夏の帽子
夏の朝日にゆれて、かわいらしい少女とお母さまがゆうがに戯れていました。少女の頭には色とりどりの花がゆれ、しあわせそうに笑っています。お母さまは少女のことをとても大切に思っていらっしゃいました。少女にもそのことはきちんと伝わっていて、あんしんしてあそぶ事ができていたのでした。
ある日、少女のもとに『お父さま』がいらっしゃいました。それは少女のしらない『お父さま』なのでした。そもそも少女には父親はいなかったのです。
『お父様』はとてもやさしくしてくださりました。それでも少女にとっては『お父様』は『お父様』なのでした。その日からお母さまは変わってしまいました。お母さまは少女への愛をわすれてしまわれたのです。少女が『お父様』とあそんでいると、お母さまのご機嫌はわるくなってしまいます。そして、少女がいつものようにお母さまとあそぼうと近づきになられても『お父様』がいらっしゃる前みたいに、優しく少女に触れることはなくなってしまいました。
お母さまは『お父様』にとても夢中になっていました。その姿は少女の目にも滑稽にみえ、とてもかなしくなってしまいました。
少女は思いました。お母さまがこうなってしまったのは『お父様』のせいなのです。『お父様』がいらっしゃってからお母さまはおかしくなられました。狂ってしまわれたのです。すべては『お父様』のせい。『お父様』が悪いのです。『お父様』さえいなければ、いなければわたしとお母さまはいつまでも一緒にあそんでいられるのです。『お父様』さえいなければ、きれいなお庭でお花摘み。わたしの麦わら帽子にお母さまがきれいなお花をさしこんで、「きれい」「きれい」って優しくほほえんでくれます。そしたらわたしは今までのことはすべて忘れてしあわせな気分になって、お母さまに抱きつきましょう。そして、「お母さま、だいすきっ!」と頬にキスをするのです。お母さまは首筋を優しく撫でてくださいます。わたしは気持ちよさそうに目を細めます。「お茶にしましょう」お母さまがいいます。まっしろ綺麗なテーブルに二人ですわって、仄かにピンク色のピーチティーをクッキーと一緒に飲むのです。そう。『お父様』さえいなければ、わたしたちは全部元通り。お母さまとわたしはいつまでもしあわせに暮らせるのです。
『お父様』はお母さまがおつぎになるお酒をのんでいました。お母さまは『お父様』にベッタリくっつきながら猫なで声でにゃーにゃー鳴いています。少女はとても哀しくなりました。
遠くで獣のような喘ぎが聞こえます。少女は一人、ベットのなかで泣いていました。少女は知っていました。この声はお母さまのものです。厭らしいこの声は、あの優しいお母さまの声なのです。少女はもう限界でした。少女はわらっていました。なきながら、わらっていました。お母さまをとりもどさなければなりません。少女は思いました。とりもどさなければ、お母さまはダメになってしまわれます。堕落して、もどってとれなくなってしまわれます。大好きなお母さま。わたしは大好きなお母さまを助けなければなりません。助けなければならないのです。ああ、お母さま。助けなければ、助けなければわたしは。わたしはもう、限界なのです。お母さまを助けなければ、わたしもダメになってしまいます。だから助けるのです。ああ、お母さま。もう大丈夫です。わたしといっしょにいきましょう。助けてさしあげます。だからわらって? 前みたいに優しくわらってくださいお母さま……。ああお母さま……。
赤い夕日に染まりながら、かわいらしい少女とお母さまはしあわせそうに眠っていました。少女はお母さまといっしょになられたのです。『お父様』のことなんか忘れて、ふたりはしあわせそうに眠っています。少女の頭にはこげ茶色の麦わら帽子が色とりどりの花といっしょに優しく揺れていました。