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池  <第1部>  作者: M:SW
25/30

タイミング

オレの方が先に食べ終わり、食後のコーヒーを飲みながら、本題と言えば本題、の話を始める。


『オレ、仕事で東京行く事になったんだよ。』


食べている途中で下を向いていたなみが、目を見開きながら顔を上げる。


『え?ほんとですか?』

『ほんとですよ。もう、敬語じゃなくていいしょ。』

『あぁ、でも急には、変えられない、よ、です。』

『なんじゃそりゃ。』

『ほら、おかしくなっちゃう。そんな事より、東京って、出張か何かですか?』

『いや、転勤。いつから行くか、どこに住むか、まだはっきり決まってないんだけどね。』

『近いかも、知れない?』

『こっちから神奈川よりは、ね。つーか、神奈川のどこ?』

『ちょっと待っててくださいね。』

そう言うと、食べかけていたものを急いで食べ終え、オレを見ながらペーパーナプキンでゆっくり口元を拭く。その目は“大丈夫でしょ”と言っているようだった。


それからようやく、バッグを自分の膝の上に乗せ、中から手帳を取り出す。女子大生らしい、かわいさ満載の手帳には、新しい住所が書かれていた。


その住所をオレに見せながら、スマホのマップで、どの辺かを教えてくれる。

かなり東京寄りで、オレが住むのがどこであっても近くなる事は間違いなかった。


『分かった。オレの方も、分かったらすぐ連絡するよ。』

『なんか、凄いですね。』

『いいタイミングだった。まさかね、そんな話が来るなんて思ってなかったし。』

『やっぱり、運命って、あるのかな。』

『たぶんね。』

“運命だよ”心の中だけで断言する。


オレ達は食べ終わっても、なかなか店を出る気になれなかった。満席の様子も、待ってる客がいる様子もなかったが、長居するのが申し訳なく、デザートを追加注文する。


なみの仕事の事、オレの仕事の事、本屋での出来事、今までは、どうでも良いとしか思えなかった些細な事のひとつひとつが、大事な事のように思えた。


大切な事を考えていると、ひとつ大事な事を忘れていた事に気がつく。親に、何も言ってなかった。すでに一緒には暮らしていないし今更、この歳になって、相談も報告もそれほど大事な事でもないようにも思えたが、出来たばかりの彼女に伝えた方が早かった事に、少々罪悪感を覚えた。


デザートが届くと、なみはメインの料理以上に目を輝かせ、今日いちばんの笑顔を見せた。

『あー、どれにしよう。』

大きな皿には、6種類の小さなデザートが一つ一つ丁寧に盛り付けされ、手を付けるのが申し訳ないほどで、ひとつの皿がアート作品のようだった。

『どれ食べます?』

『好きなの食べてよ。』

『えー、そんな事言ったら全部たべちゃう。』

『いーよ。食べて。』

『太っちゃう。』

やっぱり、そう言う所は気にするのか。今は気にしなくても全然問題はない体型に見えるし、なんならもう少しくらい太ってもいいんじゃないかとさえ思う。

『いいじゃん。ちょっとくらい太っても。食べれる時に食べた方がいいんだって。こーゆうもんは。』

『そーんな無責任な事言わないで下さいよぉ。』

『いーよ、責任はオレがとるから。』


会話の流れで出た言葉だったが、よくよく考えると、意味深い言葉だったような気がして急に恥ずかしくなる。


『フフッ、なんか、プロポーズみたい。』

『だよな。』

『え?プロポーズなんですか?』

『んな訳ない。つーか、いや、んな訳ないっつーのも失礼なんだけど、そんなつもりじゃなくて、ん?つもりもなにも、今、付き合ったばっかで。ねぇ。もぅ、何言ってんの?オレ。』


なみは大笑いしながら

『ほんとに、何言ってんですか。おっかしぃ。』

しばらく笑いは止まらずに、デザートを食べ始めるまで時間かかった。


ほんとに、何言ってんだか。恥ずかしい気持ちと、まんざらでもない気持ちが入り交じり、付き合い始めたばかりなのに、いつか、本当に言う時がくるんだろう、と何となくそんな気がした。

きっとその時には、その時のタイミングがくるのだろう。ただ、当然の事ながら、まだ今じゃない。

いつか来る、その時をオレが見逃しさえしなければ。




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