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【1】

「え? あ。うん…私のだね。…捨てちゃってい…え? うん…だけど…本当に要らな…ぃ…うん。解った…」


私はスマートフォンをクラッチバッグに仕舞い込み、溜め息を一つ。久し振りに聞いた彼の声は、鼓膜と共に私の胸を震わせた。


「紗代、どうした?」

「あ、麻央ち。うーんと…恵介が…」

「…ごめん、もう一回言って?」


麻央ちこと、織戸麻央ちゃんの可愛らしい顔が台無しになるほど、冷酷な表情を浮かべる。私は、うっかり口を滑らせた事に今更ながらに気付いた。


「…」

「紗代? 今、ケイスケって言った?」

「…言いました」

「恵介が、何?」

「…」


彼女の恐ろしく冷たい視線に戦慄を覚えた私は、ふっと目を逸らしホテルのふかふかの絨毯を見つめる。


「振り回されるのが嫌で、半月前に別れた男に、何の用?」

「…あ…と、私が恵介に貸してたハードカバーが有って…」

「要らないよね?」

「俺は捨てられないって…」

「紗代っ?! いい加減にしなさいよ、アンタっっ」


麻央ちが私の言葉を遮って、言葉を被せてくる。しかも、理路整然と。


「紗代と恵介は五年の付き合いに終止符を打ち、半月前に別れたの。しかも、私の記憶が正しければ、アンタがそう決意したのよね? もう嫌だって私に泣きついてきてたのは、アンタだったわよね? ところがどうして、又振り回されようとしてる訳?!」

「振り回されようとは…」

「紗代?」

「…」


中学からの付き合い、この十年麻央ちに口で勝てた事はただの一度も無い。だって、彼女は正しいんだもの。何時も冷静で、誰かに振り回されたりしなくて、正論をぶつけてくる。


だから私の常套句『だって好きなんだもん』は、簡単に言い負かされてきた。


今日も今日とて、その言葉を吐き出しそうになった私はぐっと堪え、目を瞑る。

もう恵介と私の関係は、終わったのだ。好きなのだと言ったところで、恵介の隣を手放したのは誰でもない私。そして、声を聞いただけで、胸を焦がすのも、私。





湯浅恵介、高校の入学式で出会った彼に一目惚れ。顔がとにかく好みだった。柔らかそうな髪に、はっきりとした二重に、重たそうなくらいの睫。間近で其れを見た時、自分の毎朝盛ってる睫が可哀想になる位だった。

笑うと垂れちゃうその眼は人好きがして、凄く優しそうだった。


そんな恵介と初めて言葉を交わしたのは、入学して約一ヶ月後のゴールデンウィークの事。姉に頼まれて隣駅のケーキ屋さんまでケーキを買いに行って、ショーケースを一緒に覗き込んでいたのが恵介だったのだ。

同じクラス、話した事は無かったけれど、互いに面識は有って、私達は少し気恥ずかしくなりながらも「どうも」と言った。

確かに、その『どうも』が私達の始まりだった。


ケーキが好きとか実はちょっと恥ずかしくて男友達には言えない、と恵介は言った。そう言った時の恵介のはにかんだ笑顔が堪らなかった。

お店を出た後も直ぐには離れたくなくて、私は会話の続きを探して言葉を繋ぐ。


「湯浅君、私はね、滅茶苦茶将棋が好きなの」


私がそう告白したら恵介は、目を真ん丸に見開いてたね。あの顔も忘れられない。


「赤石って、面白い」

「そ、そう?」

「俺もやってたよ、小学生の頃」


そう言って恵介が笑うから、ぎゅっぎゅって、心臓を鷲掴みされてしまった。遠目に見つめていた彼が、こんなにも傍で笑ってくれて、もう気持ちの加速を止める事なんて出来なくなった。



教室でもお喋りをして、都合が合えば一緒に下校をして、話す度に好ましいと感じる事ばかりだった。


美男なのに、自分が異性から多数の好意を寄せられている事に驕る事も無かったし、その優しい笑顔の内面は、拘りが強い所も有って時々頑固で、男友達と騒いでる時が一番だと豪語した。


彼女との約束よりも友達との約束を絶対に優先するから、付き合った人には必ず「こんなの付き合ってるって言えない」とキレられて振られるのだと、恵介は話してくれた。


そんな話を聞きながら、私は思った。


私なら、そんな事言わないのにって…―――――。






私はどちらかと言えば、大らかな性格で細かい事は気にしないタイプだ。負の感情の持続も出来ない。


だから、もし私が恵介と付き合う事になって、自分との約束よりも友達との約束を優先したとしても少しは傷付いて、でも、直ぐに回復出来るだろうと思っていた。

友達は大切だ。私だって、麻央ちと言う大親友が居る。彼女が恋に破れた時、ケーキバイキングに付き合う事も厭わない。私も、彼女との約束を第一に考える事だって有るだろう。

友達が大切なんだって口に出して言える彼は硬派で、格好良いと思った。



私の中で大きく育った恵介への恋情。伝えずには居られなくなって、夏休みに入る直前、放課後の彼を捕まえて気持ちを伝えた。

振られても、目の前には一ヶ月も顔を合わせない夏休みが待っている。当たって砕けろ、そして又片想い続行だ! そんな決意で臨んだ告白。


友達と言う感覚が強かった筈だが、恵介は私の告白に応えてくれた。


「え…っと付き合ってって、何処かに、とか、じゃないよ?」

「いや、流石に判るから」


私の前が光り輝いて、そして道が拓けた。


恵介はやはり私に言った。


「紗代には言ってあったと思うけど、俺、友達との付き合い優先だから」

「うん、大丈夫。あ、でもデートとか…したいです」

「ぶっ、何で敬語? ウケる紗代」


笑うと目尻が下がる恵介。其れを見ているだけで、幸せだなぁって感じた。こんな素敵な人が『彼氏』だなんて何て私は幸せ者なんだと、あの時の私は本当に本当に、本気で思った。






   ◇





「恵介? 今、何処?」

『あ、紗代、わりぃ今、メールしようと思った』


待ち合わせ場所は、ショッピングモールの映画館が有るフロアだった。腕時計を見ても、スマホのデジタル時計を見ても、恵介との待ち合わせ時間は三十分を過ぎていた。


『昨日さ勇士がゲームやりに来て、完徹して朝五時に寝たの。目覚まし掛けてたんだけど、起きれなかった…悪い。ちょっと今からそっち行くのシンドくて…キャンセルでも良い?』

「五時かー…其れは辛いね。解った。じゃぁ私、ちょっとぶらぶらしてから帰るね」


私は映画館への入り口を背にして歩き出し、下りエスカレーターにゆっくりと足を乗せた。擦れ違う上りエスカレーターには私と同年代と思しき、彼氏と彼女が手を繋いでいるのが見えた。


『ほんと、悪い。必ず埋め合わせするから。あ…紗代さえ良かったら、帰りうちに来ない?』

「あーじゃー、夕方ちょっとだけ行って良い? 恵介、少し寝た方が良いよ。頭痛くなるよ?」

『うん、じゃあ寝るわ。近く来たら、メールして貰って良い?』

「了解」


付き合って三ヶ月が経って、ドタキャンは二回目。土壇場じゃないキャンセルは三回。

麻央ちにこの話をした時、最初の二回は苦笑いって感じだったけど、三回目以降は鼻白まれて、今日のキャンセルを伝えたら、流石に別れたら? って言われそうだなと思った。


私はもう直ぐでエスカレーターが終了と言う所で、先程の二人を振り返る。彼女の横顔が幸せそうに笑ってた。


私だって恵介と二人並んで歩けば、あんな感じなのだと思う。恵介とて然り。

彼は優しい、楽しい、格好良い。話していて詰まらないと感じた事は一度も無い。恵介だって、私に言ってくれた。


『他の女と比べるのとか失礼かもだけど…紗代は今まで付き合ってきた女と全然違う。一緒に居て本当に楽。我慢する事が一つも無い』


そう言って私を抱き締めてくれた。キスだってした。勿論、其れ以上だって。


今まで付き合って来た女と全然違う。なのに、恵介の一番になる事は叶わない訳だ。複雑な心境だ。彼女になれただけでも本望なのに、一番になりたいと願ってしまう私は強欲になってしまったのだろうか。



恵介との付き合いが深まれば深まる程、私は彼に夢中になった。


彼の事を一つ知る度に、胸が温かくなった。

彼が友達とつるんでいる姿に、少し嫉妬した。

キャンセルが続くと、傷が出来た。

キャンセルの挽回の約束は私を有頂天にさせた。


常に膨らむ恵介への思慕。けれど小さな引っ掻き傷が有る其れは、実の所、少しずつ萎んでいたのだ。私自身が気付かぬ内に。






「バイト?」

「うん」

「あれ、金曜はバイト無い日じゃなかったっけ?」


金曜のお昼、私達は一つの机を挟んで向かい合いお弁当を広げていた。恵介のお弁当の量は凄く多い。見てるだけでもお腹いっぱいになりそうだ。


「友達のお兄さん夫婦がやってるお洒落カフェでね、毎週じゃなくて良いから、金曜と土曜、お手伝い出来ないかって言われてたからさ、やってみようと思って。カフェとかちょっと憧れてたし」

「…土曜も? したら俺等会えなくない?」

「私も、カフェ毎週じゃないし…あ、恵介もお店に来てよ。昨日面接に行ったんだけどね、凄く素敵なの」

「…ふーん、バイトか…今も月木って、スーパーでバイトしてんのに、増やしたんだ? 何か欲しい物でも有るの?」

「服とか? コスメとか? 恵介はゲームとか結構買ってるっぽいけど、お小遣いで足りてる?」

「足りない時は我慢してるし。服とか、すげぇ拘り有る訳じゃないからなぁ。つーか身体、壊すなよ?」

「うん、ありがと」


恵介は、私を気遣ってくれる。

他人にだって、勿論優しい。困っている人が居れば、分け隔てなく手を伸ばす。電車で席を譲ったり、両手いっぱいに荷物を持った人の為に、扉を開けてみたり、私の苦手な茄子を食べてくれたり。

『カノジョ』と言う括りに縛られなければ、恵介は申し分ない。



誰にでも優しい事は、罪じゃないのに、何故、私の心は痛むんだろう。




彼が友達を選んでしまった時、私はバイトに逃げる。働いていれば、悶々とせずに済む。バイトを終え僅かな疲労と達成感は、私の心の傷の絆創膏になった。


私がバイトなら、彼は友達と。最初からそう割り切っていた方が私の傷は痛まない。




期待をするから、絶望するのだ。






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