行け!
<オレは、大丈夫だよ。>
<でも、明日も休む。>
<お前はお前の道を行け!オレはオレの道を行く!>
何だか良く分からない返事の後には、いつもの遠藤らしい、投げキスのスタンプが添えられていた。
その後にまた続く、
<オレにはオレの、チャレンジコースがある。>
何かを決意したのか。
でも、なんとなく安心し、
<大丈夫なら、良かったよ。>
また簡単な文章でメッセージを送る。
小説を書きたい人間が、気の効いたメッセージひとつ送れないなんて、と自分の文章センスと語彙力のなさに、現実を見てがっかりする。
それでもオレ達は、自分の選んだ道を、自分の力で歩いて行ける。
動き出せば、それこそ小説よりも、想像もつかない出来事が身の回りに起こりだす。
無意味だった日常が、有意義な日常に変わる。
アパートに着き、昨日の続きに取りかかる。
“書ける!”
メールでは、上手く気持ちを表現出来ないくせに、意味があるのかないのか分からない物語なら、頭と手は動く。書かずにはいられない。
書ける所まで書き続けたい。
行ける所まで行きたい。
“お前はお前の道を行け!”
遠藤からのメッセージを再び確認する。
言われなくとも、そのつもりだ。
そもそも、他人の道なんて進めない。
側に居て欲しいと思うなみとでさえ、同じ道は歩けない。
時々どこかで交わりながら、また別々に歩き、各々の所在を確認しあえればいい。それは、親子でも、夫婦でも、兄弟でも、恋人でも、友人でも、誰であっても同じ事。
また、なみの事を考える。
今週末。
そうだな、あげたいと思った物を買い、その日のうちにあげられればいいだろう。引っ越し直前で、忙しいかもしれないが、断られる気はしていなかった。
土曜日の、昼間のデートになみを誘う事にした。
そうだ、これからの予定と、住む場所も伝えなければならない。
メールを送る理由がいくつかできた事で、気兼ねなくメールを送れた。
付き合ったからと言って、遠慮のない関係は嫌だった。
何でも共有したり、束縛したりはしたくないし、されたくもない。
互いを尊重し合う関係でなければ上手くはいかない。
週末までは、あっという間だった。
普段の業務をこなしつつ、田代への引き継ぎ、部長から時々追加で渡される資料の確認は、今まで以上にやる気を持って仕事に臨んでいても、しんどかった。1日が過ぎるのが早く、嬉しいやら悲しいやらで遠藤の事も、それほど気にかけてはいられなかった。
土曜日の午前中に、目当ての物を買い、昼前にまた本屋で待ち合わせをしていた。
『私達、食べてばっかりですね。』
ランチをどうするか考えていると、なみが笑いながら言う。
『だね。でも、今日は食べた後、時間あるよ。』
と言ったもののノープランだった。
買ったものを渡す事しか考えてなかったし、今までの経験では、彼女の行きたい所に付いて行けば良いだけだった。
その感覚は、まだ残ったままだった。
『どうしよっか。』
『どーしましょ。』
二人で考えながら、何となく前に向かって歩く。
歩きながら通りに面した店を、片っ端から
『ここは?』
『んー、違う。』
『じゃ、ここ?』
『あー、んー、』
などとあたって行く。
なかなか決まらず、立ち止まった所で、チョコクロワッサンの美味しいカフェから、いい臭いがしてくる。
『ここだな。』
『だね。』
二人の意見が一致し、店内に入る。
満席に近い店内の中、空いてる席を探す。
キョロキョロ周りを見回していると、なみが先に空いた席を見つけ、オレに合図する。
席について、ようやく軽めのランチにありつけた。
プレゼントを渡すタイミングを考えている間に、あっという間に食べ終えてしまい、なみが食べ終えるのを待ちながら、バッグに入れた物を確認する。
“よし。グチャグチャにはなってない。”
なみが食べ終え、
『この後、どーしましょっか。』
『これ。』
聞かれた事への返事をせずに、バッグから包みを出す。
明らかにプレゼントと分かる包装に、なみは喜びの前に、驚きと困惑の表情を見せる。
『何で?』
『卒業と、就職祝いってとこ。あー、言っとくけど、普段からマメに贈り物するような人間じゃないからね。オレ。』
これから先、あまり期待されても困ると思い、クギを差しておく。
そんなオレの牽制などお構いなしに、包みを手に取り、笑顔でオレを見つめ、聞く。
『開けてもいいですか?』
『うん。』
『!!かっこいい!!どうしよう。大人な感じ。』
節目のお祝いには、割りと定番となっている万年筆だが、贈り物にどうぞ、と売り出されているような物とは違う。
市内の文房具店では、品揃えに限界があるが、万年筆の中では、オレ自身が気に入っているものだった。
これなら、親戚のオッサンからの贈り物のようには感じられないだろう、と思われた。
オレの拘りを押し付ければ、万年筆に最適な紙を使った手帳も付けたい所だったが、市内では扱っている店もなく、買いに行く時間もなかったため諦めた。
『自分の趣味を押し付けるみたいで、何だけど。それに、あの写メに写ってた文房具の仲間には入れて貰えないかもしれないけど。』
なみは、嬉しい気持ちを暫く語り続け、その後、また元のように包装し直し、自分のバッグに大事そうにしまった。
それから、また最後に感謝の気持ちをオレに伝えながら、バッグこと抱きしめる。
どっかで見た光景と一緒だった事に、思わず笑ってしまった。
“田島みてー。”
そう言えばなみは、言動が時々ちっちゃい田島みたいだった。
“田島が女だったら”
そう思ったあの時のオレの考えは、正しかったようだ。
まだ、これからの予定も決めていないのに店を出る。
また、何となく自分達が向いている方を前として、歩き始める。
当てもなく、ただ歩く。
『どこ行くんですか?松本さん。』
無言で歩き出したオレに、なみが、聞く。
『貴之、でいいよ。』
『たか、ゆき?』
『そ。』
なみが、小声で練習し始める。
『たかゆき。た、か、ゆ、き。たか。たーくん。たかさん。』
呼びやすい名前ではないらしく、呼び捨てではない呼び方までも練習するが、どれもピンとこない。
『だから、たかゆき。』
『うん。たかゆき。』
恥ずかしそうにオレの名前を呼んだなみを見て、どこかへ飛んで行きそうになったが、オレ一人で飛び出さないように、なみの手を握る。
飛んでいくなら、一緒に飛び出したい。
酔っぱらってもいないのに、テンションが上がる。
こんなに純粋な付き合いは、何年ぶりだろう。
手を握っただけで、体中に溢れる幸福感。
“良かった。良かった。良かった!!”
全てが、なみに出会い、今こうして繋がるための大事な点。点と点の繋ぎ方は、間違っていなかった。
もしかしたら、夢を思い出す前の、無気力無関心な自分さえも、必要な点だったのだろうか。
哲学的な、あの人の歌。
夢を後押しする、彼の歌。
溢れだした煩悩を、浄化した涙。
ニュース。本屋。焼肉屋。
遠藤、田島。それからオレに異動を持ちかけた部長。
全てに感謝したい。
町の緑は、咲き始めた桜と空の青さにより、より一層濃さを増している。
なんて事まで感じられられるようになった。
まだまだ、何処までも行ける。
なみが隣にいてくれたら、どこだっていい。
“行こう”
心で呟き、歩き始めた。




