表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

宇宙ラジオ放送局

作者: UL

 そわそわ、そわそわ。

 今にも僕の上履きが踊りだしそうだ。僕が教室の左側最後部、すなわちボッチ席――僕はボッチというわけではないし、窓の外がよく見えるから気に入っている――にいなければ、周囲のクラスメイトから邪魔臭い視線を向けられていたかもしれない。

 黒板の左上には、私たちの暮らす宇宙、と丁寧な字で書かれている。右端には6/13、月曜日、日直 相沢美香、それと可愛らしいお日様マークが上から順に書き込まれていた。

 真面目な印象のある相沢さんが、あれを描いたのだとしたら、ちょっと意外だけれど。

 黒板の上に取り付けられた時計に視線を向けると、11時23分を示している。その下で、チョークを手に、若い女性が話していた。

「……なので、太陽系は宇宙の中のとても小さな一部分に過ぎないのです。相沢美香さん、教科書の78ページを読んでくれる?最初からね」

「はい。太陽の半径は地球の約109倍の約70万kmもあり……」

 不思議なものだ。

 左手に隠し持った左耳用イヤホンを見る。根元付近にちぎれたケーブルカバーとその中身の銅線が生えている。

 規則もそこそこ守り、ほどほどに真面目な僕がこんなものを学校に、それも授業中に出している。僕は普段はこういうことはやらないのだ。いつもなら、机と額の間にノートを挿んで、爆睡しているだけだから。

 寝すぎ。クラスメイトはこう言うが、僕から言わせれば睡眠学習をしているのだ。起きた時に頭が痛いのも睡眠中の勉強に精を出しすぎたせいだ。

 だが、今日は睡眠学習よりも優先すべき事項がある。僕は左耳にイヤホンを入れ、間違っても音が漏れないように耳を左手で抑えた。


 きっかけは、昨日の午前10時過ぎ。こざっぱりしているけど、教科書より漫画の方が多い僕の勉強部屋でそれは起こった。見ためでは綺麗に整頓されている僕の勉強机があり、その引き出しから、イヤホンを取り出そうとした時の事。

 片耳の部分を持って、無理やり引っ張り出そうとしたら、ぷつん、という音がして、引っ張り出そうとしていたものがとても軽くなった。

 その瞬間、僕の思考と吐き出される言葉はピタリと一致した。あ、やべ。

 手元には、イヤホンジャックと自身を繋ぐケーブルとの別れを告げた左耳用イヤホンの哀れな姿――この左耳用イヤホンに矢部さんと名付けたりはしないが、一応言及しておく。

 開きかけの引き出しからぶら下がっていたケーブルの揺れる様が、何とも言えない気分を増幅させた。

 中古の安物、消耗品、予想はできていた、と3つの呪文をすぐさま唱え終えた僕は、奥義サッサト・ステールを使用することにした。

 しかし、奥義執行中の僕は自室のごみ箱に入れようとしていたイヤホンから、音が流れていることに気付く。変に思って、左耳用イヤホンを耳に当てると、イヤホンは、やけにダンディな声でこんな呪文を唱えていた。

『では、明日の午前11時24分にまた会いましょう』

 

 さぁ、そろそろ約束の24分だぞ。

 いったい、何が起こるというのか。ランプの魔人がイヤホンに鞍替えしたのか。それとも、僕の粗雑な扱いの中に隠された愛情を見出して、八百万の神様でも宿ったのか。

 時計の秒針がぴくり、ぴくりと規則的に鼓動を刻む。長針がてっぺんの12を指さす。

 すると、僕の左耳に低くて渋みのあるダンディヴォイスが聞こえてきた。


 ――こんにちは、宇宙のみなさん。カッチルフ・スィートです。ここからは、スペースラジオのお時間です。

 どこかで聞いたことがあるようなジャズをバックに流し、謎のラジオが始まる。

 知らなかった。まさか、こんな中古の安物イヤホンが、宇宙からの電波を受信できるブルートゥース端末だったとは。ちぎれないと受信できないなんて不良品もいいところだ。あ、だから安いのか。

 ――この番組は宇宙連邦が確認している全ての言語に分かりやすく翻訳され、放送されています。

 それは、ご親切にどうも。ついでに、僕に今の状況を分かりやすく解説してくれるとありがたいのだけど。スマートフォンを初めて触ったおじいちゃんに説明するくらい優しく。

 しかし、僕としては、教科書通りに授業を進める先生と正体不明なダンディのトークのどちらを選ぶかなんて、悩む必要すらない。黒板をノートにデッサンしながら、渋い声を聞く。


 ――さて今日は、アファーヌとレコンの人から、メッセージをたくさんいただいていますね。あの地域は、今の時期だと室温が600度くらいなので、部屋の中で、皆さん寒くて震えているそうです。しっかり、身体を温めて下さいね。

 ダンディ、それは人じゃなくて、耐熱板だと思う。

 ――かくいう私も寒がりでしてね……今、スタジオが650度くらいなんですけど、ちょっと肌寒いです。

 ショック! ダンディも耐熱板だった! それも寒がりの!

 非現実がむちゃくちゃな隊列で押し寄せてくる。聞いたことのない地名、想像もできない生物。僕の頭も電波を発信し始めたのか、それを面白がっている自分がいた。


 ――では、次のメッセージ。はじめまして、スィートさん。はい、はじめまして。私は今度、中学校に入学します。しかし、私は周りの女の子よりも成長が遅くて、子供っぽく見られてしまいます。いじめられたりしないか不安です。どうしたらいいでしょうか。

 なるほど、どこの星も思春期の女子が気にすることは似るらしい。

 ちなみに僕の回答は、可愛ければ何でもあり、だ。ダンディはそんなひどいことは言わないと思うけど。

 ――大丈夫です、安心して。『かわいー』と『わかるー』を言い続ければ、たいていの女子とは友達になれますよ、ハハハ。

 ハハハ、じゃないよ、ダンディ! 僕より数倍えげつないから!

 夢も希望も無い答え。しかし、実用性は否定しきれないのが、ダンディの巧みさ。

 ――以上、ペンネーム:ケルティちゃん320歳へのアドバイスでした。

 どこまでがペンネームだ。320歳までがペンネームだよね? ケルティまでじゃないよね?

 ――では、コマーシャルの後は特別ゲストをお迎えして、皆さんも気になるいろんなことをお聞きしようと思います。

 ダンディがそう言うやいなや、ジャズのアイキャッチが流れ始める。とても普通の、おかしいところは何もないアイキャッチだった。


 そして、アイキャッチが終わると、電子音、尺八、黒板を引っ掻く音によるセッションみたいな奇抜な音楽が流れ始めた。

 これが宇宙人のトレンドなのか……。さぞや、キャッチフレーズも奇抜なんだろうなぁ。少しワクワクしていた僕の左耳に、ハシブトガラスの鳴き声みたいな声が飛び込んできた。

 ――□ィ※?t!◎&ぱ▲@%!?!

 なんで、こっちは翻訳されてないんだよ! 奇抜通り越しちゃってるじゃないか!

 僕は未知の言語のリスニングを諦めて、遅れていた黒板の模写を進めることにした。

 それから1分ほどすると、再びアイキャッチがかかり始めた。宇宙の最新の流行りを1分聴かされただけで、ただのジャズに違和感を覚える。戻れ、僕の感性。そこは地球じゃない。


 ――改めて、今日は特別なゲストを迎えています。僕は三次元ビリヤードをけっこう嗜んでますので、彼に会えると聞いて、高揚していますよ。三次元ビリヤード全宇宙大会のチャンピオンと言えば、お聞きの皆さんはお分かりですよね。

 ごめんなさい、まったく分かりません。地球の競技がいつのまにかベクトルを一つ増やして、宇宙へ輸出されていることにただただ驚いています。実は逆輸入とか?

 ――あの決勝で、彼の人気が爆発したとか。ファンの80%が女性らしいです。彼、カッコいいからね。まだ独身だから、期待している方もちらほらいるみたいですよ。

 イケメンは地球の外にもいるらしい。宇宙って思ってたより単純だ。

 それはつまり、モテ話を聞かされる僕の心の宇宙は、実物よりも複雑ということだ。今は、イケメンへの負の感情という惑星が好き勝手に誕生しているところ。

 ――さて長話も、そこそこに……お迎えしましょう。若き天才ビリヤードプレイヤーのタクァデ・ルヴィルヴィさんです。はじめまして、ルヴィルヴィさん。

 ダンディの挨拶に、青年のやや低めな声が答える。

 ――はじめまして、スィートさん。

 僕は悟った。コイツはナイスガイだ。ゆっくりはきはきと、とても人当たりのよさそうな声を出すナイスガイ。

 地球のみならず、宇宙にもいるのだ。第一声だけで、コイツは良い奴なんだろうなって分かる奴が。彼は、挨拶代わりのたった一突きで、僕の複雑な宇宙に散らばる負の感情惑星たちを好感という名のブラックホールに、ストンと落とし込んで見せたのだ。

 ――ルヴィルヴィさんは、最近メディア出演で忙しいんじゃないですか?

 ――ハハ、そうですけれど、忙しいことはありがたいことです。でしょう?

 返しまでカッコいいとは、恐れ入る。どうやら、彼のショットはダンディのツボ惑星を突いたらしい。

 ――クック……。いや、その通り。特に女性たちからの人気もすごいんじゃないですか、今。

 愉快気に話すダンディと楽し気に話すナイスガイ。

 ――いやぁ、行く先々で、プレゼントを渡されれますね。菓子や衣服、たまに女性物の下着と食人植物なんかも混ざってるんですよ。

 最後すごい物騒なキーワード混ざったけど、スルーした方が良さそうだ。

 ――なるほど、それはすごい。けど、仕事だけでもないでしょう、忙しい理由は。

 ダンディの鋭いトリックショット! まだ、試合は始まったばかりだというのに! その意味深な問いかけは何なんだ、ダンディ。

 ――スィートさんは、何を聞きたいのですか?

 ナイスガイの声に動揺の色はない。僕は目の球をキラリと光らせるダンディを夢想した。

 ――ある女優との関係が噂されていますよ。……婚姻届けも用意されてるんじゃないかってね。

 なんだって、ダンディ! 鼻息が少し強く漏れる。多くの女性を虜にしているナイスガイの電撃結婚なんてものをラジオで扱っていいのか。

 この瞬間、僕の宇宙で、一つの新星が猛烈に輝き始めた。その星は、興奮に表面を赤く染め、どんどん膨張していく。

 それに対しナイスガイは、声の調子も変えず、とんでもないショットを繰り出してきた。

 ――そうです、10日後に結婚します。

 僕の宇宙に超新星爆発が発生した。

 なんということだ。

 宇宙の独身女性たちの期待という重力と彼の独身という核反応がつりあっていたから、星が支えられていたのに!

 この瞬間、核反応が終わり、中心部の重力が完全に崩壊してしまった……。中心部から溢れ出る女性たちの熱情は、大変な規模になるだろう。それは周囲の星すらも巻き込んでいくに違いない。

 ――……リスナーの皆さん、聞きましたか。このラジオが始まって以来、これほどスキャンダラスなことがあったでしょうか。いいえ、ありませんでした!

 ダンディの声にも熱が宿っている。対照的にナイスガイの声には、揺らぎはなかった。

 ――世間に対するハスラー(詐欺師)の仮面も、今日で終わりです。今から経緯もお話ししましょうか。

 ――ぜひとも、お聞かせ願いたいものです。リスナーの皆さん、これは聞き逃せませんね。

 まったくもって、その通り。僕は今、新たな星が誕生する瞬間に立ち会って――

「あらぁ、木村君。先ほどから、とぉっても楽しそうな表情をしていますが、左手の中には何が入っているのですかぁ?」

 右からダンディでもナイスガイのものでもない、ソプラノボイスが聞こえる。大変だ、ここにも爆発しそうな星が残っていた。

「い、いえ、超新星爆発についての……こ、考察がとても興味深かったもので」

 背中を塩水でできた流れ星がつーっと流れていった。

「あら、それはすごい。けど残念ながら、授業で今やっているのは、太陽の仕組みについてなんだけど」

 助けてくれ、ナイスガイ、ダンディ。この窮地を脱するには、どんなトリックショットを使えばいい。

「先生、最近ブルートゥースっていう機能付きのイヤホンがあることを知ったのよぉ。ケーブルが無くても、音楽とかラジオが聞けるんですって。すごいねぇ?」

 僕も宇宙から受信できるブルートゥースの存在をさっき知りましたよ。奇遇ですね、先生。

「おとなしく左手の中を見せなさい」

 その声の温度は宇宙空間と同じ、マイナス270.42度くらいはありそうだった。向けられる視線も放射線並みに鋭い。

 僕は窓から、外の空を仰ぐ。そこには、いつもと変わらず太陽が輝いていた。極寒の宇宙空間の中で、今日もエネルギーを振り撒いている。

 太陽に倣って、僕も極寒の空間に身を投げ出すとしよう。

 イヤホンを外す直前、上機嫌な低くて渋い声が聞こえた気がした。

 ――ハハハ、この後どうなるんでしょうねぇ。

 分かり切ったことじゃないか。

 一部の女性がとても怒る。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ