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【3】

こんな事になるなら告白なんてしなければとさえ思うよ。

でも、恵介と彼氏彼女って関係にならなければ、知る事が出来なかった事も沢山ある。


楽しかった事、嬉しかった事沢山有った、其れが無くなるのはやっぱり悲しいよ。

其れでも苦しみが其れを上回ってしまったのだから、綻びは広がっていくしかない。


「ごめん…ね、恵介」


私は結局そう言うしかなくて、恵介の「どうして」に満足のいく答えを返す事は出来なかった。だから恵介も、私に対して首肯は出来ずに、立ち尽くしたままだった。


「ばいばい、恵介」


最後も、ずーっと昔みたいに笑えたら良かったのに。




   ***




別れ話から半月経って、初めて恵介から私に連絡があった。ずっと貸していた本を返したいって、そんな連絡。


別れたからって、完全に傷が塞がる訳じゃない。だって、未だ半月だ。五年の想いをどうにか出来る時間じゃない。

未だに、自問自答だってする。

本当に此れで良かったのかって。『彼女』じゃない私は、もう恵介との接点は無いのって。彼と一緒に歩いた道で何度も面影を探して、ある筈もないのにスマホが震える度にアプリの中から恵介の名前を探して、飾られる事のない右手の薬指に無意識に触れたりして。

突っ撥ねてしまえば良いものを、未練を残した私は恵介の電話に応えて、あわよくば返して貰わなくても良い本を口実にしたりして。


「あー…もぅそんな泣きそうな顔、止めてよね。あの子達に失礼だし、まるで私が泣かしてるみたい!」

「ホント…ごめん、トイレ…行ってくる」


麻央ちは険しく寄せた眉を直しもせずに、私を追っ払う様に手をひらひらと動かした。女王様、怖い、私はそんな風に思いながら、掌で顔の下半分を多い、煌びやかなホールを後にした。


廊下に置かれた上品な革張りの二人掛けソファに腰を下ろし、バッグからスマホを取り出す。久し振りにタップする恵介の名前。


”本は、やっぱり捨てて”


声を聞いたら、引き戻されてしまうから。苦しかった時にじゃなく、幸せだった時に。

だから、どうかお願い。


もう私に構わないで。






   ◇




上司に頼まれた宅急便を近くのコンビニへ出した私は、女子社員用におやつを買おうとお菓子の棚を物色していた。すると、手にしていたスマホが震えた。

差出人は同期の木村君で、週末の飲みの誘いだった。私は敢えて、言う。”久しぶりに同期、皆で楽しみだね” と。

彼が、同期として私を誘っているのではない事位、解る。何時だって誠実な彼に、人間としての好意はあるけれど、何時かの様な恋情は湧いてこない。私はあの時の様な熱を誰かに抱く事が出来ないでいる。


恵介の事を今でも想っているからとか、未だ傷が癒えていないとか、そういう訳では無い。そうではないのに、恵介ではない誰かに懸想する事もない。


「紗代?」

「え?」


突如掛けられた声に私は驚いて顔を上げる。視線の先に、随分と大人びた恵介が居た。


「恵介…?」

「紗代…何、こんなとこで…」


紺色のスーツに身を包んだ恵介が私の目の前に居た。破顔しかけた恵介は、ゆっくりと私から視線を外して気まずそうに次の言葉を探している様だった。少しの間があって「時間ある?」と懇願する様な声色で、恵介は言った。





「じゃぁ久々の再会に、乾杯」

「乾杯」


十九時半、私達は駅に程近いチェーン店の居酒屋で、ビールジョッキを合わせていた。

当たり前だけれど、目の前の恵介からは、もう十代の恵介ではないのだと改めて思わせる落ち着きが見てとれる。わざわざ断って煙草を燻らせる恵介に、私は少し驚いていた。


「煙草、吸い始めたんだね」

「え、あ…うん、二十歳くらいん時に、大学の先輩に悪い事、いっぱい覚えさせられた」

「お酒も結構飲むの?」

「普通、だと思う。紗代は?」

「普通?」

「女子の普通って、結構飲むんじゃねーの?」


優しく笑んで、吸い込んだ紫煙を通路側に向かって吐き出すその仕草が、凄く大人っぽく見えて、私は性懲りもなくドキドキした。そんな自分が馬鹿みたいで、恵介から視線を逸らす為にジョッキに口をつけた。


私達は注文した料理に箸を伸ばしながら、暫くは他愛もない話をした。お互いの近況だとか、麻央ちの話とか、勇士君の話とか。色恋沙汰の話は避けてたけれど、恵介が時折、何かのタイミングを見計らっているのが解る。沈黙の後、私が手にしていたサワーグラスをコースターに戻した時、恵介が姿勢を正した。


「紗代」

「ん?」

「あの頃は、ごめん」


テーブルに額がぶつかる位に、恵介は頭を下げた。


「謝ったからって、あの頃の過ちを取り返せる訳じゃないし、謝って…気が済むのは、俺だけだし…でも、どうしても紗代には謝りたかった」


少し長くなるけど、と恵介は話し出した。


紗代とは、最初から本当に良い友達だと思ってた。男の俺がスイーツ好きな事を笑うでもないし、女の子女の子してないサバサバしてる所も好感が持てた。その時の俺の彼女とかの事も愚痴とか聞いてくれたし、相談にも乗ってくれたし、勇士と同じ様な感覚で友達付き合いしてたんだ。

でも紗代から告白されて、俺よく考えてなかったけど…何時もみたいに断る理由も無いし、紗代の事は友達として好きだったし、カレカノになっても、今までと何ら変わらないって思ってたんだ。そんなこと、ある訳ないのにな。

友達は、キスもセックスもしないのにな。


五年間、俺は『友達』の様に、『彼女さよ』を扱ってきた。別れるって言われた時も、本当に意味が全然解んなかった。納得はいかなかったけど、紗代はもう俺と別れる事決めてたし、じゃあ仕方ないのかなとも思ったよ。何時もの様にね。

でもさ、駄目だった。

家に帰る時とかに一人で歩くじゃん、隣に紗代が居ない事が不思議だった。本当に友達だったらさ、こっちからも気軽に連絡出来んじゃん。でも、紗代と別れてから、紗代に簡単に連絡しちゃいけない気がした。何で紗代が別れるって言ったか解んねーけど、あんな泣きそうな顔されて、謝られて、俺から連絡しちゃいけない気がした。

それで、何とか勇気振り絞って電話したら、本は捨てろとか言われるし…アレはへこんだ。でも本当にそんなの序の口だった。

織戸に呼び出されて、紗代に金輪際、近付かないでってボロクソ言われた事に比べたらさ。


―――――初耳だった。麻央ちが、恵介と会ってたなんて。


束縛する女は嫌いって、俺の事を好きな女が聞いたら、ましてや其れを鵜吞みにして従順になる馬鹿な女が聞いたとしたら、どんなに辛くたって苦しくたって、「友達の所ばかり行かないで」とは言えないよね。

そう織戸に言われた。

アンタはその我慢に胡坐を掻いて、紗代の好意をズタズタにしてきたんだよって言われた。言えなかったんだよ、紗代は。言わなかったんじゃない、言えなかった。アンタを失うのが怖いってずっと泣いてたんだって聞かされて、俺は、初めて紗代の気持ちを考えたんだよ…ホントに俺、最低最悪。


恵介は、あの頃より長くなった髪を右手で乱雑に掻いて、顔を上げた。


「本当に、ごめん。無神経だった」


私の記憶の中に在る恵介は何時だって笑顔だった。そんな恵介が端正な眉目を歪め、言葉を選び、過去の私を包んでいる。寄り添ってくれている。


涙が、零れそうになった。恵介が、私の傍に居る―――――。


もう今更だ。私は「許す」と笑った。


「今の恵介は、昔の私を思って苦しんだんでしょ。悪かったって思ってくれたんでしょ。良いよ、それでチャラにしよう」

「…」

「麻央ちにも散々言われた事だけど、私は本当は恵介に言わなくちゃいけなかったんだと思う。確かに恵介を失う事は嫌だったけど…子供だったのにね、一丁前に恵介を理解してるつもりになってたんだよ。私は今迄の彼女とは違う、私は恵介を縛ったりしないって、驕ってたんだと思うよ」

「や…驕ってたとかじゃなくて」

「ううん、そうだったんだよ。”私なら”って思ってた。恵介の今迄の彼女よりも、特別な彼女だと思われたかったし、思いたかった。だから、無理してた」

「……」


私は恵介を目の前にして、私の今だから言えるあの頃の気持ちを話す事が出来て、胸の閊えが取れた気がした。


「恵介は、今、彼女居るの?」

「や…居ない…ホント言うと、紗代と別れてから、ちゃんとした彼女居ない」

「嘘」

「いや、マジで。何だろ…俺みたい考えで簡単に女の子と付き合っちゃいけない気がして」

「…何それ、私でトラウマみたいになったって聞こえる」


私はグラスを手にして、茶化すように言った。すると恵介は本当に焦って釈明を始めるものだから、私は笑うしかない。


「なーんか、おっかしいの。恵介とこんな風に話せるなんて、思いもしなかった」

「…俺も。俺ら、大人になったんだなぁ」

「まぁもう、二十四ですし?」

「紗代は、どうなの、彼氏」


誤魔化すことは幾らでも出来たけど、恵介と腹を割って話せることが嬉しくて、私も恵介と同じなんだと言った。そしたら恵介も私と同じ様に「嘘」と言うもんだから、二人して笑った。カレカノになる前、私達はこうやって笑ってた。



そして、恵介が言った。



「友達から、やり直したい」



お互いに五年の重みを感じながら、これからの未来を思う。

友達の先は、やっぱり友達かもしれないし、お互いの ”特別” かもしれない。ただ一つ言えるとしたら、あの頃よりも私達は歩み寄れる二人になるだろうって事だ。





囚われていた時間から解き放たれて、同じ様に抱えてきた傷は、いつの間にか癒えていた―――――。







了。。。





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