幸福感
『写真とか、撮んないの?』
気になって聞いてみた。
『撮らないですよ。自分の事は自分が知ってればいいですし、友達のは見てますけど、正直、他人にそんなに興味もないんですよね。』
『他人に興味が、ない?』
『あ、いや、あの。松本さんには、興味がありました。あります。』
『ハハッ、いや、オレもそうだから、何か分かるよ。と、思って。』
安心したようになみが笑う。
『良かったぁ。』
話の合間で、食べ進めていたためか、なみの笑った口元の左端に、ビーフシチューと思われるものが付いていて笑ってしまった。
『何ですか?』
笑われている事に気が付き、確認してくる。
自分の口の左端を指差し“付いてる”事を教える。
なみは急いでペーパーナプキンを取り、口元を拭く。
『松本さんも付いてますからね。』
『ウソだろ。』
そう言いつつ、オレもペーパーナプキンを急いで取って口元を拭う。そこに汚れは付いていない。
『?付いていないじゃん。』
騙された、と思っていたら、なみが自分の手の甲のホクロを指差す。
オレは、自分の手の甲を見てみると、なみのホクロと同じ場所に、ほんのちょっと、ソースが付いていた。
『ここかよ。』
何で、こんな所が汚れるかな、と恥ずかしくなる。
まぁ、お互い様だ。
2人で笑いあっていると、幸せの絶頂かと思えた。
こんな時に、急に書きかけの小説が書きたくなった。なぜ今、そんな事を思い出すのか分からなかったが、ここ最近で1番、書きたい欲求にかられた。
恋愛ものでも何でもなく、ジャンルが何なのか自分でも分からないような、少年と老人の地味な物語を、なぜ、今。
分からないけど、今、色々な幸福感で満たされていた。
こんなにも満たされた気持ちは、今まで感じたことがなかったかもしれない。
もしかしたら、あの時の、10歳頃に入り浸っていた図書室の中で、本に囲まれて、床に座り込んで本を読んでいた時の、あの気持ちに近いのかもしれない。
あの時は、まだ何にでもなれた。本の中に登場する主人公に自分を投影させて、どんな困難にも立ち向かえた。
ただの言葉の並べ替え。それは、世界を無限に広げていた。
だから、面白かった。
たった一言で、善にも悪にもなる。捉え方次第、読み手次第。
あの頃のオレが、あの頃の気持ちを思い出して欲しがっていたんだ。
そんな考えで、ようやく色々な出来事が腑に落ちた。
少年は、図書室を抜け出し、もう歩き始めている。
これからは、本の中の世界じゃなく、自分のオリジナルの世界を描いて行ける。
今度は慎重に、少しずつ食べ進めるなみは、オレを正しい方に導いてくれる。
手が止まっていたオレになみが促す。
『ほら、食べましょうよ。』
『ねぇ。』
『はい?』
『オレと、付き合ってもらえますか?』
一昨日なみに言われた“側にいてほしい”なんて曖昧な言い方ではなく、きちんとオレから伝える。
『もちろん、喜んで!私が言おうと思ってたのに、先に言われちゃった。』
笑って、また食べ始め、
『おいしい。』
と、実感を込めて呟く。
『うん。』
オレもまた食べ始める。




