだ早い、と思うらしい。


遠藤のおかげで、気分は大分軽くなっているように感じられた。

テンポの早さと行動力は、無駄な事を考える余裕を与えてくれなかった。


今までも何度か三人で行った事がある、会社近くの焼肉屋に行くかと思いきや、何も言わずにその店を通りすぎ歩き続ける遠藤を、田島と二人で呼び止めると

『今日はここじゃないよー。』

何でそんなこともわからないかな、とでも言いたげな口調でまた一人で先に歩き出す。

田島と顔を見合せ、遠藤だから、しゃーないな、とたぶんお互いに思ったが口には出さず、呆れながら後をついて行く。

いつもの店から十分も歩き、まだかよ、と言いそうになったところで遠藤が振り返った。

『ここ、ここ。』

子どものような満面の笑みで、店を指差す。

正直、店の違いなんてどうでも良かった。今日はとにかく気を紛らわして、家で一人になる時間を減らすための時間稼ぎができれば良かった。

そんな失礼な思いとは真逆に、田島はしっかり反応する。

『いい感じだね。ちょっと高級そうじゃない?大丈夫?』

確かに、いつもの店より外観から高級感が漂っていた。一見すると、焼肉屋とは分からない。

店内もまた、少し上品な感じがして、ばか騒ぎできるような空間ではなかった。


『今日は、久々だからさー、ちょっと贅沢。いいしょ?』

お前の都合かよ、というツッコミは喉の奥に引っ込めた。


空腹を真っ先に満たしたビールが、胃袋全体に染み渡る。

今日三人で飯を食っている理由など、本当に忘れかけていた。

それなのに、忘れさせてくれたはずの遠藤が悪夢を呼び戻した。

『女にでもフラれた?』

突然の質問に、真顔で

『はぁ?』

と聞き返してしまった。

『魂抜かれた感じだったよ。今日。女じゃないの?』

すると、田島も興味があったようで、聞いてくる。

『オレもそうかと思ってた。でも今、彼女いないでしょ?』

『あー、分かった!最近なんかルンルンだったのは、いい感じで上手く行きそうだった女がいたのに、結果ダメだった!だろ!』

『なるほどね。そういう事か。そうか。』

すでに注文していた肉を焼きつつ、二人で勝手に結論を出していた。

『オレはまだ何も言ってないでしょ。』

『違うの?』

二人の声が揃った。

二人の勝手な結論を否定しようとしたが、よくよく考えてみると、案外その答えは間違いじゃないように思えて、違うよ、と言うのを止めた。

本当の事なんて、絶対に言えるはずがない。小説家になりたいと思っていた事も、理由も分からず大泣きした事も、死ぬまで誰にも言えるはずがない。

『やべぇ、焼きすぎた。』

肉の心配をしているフリをして、頭の中を整理して答えを導き出す。

焼きすぎた肉を食い終わってから、模範解答を発表する。

『ちょっと違うけど、ちょっと合ってる感じかな。出会ってすぐ、意気投合したんだよね。なんつーか、オレの事、前から知ってるような感じで、でもあんまりにも完璧な人でさ。だからちょっと頑張ってたわけよ。釣り合うようにと思って。オレのそんな頑張りまでも応援してくれる様な人なんだけどさ。だからもっと、近づけると思ったんだけど、途中で蹴落とされた感じ。かな。』

最後はムリして笑った顔を二人に向けたが、二人は、思っていた以上に重いと思ったのか、さっきまでの軽いノリの“フラれた?”を反省している様子で、本当にゴメン、と謝ってきた。

『でも、その女、ひどくない?蹴落とされたって、何?』

オレは“女”とは、一言も言ってない。ちょっと違うのは、相手が女じゃなく、男だって事。勝手に二人が勘違いしてるだけだ。そしてオレも、その勘違いは訂正しない。できるはずもない。

『いや、実際蹴落とされた訳じゃないよ。勿論。相手もそんなつもりはなかっただろうし、オレが勝手にそう思っただけだよ。“住む世界が違う”って最初っから分かってたのにな。だからたぶん、浮かれてたのも落ち込んだのも、オレの勝手な思い込み。』

肉を焼くのも忘れて、二人はオレの話を真剣に聞いていた。

『それは、』

次の言葉を発するまでに、わざと時間を空けたのか、遠藤がもったいぶったように

『お前がイタいヤツじゃん。』

隣に座ったオレの顔をまじまじと見つめて、真顔で言い放った。


重苦しかった空気は一変して、三人は笑った。

『さっきの真剣な“ごめん”を返せ!』

こういう所が、遠藤の凄さだ。

結婚するなら、オレも遠藤を選びたい。

決断力、行動力、面白さ、その場の空気作り。数え上げたらキリがないほど長所ばかりが思いつく。ルックス的にはオール3だが、人間力はオール5だろうと思う。

『オレは遠藤と結婚したい。』

ビールのグラスに口を付けて飲みかけていた遠藤は、入り込んだ少量のビールを軽く吹き出し、ムセてしまった。涙目になりながら咳き込んで

『変なとこに、ゴホッ、はいっゴホッ、た。』

それを見て悪いと思いながらまた田島と二人で笑ってしまった。


『分かるなぁ。なんとなく。』

田島も賛同してくれたが、まだ軽く咳き込んでいる遠藤は、右腕を大きく左右に振りながら

『オレには、ユリちゃんがゴホッ、いるから。』

『嫁大好きアピールかよ。せっかく人が告白してやったのに。』

『嫁を裏切るような事はできない。』

ようやく咳が治まり、真面目な顔でオレと田島を交互に見ると、一人納得したように頷く。

『それより、そんなに簡単に乗り換えてんじゃねーよ。諦めんのかよ。フラれた訳じゃないんなら、諦めんなよ!』

急に真面目に怒りだした遠藤に、オレより田島の方が驚いていた。

肉を網の上にのせようとして箸ごと落とし、箸が網の上に乗ってしまった。

『わっ、わっ、わっ。どうしよ、どうしよ。』

田島は、ルックスはオール5だか、人間力は3か2くらいか。

若干オトメな部分があり、それがかわいいと言えばかわいいかとも思うが、男としては頼りない。

遠藤は、網の上に乗った箸を何のためらいもなく指でつまみ上げる。

『あっちぃ。まったくもー。』

呆れながらも、新しい箸を店員にお願いしている。

本当に、良い旦那で良い父親なんだろうな、とつくづく思った。

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