1話
この小説は雪村夏生さんの小説に加筆修正したものです。
お題は「漬物・線香・少年少女」です。
ブツダンというらしいものの前で正座をした。
ゆらゆらと上っていくいい匂いのする煙を目で追う。
どんどん上に行っちゃうから、自然と見る方向ももそうなっていく。
同時に重心も背中の方にかかっていって、完全に天井を見上げたときには、後ろに倒れた。
そのままぼんやりと天井を眺める。
模様が人の顔みたいに見えた。
ちょっと怖いな。
身体を反転させて、芋虫みたいに畳の上を進む。
真ん中を突っ切ろうかと思ったけれど、とりあえず部屋の端を回ってみることにした。
こんなことしてるなんて、お母さんにばれたら、きっとすごく怒られそうだ。
どうしてこんなことをしているのかと言えば、ただただ暇だからだ。
学校も春休みだし、今日はこれといって予定もない。
もし予定を作るとしたら同い年のいとこが来ているから、一緒に遊ぶくらいかな。
外は寒いから出たくない。
ずっと十二月が一番寒いと思ってたけど、二月が一番寒いんだなってやっとわかった。
でも、お母さんたちは忙しそうで、朝からばたばたしている。
まあ、ぼくが起きたのは十時だから、お昼近くって言う方がいいのかもしれない。
隙を見てどうして忙しそうにしているのか訊いてみた。
すると、今日はおばあちゃんの誕生日なんだという返答があった。
部屋をもう少しで一周できると思ったところで、ふすまが開いた。
止まって振り返る。いとこのゆいが立っていた。
ぼくより身長が低いはずなのに、下から見上げると巨人兵みたいだった。
変なものを見るような目つきでぼくを見てくる。
「なにしてるの、ゆう」
「ひまなんだよ」
ゆいが中に入って来た。
こっちを向いたままふすまを閉める。
ぼくは身体をまた回転させて、上半身を起こした。
目の前にゆいが両足を伸ばして座る。
「ゆい、何かお手伝いしてたんじゃないの?」
ゆいは頷くが、そのまま俯く。
両手を後ろについてそっぽを向く。
不満そうに口を尖らせた。
「…いいって」
この場合の「いい」のニュアンスは否定の方だ。
それは不満なのとつまらなそうなのを合わせた、どこか消化不十分という微妙な表情をしている。
苦虫を噛み潰したというよりは、つまんないという物足りな顔だと思う。
ふむ、なんと声をかけるべきか。
「あー…おいだされたの?」
「そっ。おてつだいしないと、怒るのにね」
ゆいはオトナが嫌いだった。
ぼくもその気持ちがよくわかった。
お母さんもお父さんも先生も、ぼくたちにあれこれと命令してくる。
けど、オトナは何もしていない。
こっちばっかり頑張って、オトナはただ見ているだけなんだ。
「おばあちゃんなら、ぜったいこんなことしないよ」
そうだ。
おばあちゃんだけは周りのオトナとは違った。
ぼくたちの気持ちをよくわかっている。
くだらない話にもつき合ってくれたし、いろいろなものをくれた。
くれたものの中には目に見えないものもある、知識とか。
まだよくわからないけれど、おばあちゃんはガンという病気で死んだらしい。
よくドラマなんかで聞く、病気だということだけ知っている。
あれは確か、去年の八月の話だ。
もっと前から入院はしていたことは知っている。
でもそのときは、なんで入院しているのかは教えてもらえなかった。
お母さんからガンについて少し教えてもらった事もあるけど、よくわからなかった。
とりあえず、おばあちゃんはいなくなっちゃったんだなと思うことにした。
優しくていつも笑顔だったおばあちゃん。
だから病気になるなんて思ってもいなかった。
何となくいつまでも一緒にいてくれるような、そんな気がしていたんだ。
きっとぼくが大人になっても、ずっと傍にいてくれるような。
そんな漠然とした安心感があった。
いつまでもという、いつもある日常は永遠には続かなかった。
「あたし、おばあちゃんにあいたいなあ」
ゆいは畳を指でなぞっていた。
ぼくはその動きをぼんやりと見る。
畳の流れに沿って、前から後ろにゆっくりと動かしている。
これの繰り返し。
「ゆいって、おばあちゃんにだけは、ほんとうのことしかいわなかったな」
「ゆうだって、おんなじじゃん」
「そうだね」
お母さんに嘘を言っても、すぐにはばれないこともある。
でもおばあちゃんは違う。
頑張って嘘を言っても、すぐにばれてしまう嘘は一番嫌いなんだって言っていた。
ゆいはすごく嘘をつくのが上手だ。簡単にオトナをだましちゃう。
「でもね、いっこだけうそ、つけたんだよ」
「えっ? すごいねっ。どうやったの? どういうの?」
ゆいが身を乗り出してきた。
耳を貸してと言い出す。
片耳をゆいに近づけた。
「つけものがだいすきっていったの」
びっくりしてゆいの顔を見た。
嬉しそうに笑っている。
漬けものはおばあちゃんが一番好きな食べものだ。
おばあちゃんの家に行くと、ごはんには絶対についてくる。
ぼくは漬けものが嫌いだから残そうとした。
でもおばあちゃんに好き嫌いはよくないって言われて、しょうがなく食べていた。
ゆいとはおばちゃんの家で会うことがよくあった。
そのとき、ゆいは平気な顔をして食べていたし、おいしいって言っていたから、ずっと好きなのかと思っていた。
あれは嘘だったのか…。
なんだか嫌な気分だ。
おばあちゃんはおいしいって言いながら笑っているゆいを見て、すごく嬉しそうな顔をしていた。
僕が嫌いって言ったときも笑ってはいたけれど、それとはまた違う感じ。本当に嬉しそうって言ったらいいのかな。
ゆいから大嫌いなオトナの臭いがする。同じ臭いだ。ゆいから離れて立ち上がる。
「ゆう、どうしたの?」
首を曲げてこっちを見上げてくる。
いやな気分が少しとげとげしてきた。
「ゆいなんて、きらいだっ」
ふすまの方に走って、部屋を出た。




