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離れる時間  作者: 雪村夏生
1/1

1話

この小説は雪村夏生さんの小説に加筆修正したものです。

お題は「漬物・線香・少年少女」です。

ブツダンというらしいものの前で正座をした。

ゆらゆらと上っていくいい匂いのする煙を目で追う。

どんどん上に行っちゃうから、自然と見る方向ももそうなっていく。

同時に重心も背中の方にかかっていって、完全に天井を見上げたときには、後ろに倒れた。

そのままぼんやりと天井を眺める。

模様が人の顔みたいに見えた。

ちょっと怖いな。

身体を反転させて、芋虫みたいに畳の上を進む。

真ん中を突っ切ろうかと思ったけれど、とりあえず部屋の端を回ってみることにした。

こんなことしてるなんて、お母さんにばれたら、きっとすごく怒られそうだ。

どうしてこんなことをしているのかと言えば、ただただ暇だからだ。

学校も春休みだし、今日はこれといって予定もない。

もし予定を作るとしたら同い年のいとこが来ているから、一緒に遊ぶくらいかな。

外は寒いから出たくない。

ずっと十二月が一番寒いと思ってたけど、二月が一番寒いんだなってやっとわかった。

でも、お母さんたちは忙しそうで、朝からばたばたしている。

まあ、ぼくが起きたのは十時だから、お昼近くって言う方がいいのかもしれない。

隙を見てどうして忙しそうにしているのか訊いてみた。

すると、今日はおばあちゃんの誕生日なんだという返答があった。

部屋をもう少しで一周できると思ったところで、ふすまが開いた。

止まって振り返る。いとこのゆいが立っていた。

ぼくより身長が低いはずなのに、下から見上げると巨人兵みたいだった。

変なものを見るような目つきでぼくを見てくる。




「なにしてるの、ゆう」


「ひまなんだよ」

 



ゆいが中に入って来た。

こっちを向いたままふすまを閉める。

ぼくは身体をまた回転させて、上半身を起こした。

目の前にゆいが両足を伸ばして座る。




「ゆい、何かお手伝いしてたんじゃないの?」



ゆいは頷くが、そのまま俯く。

両手を後ろについてそっぽを向く。

不満そうに口を尖らせた。




「…いいって」




この場合の「いい」のニュアンスは否定の方だ。

それは不満なのとつまらなそうなのを合わせた、どこか消化不十分という微妙な表情をしている。

苦虫を噛み潰したというよりは、つまんないという物足りな顔だと思う。

ふむ、なんと声をかけるべきか。




「あー…おいだされたの?」



「そっ。おてつだいしないと、怒るのにね」




ゆいはオトナが嫌いだった。

ぼくもその気持ちがよくわかった。

お母さんもお父さんも先生も、ぼくたちにあれこれと命令してくる。

けど、オトナは何もしていない。

こっちばっかり頑張って、オトナはただ見ているだけなんだ。




「おばあちゃんなら、ぜったいこんなことしないよ」




そうだ。

おばあちゃんだけは周りのオトナとは違った。

ぼくたちの気持ちをよくわかっている。

くだらない話にもつき合ってくれたし、いろいろなものをくれた。

くれたものの中には目に見えないものもある、知識とか。

まだよくわからないけれど、おばあちゃんはガンという病気で死んだらしい。

よくドラマなんかで聞く、病気だということだけ知っている。

あれは確か、去年の八月の話だ。

もっと前から入院はしていたことは知っている。

でもそのときは、なんで入院しているのかは教えてもらえなかった。

お母さんからガンについて少し教えてもらった事もあるけど、よくわからなかった。

とりあえず、おばあちゃんはいなくなっちゃったんだなと思うことにした。

優しくていつも笑顔だったおばあちゃん。

だから病気になるなんて思ってもいなかった。

何となくいつまでも一緒にいてくれるような、そんな気がしていたんだ。

きっとぼくが大人になっても、ずっと傍にいてくれるような。

そんな漠然とした安心感があった。

いつまでもという、いつもある日常は永遠には続かなかった。




「あたし、おばあちゃんにあいたいなあ」




ゆいは畳を指でなぞっていた。

ぼくはその動きをぼんやりと見る。

畳の流れに沿って、前から後ろにゆっくりと動かしている。

これの繰り返し。




「ゆいって、おばあちゃんにだけは、ほんとうのことしかいわなかったな」




「ゆうだって、おんなじじゃん」




「そうだね」




お母さんに嘘を言っても、すぐにはばれないこともある。

でもおばあちゃんは違う。

頑張って嘘を言っても、すぐにばれてしまう嘘は一番嫌いなんだって言っていた。

ゆいはすごく嘘をつくのが上手だ。簡単にオトナをだましちゃう。




「でもね、いっこだけうそ、つけたんだよ」




「えっ? すごいねっ。どうやったの? どういうの?」





ゆいが身を乗り出してきた。

耳を貸してと言い出す。

片耳をゆいに近づけた。





「つけものがだいすきっていったの」





びっくりしてゆいの顔を見た。

嬉しそうに笑っている。

漬けものはおばあちゃんが一番好きな食べものだ。

おばあちゃんの家に行くと、ごはんには絶対についてくる。

ぼくは漬けものが嫌いだから残そうとした。

でもおばあちゃんに好き嫌いはよくないって言われて、しょうがなく食べていた。

ゆいとはおばちゃんの家で会うことがよくあった。

そのとき、ゆいは平気な顔をして食べていたし、おいしいって言っていたから、ずっと好きなのかと思っていた。

あれは嘘だったのか…。

なんだか嫌な気分だ。

おばあちゃんはおいしいって言いながら笑っているゆいを見て、すごく嬉しそうな顔をしていた。

僕が嫌いって言ったときも笑ってはいたけれど、それとはまた違う感じ。本当に嬉しそうって言ったらいいのかな。

ゆいから大嫌いなオトナの臭いがする。同じ臭いだ。ゆいから離れて立ち上がる。




「ゆう、どうしたの?」





首を曲げてこっちを見上げてくる。

いやな気分が少しとげとげしてきた。




「ゆいなんて、きらいだっ」




ふすまの方に走って、部屋を出た。

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