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池  <第1部>  作者: M:SW
17/30

決断



駅のバスターミナルからバスに乗って帰るという彼女と、駅まで並んで歩く。


運命の人と思うのに、好きなのか、についてはハッキリ分からないのは何故か。好き、という事の意味を考えてしまう。

“好き”は、考えるもんじゃなく、感じるもの。

多分そう。でも、感じる事より先に、考えてしまう自分が、その感性を鈍らせている。何かを感じられるようになるまでは、まだ少し時間がかかりそうだった。


彼女がバスに乗り込むのを見届け、一人駅に向かう。動き出した歯車が、良い方向へと動いているように感じられる。

たった数日前の、あんなにダメな夜が、遠い昔の事のように思えた。


電車を降りた直後、彼女からのメールが届いた。

家に着いた事と、ご馳走になったお礼だった。

オレは、今駅に着いた事と、今日がとても楽しかった事を伝える。


こんなに素直に思いを伝えた事は、無かったかもしれない。自分の思いなんて、ムダな事だと思っていた。デートの後、今日は楽しかったね、なんて、伝えた所で何になる?今まで、そんな風に思っていた自分が、いかに小さい男だったか、情けなくなる。

たった二時間彼女と過ごしただけなのに、彼女のおかげでやっと今、大人になれた気がした。

気持ちに蓋をする事が大人なんじゃない。ちゃんと気持ちを伝えられる事が、大人なんだ。


家に着き、今日買った本を確認する。あの時、手に取った本を確かめもせず、買ってしまった。もともと買いたかった物とは違ったが、特別な一冊になる気がした。


日曜に“特別な一冊”を読み込んだ。読めば読むほど、理解できなくなる。昨日、ちょっと大人になれた気がしたが、脳内までは急には成長しないようだ。

読んでいる途中、彼女の事が頭に浮かび、思った事をメールで送る。

<バイト、今日までだよね。お疲れ様。昨日買った本、脳ミソ溶ける。>

本の写真も添付する。

30分程で返信が来た。

<あと四時間で終わりです。ここで、バイトしてて、本当に良かった!!!最後の最後で、松本さんに会えた事が、最大の収穫でした!!>

そして、喜び一杯のスタンプ。

<あ、その本、私が今一番好きな哲学者です。脳ミソ溶ける感じがスキ>


俄然、読む気がでてくる。

<素直に、嬉しい。>

<もうちょっと、脳ミソ溶かすよ。>

そう返信して、また本に向き合った。


一日、書くことも聴く事も忘れ読み続けていた。しかし、収穫が得られたのかどうか、分からない。

脳ミソが溶けきった所で、落ちた。


脳内筋肉痛状態で、アラームが鳴る前に目が覚めた。

いつも通りの流れで、仕事に向かう支度をする。


家を出て玄関に鍵をかける。

その瞬間、部長が頭に浮かんだ。

『あぁ。』

本屋の福祉コーナーで漏れた重いため息が、また漏れた。


完全に忘れていた。

落ち込んだ気持ちのまま会社に向かう。


筋肉痛の時って、筋肉動かした方がいいんだっけ?

うろ覚えな曖昧な知識で、会社まで考えてみる事にする。


会社に着いてもまだ、結論は出ない。

早急に決めなければならない話でもなかったが、ズルズルと先延ばしにしたくはなかった。しかしやはり、結論を出すには判断材料が少なすぎる。聞いておかなければならないことは、幾つかある。


朝イチで、部長の元へ向かう。


『おはようございます。あの、』

『あぁ、おはよう。なんだ、もう決めたのか。』

『いえ、ちょっと、聞いておきたい事があって。』


幾つかの質問の後、その回答から、殆ど答えは出ていた。


異動の話を断れば、今のままの仕事が続くだけで、何にも差し支えはないようだった。現時点では、部長の独断での打診であるから、今後の仕事に何ら影響はない。それなら、今までのオレなら確実に断っていたはずだ。

しかし、話を受ければ、暫くは東京での勤務になる。

それを聞いた時、すぐさま“行きます!”と言いそうになったが、思い止まった。しっかり、冷静に決断すべき事だ。

彼女との距離が近くなる、それだけで決めていいはずがない。


『もう少し、考えさせてください。』


今の所、全く興味も持てない仕事に、オレはやる気を見出だせるんだろうか。話を受けてしまえば、後戻りなんて出来ない。

まぁ、今の仕事だって、やりたくてやっているわけじゃないんだ。

先輩のツテで、運良く入社できた。将来のビジョンなんて、まるでなかった。今だって、ない。これからどうしていきたいのか、オレは。


半分以上、話を受ける方に気持ちは傾いている。それが女の為である事が、自分で納得できないでいた。

“東京に行く”為の、自分を納得させる理由が欲しかった。

行って、やっぱりダメだった、なんて事になったら、会社を辞めることになる。何の資格も特技もなく、強みなんて、何一つない。

新しい仕事、上手くやっていけるのか。

よくよく考えると、不安しかない。


“でも” “だけど”

後ろ向きな姿勢を否定する言葉が離れないのは“やってみりゃーいいじゃん”と思う前向きな自分がいるからだ。 

それだけでいい。正当な理由なんかなくても、やってみりゃーいい。

ダメだったら、その時考えよう。

危機管理能力が無さすぎるかもしれない。でも、今まではありすぎた。ありすぎて、何にも挑戦できずにいた。自分を過小評価しすぎだ。もうちょい、自分を評価してあげよう。

オレだって、やればできるんだよ。


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