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第三話  :  嬉しいのに、涙が出ます



 こんばんは、ジブンさん。



 これはジブンの脳内日記ダイアリーです。


 ジブンは今、『レストラン・チヒロ』の前にきています。寿々木くんに絶対に来いと言われてしまいましたので、仕方なくきちゃいました。決して『タダメシ』につられたワケではありません。


 ……うそです、ごめんなさい。本当はつられました。


 ですが、どうしましょう。もうすでに帰りたくなってきました。


 だってこのお店、ものすごーく高級そうな雰囲気が漂っていらっしゃいます。レストランというので普通のファミレスを想像していたのですが、まったくぜんぜん違います。大きな一軒家です。しかも、ものすごくオシャレです。前庭の花壇と小さな噴水がライトアップされています。やばいです。どう見ても、ジブンなんかが足を踏み入れていいセカイではありません。



「――お、来たな」



 うげ。


 お店からいきなり寿々木くんが現れました。しかもなぜか黒いコックコートを着ています。やばいです。どこからどう見ても美少女シェフです。男の子なのに、なんであんなにかわいいのか理解できません。しかも思わず見とれてしまったせいで、逃げるタイミングを完全に失ってしまいました。



「こ……こんばんは、寿々木くん」



「よく来たな。こっちだ」



 寿々木くんはさっさとお店に入っていきます。


 仕方なくあとに続いてドアをくぐると、豪華な店内はほとんど満席です。高級そうなお洋服を着た、オシャレな人たちばかりです。ジブンは完全に場違いですが、学校の制服で来たのは正解でした。いつものしょぼい私服だったら、恥ずかしさのあまり即死していたかもしれません。



「オレたちの席はここだ」



 寿々木くんに案内されて、壁際の席に腰を下ろします。壁はガラスなので外の景色が丸見えです。ライトアップされた花壇がきれいすぎて、なんだかちょっと怖いです。


 ――って、あれ?


 この席、椅子が二つしかありません。妹さんはいったいどこに座るのでしょうか?



「えっと、寿々木くん。妹さんは……?」



「ああ。おまえの後ろだ」



(うしろ?)



 向かい合って座った寿々木くんに言われたので振り返ってみると、テーブル席に四人の女の子が座っています。みんな黒髪で、ポニーテール、ショートカット、セミロング、和風ロングのものすごい美少女たちです。


 和風ロングの子はとても小さいので、おそらく小学生だと思います。その子以外は、仙葉学園女子中等部の茶色いブレザーを着ています。セミロングの子はなぜかジブンをじっとりとした目つきでにらんでいて、他の子たちはにこやかに微笑んでくれています。



「えっと、どの子が妹さんなのですか?」



「ぜんぶ」



 おう……マジですか……。



「知らないヤツが四人もいると落ち着かないと思って、オレたちだけこっちの席にしたんだよ。それよりおまえ、嫌いな食べ物とかあるか?」



「え? いえ、食べられる物なら、なんでもありがたいです」



「それじゃあすぐに持ってくるから、ちょっと待ってろ」



(持ってくる?)



 寿々木くんはなぜかさっさと店の奥に入っていき、大きなカートを押してきました。カートにはお料理がいっぱい並んでいます。まるで芸術品のような、きれいなお料理ばかりです。



「腹が減ってると思って、先に作っておいたんだ」



「え? まさかこのお料理、寿々木くんが作ったのですか?」



「まあな。昔から手伝いをしていたから、これぐらいならオレでも作れる」



 なるほど。どうやら寿々木くんは、親戚のおばさんにお料理スキルを叩きこまれていたようです。しかも食べてみると、美味しすぎてビックリです。たしかにこれなら、あのおにぎりの美味しさも納得です。




「――それで、おまえさ、一人で暮らしているのか?」



 え?



 食後のコーヒーを飲んでいる時に、不意に寿々木くんが訊いてきました。



「あ、はい。今は学校近くの小さなマンションに住んでいます」



「そうか。それじゃあおまえ、腹が減ったらうちに来いよ」



 へ?



「うちの親は仕事の都合でほとんど家に帰ってこないから、子ども五人で暮らしているんだ。それでけっこう食事があまるからさ、遠慮なく来ていいぞ」



 ……はい?



 えっと、どうしましょう。本当に困りました。寿々木くんがなにを言っているのか理解できません。



「いや、そうじゃなくて寿々木くん。どうしてジブンなんかに、そんなに優しくしてくれるのですか?」



「それはおまえ――」



 不意に寿々木くんがガラスの壁の向こうを指さしました。その指先は、はるか彼方の夜空にまっすぐ向けられています。



「うちの両親はさ、あそこで働いているんだ」



 え? あそこって、まさか……。



「そう。宇宙ステーションだ。今は大きな宇宙居住区を建設しているんだ」



 なんということでしょう。


 宇宙ステーションで働いている寿々木さんということは、もしかして……。



「それじゃあ……まさか寿々木くんって、あのスズキくん?」



「ようやく思い出したか」



 信じられません。驚きました。


 まさか、こんなことってあるのでしょうか。



「まあ、スズキってのはよくある名字だからな。逆に小々砂佳夕子なんて、たぶん世界中に一人しかいない珍しい名前だから、覚えていたんだよ」



 珍しい名前――。


 なるほど、そういう意味だったのですね……。



「おまえの親とうちの親は友達だったからな。たしか五歳か六歳のころ、オレたちも宇宙ステーションで一緒に遊んだよな」



「はい、思い出しました」



 ううん、ずっと覚えていました。忘れるはずがありません。


 宇宙ステーションで働く人は、なかなか地上に降りることができません。だから年に一度、家族の方から会いに行くのです。ジブンはお母さんと一緒に、お父さんに会いに行きました。そこで三人の子どもと一緒に遊んだ記憶があります。その子たちとは二年連続で遊んだのでよく覚えています。



「あの時はオレと、上の妹二人と一緒にかくれんぼとかしただろ」



 そうです。たしかにかくれんぼをしました。無重力空間でふわふわ漂うのが楽しくて、四人で大はしゃぎしました。楽しかったです。あの時は本当に楽しかったです。



 だけど、その直後――。



「だけど地球に戻る時、事故があったんだよな……」



 そうです。爆発事故がありました。そしてその事故で、ジブンのお父さんとお母さんは亡くなってしまいました。



「おまえには悪いけど、あの事故のことをオレはずっと忘れていたんだ。だけど先月、高校に入ったら同じクラスにおまえの名前があった。それでおまえのことを思い出して、それからずっと気になっていたんだ」



 なるほど。そういうことですか。よくわかりました。


 だから寿々木くんは、こんなジブンなんかに優しい言葉をかけてくれたんですね。


 納得です。ものすごく納得しました。


 そしてとっても嬉しいです。心の底から嬉しいです。



 だけど、なぜでしょう……。



 嬉しいはずなのに、なぜか急に心臓が重くなってきました……。



「おい、どうした、小々砂。気分でも悪くなったのか?」



 なぜか寿々木くんが心配そうにジブンの顔をのぞき込んでいます。


 ジブンの顔になにかついているのでしょうか……?


 そう思ってほっぺに触れたら、指に水がつきました。なぜだかまったくわかりませんが、目から水がこぼれています。



「……ご、ごめんなさい、寿々木くん。ジブン、今日はもう帰ります。お料理、ぜんぶ美味しかったです。ごちそうさまでした」



「あ、ちょっと待て」



 立ち上がったとたん、寿々木くんに手をつかまれました。そして大きなバッグを渡されました。



「作りすぎた料理を持ち帰り用に包んでおいたから持っていけ。冷蔵庫に入れておけば、明日の夜まで食えるから」



「あ……ありがとうございます……」



 ジブンは慌てて頭を下げて、お店を飛び出しました。


 ごめんなさい。


 失礼な態度だったかもしれませんが、仕方がなかったのです。だって、なぜか急に涙が出てきて、止まってくれないのです。なんなのでしょう。本当にもう、何がなんだかわかりません。



 こんなに嬉しい気分なのに、どうして涙が出るのでしょう――。



 お腹がペコペコの時におにぎりをくれて嬉しかったのに。


 優しい言葉をかけてくれて嬉しかったのに。


 お夕飯をごちそうしてくれて嬉しかったのに。


 寿々木くんが、むかし一緒に遊んだ人だとわかって嬉しかったのに。


 わざわざ『作りすぎた料理』を作ってくれて、心が震えるほど嬉しいのに。



 それなのに――。



 なぜでしょう。


 本当に嬉しいはずなのに、涙が止まってくれません。


 お腹が空いた時よりも、胸がぎゅうっとなって苦しいです。


 どうしましょう。


 もしかしたら本当に、ジブンは死に至る病気にかかってしまったのでしょうか……?




「――っ!?」




(あ、まずい……)



 完全に油断していました。


 暗い歩道を歩いていたら、いきなりうしろから誰かに口をふさがれてしまいました。この感触はタオルです。やばいです。普段ならこんなミスはしないのですが、今夜はよくわからない感情のせいで周りがまったく見えていませんでした。



 ですが――。



 こうなってはもう抵抗できません。ジブンは真横に止まっていた大きなクルマに押し込まれ、そのまま問答無用で連れ去られてしまいました――。




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