ペンと紙
まるで、10歳のオレが道案内してくれているかのように、物語は進んでいく。
ただ“書いてみよう”そう思っただけなのに。
そこから、一気にオレの人生が動き出した。
今書いている物語だけじゃない。オレの人生そのものを道案内してくれていたように感じる。
ただ一つ、男から告白される事は予定になかったとは思うが。
書き続けていても手は疲れない。
このペンと紙のおかげ。
オレとなみも、こんな抜群の相性なら。
そう思えた時、一旦手を止めてノートの触り心地を確かめる。
この触り心地が好きだ。
紙を一枚持ち上げる。
親指と人差し指で紙を擦る。
“あぁ、そうだ”
また思い出す。あの頃。
こうやって、本を読みながら、本の端を擦りすぎて破けた本がいくつもあったっけ。
昔から、この感触が好きだったのか。
でももう、破けたりはしないよう、大事に扱おう。
持ち上げた紙から手を離す。手形を押すように紙全体に、掌を押し当てる。そこから静かにゆっくりと紙を撫でる。
この紙が、オレを幸せにする。
再びペンを持ち、紙の上でペンを走らせる。
“オレは、こんな事を考えていたのか”
自分でも想像していなかった事を書いている事に気付く。オレじゃなかったら、誰が考えてんだ。
脳内にいるらしいもう一人の自分が作品を作り上げていく。
いつの間にか今日が終わっていた。
日付けが変わっても、このまままだ続けていたかったが、仕事の事も考え、途中で終わらせる。
目覚ましナシで起きられる自信がなく、アラームをしっかり確認する。
予想通り、アラームが鳴って、止めてまた鳴って、止めてを3回繰り返し、ようやくまともに目が開いた。
またいつもの朝の流れで、テレビを付ける。
コーヒーを淹れている間に顔を洗う。
コーヒーを飲みながら、テレビに目を向けると、かいぼりを終えた池に水が戻り、キレイになった姿を写し出していた。
音が聞こえず、リモコンを探しながら映像と字幕をしっかり見直す。
やはり、先日見たあの池のゴミとヘドロの撤去と日干しが終わり、水が戻されたようだった。
1、2分で終わってしまうような、地域の小さな小さなニュース。
毎回注意して見ている訳でもないのに、始まりと終わりをタイミング良く見れた。
そしてそのタイミングは、まるで自分の心と一緒だった。
湧き水のような清らかさはないが、余分な物が取り除かれた池に戻された水は、日の光を受けて反射し、生き返った事を知らせている。
まさに、今のオレ。
寝ぼけていた頭は、すっかり覚醒し、更に意欲を増していく。
スッキリした頭で仕事に出る。
会社に行くまで、歌を聴く。
イヤホンから、直接脳内に伝達される彼の歌。
何の曲を聴いても、オレの事を歌ってるんじゃないかと思える。
あの時、オレに涙を流させたあの曲でさえも、心地よく胸に響き、あんな苦しい涙はもう出てこない、そう思えた。
会社に着くと、今日は田島が先に来ていた。
『はよ。』
『はよ。』
周りを見渡してから、小声で聞く。
『ねぇ、結婚に至るまでの過程、教えてくれる?』
『えっ?そんなの、教える訳ないじゃん。ふふっ。』
『教えろよ。』
『教えられる時が来たらねっ。』
『何、もったいぶってんだよ。ワケあり?』
『ワケありあり。ってな事もないけどねー。』
小声でコソコソ話している背後から、静かに部長が加わってくる。
『何だ、何だ?お前ら。どんな、ワケがあんだ?』
オレと田島の間に割って入ってきた部長がふざけて聞いてくる。
『!!ぶちょー!?何でもないです。なんも。』
慌てて田島が答える。
『そんなに慌てなくてもいいだろ。ん?』
元から話を聞く気なんか無さそうな部長は、田島からオレの方へと向き直り、
『また、色々詳しく確認しといたから、ミーティングの後、俺んとこ来い。朝から二人でイチャつくな。なっ!』
と、田島の背中を叩き、立ち去った。
『痛っ。何でオレだけ。』
田島が、自分だけ背中を叩かれた事に文句を言う。
『お前だって、昨日、何かあったんだろ?教えろよ。』
『教えられる時が来たらねっ。』
『あー、真似したぁ。』
互いに詳しくは語らないまま、オレ達は各々の仕事に向かった。




