#プロローグ 1
#00プロローグ
もう、何年も前の話__
さくらが父親に連れられて、初めて屋敷を訪れたのはまだ、彼女が5歳のときだった。
当時の彼女は幼く、何のために連れられて来たのかはまだわからなかったし、理解しようともしなかった。
ただ、父の様子がいつもと違うのと、自分の手元にある大きな荷物が少し邪魔だなぁと思うだけだった。
「いいか、さくら。私は仕事で遠くへ行かなくてはならないんだ」
「とおいところ…?」
「ああ、とても遠くて危ないところなんだ」
「あぶないのにいっちゃうの…?」
「…そうだ。だから私が帰ってくるまでここで待ってくれるか?」
「うんっ!おとうさまのこと、さくらイイ子でまってる‼︎」
「そうか…。ありがとう」
さくらにはいつもどおり、仕事で帰りが遅くなるのかなぐらいにしか感じられなかったが、何故だかその時の父の顔は、笑っているのに彼女には泣いているように見えた。
「話は済んだかな?智春…」
突然現れた人物に、父親は多少驚いた顔を見せたが、すぐに声のした方へ振り向き声の主と思われる若い男へ顔を向けた。
「大丈夫。君の大事なさくらちゃんは、オレがちゃんと預かるよ。だから君は_」
そこまで言うと、男は気まずそうに口を噤んだ。
「わかっているさ。あなたは私が一番信頼できて彼女を安心して預けられると信じれる人だから…。でも、」
父親はまた彼女を見て、悲しそうに微笑んだ。
「この子の成長を自分の目で見ることができないと思うと、やっぱり…」
「寂しい…?」
「…はい」
目を伏せ父親は、男の問いに答える。
「それでも、私は暁の使命を果たさなくてはならない」
「それが、どんなに辛いものと分かっていても…?」
「暁の家にとってそれは悲願ですから…」
「そう…。それが君の覚悟と誠意なんだね。」
「だからせめて、せめてこの子だけでもこの宿命から解放してあげたい。そのために私は、…」
そう、父親は震える声で言うと、自分の愛する娘を力強く抱きしめた。
まだ幼い自分の娘を置いて行く、身勝手な父を許してと言わんばかりに強く、強く抱きしめた。
しかし、幼い彼女は父の言葉を信じていた。「帰ってくると」その言葉を信じ、疑わなかった。父が自分の元へすぐに帰ってくると。
「さくら_」
だから、こうやって自分を力強く抱きしめるのも、何も疑わなかった。
「愛しているよ。たった一人の、私の娘…」
そう、呟いて去って行く背中を、去り際に彼が彼女に渡したペンダントを、ぎゅっと握りしめながら、さくらは遠くなる父親の背を彼の姿が見えなくなるまで見つめていた。微かに残る父の温もりを感じながら。
また帰ってくる、そう信じて_。
__もう、何年も前の話。
まだ、彼女が幼かった頃、父の言葉の意味をまるでわかってなかったころの話。