第五話 : 絶対に間に合いません
「は? 円堂のことをどう思うかって?」
こんにちは、ジブンさん。
これはジブンの脳内日記ですが、今はそんなことどうでもいいです。今日も青い空に白い雲の爽やかなお昼休みの時間ですが、それも知ったことではありません。
いつもどおり屋上のベンチに寝ていたら寿々木くんがおにぎりを持ってきてくれましたので、とりあえず円堂さんのことを訊いてみました。
「ただのクラスメイトだけど、それがどうしたんだ?」
「い、いえ。このまえ円堂さんとおしゃべりしたという話をしていたので、仲がいいのかなぁって思っただけなんですが……」
「ああ、仲はいいと思うぞ。あいつはオレが困っている時に助けてくれたからな。オレは女子ってあまり好きじゃないんだけど、あいつはかなり好きな方だな」
ごぶふ。
どうしましょう。ジブンの気持ちが恋かどうかもよくわからないうちに、いきなり失恋したような気がします……。
「そ、それじゃあ、好きって、いったいどういう気持ちなのでしょうか……?」
「お。それはいい質問だな」
なぜか寿々木くんが身を乗り出して、瞳をきらきらと輝かせています。
「好きっていう感情はヒトによって異なるっていうけど、オレは違うと思う。結局のところ好きっていうのは、『尊敬』に近い感情だと思うんだ」
「尊敬、ですか?」
「そうだ。おまえにも好きなヤツぐらいいるだろ?」
ぎくり。
「え、えっと、はい。たぶん、います……」
「だったら、そいつのことを『いつ好きになった』のか考えてみろ。オレが円堂のことをちょっと好きになったのは、あいつがオレのために頑張ってくれたからだ。あいつにはなんのメリットもないのに、手伝おうとしてくれたからだ。はっきり言って、誰かのために頑張るヤツってのはすごいと思う。オレはそういうヤツを尊敬する。だから、『好き』ってのは『尊敬』に近いと思うんだ」
なるほどです。それはたしかに、そうかもしれません。
ジブンは寿々木くんにおにぎりをもらって嬉しいと思いましたが、嬉しいから好きになったわけではないと思います。困っている人に手を差し伸べる優しい心を好きになったような気がします。
思い返せば、レストランの時もそうでした。
あの時、他のテーブルはウェイターさんがお料理を一品ずつ運んでいましたが、ジブンたちのところだけは、寿々木くんがカートでまとめて持ってきてくれました。
あれはたぶん、ジブンが高級レストランに慣れてなくて緊張していたので、気をつかってくれたのでしょう。それに、わざわざ持ち帰り用のお料理を用意してくれたのも、食べる物のないジブンのことを気づかってくれたからだと思います。
そうです。たしかにそうです。
ジブンは寿々木くんのそういう優しい心を尊敬しています。すごく尊敬しています。好きです。すごく大好きです。ああ、だけど、どうしましょう。この気持ちが恋かどうかはわかりませんが、なんだか急に恥ずかしくなってきました。
ほんとにどうしよう。
ジブンはいつの間にか、寿々木くんのことが大好きになっていたみたいです――。
「それよりおまえ、明日と明後日はどうするんだ?」
「えっ? あ、す、すいません。なんのお話でしょうか」
「だからさ、土日の食事はどうするんだ? 食べる物がなければ、うちに来ていいぞ」
「あ、い、いえ。いざとなれば非常食のレーションがありますので、なんとかなりますから」
「は? レーションだと?」
あ! やばいです!
つい口が滑ってしまいました。日本でレーションを備蓄しているのは自衛隊とアメリカ軍の基地だけなので、一般人に話してはいけないことになっているのです。ああ、どうしましょう……。
「レーションってたしか、戦闘用の食事のことだよな? おまえ、なんでそんなものを持っているんだ?」
「そ、それはその……ちょっと知り合いの自衛官さんにいただきまして……」
「何味だ?」
……へ?
「だからさ、レーションっていろいろ種類があるだろ。そのレーションは何味なんだ?」
「えっと、あれはたしか、さばのトマト煮と、ウインナーカレーだったと思いますけど」
「おお! マジか! それはすごい!」
……ほえ? なぜか寿々木くんの瞳がまたきらきらと輝いています。
「いいなぁ。本物のレーションなんて普通は手に入らないから、一度食べてみたかったんだよなぁ」
「え? そ、それじゃあ、えっと、よかったら食べてみます……?」
「えっ? いいの? マジで? ほんとに?」
「で、でもあれって、寿々木くんが作るお料理に比べたら、そんなに美味しいものじゃないと思いますけど」
「いやいや、そんなことないって。自衛隊のレーションは、世界の軍隊の中で一番美味しいって話だからな」
へえ、そうだったんだ。それは知りませんでした。
「それじゃあ、小々砂。明日の朝十時に、ここで待ち合わせってことでいいか?」
「は、はい。それは別にいいですけど、学校の屋上でいいんですか?」
「せっかくのレーションだから、外で食べた方が気持ちいいだろ。それにあれは加熱する時に蒸気が噴き出すから、あまり人目につかない場所がいいからな」
「わかりました。それじゃあ明日の朝十時に持ってきます」
「よし。明日は朝ごはんを抜いてくるから、絶対に来てくれよな」
「はい。ジブンも朝ごはんを抜いてきます」
「いやぁ、ほんと、今から楽しみだなぁ」
そういって、寿々木くんは本当に嬉しそうに微笑みました。
まさかあんな非常食でこんなに喜ばれるとは思いもしませんでしたが、得意そうにレーションの種類を話す寿々木くんを見ていると、ジブンもなんだか楽しくなってきます。
ああ、どうしましょう。
心臓がものすごくふわふわしています。ジブンは本当に、寿々木くんのことが大好きになったみたいです。こんなに幸せな気持ちになったのは、お父さんとお母さんにお誕生日のお祝いをしてもらった時以来です。
できることなら、このままずっとこの気持ちのままでいたいです――。
そう思っていたのですが――。
しかし、その願いはあっさり塗りつぶされてしまいました。
ジブンの部屋に帰り、リュックにレーションを詰めて布団に入ったとたん、仲間の部隊がいきなり迎えに来ました。コードネーム『シヴァ』の奪還作戦が発令されてしまったのです。ジブンはいつもどおり強制的に拉致されて、『存在しないことになっている輸送機』に放り込まれました。
「……あ、こんばんは、円堂さん」
「うん。眠いね」
動き出した輸送機の中には、担当官の久須見さんと円堂さんが座っていました。
ジブンは円堂さんの隣に座り、腕時計に目を落とします。任務で傷がいっぱいついた腕時計は深夜の一時半を表示しています。コードネーム『シヴァ』がどこにあるのかは知りませんが、この飛行機は日本のどこにでも数時間で移動できるので、朝の十時までには戻ってくることができそうです。
「そういえば、円堂さん。『シヴァ』って、どこにあるのかな?」
「ホノルルだって」
……へ?
「えっと、ホノルルって、何県でしょうか……?」
「ハワイ。日本との時差はマイナス十九時間だから、昨日に戻っちゃう感じだね」
昨日に戻る……?
「あの、ハワイって遠いのでしょうか?」
「うん。往復で十六時間ぐらいかな」
え?
どうしましょう。
十六時間後というと、夕方の五時半になってしまいます。
それはつまり――。
どう頑張っても――。
朝の十時までには、絶対に間に合いません……。