第四話 : いきなり、恋のライバルです
こんにちは、ジブンさん。
これはジブンの脳内日記です。
今日も青い空に白い雲の爽やかなお昼休みの時間ですが、やばいです。いつもどおり屋上のベンチで寝ているのですが、体に力が入りません。立ち上がれる気がまるでしません。雨が降ろうが雪になろうが、指先一つ動かせないと思います。
「――おい、どうした小々砂。また腹が減ってんのか?」
「そんなことはありましぇんっ!」
なんということでしょう。寿々木くんの声が聞こえたとたん、体が自動的に跳び起きてしまいました。
「ほらよ。おまえの分のおにぎりを作ってきたから、これでも食え」
「あ、いえ、昨日いただいたお料理がまだ家にありますので、一食ぐらい抜いても大丈夫ですから」
「いいから食えって。あれはどうせもったいないからって、三日ぐらいに分けて食おうとしてんだろ?」
うぐぐぐぐ……。
どうしてわかったのでしょう。完全に大当たりです。なんだかちょっぴり悔しいです。
「それよりおまえ、今日はいったいどうしたんだ? 授業中ずっと寝てただろ。寝不足か?」
「ええ、まあ、そんな感じです……」
正確にいうと、寝不足どころか完全に徹夜です。
昨日はレストランからの帰り道、待ち伏せしていた『仲間の部隊』にいきなり拉致されて、朝まで作戦行動に参加していたからです。
ちなみに、うちの部隊は作戦の実行日を教えてもらえません。昔は事前に伝えていたそうですが、作戦の直前に逃げ出す人がかなりいたので教えなくなったそうです。
それで昨日は、どこかのお金持ちさんを暗殺集団から守る任務だったのですが、敵の数が多すぎて、撃退するのに朝の四時までかかりました。おかげでお腹はペコペコで、疲れすぎて体はフラフラです。
しかもジブンたちは『極秘の特殊部隊』なので、基地の隊員食堂を使えないのです。代わりにレーションという戦闘用の携帯食料を二ついただきましたが、あれは一年ほど保存できる非常食なので、ギリギリまでとっておこうと思います。
「あ、だけど寿々木くん。今朝になって、ようやくお給料をいただけました」
「おお、そうか。それはよかったな。いくらもらったんだ?」
「すいません……それは絶対に秘密です……」
ごめんなさい。安すぎてとても言えません。
ですが、文句なんて言えません。身寄りのないジブンを特殊部隊の隊員にしていただき、学費とマンションの家賃、光熱費や水道代など、生活に必要なお金をすべて払ってもらっているので、感謝しているぐらいです。
「まあ、たしかに給料を訊くのは失礼だったな。それよりおまえ、今日は暇か?」
「え? 今日ですか?」
「ああ。うちの場所をまだ教えてなかったから、暇なら放課後、うちに来いよ」
「すいません。行きたいのは山々なのですが、今日はちょっとお仕事が入っているので……」
「そうか。仕事なら仕方ないよな。それじゃあ、いつなら暇なんだ?」
「それは、えっと――」
困りました。ジブンは基本的に二十四時間の出動待機状態なので、いつが暇なのかよくわからないのです。
「今日、職場の人にスケジュールを確認しておきます」
「それじゃ、予定が分かったら教えてくれ」
寿々木くんはそういうと、二個目のおにぎりを食べ始めました。ジブンもいただいたおにぎりを頬張ります。
でも、本当に不思議です。
さっきまで立ち上がれないほど疲れていたのに、寿々木くんの顔を見ていると、なんだか元気が出てきます。心臓も、またふわふわと軽くなったような気がします。これはまさか、不整脈というやつでしょうか……?
「え……えっとね、寿々木くん」
「うん?」
どうして寿々木くんは、ジブンなんかに、そんなに優しくしてくれるのですか?
「おい、どうした。なんで口をパクパク動かしてんだ?」
「い……いえ。どうしてこのおにぎり、こんなに美味しいのかなぁって……」
「ああ、これか。これは時間が経っても硬くなりにくい米を使っているんだ。ぶっちゃけ、おにぎりなんて米さえよければ美味いからな」
そういって、寿々木くんは微笑みました。
ジブンもつられて笑いましたが、上手に笑えたかどうかはわかりません。ジブンはいったい、どうしてしまったのでしょうか。質問しようとしたら心臓がドキドキして、言葉が出てきませんでした。
もしかすると、本当に病気なのかもしれません。やばいです。これは一刻も早く、信頼できる人に相談した方がいいような気がしてきました。
***
「――さて。次の作戦概要は以上になります。何か質問はありますか?」
「……えっ?」
「え、ではありません。ちゃんと話を聞いていましたか?」
車の運転席に座る担当官の久須見さんが振り向きました。黒いスーツを着た大人の女性で、とてもきれいな顔をしていますが、怒るとものすごく怖い隊長さんです。
ついでに助手席に座るショートカットのかわいい女子高生もジブンを見ています。黒いセーラー服姿の円堂さんです。ジブンたちは今、車の中で作戦会議をしているところです。ですが、なぜか寿々木くんの顔が頭から離れてくれないので、少しぼーっとしていました。
「あ、はい、ちゃんと聞いていました。えっと、コードネーム『シヴァ』というモノを奪還する作戦ですよね」
「そうです。作戦の実行日はまだ決まっていませんが、近日中だと思われます。二人とも、体調はしっかり整えておいてください」
あ、これは話を切り出すのにちょうどいいタイミングかもしれません。
「あの、すいません久須見さん。実は最近、体調がちょっと変なのですが……」
「治しておいてください」
あ、うん……。それはたしかに、そうですよね……。
「どう変なの?」
いきなり円堂さんが訊いてきました。もしかして、助け舟を出してくれたのでしょうか?
「じ、実はその、心臓がドキドキして、ふわふわして、たまに胸がぎゅうっと苦しくなるんですけど……」
「食べすぎですね」
久須見さんがすっぱり言い切りました。どうしましょう。むしろ食べ物がなさすぎて困っているくらいなのですが……。
「いつドキドキするの? 食後?」
またもや円堂さんが訊いてきました。前から思っていましたが、やっぱり円堂さんは優しい女の子のようです。
「それはえっと……寿々木くんと一緒にご飯を食べている時なんですけど……」
「それは恋でしょ」
……はひ?
「こい、ですか……?」
「そう。小々砂は、寿々木のことが好きになったんでしょ」
「すき……? え? 好きって、ジブンが寿々木くんのことをですか?」
「だって、一緒にいると心臓がドキドキするんでしょ? そしてふわふわして、胸がぎゅうっとするんでしょ? それは恋でしょ」
え? うそ。まさか……え? ほんとに?
ジブンは寿々木くんのことを好きになっちゃったのですか?
「で、でも円堂さん。ジブンが寿々木くんとまともに話したのは昨日が初めてなんですけど、たったの一日で好きになったりするものなのでしょうか?」
「うん、なるでしょ。だって自分も、一度話しただけで寿々木のこと好きになったし」
……ほえ?
「え……円堂さん? えっと、円堂さんは、寿々木くんのことが好きなのですか……?」
訊いたとたん、円堂さんはこくりとうなずきました。
ああ、どうしましょう。
ジブンの気持ちが恋かどうかもよくわからないうちに、いきなり『恋のライバル』が現れてしまいました。
しかも。
何がなんだかよくわかりませんが、また胸が、ぎゅうっと苦しくなってきたような気がします――。