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【2】

「紗代ちゃん、ねえ明日って恵介と約束してる?」


恵介が小学校時代からずっと仲良くしてる勇士君。恵介と付き合う前から私も何度か一緒にお茶したりして、付き合いが有った。勇士君にも綾乃ちゃんと言う彼女が居る。もう中学の時から三年も付き合ってるって言ってた。勇士君もやはり、彼女よりも恵介との付き合いを優先してると聞いて、勇士君の彼女と話してみたいと思った。


『苦しくないですか』と聞いてみたかった。



「あ…うん…イルミネーション見に行こうかって…夕方から約束してたけど。何か有った?」

「夕方かぁーそっかぁ…あのさ、俺等がね好きなバンドのチケットが手に入りそうでさ、そのライブが明日の夜なのよ。未だ取れるかどうかわかんねぇんだけど、多分恵介も行きたいって言うだろうと思ってさ」

「勇士君がそう言うなら、間違いなく恵介も行きたいだろうねぇ」

「だろ?」


勇士君の顔がパァと明るくなった。生来彼も悪い人では無い。 


「私は良いよ? イルミネーションは未だクリスマス迄チャンスは有るし。何か勇士君も逆にごめんね、気遣わせちゃって」

「…いやさー…何か紗代ちゃんって全然我が儘言わないんだって? 恵介が言ってた。紗代はすげー理解有るって。俺幸せ者だなとかって」


友達との約束を優先するよって最初に釘を刺されて、付き合い始めたのだ。もう今更、友達と彼女ワタシを天秤に掛けさせるような真似など出来ない。

今までの女と違うとあの笑顔で言われたら、友達を大事にし過ぎる恵介を詰るような事も出来なかった。『幸せ者』だと言う彼の笑顔を曇らせたくはなかった。


そんな事をすれば、彼を…恵介を失ってしまうに違いない。




その後恵介は、無事にライブのチケットを手に入れたらしく、満面の笑みでライブの良さを語ってくれた。


「マジでちょーーー最高だった! なぁ今度紗代も行かね? 前、うち来た時流してたあの曲、好きって言ってたじゃん」

「あ、あーあの曲のバンドだったんだねー。ライブとか行った事ないけど…」

「夏フェス! そうだ、来年の夏、皆で行くか? 勇士と綾乃誘って」

「楽しそう」

「すげー来年が待ち遠しいんですけど」

「……」


恵介? もう直ぐ、クリスマスだよ。私達にとって二度目のクリスマス。


勇士君との付き合いの中に、私も引き込んでくれて其れは正直嬉しいよ。楽しいと思う事の中に私も入る余地が有るのだと、こそばゆくも思うよ。


だけど、苦しいよ。切ないよ。やり切れないよ。



もしサンタクロースが居るのなら、良い子にしてるから…私、良い子にしてるから…恵介の一番にして下さい。





   ◇




「ねぇ、何で其れを私に言う訳? 恵介に言いなよ」

「…ん…ごめん」

「…あぁっっもうっ、はいタオル!」


麻央ちの部屋に置いてあったティッシュは私の涙と鼻水を吸って、ごみ箱に溜まっていく。もう小山が出来ている。私は何度、こうして麻央ちに恵介の事で愚痴を零しているだろう。


私達は高校三年になった。恵介との付き合いも三年目。彼は相変わらずだ。そして変わらず、私は恵介が好きだ。彼が私との事よりも優先する事が有っても、嫌いにはなれない。寂しいと思う事は有っても、『彼女』と言うポジションを放棄する事なんて出来なかった。

知ってしまった温もりを、他人に明け渡す事は、出来ない。



   ――― あぁ…私にはデキナイ事ばかり



「言っても良いでしょ、何で赦す訳? アイツだって今日が紗代の誕生日だって判った上で約束してたんだよね? 其れが何? 中学時代の友達と偶然再会したから遊んでくるって!! 怒っていいとこだよ?! 何時までアイツを付けあがらせるつもりなの、紗代っ!」


恵介は、友達を優先するよって言った。

私は其れで良いって言った。恵介の其れは硬派で格好良いって思った。


「だって好きなんだもん」


恵介の事を麻央ちに話す度に、彼女は彼を罵った。麻央ちは怒る事のない私に憤怒した。そして私は決まってこう言った。

麻央ちも必ずこう言った。


「アンタも馬鹿だ」と。




自分がどうしようもなく、堂々巡りをしているのは解ってる。


私は恵介が好き。

友達を大事にする恵介が好き。

彼の邪魔をしない。「こんなの付き合ってるって言えない」とキレないのが私。


私なら、そんな事言わないのにって…私は思ってた筈だ。私は能天気で、物事を深く考えたりしなかった。だって、その方が楽だもの。だけど、どこで違えたんだろう。どうして、恵介の彼女であるって事だけで、満足出来てないんだろう。恵介は私を好きだと言う、慈しむようなキスも、情熱的な肌も、私だけに与えられた特別なのに、どうして、私は寂しいんだろう。


麻央ちが呆れるのは解る。

恵介と私の関係は私の我慢があってこそ、成り立っている危うい関係だからだ。


しかも恵介は、其れに気付いていない。


私がヤキモチを焼くなんて露程にも思わないのだろう。

誕生日の予定のキャンセルに、号泣しているなんて想像もしないだろう。

次の約束さえ有れば、キャンセルした事など何て事ないだろうと、恵介は本気で思ってるのだろう。


私の口からは失笑が漏れる。


私の涙が乾くまで、麻央ちは私の背中を擦ってくれた。

急遽泊まる事になった私に、麻央ちのお母さんは「誕生日おめでとう」と私の好物のハンバーグを作ってくれて、麻央ちは鼻水を啜り上げた私に「十八歳、おめでとう」と、可愛いブレスレットを贈ってくれた。

麻央ちがお風呂に入っている間に、恵介からメールが届く。



『誕生日おめでとう。プレゼント今日渡せなかったから、明日な』



忘れてた訳じゃなかったんだな…と思う。今日が私の誕生日だって忘れてた訳じゃなかった。

どうせなら、忘れてくれてる方が良かったなんて思う私はどうにかなってしまっていたんだろう。





   ***




「紗代、アンタは五年、恵介と離れる事が怖くて、恵介から逃げてたのよ。はっきり言って、ひたむきとかそんなんじゃないと思う」


麻央ちは、積もり積もった恵介と私の関係への鬱憤を晴らす様に言い切った。

友人の結婚パーティーに呼ばれた私達は、ここぞとばかりにドレスアップしていて、だから目の前の麻央ちはまるでお姫様みたいだ。言いなおそう、女王様みたいだ。

二十歳と言う若さなのに、きりりとした表情とメイク、身体にぴったりとフィットした黒のサテンドレスが彼女を成熟した女性に見せた。


「今日の主役のあの子達は高校時代から何度も喧嘩しては別れてを繰り返した。お互いがお互いに好き勝手言って来た。それでも今日こうして幸せそうに笑ってる。きっとあの子達はこれからもそうして行くんだよ。喧嘩して、ちょっと実家帰って其れを旦那が迎えに行ってって…きっと離れられないんだよ」


麻央ちがパーティー会場のレストランの上座を見遣って言う。

其処には確かに幸せに満ちた笑顔の二人が居た。あの二人は正に麻央ちが言った通りの、何ともお騒がせなカップルだ。そして、今現在世界で一番幸せな二人に違いない。


「…紗代の我慢で成り立ってる関係でしか無かったんだよ。恵介は確かに優しいところ、あるよ。でもさ、紗代に甘え続けたのも恵介だよ」


私は顔を俯けて逡巡した後、ゆっくりと頷いた。


半月前、私はとうとう、恵介に別れを告げた。私の使い古された『だって好きなんだもん』は、ぐしゃぐしゃになった。




   ***




「―――――え?」


聞こえていた筈であろう私の言葉を聞き返す恵介。臍を固めた一言を、私はもう一度放った。


「別れよう? 私達」

「な、んで…」

「もう、頑張れなくなっちゃった…」

「意味、解んないよ、紗代」


ワカンナイ、んだね。そうだよね、私が、そういう風にしてきたんだもん。五年もの間、私が恵介にとって『良い彼女』であろうとし続けた結果なんだもん。


狡いよね、私。

勝手に頑張って、勝手に潰れて、勝手に終わらせようとしてる。私は息を吐く様に小さく笑いを零した。


私達は付き合っていたけど、決して一つの道を歩いていた訳じゃなかったんだなぁ。

恵介の道と私の道が、少しの距離を保ってただただ、双方真っ直ぐに伸びていただけだったんだ。


泣いちゃいけないと歯を食い縛る。鼻の奥がツーンとして、目頭が熱くなったけど、私は懸命に恵介を見つめた。すると、呆然としていた恵介の目が僅かに見開かれる。


「私、もう恵介の彼女では、いられない」


友達を優先する恵介を見送るのが、辛い。

反故にされた約束を、其れを楽しみにしていた自分を、「好き」と言う言葉だけでは、もう消化し切れなくなった。

好きな人の「彼女」である事が、こんなに苦しいものになるとは思わなかった。


「え、紗代、マジで言ってる意味解んない。何? 俺、何かした? 俺ら何年も付き合ってきたじゃん。俺はずっと紗代と上手くいってると思ってた! なのに、何で?!」



ホントにね……。

私達は、上手く(・・・)いってた。


「紗代!」


恵介に両腕を強い力で掴まれ、前後に揺す振られる。至近距離でこんなに大きな声を出された事なんて、一度も無かった。そう、私達は今の今まで、喧嘩らしい喧嘩すら、してこなかった。




お互い、解り合おうとする努力を怠った―――――五年間。









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