それぞれの道
火曜日の午後イチで行われるミーティングの時間になっても遠藤の姿がなかった。
『あれ?遠藤は?』
『今日、休みみたいっスよ。』
ミーティングの為に来ていた田代が答える。
『何で?』
『分かんないっスけど。』
昨日のあの告白。オレのビビった顔に、遠藤は何を感じたのか。
遠藤が休んだ理由の一端が、オレにあるんじゃないかと不安に駆られる。
ミーティング中の話は、殆ど耳に入ってこなかった。
気が付くとミーティングは終わり、部長に声を掛けられる。
『じゃ、いいか。松本。田代も、ちょっと来い。』
朝言われていたため分かっていたが、田代は急だったようで、
『はい。』
と返事をした後、かなり苦い顔をしていた。
その顔を見て笑ったオレに聞く。
『なんスかね?』
『さぁね。』
本当は大体分かっていたが、知らないフリをする。
『ヤダよぉ。』
と、田代は子どもみたいに駄々を捏ねながら、ミーティングルームを出て、二人で部長の後を追う。
普段、部長なのに殆ど居ることのない部長室へ入る。
『おぉ、来たか。松本、お前は、これ。』
今後の日程についてと、住む場所の予定地について書かれた資料を渡される。
『それで、だ。田代。松本が転勤になるから、お前が松本の仕事を引き継げ。今年はもう、こっちに新人は来ないから、今いるメンバーで、何とか回して行くことになるから。』
『マジっスか!?そんで、なんでオレですか?田島さんとか、遠藤さんとかいるじゃないですか。つか、松本さん居なくなったら、仕事回んないっスよ。』
2つ下の田代は、オレが担当していたエリア内の一部を担当していたが、一部ではなく、そのエリアの主任になる事に不満があるようだった。
『主任は、嫌か?まぁ、お前が全部やれって事じゃない。他の奴等に振れる所は振ればいい。田島と遠藤には、お前のフォローに回ってもらうから。』
田代はまだ苦い顔をしたままだった。
この人が居なくなったら仕事が回らない、そんな風に思った事がオレもあったな、と思い出す。でも結局、何だかんだで、どうにかなるもんだ。一時苦しい時があっても“この人”の代わりは、いつの間にか育っている。
田代じゃ心許ないのは、本人だけじゃなく、オレもそうだが、きっと何とかなっていく。いつの間にか“主任”らしくなっていくんだろう。
『大丈夫だよ。何とかなるよ。』
そう言ったオレの顔を見る田代は、苦い顔のまま、口角だけ上げて、変な笑顔で
『はい。』
全く納得いってない“はい”を返した。
『じゃ、引き継ぎは、4月末までな。そんだけありゃ、十分だろ。』
『はい。』
オレに続き、田代も、
『はい。』
と、さっきよりは覚悟を決めた様子の返事を返す。
その表情も、変な笑顔から覚悟を決めた顔に変わったように見えた。
部屋を出てから、田代の時間の都合を確認して、引き継ぎの時間を調整する。
その後、部長に渡された資料に目を通す。
オレは、5月のゴールデンウィーク明けからの参加でいいようだった。住む場所も、予想していた場所とほぼ一緒で、会社が準備してくれる事になる。
“電車で30分くらいかな”
なみの住む場所からの時間を導き出す。
本当に、いよいよ本格的に動き出す実感が湧いてきて、やはり多少の不安は拭い切れない。
それでも、目の前のやるべき事に集中するため、頭を仕事モードに切り替える。
これからオレがやるべき事を整理していく。
区切りのいい所で作業を終えて帰る支度をする。
ふと遠藤のデスクを見た。
“あれは、本当なのか?”
あの告白は、一体何だったんだ?
今日は、何で休んだ?
直接聞けばいい事なのに、怖くもあり、聞くのがためらわれた。
今までは、休んだ所で何も気にはならなかったのに。
“まさか、オレ”
自分の気持ちに疑問が生まれる。
そんな訳はない。あるはずがない。
疑問を拭い去るように、なみの事を考えてみる。
“そうだ。なみに、あれを渡したい”
新社会人へのプレゼントを思いつき、また気持ちが上向きになる。
浮わついた気持ちと深刻な気持ちを同居させながら、会社を出る。
田島はまだ仕事が片付かず、しばらく帰れそうになかった。
帰り道、なみへのプレゼントを何時買い、何時渡すかを考えていたが、深刻な気持ちが時折顔を覗かせるため、このままでは落ち着かない、と腹をくくり、遠藤に連絡してみる事にする。
<どうした?今日>
ごくごく簡単なメッセージ。でも、これ以上もこれ以下も思い付かない。
携帯を持ったまま、遠藤の返事を待つ。
アパートに着く前に携帯が振動した。




